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無限を歩くルア  作者: 九重ウメ
第一章 ルアと星月夜の幽霊屋敷
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第四話「鉛の心臓」

黒衣の魔女ジェーン・ドゥが生み出した、黒鉄のゴーレムがルアたちの前に立ちふさがる。

錬金術の知識、そして技術。失われたはずの存在が、瞬く間に眼前に現れる。

あの女は何者で、誰なのか?その謎の答えは・・・。

眼前に迫る脅威は、考える暇など与えてはくれなかった。


■第四話「鉛の心臓」


「ガオオオオン!」と猛々しい唸り声と共に、黒鉄のゴーレムはその巨大な拳を振り回す。周囲に飾られる、美しく花を活けるために練り上げた陶器製の花瓶や、細やかな装飾の物置台を勢い余って破壊しても気に止める事なく、ただ主に命じられた目標を排除するために見境なくその拳を振り回す。その大振りな攻撃をルアはヒラリと避けるが、周囲に群れ成す怨霊たちが間髪入れずに襲い掛かる。ふわふわとルアについて回るゲオルグの書は、霊除けの陣を展開し主人を怨霊たちから守るが、そこへアーダーンの拳が再び襲い来る。フーゴがルアの前に立ちはだかり、アーダーンの拳を大きな金属音と共にその両手でガシンッと受け止める・・・が、黒鉄のゴーレムの方が図体が大きく重く、フーゴはジリジリと押し負ける。周囲には怨霊の群れ、そしてアーダーン。ルアたちは苦戦を強いられていた。そんな中バッゴは、部屋の隅に隠れ、ガタガタと身を震わせながら様子を伺っていた。彼の脳裏には、アーダーンとの戦いが始まる前のルアとの会話がよぎる。


「いい?アレがゴーレムと言うのなら、お前たちの様にトゥルーコアがあるはずよ。流石の私も戦いながらじゃあ、あの巨体の何処に仕込んでるか分からない。私たちでなんとか時間を稼ぐから、バッゴはコアが何処なのか見つけ出しなさい」


「お待ちくださいルア様。も、もう一度ドラゴンプラズマを使う事は出来ないのですか?」


「ドラゴンプラズマは……使えても、後一回分の素材しかないわ。こんなモノまで出してくる相手に、切り札は何度も使えない。アーダーンは自力でなんとかするしかないわ。頼んだわよ、お前が頼りよバッゴ」


 ルアに言いつけられたバッゴは、アーダーンのトゥルーコアがその巨体の何処に仕込まれているのか何とか感じ取ろうとしていた。しかし、彼は自分以外のゴーレムはフーゴしか知らない。始めて相対する自分たち以外のゴーレム。その力の根源を感じるには困難を極めていた。


 トゥルーコアとは、ゴーレムの心臓の事であり、彼らの魂の器でもある。鉛から生み出される特殊なガラスに、錬金窯で練り上げた、主となる者の血と魔力を内包した墨で羊皮紙に真実と言う意味を持つ文字を刻み、何らかの方法で呼び出した精霊と共に封じたモノである。このトゥルーコアの製造法……ゴーレムの生み出し方は錬金術と共に失われた技術である。仮に作り方を知っていた所で、錬金窯の存在や、精霊魔術、特殊なガラスの製造、血を通じた生命力の共有。このどれもが高い壁となる為、再現などほぼ不可能なはずである。フーゴとバッゴは、花明りに住まう「無垢の精霊」とルアの血で生み出されたゴーレム。無垢の精霊から生み出されたゴーレムは、血の、生命の共有者の精神に大きく影響され、人間的な意思を持つ様になる。その他の「四季の精霊」から生み出されたゴーレムは、生命の共有者の精神よりは、精霊の精神が強く作用し精霊的な意思を持つようになる。つまりゴーレムとは主の分身であり、受肉した精霊なのである。しかし、アーダーンは主の命には従うが、それ以外はただ狂戦士の様に暴れ回っている。そこに彼の意思を感じる事が出来ない。彼にはどの精霊が封じられているのか? 生み出した者が幽霊であるから、生命の共有がなされず暴走しているのか?現状のルアでは、考察する事さえままならないでいた。


