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無限を歩くルア  作者: 九重ウメ
第二章 ルアとラウバレル人造兵団
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第0話 プロローグ

■はじめに


 ある所に、一人の少女が居た。


 彼女は生まれつき身体が弱く、いつも一日の殆どをベッドの上で過ごしていた。窓の外から聞こえて来るのは、学校帰りに楽しそうに遊ぶ子供たちの声。そんな声を聞くたび、彼女は無性に寂しい心地になった。


 本来なら、窓の外から聞こえてくる声の主たちの中に、彼女が交ざって楽しげに遊ぶのが普通かもしれない。だが、彼女の両親はそれを許さなかった。


 身体の弱い彼女を思っての事だったのかもしれない。しかしそれは、少女にとって酷く冷たく、そして仄暗い孤独感を心に植え付けた。


 そんな彼女を見かねた父の兄、いわゆる伯父は彼女に本を与えた。


 彼が少女に与えた本は、不思議な世界の物語。幻想的な世界と温もりに溢れるストーリー。どんな困難にも決して負けない主人公の女の子。そして迎える優しいハッピーエンド。


 彼女は本の世界に夢中になった。


「伯父様、この本凄く素敵だったわ! 私もこの子の様に強くなれるかしら?」

 

 少女は久しぶりに会った彼に興奮気味に話した。


「……あぁ、なれるとも。君は素敵な女性にきっとなれるさ。そうだ、旅先で面白い人と出会ったんだ。その話を聞かせてあげよう」


 彼は旅する作家であった。旅先で出会った人の話や文化の話、異国のスケッチなど、少女に伝えれるものは何でも聞かせ見せた。

  

 孤独に嘆いていた少女は、読書と伯父の土産話で少しずつ明るさを取り戻し始めた。


「今ね、物語を一つ書いているんだ。丁度、君くらいの女の子が主人公の話さ。出来上がったら読んでくれるかい?」


「もちろん! でも伯父様、私はファンタジーに少々うるさいわ。特にハッピーエンド、コレは譲れないわね」


「ハハッ、では飛びっきりのハッピーエンドを用意しよう」


「えぇ、約束よ」


 少女がクスリと笑顔をこぼすと、彼もまたフフッと笑顔になり彼女の頭を撫でた。サラサラとした長い黄金色の細い髪は、彼女の儚さを現している様にも思えた。


 それからしばらくして、そろそろ伯父がやって来る頃合いであろうと少女は胸を踊らせていた。しかし、それから何日立とうと伯父は帰ってこない。旅先で何かあったのかと心配した少女は、両親に伯父の安否を尋ねた。父は難しい顔をし、しばらくして口を開いた。


「伯父さんはね、お国のために徴兵されて戦争に行ったんだよ」


 父は、娘と仲の良かった兄の急な徴兵令を伝えられないで居た。折角明るくなってきた娘に、どう話せば良いか言葉を見つけられないでいた。


「そんな……だって、嘘よ。伯父様は今、本を書いてるんだって」


「戦争が始まったんだ。伯父さんは独り者だったから」


「だって、私に物語を読んで貰いたいって」


「……伯父さんからの手紙だよ」


 戦争、徴兵、この言葉に、今まで自分に縁遠かった恐怖に、その底知れぬ、得体の知れない、恐ろしい場所へ大好きな伯父が向かった事に、体を震わせる少女に手渡されたのは一通の封筒と小包であった。


 部屋に戻った少女は手紙を開いた。


「まだ書きかけだが、この物語を君に贈る。今もまだ続きを書いてるよ。必ず帰るから、続きはその時に」


 手紙と共に贈られた書きかけの原稿用紙の束を広げ、少女は独り涙を流した。


 それから毎朝、彼女は神に祈りを捧げる様になった。早く戦争が終わる様に、伯父が無事帰れる様に。そうする事しか今の自分には出来ない。彼女は熱心に神に祈り続けた。いつか読んだ本に「神は信じる者を救ってくれる」とあった。そんなあやふやな言葉を、只々信じ祈り続けた。


