第二話「身元不明の幽霊」
星月夜の幽霊屋敷から、ゲオルグの書を奪いにやってきた幽霊少女レブナント。
ルアと二匹のゴーレムはこれを撃退。
彼女は考える。何故ゲオルグが狙われたのか?何故ゲオルグの存在が知られているのか?
その謎を解き明かす為、花明りの魔女一行は、今は無人と化した星月夜の村へと向かうのであった。
■第二話「身元不明の幽霊」
この世界はたった一つの大陸しか存在しない。正確には周囲に小島も複数存在するが、最も人や動物が生活をするのはこの大陸だけであった。無垢の地にある「花明りの村」はこの大陸の南側に位置し、「星月夜の村」は秋の地で、大陸中央の街「ラウバレル」のある夏の地「青嵐」の西側に位置する。名前の通り天体観測におあつらえ向きな丘があり、天文学者が集まりできた村だと言われていた。
「そんな村が一夜で焼け落ちた」
ルアはフーゴの肩に乗り、星空を見上げながらつぶやいた。少女を肩に乗せのしのしと歩くゴーレムの横には、四本腕の一回り小さなゴーレムが共にゆく。
「村で見かけた、新聞紙に書いていあった、一年ほど前の事件ですね?」
「ええ、暴徒と化した住民同士のトラブルだったみたいだけど……」
「もう無人の村になったと新聞には書いてあったと記憶しておりますが」
「そんな所から、人が……いや幽霊がわざわざやって来た」
黙って歩くフーゴをよそに、ルアとバッゴは話す。
「だからと言ってこんな時間に向かうのは、僕はやはり賛同致しかねますが……」
「草結びの結界を解く奴がいるのよ? そいつがどんな奴でいつ来るかも分からないのなら、私たちが動いた方が色々都合がいいわ」
ルアはおどおどするバッゴに答えた。彼はトホホと四本腕の肩を落とし夜道をトボトボと歩いた。
森を越え野を越え、星月夜の村に辿りついた頃には夜もずいぶんとふけた頃であった。
「着いたわね」
そこは一年前とはいえ、まだ真っ黒に焼け焦げた建物や崩れた家屋が列をなす、まさに災害地と言うにふさわしい惨状であった。
「これは……酷い」
バッゴが悲しそうな声でつぶやく。
「でもあの屋敷だけ燃え落ちてはないのね」
ルアが指を刺す方向には、遠巻きでも良くわかるまだ姿の残る屋敷が見えた。
「あそこが……」
「そうね、レブナントの言っていた幽霊屋敷で間違いないわね」
フーゴの肩からピョンっと飛び降りたルアは、興味深そうに周囲に残る建物を観察した。
「ルア様、そんなに近づいては危ないですよ」
あわあわとバッゴが話しかけるがルアは相手にしない。
「どの建物も外から、凄い高温で燃やされたような感じね」
ルアが呟く。
「そんな事分かるのですか?」
「それくらい分かるわ。それでも、あの屋敷は一切燃えてない」
「つまり……」
「もう! 言わなくても分かるでしょ? あの屋敷の所有者に何かあるのよ!」
そう言い放つと、ルアとフーゴはますっぐ屋敷へと向かい歩き出す。バッゴは「お、置いて行かないでください」と小声で話ながら十歩程後ろを、恐る恐る辺りを見渡しながらついて歩いた。
屋敷の門の前に立つと先程までの心寒い印象とは異なり、何かがこちらを見つめている様な気配を感じた。フーゴがゆっくりと門を開け、ルアが大きく「誰かいるのかしら?」と声をかける。
……。
返答はない。
「こういうのは趣味じゃないけど、仕方ないわね」
ルアが玄関の扉を開け屋敷の中へと入る。その時であった。
「うふふ、いらっしゃい」
色っぽい様な女の声がルアたちを迎えた。
「何よ、いるなら返事くらいしても良いんじゃない?」
ルアが嫌味ったらしく答える。屋敷の暗がりの奥からゆらりゆらりと一人の女の影が現れる。