 ルアは錬金術師を名乗ってはいるが、正確には「錬金術を研究する者」であった。彼女はまだ、失われた技術のほとんどを解明出来てはいなかった。錬金術の奥義書でもあるゲオルグは記憶喪失。ゲオルグが時折思い出す僅かな情報や、ルアの身に起きた不可思議な現象を、長い時間を掛け研究、実験を繰り返してきた。


 次第に錬金術を扱うには、魔術の力も必要な事を知った彼女は、夏の地「青嵐」と冬の地「細雪」の狭間にある巨大な、世界を見渡せる程に巨大な大樹「龍樹」に住まう、龍の賢者ラギータに師事する事でその才を開花させた。そう言った背景もあり、アーダーンの身体にある秘密を、彼にどういった技術が用いられているか安易に判断出来ないでいた。仮に爆弾が仕掛けられていたら?ゴーレムとは名ばかりで、死霊魔術で操られた継ぎ接ぎの死体人形だったら? ルアには窮地に立たされた中、今考えられる可能性を一つ一つ、襲い掛かる怨霊の中つぶしていく事しか出来なかった。アーダーンの強烈で大振りな鉄拳を、小さな身体を生かした素早い動きで寸での所で交わしながら、屋敷の床にペタリと何かの札を張り付けて回る。怨霊から襲われそうになると、ゲオルグが陣を展開し主を守る。フーゴは「ガオオオオン」と唸り声を響かせ、アーダーンの腰に飛びつき動きを抑え込もうとする。


「フーゴこらえて頂戴!後一枚・・・あの場所へ」


 怨霊たちを振り切り走り抜く。勢い余ってルアは激しく転倒する。


「あぁ、ルア様!」


 物陰で様子を伺っていたバッゴが、たまらず飛び出しルアへと駆け寄る。


「平気よバッゴ。何とか仕掛けも出来上がった」


 ルアは立ち上がり、転倒した時に切ったのか唇から滴る血を袖で拭うと呪文を唱え始め、両手を合わせ指を組む。


「海と大地と空の母、我の願いを聞き給え。龍と巨人と霊の神、我の願いを叶え給え。御神レフィクルの名の元に、迷える御霊を救い給え」


 ルアが祈る様に、歌う様に呪文を唱えると、床に張られた札一枚一枚に緑に光る文字が浮かび上がる。同時に札同士は同じく緑に光る線で結ばれ、それは大きな魔法陣の姿へと変わる。


「解呪の陣よ、亡者を縛る呪を祓い給え」


 魔法陣がその言葉に呼応するように激しく光り輝くと、周囲に緑に淡く輝く光の粒子が、優しく温かく広がっていく。その粒子に怨霊たちが触れると、苦悶に満ち、嘆きに支配され、永遠に夜を彷徨う絶望に歪んだ表情が、穏やかに、安らぎを得た様に、ゆっくりと満ち足りた表情へと変わり、そのまま姿を消して行った。


「死霊魔術で操られた死体人形だったら、アーダーンはこれで……」


黒鉄のゴーレムへとルアは目を向ける。この解呪の陣が発動して尚も動き続け、腰にしがみつくフーゴを払いのけようと暴れるアーダーンの姿が目に入る。


「……くっ、ダメか」


 大魔法陣を発動させ、怨霊たちを無力化することには成功したが、アーダーンには一切の効力が現れずルアは額に汗をにじませる。アーダーンは腰にしがみつくフーゴの右腕を掴むと、それを取っ掛かりに力任せに引き剥がそうとする。その時であった。


 ガキンッ


 鈍い金属音が屋敷に響く。フーゴの右腕は、その身体から引きちぎられ金属片が宙を舞う。


「フーゴ!」


 バッゴの叫びがこだまする。フーゴは完全に体制を崩すがそれでも尚、アーダーンに食らいつこうとする。が、体制を崩した所に黒鉄のゴーレムは、自身に纏わりつく邪魔な物体を押し蹴り剥がす。そのまま大きく音をガシャリと立て、後方へ倒れ込むフーゴを見たバッゴは彼の元へと駆け寄る。