 いくつかの季節が過ぎた頃、戦争の終結を聞いた少女はこれでやっと伯父と会えると喜んだ。だが、彼女の元に届いたのは訃報であった。


 伯父の遺留品の中に、少女に当てた手紙が見つかった。


「すまない」


 ただ一言そう書かれた血ぬれの紙切れを手に、少女はその場で崩れ落ちる様に膝を床につけた。


「……約束したのに」


 その夜、一人ベッドに腰掛け、窓から見える山吹色に輝く満月を眺めポツリと少女は呟いた。


「神様なんていなかった」


 まるでガラス細工の如く繊細で、透き通った碧眼に映る満月は涙で少しずつ歪んでゆく。


「伯父様は、もう……帰ってこない」


 涙で歪む満月の色は、山吹色の輝きを徐々にくすませてゆく。


「私の大切な人を返して」


「楽しかった時間を返して」


「……」


「……憎い」


「……憎い憎い」


「……憎い憎い、戦争が憎い」


「憎い憎い、大切な人を奪う戦争が憎い」


「憎い憎い、私から奪う何もかもが憎い」


「憎い憎い、私から奪う神が憎い」


「憎い憎い、神が憎い」


 その時、少女の左耳に微かに声が聞こえた。まるで深く暗い奈落の底から、彼女を呼ぶ様に声は聞こえる。重く響くその微かな呼び声に、彼女は引き寄せられる。


「私を呼ぶ声が聞こえる」


 彼女は、部屋の片隅にある化粧台へとその歩みを進めると、据え付けられた鏡の中へ、開かれた門を潜る様にその姿を消した。


 山吹色に輝いていた満月はまるで血に染まったかの様に、不気味に赤く爛々と墨染の空に輝いていた。



■第0話 プロローグ


 朝日を浴び夜露をこぼす花々は、陽の光を浴び、良く澄んだ空気の中キラキラと輝く。


 花明りの館では珍しく、庭の草花の世話をバッゴが行っている。ガシャリガシャリと、フーゴ程ではないが音を鳴らし、その四本の腕に水差しとハサミ。それに火ばさみと袋を握り、あちらこちらと世話して回る。


 そんな彼に纏わりつくのは、青白くぼんやりと身体を光らせる少女の幽霊。


 彼女の名はレブナント。


 星月夜の幽霊屋敷の一件から約一年。彼女は随分バッゴと親交を深め、今ではすっかりこの館に居ついていた。


 館の主ルアはそんな彼女を邪険にすることもなく、相手にしない訳でもなく、レブナントの望んだままに出入りを許していた。


「あれぇ? 今日はバッゴちゃんが、お花のお世話をしてるの?」


「おやレブナント様、おはようございます。本日はルア様もフーゴも出かけておりますので、僕が屋敷の番を任されているのですよ」


「えぇ! ルアちゃんもフーゴちゃんも居ないの?」


「ハイ。朝早く立ちまして、龍の賢者ラギータ様に会いに『龍樹』へと向かわれました」


「りゅうじゅ?」


「そうです。ここからでも良く見える、あの大きな巨大樹ですよ」


 バッゴはそう言いながら、北の方角を指さした。遠巻きでも良く見える巨大な一本の木が、遥か彼方に見える。この距離からでもその姿を確認できるという事は、とてつもなく巨大であることが伺える。


「あぁ、あの大きな木のこと? あそこに龍が住んでるの? 龍って強くって、とっても怖いんでしょ?」


「そんなことはありませんよ。僕はまだ会った事はありませんが、聡明で、偉大な賢者様だそうですよ。ルア様の魔法の師匠でもあるんです」


「フーン、龍の賢者かぁ。あたしも弟子にしてもらえるかなぁ?」


「うーん、どうなんでしょうねぇ?」


「いつか、行ってみたいなぁ」


 レブナントはそう呟くと、遥か彼方に見える龍樹を眺めた。龍樹の頭頂部は雲を抜け、その全貌ははっきりとは見えない。噂によれば、雲の上の頂きには龍とその眷属が住むと言われている。龍はそこから世界を見守ると言われ、知を司り、信仰の対象となっていた。


 この世界……ディプレシオンには宗教はない。古より存在する、神秘的な存在に連想されるモノを比喩し信仰する。派閥や教理などなく、自身が何にルーツを感じるかで、何を信仰するかを自身で決める。


 そういった具合に、この世界の信仰とはシンプルで、気軽なモノである。例えば龍信仰は、知を司る龍を信仰することで、学問に精通したいと言う意思の表れ。精霊信仰ならば「気」を、命や魂、生命のエネルギーの探究。今はその姿を消した、巨人を信仰するならば、何者にも負けない「力」を。


 各信仰は、地域に根付いていることもあるが、それはこの場合それほど重要ではない。


 この世界を創ったと言われる、「女神レフィクル」は、信仰の枠を外れ、誰もが讃える存在であるが、やはり宗教的な意味合いとは違うと言える。


 そんな中、ルアは無信仰を貫いている。


 何かを信仰する事も、神を讃えもしない。が、彼女は事あれば花明りの村の中央に奉られる、石造りの女神像に何かと託していく。


 自分が神だとは思ってはいない。もしかしたら、叶う事のなかった自身の願いをそこに置く事で、彼女の人としての心を保とうとしているのかもしれない。


 そればかりは、ルアしか知りえない。



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