「うふふ、私の可愛いレブナントが帰って来たと思ったら……まさかの錬金術師さんだったなんてね」
肩までの長さの黒髪に、真っすぐ切りそろえた前髪の女はうすら笑いを浮かべながら話した。ルアは女の口ぶりに違和感を感じた。
「……アナタ何者? この世界で私を魔女と呼ぶ者はいても、錬金術師と呼ぶ者はいないわ。錬金術は遥か昔に失われた技術。それを扱
う者を号する呼び方をするなんて、ただの噂好きくらいなものよ?」
「うふふ、何者でもないわよ」
「とぼけないでくれるかしら? 私、こう見えて短気なの」
ルアは、軽い返事であしらおうとする女に敵意をむき出しにする。
「お姉さんは『ジェーン・ドゥ』見ての通り魔女の幽霊をやってるわよ」
ジェーンはくるりとその場で一回転してみせる。胸元を出した黒い服に黒いマント、黒いとんがり帽子に杖を持つ姿はまさに魔女と言う出で立ちであった。
「ジェーン・ドゥですって? ……随分人を馬鹿にしたような自己紹介をするのね?」
「あら? そんな事ないわよ?」
ジェーンは笑いながら答える。
「ルア様、馬鹿にされた様には感じませんでしたが……。」
バッゴが不思議そうにルアに耳打ち気味に話しかけると「ジェーン・ドゥっていうのは身元不明の死体って意味で使ったりする隠語なのよ。……しかし、一々ひっかかる女ねコイツ」とルアは答えた。相対する女が一筋縄では行きそうにないと感じたルアは、後ろにゆくりと手を回し、こっそりと指を振ったり、回したり、曲げてみたりと忙しなく動かす。
「アナタ、色々知ってそうね」
「さぁ……どうかしら?でも残念、レブナントを捕えた光の檻じゃお姉さんは捕えられないわよ?」
(……!! バレた!?)
ルアはひっそりと相手を捕える準備をしていたのを看破された。
「奇襲っていうのはこうやってするのよ?」
ジェーンが指をパチンと鳴らすと、玄関の扉がバタンと閉まる。二体のゴーレムとルアは分断される形となった。
「しまった!?」
「ルア様!? ご無事ですか!?」
屋敷の外のバッゴの声が扉越しに聞こえる。
「二人とも、私が許すわ!壁でもなんでも良いからぶち抜いて来なさい!」
ルアが叫んだ瞬間、光る文字の様なものが宙を舞い、形を変え、彼女の腕をくるくると拘束しあっという間に宙吊りにされる。
「くっ……」
「ダメじゃない、人の家を勝手に破壊しようとするなんて」
ジェーンがクスクスと笑いながら話す。
「まぁ、アナタが森に結界を張ってる様に、この屋敷にも結界が張ってあるから、そうそう壊せやしないけど」
「それはどうかしら?」
ルアがニヤリと笑うと、外から「ガオオオオオオンンン!」と咆哮が聞こえると同時に、屋敷の壁がズシンと重たい音を鳴らす。巨大な鉄拳を何度も壁にぶつけ、やがて大きく音を立て破壊された壁から二体のゴーレムがのっしりと屋敷の中へと侵入した。
「あらま」
ジェーンが呆れた様に声を漏らす。
「ルア様、ご無事でしょうか?」
「この状況が、ご無事な様に見えるのかしら?」
ルアはバッゴと話すと、こっそりバッゴに目で合図を送った。
「これは恐れ入ったわ。まさか結界を物理で突破するなんてね」
ジェーンが微かに笑いながら言う。
「草結びを解く者がいるなら、結界を張る者もいる。あらかじめフーゴの拳に細工しておいて正解だったわ」
「用意が良いのね。そう言う頭がキレる子、お姉さん好きだわ。でも、このゴーストの群れはどうするのかしら?」
そう言うと、凄惨たるうめき声を上げながら、ゆらゆらと宙を舞う怨霊達がどこからともなく、ぼんやりとした青白い光を明滅させながら現れる。
「ふん! そんなもの想定済みよ!」