「あぁ、フーゴ。あぁ・・・」


「何てこと」


 頑丈で、大きく、その姿に恥じぬ守り人である様、願いを込め生み出した、彼女のたった三人きりの家族が崩れ倒れる姿にルアは動揺を隠せないでいた。アーダーンはその手に掴んだフーゴの右腕を、両手に掴み直し自身の膝に叩きつける。ベキベキガシャンガシャンと金属が、フーゴの鋼の腕が粉々に激しく音を立て砕け散る。


「よくも、よくもフーゴを!」


 バッゴは自身の心に沸き上がった怒りに身を任せ、アーダーンへと立ち向かった。先程まで、恐怖に怯え震えていた姿とは打って変わり、彼は勢いよく黒鉄のゴーレムに取りつく。


「よしなさいバッゴ!お前じゃあ、相手にならない!」


 ルアの静止を聞かず、バッゴはアーダーンへその四本腕と足とでしがみつく。アーダーンはまたしても自分に纏わりつく邪魔な物体を取り除こうと暴れ始めた。


「よくも、よくも僕の大事な兄弟を!許さないぞ、許さないぞ!」


 戦い方を知らないバッゴは、アーダーンに組み付く事しか出来なかった。それでも彼は、自身の大事な兄弟を酷い目に合わせたこの黒鉄のゴーレムが許せず、とにもかくにもガムシャラにぶつかって行ったのであった。初めて見るバッゴの怒れる姿と、フーゴの無残な姿に、ルアは一瞬思考が停止してしまう。


(このままじゃ・・・ダメ、どうしたら)


 何も考えられず、パニックに陥ったルアの思考を呼び覚ましたのはゲオルグの書であった。ゲオルグが勢いよくルアの顔面にぶつかると、彼女はそのまま尻餅をついた。


「ゲ・・・オルグ?」

 

 ゲオルグは白紙のページに光る文字を浮かばせる。そうだ、呆けている場合ではない。ルアはハッと我に返ると、バッゴとアーダーンにもう一度目を向けた。怒りの感情が爆発する、バッゴの胸の奥に仕込まれたトゥルーコアが赤く激しく胎動しているのを感じる。そしてそれに輪唱するように、アーダーンの額の奥から何かが赤く胎動するのを感じ取る事が出来た。


「アレは・・・まさか、トゥルーコア?」


 ルアの言葉に反応した様に、フーゴは傷ついた身体をググッと起こす。


「……」


 モノ言えぬフーゴは主の顔を眺める。ルアは彼の言葉を理解したのか、小さく頷くとフーゴの左腕に身を任せた。フーゴは力を振り絞り、左手に抱えた少女を黒鉄のゴーレムへと向け投げ飛ばした。空を切り飛び出したルアは、呪文を唱え髪の毛を一本抜きコレに魔力を込める。髪の毛は光り輝く縄となり、ルアはそれを暴れるアーダーンの顔に投げつける。光の縄はアーダーンの顔にグルグルと巻き付きその視界を奪う。床に着地したルアは、すぐさま縄の先をフーゴに目掛け投げると、それを受け取った彼は渾身の力を込め縄を引いた。


「ガオオオオン」


「ガオオオオン」


 二体のゴーレムの叫びがこだまする。黒鉄のゴーレムは、自身の顔に巻き付く目映い光りの縄を取ろうともがく。視界を奪われ、腰部にはバッゴに組み付かれ、頭部をフーゴに引っ張られるアーダーンは、ついに体勢を崩し大きな音を立てうつ伏せに倒れ込む。


