第三話「黄金の瞳を空虚に染めて」
物語の一週間前。
とある屋敷の奥、宝石や鉱石が所狭しと並ぶ部屋。
二つの影の思いが交差する。一人は友のため。一人は自らの思惑のため。
運命の歯車はここから、いや、一年前のあの事件から回り出した。
■第三話「黄金の瞳を空虚に染めて」
一週間前。
様々な色の、様々な大きさの鉱石が所狭しと並ぶ部屋の奥。そこには周りの鉱石や宝石とは明らかに違う、赤く輝く大きなクリスタルの様な物が安置されている。そのクリスタルの前は木造りの祭壇の様な物が設けてある。祭壇の前では、白いレースやフリルで装飾されたドレスを着た少女が、膝をつき両手を合わせ指を組み祈りを捧げていた。少女の背後には、黒い魔女装束を纏った女が物言わず佇む。
「……祈りの時間は部屋に入らないで」
少女は振り向く事もなく一言だけ話した。
「あら。頃合いかと思って来てみたのだけれど、お邪魔しちゃったわね、お嬢様」
女の軽口に、少女は感情を出さず答える。
「何か話があるんでしょう?」
「お祈りはもういいのかしら?」
「一通りは終わったわ」
祈りを終えた少女が立ち上がり、女の方へと向き変える。薄っすらと青紫に煌めく、長く白い髪がふわりと音もなくなびく。黄金に染まる瞳は、どことなく輝きを感じさせず、彼女の心の空虚を映している様であった。
「そう。あれからもう一年になるわ。少しは研究の進歩はあったのかしら?」
魔女装束の女……ジェーン・ドゥはその光を映さぬ黒く暗い瞳に少女を捉え話す。
「……」
感情無く話していた少女は、少し眉間にシワを寄せ顔をそらす。
「気分悪くしないで。お姉さん困っちゃうわぁ」
「遥か昔から存在する亡霊が、お姉さんだなんて笑わせるわ」
「あらヤダ。でもほら、見た目はお姉さんで通る位には若いでしょ?それにアナタの事は妹の様に思ってるのよ?」
「悪ふざけに来たのかしら?それなら出て行って」
「はぁ、本当性格変わっちゃったわねぇ。昔はもっとこう、可愛らしかったのに」
「封印されてた癖に、私の事見ていた様な言い方ね」
「封印っていっても、身動き出来ない様にされてただけだし見えるものは見えるわ。その子に掛けてる完全な封印って程のものじゃなかったし」
ジェーンは視線を、先ほどの安置されている赤いクリスタルへと移す。赤い髪でショートヘアの少女が目を閉じ、胸の前に手を合わせ指を組み一糸まとわぬ姿で、まるで琥珀に閉じ込められた昆虫の様にその身をクリスタルに封じられていた。
「アナタがどうにかするって言うから口出しはしなかったけど、流石にもう一人じゃ限界じゃないのかしら?」
その言葉に少女は言葉を返せず、ただ肩を震わせうつむいていた。そんな様子にジェーンはやれやれと言った様子で話す。
「錬金術って知ってるかしら?」
ジェーンの思いもよらぬ言葉に、少女は少し困惑気味に返す。
「石を金に変えるっていう?」
「そう、その錬金術よ」
「あれは失われた技術じゃなかったかしら?文献も殆ど存在しない、そもそもそんな術が存在したのかも怪しい・・・まさにおとぎ話だわ」
かつて存在したとされる古の技術、錬金術。それはこの世界では存在したかも疑わしい、謎多き技術であった。言い伝えによれば、魔術や化学の元ともなったと言われている。その為、魔法や化学で出来ないとされる事も可能と言われるが、では何故その様な万能な技術が失われてしまったのか?説明がつかない不可思議な部分が多く存在し、今ではその存在は誰もが信じる事のない、おとぎ話程度の物となっていた。
「確かに、アナタが言うように失われた技術ではあるわ。でも失われただけで、存在するのは本当よ?」
「そんな話信じられないわ。これでもこの一年間、可能な限りの研究は続けてきた。でも錬金術に関する物なんて何一つ出てこなかった」
「それはそうよ。だって意図的に隠された物だもの」
「意図的?」
「そう、錬金術は、命の、魂の領域を超えたのだから。世界の根底を覆すこの技術は、誰もが触れてはならない物だから」
「命の、魂の領域」
「少しは興味持って貰えたかしら?」
「その領域を超えた先には何があったの?」
先程までの少女の空虚な瞳に光が宿り始める。それはこれまで幾度の実験と失敗、そして何の成果も得られずに苦悩していた彼女にとっては一筋の光にも感じた。
「人工的に生み出した肉体への魂の置き換えに始まり、輪廻の輪すらも操り転生の規則を我が物とする。果ては、無限を歩く不死者となり、神をも生み出した」
「そ、そんな事」
「出来っこないと思った?出来るのよ。人は想像しうる事は何でも出来るのよ」
ジェーンの言葉と話の内容の凄みに、少女はゴクリと生唾を飲む。
「・・・それでも、その技術に触れる事が叶わないのならそれは絵空事だわ」
「東雲の天罰の事件。知ってるかしら?」
「私の生まれる遥か昔の話だわ。神に挑戦すると息巻いた東雲の王が、天高く塔を建てた。ある日激しい落雷が塔を襲い、東雲の街を巻き込む大災害となった。周辺の国や町を侵略し、争いを広げていた東雲の王に天罰が下ったのだと。それ以来彼らは天罰の民と呼ばれ、今ではすっかり大人しくなったという話ね」
「ふふ、流石はお嬢様、博識ね。その天を貫く塔「九頭竜閣」の建造は錬金術を蘇らせるのが目的だったのよ」
「そんな馬鹿な」
「研究と実験は失敗。見事、塔ごと全てが消えたわ。でもその時に研究されていた、解読不能の一つの本が後に発見された。その価値を
判らぬ者たちの手を本は渡り歩き、そしてその封印は解かれた」
自身の知る歴史の裏側を、少女はただ静かに聞き入る。
「その封印を解いたのは、花明りの魔女よ」
「!?まさか、あんな噂話を信じろと?」
「魔女は長い年月を生きると、遥か昔から囁かれてるじゃない。噂通り、魔女は今でも花明りの村人の世話をやいてる様よ。どう?本当だとしたら、アナタにとって救いのある話じゃなくて?」
話を聞いた少女の表情は、曇っているのか、晴れているのか分からない、自分は今どう言った話を聞いたのか、どんな気持ちになれば良いのか、あらゆる感情が押し寄せ、その端正な顔立ちを引きつらせていた。
「・・・一人にして貰えるかしら」
「信じるも信じないもアナタ次第よリルカ。でも、お姉さんがどれだけの年月、夜を歩いて来たのかを考えると答えが出るんじゃないかしら?」
ジェーンはそう言い残し、部屋から音もなく去って行った。残されたリルカは、もう一度クリスタルへと向き直ると「・・・カーネリア」と小さく絶え入る様に呟いた。