「オオオォォォン」


 先ほどまでの荒々しい唸り声とは違い、それは地に伏せ苦しむかの様な唸りを上げる。


「今だわ!」


 倒れたアーダーンにルアは近づくと、彼の額に手を当て呪文を唱え始めた。


「コレがトゥルーコアなら、コレで抜き出せるはず」


 ルアは自身の手のひらに集中する。アーダーンの額に感じる熱く胎動するモノを、自らの精神で触れる様にイメージをする。


「イェフダ、レーヴ、ベン、ベザレル。汝、鉛の心臓を持つ者よ、真実の姿を我が前に表せ」


 呪文を唱え魔力を集中させると、ルアの手は光を放ち始め、そしてアーダーンの額からはゆっくりと赤く光る光球が現れ始める。同時に、先ほどまで暴れていた身体からはまるで魂が抜け行くかのように、力抜け、ただの抜け殻の鎧へと変わっていく。アーダーンの額から抜き出されたトゥルーコアは外気に触れると、激しく赤く輝いていたのが、ゆっくりとぼんやりと赤く光る、丁度手のひらに収まるサイズをした五角形のガラス細工の様なモノへと姿を変えた。


「・・・本当にトゥルーコアなのね」


 それはかつて、ルアがフーゴとバッゴを生み出した時に生み出したモノと同じであった。しかし、よく見ると少しばかり様子が違う様に見える。


「これは、私の知らない文字だわ」


 アーダーンのトゥルーコアに刻まれた文字は、ルアが使った文字とは全く違うモノであった。そしてその文字は、このディプレシオンの世界で使われている文字ではなかった。


「なにこの文字は?「真実」と言う意味なのは間違いないはずだけれど」


 ゴーレムのトゥルーコアの活動を停止させるには、二通りの方法がある。一つ目はコアの完全破壊である。これは封じた精霊ごと消滅させる為、ルアとしては好ましくない選択であった。もう一つは、刻まれた文字と同じ言語で「死」を意味する文字を刻むと言う物である。これはゴーレムの肉体の死を意味し、魂の役割を果たす精霊を解き放つ事が出来る。彼女がこの方法を取りたかった理由は、第一に、精霊を、命を奪う様な真似をしたくないという思い。彼女は錬金術を研究する者であると同時に、命の探究者でもあった。これまで、数えきれない程の消えゆく灯火を見て来たルアにとって、助けられるモノはどうにかしたいと言う所謂、求道者的な思想を持っていた。第二に、精霊を解放出来たのなら、事の顛末を聞くことが出来るかもしれないと思ったのだ。アーダーンは本当にジェーン・ドゥが生み出したのか?あの女は何故、錬金術の技の一つを知り、どうやって術を使ったのか? ルアの知らない何かがあるのか? この黒鉄のゴーレムの存在は、深い謎を生んだのであった。


「参ったわね」


 何故この見た事も無い文字が、アーダーンに使われているのかもルアの思考に謎を生んだ。こうなる事を前提として、秘密を守るために使われたのだろうか? そもそもこの文字は何処から現れたというのか?何故この文字で、術は成立出来ているのか?考えれば考える程に、この特異なトゥルーコアはルアの思考を乱していった。


「かといって、このまま放置なんて危険すぎるわ」


 ルアが頭を抱えていると、何かに感付いたのか、ゲオルグの書がふわりと彼女の前に現れ、白紙のページに文字を現す。


「……どういう事?」


 ゲオルグがページに記した内容は次の通りであった。


 この文字は、悪魔文字である。


 悪魔文字は、神の文字を鏡の世界に落として作られた文字。


 悪魔は神を模して悪魔文字より造られた魔なる者。

 

 悪魔は左から囁く。左のモノは非ざるを知ると心得よ。


 この文字は下から読む。元来文字は、横書きであれば左から読む、悪魔文字は左から読む事が出来るが、右から読む事で意味を成す。縦書きのコレは下から読む。


 下の一文字を消せば真実は死へと変わる。


「ゲオルグ、アナタにしては随分抽象的な物言いね」


 ルアの言葉にゲオルグが反応し。再び、文字を白紙のページへ「思い出せたのはそれだけ」と浮かばせた。


「神の文字に悪魔文字。私がこれまで知りえなかった文字。どんどん胡散臭くなるわねあの女。でも精霊を開放できれば」


 ゲオルグの指示通りに、刻まれた文字の最後の一文字をルアは呪文を唱え消してみる。すると、赤くぼんやりと明滅していたトゥルーコアが光を失い、五角形のガラス細工のそれは中心部からユラユラと白い水蒸気の様な物を発生させる。間髪入れずにルアがもう一度呪文を唱えると、その水蒸気は霧散しそうなその姿を一か所に集め、ゆっくりと小さな何かへと変えてゆく。現れたのは白い団子餅の様な姿に、緑色をした葉を二本頭頂部にウサギの耳の様に生やし、赤い木の実の様に小さく丸い二つの目がパチパチと瞬きをする。


「アナタは、冬の精霊ね」


 ルアがそういうと、黒鉄の鎧に埋もれていたバッゴがガシャリと音を立て姿を現す。先ほどまでの熱く猛る彼のトゥルーコアは、今は今までの様に穏やかに活動している。


「冬の精霊でございますか。僕は初めてお会いしました」


「それはそうよ。精霊は存在はするけれども、普段はその姿を見る事の出来ない別の空間にいるのだから」


 ルアたち人間や生物が存在する空間世界は、「現世」と呼ばれ、精霊など実態を持たない生命体が存在する空間は「幽世」と呼ばれている。この二つの空間は同じ世界に重なるように同時に存在し、お互いの空間は通常であれば干渉しあう事は無い。しかし四季の精霊や無垢の精霊は例外であり、彼らから現世への干渉は頻繁に行われている。例えば、春の精霊ならば花を芽吹かせ、夏の精霊は風を呼ぶ。この冬の精霊は、雪を降らせる。現世の者が精霊へ干渉するには、精霊魔術という特殊な魔術が必要なのだが、今は使える者も限られており、その術もかなり特異なものとなっている。


「四季の精霊を依り代にして生み出されたアーダーンがあの様子だったって事は、暴走状態だった可能性は十分に考えられるわね」


「僕が、アーダーンに組み付いていた時も、彼の意志の様な物は感じませんでした」


 バッゴの話を聞いたルアは、冬の精霊へと視線を戻し話しかける。


「私はルア、花明りに住まう民。どうしてアナタがゴーレムに封じられていたのか、それは誰の仕業か、アナタの意志はあったのか、解る範囲で教えて頂きたいのです。どうかお答えください」


 すると冬の精霊は、辺りをキョロキョロと見まわした後に、ルアへ目を向け語り出す。


「それがあんまり思い出せないネ。随分長い間、眠てったみたいヨ」


「何だか少し変わった話し方ですね」


 バッゴがルアに耳打ちすると、「これは細雪の方言よ」と答える。


「黒い服の女がワタシをこっちに呼んだネ。そこからは全然覚えてないネ。でもその黒い鎧は見覚えあるヨ」


「この鎧に見覚え?」


「そうヨ。それは、巨人と戦った戦士の鎧ネ。細雪の幽世に封印されてたネそれ。ココ、星月夜ネ?仲間が教えてくれたヨ。ワタシ、お前たちに悪い事したネ。申し訳無いネ。そこのゴーレムにも酷い事したネ。ワタシ悲しいヨ」


 精霊が横たわるフーゴへと視線を向ける。力を出し切ったフーゴは、ガシャリと音を立て精霊の声へと反応を示す。


「無理しないで欲しいネ。彼の腕、ワタシが壊したネ。だからこの鎧の腕、持っていくと良いネ。仲間にはワタシから話しとくヨ」


「ありがたいお話ですが、まずこの鎧はどういった経緯で封印されていたのか教えて頂ければ」


「昔、悪い巨人がいたネ。それをやっつけた戦士が、また悪い巨人が現れた時、戦うためにワタシたちに預けたネ」


「そんな大事な物・・・」


「問題ないネ。もう随分昔の事ヨ。だから彼に使って欲しいヨ。きっと仲間も分かってくれるネ」


「それなら、ありがたく頂戴します」


「うん、それが良いヨ。それじゃあワタシは細雪に帰るヨ。鎧の残りも持ってくからネ」


 精霊はそう言い残すと、アーダーンの右腕を残し、その場から霧散するように姿を消した。残された右腕は、フーゴですら持て余す程大きかったその姿を、丁度人のサイズの大きさへと変えていた。


「この鎧、ゴーレム化させたときに小細工されてたみたいね。今はその力も無くなったってところかしら。バッゴ、腕をフーゴの所へ運んで頂戴」


「ですがルア様、これでは少しフーゴには小さそうですが」


 バッゴの疑問を聞きながらルアは答える。


「砕けた腕も使うの。これならフーゴの腕は再生できるわ」


 砕けた腕の破片と、鎧の腕をフーゴのそばまで運ぶと、腰にぶら下げた革細工のカバンから錬金銃を取り出す。


「今は応急処置しか出来ないけれど」


 そういうと、カバンから試験管を取り出し薬品を調合し始める。唇から流れる血をぬぐい、それを持っていた液体と混ぜ合わせる。


「ゲオルグ、魔導回路を錬金銃へ繋げて頂戴」


 ルアの指示を聞くと、ゲオルグは文字を白紙のページへと浮かべ光を纏う。同時に錬金銃にもエネルギーの様な物が通い出し稼働を始める。この錬金銃は、簡易的な錬金窯の役割をこなす道具で、ドラゴンプラズマ以外の錬金もある程度はこなすことができる。あくまでも簡易的なものであるため、出来る事の限界は勿論あるが。ルアが撃鉄を起こし、錬金銃を天井へ向け引き金を引く。すると錬金銃は、ドラゴンプラズマの時と違い、その銃口からポンッと小さく煙を吐く。フラスコを取り出し銃口を傾けると、金色に光る液体が流れ出しフラスコへと注がれる。


「始めるわよ」


 ルアが呪文を唱えながらフーゴの失われた腕部へと手をかざす。先程作られた液体を彼の肩口へ垂らすと、液体は流動的に動き始め、腕の様なシルエットとなる。そこへバッゴが、アーダーンの右腕と砕かれた腕の欠片をゆっくりと据え置く。液体はそれらを飲み込むと、さらにハッキリとした腕のシルエットを浮かび上がらせる。


「イェフダ、レーヴ、ベン、ベザレル」


 呪文を唱えると、腕の姿をした流動的に動く液体はまるで、体内へと吸収されるように、フーゴの腕の中へとゆっくりと浸透し、そこには彼の体躯に合わせて変貌した、黒鉄の腕が現れその体にしっかりと組み付いていた。


「あぁ、フーゴ。良かった、腕の具合がどうだい?」


 バッゴが話すと、フーゴはゆっくりとその身を起こし、右腕の調子を見る様に動かし、拳を握ったり広げたりとする。


「……」


「そうかい、問題はないんだね。ルア様、ありがとうございます」


「……」



フーゴとバッゴに感謝の言葉を投げられ、ルアは溜め息まじりに「フフッ」と笑う。


「取り急ぎは、これで一安心ね。でも、ここから先は私とゲオルグだけでいくわ」


 ルアのこの言葉に、フーゴとバッゴは驚きを隠せないでいた。


「・・・!」


「ルア様、確かに僕は力不足かもしれません。フーゴもこんな様子ですし。しかし一人と言うのは僕たちは賛同致しかねます。あまりにも危険すぎます」


「お前たちは退路の確保をお願い。無理はしないわ。どうにもならない状況に追い込まれるのなら直ぐに引く。その為に、退路の確保をお願いしたいの。出来るわね?」


「ですが・・・」


 バッゴが言い切る前に、フーゴの右腕が彼の肩を掴む。バッゴが振り返ると、物言えぬフーゴは首を横に振る。バッゴの肩は、取り付いて間もない黒鉄の右腕に力を感じない事に気づく。


「だけど・・・フーゴ」


「お前たちを心配させる様な事は無いわ。ゲオルグもいる。それに、私の家族に手を出されて挨拶せず尻尾巻いて帰るなんて真っ平よ」


「ルア様」


「良いわねバッゴ。フーゴの事、頼むわよ」


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