ルアはもう一度バッゴに合図を送ると、彼は肩掛けのカバンから細長い紙のようなものをぶわっと宙へ投げた。紙は輝き始め、紙同士は光の線で繋がり、ルアとゴーレム達を囲むドーム状の結界へと姿をかえ、襲い掛かる怨霊から彼女たちを守った。結界の力でルアを拘束していた、光る文字の束縛は解け、宙から落ちて来るルアをフーゴがしっかりと受け止める。
「あなた錬金術師なのに、魔術師みたいなこともするのね」
「有用な知識や技術は何でも使う、錬金術師の基本の『キ』よ」
ジェーンは不適に「うふふ」と笑うと、杖をルアの方へと構え呪文を唱え始めた。
「この結界は私の特別性よ? ちょっとやそっとじゃ破れないわ」
「じゃあその特別な結界、お姉さんが破ってあげる」
ジェーンは血の気を感じさせない顔にニタリと歪な笑みを浮かばせると、ふわりと空中へと浮かび上がり、杖の先についた赤い宝石へと魔力を集めた。
「貫いてあげる。光彩術エーテルスプレンダー!」
彼女が空中からルア達を見下ろし、術の名を叫ぶと杖の宝石が赤く輝く光を激しく放ち、その光は球状に形成され膨張を始める。やがてその光球は耳を裂く音と共に弾け、数多のレーザービームの様な光の帯を引く矢に姿を変え、結界へと嵐の如く降り注いだ。
「こ、これは不味いかも……」
「ル、ルア様ー!」
バッゴが怯えながら主の名を叫ぶ。結界がバチリバチリと激しいエネルギー同士の反射音と共にビリビリと振動する。フーゴは赤く輝く魔法の矢と結界のぶつかり合いで生じる閃光から、主を守る様にルアに覆いかぶさる。
「情けない声出さないの! こうなったら、アレを使うしかないわ」
「まさか! こんな所で使うのですか!? いくら何でもそれは……」
「やるしかないでしょう? この状況を突破だなんて、流石に他の方法が見つからないわ。結界がいつまで持つか分からないけど、何とかするしかないわ!」
ルアが造り出した防御結界に、赤く光輝くレーザービームが何度も激しく打ち付ける。
「うーん、中々硬い結界ね。お姉さんもうちょっと頑張っちゃおうかしら?」
薄ら笑いを浮かべるジェーンは、まだまだ余裕と魔術の力を強くしていく。
「ルア様! このままでは結界が持ちません! 早く、早くご準備を!」
バッゴは、眩しく輝く光からルアを守る為、仁王の様に立ちふさがるフーゴの後ろから頭を抱えながら叫ぶ。そんなバッゴをよそにルアは、腰に下げた革細工のカバンから銃の様なものを取り出す。呪文を唱えながら薬品を調合したり、カバンから取り出した拳二つ分の大きさのデリンジャー拳銃の様なものをいじったりする。
ルアのカバンから、ひょっこりと出てきてふわふわと浮かぶゲオルグの書に、ルアは「魔導回路を錬金銃に繋ぎなさい、まだ試作段階だけどやるわよゲオルグ!」と叫ぶ。ゲオルグの書の白紙のページに光る文字が浮かび上がると、錬金銃と呼ばれるものに何かエネルギーの様なものが通い出す。エネルギーが通い出し、うなりを上げ激しく光り始めた錬金銃に、ルアは調合した薬品の入った試験管を二本詰め込むと、ジェーンへと向き直す。
「フーゴ下がりなさい! ドラゴンプラズマを使うわ!」
その言葉を聞き、フーゴはルアの射線の邪魔にならぬ様に前方から後方へとガシャンと飛び下がる。眩しく赤い閃光がルアの視界を刺すが、眩しいと言った表情を見せず、しっかりとジェーンを狙う様に銃を両手で構え照準を合わせる。錬金銃の撃鉄を起こすと、装填された試験管から調合された薬品が銃のシリンダーの中に放出され交わり合う。混ざり合った液体は、青く輝くエネルギー体となり錬金銃の中で爆発的に膨張を始め、銃を激しく振動させる。膨大なエネルギーは銃口から溢れ始め、それはルアの前方に燃え盛る炎の光輪となって現れる。
「我を妨げるモノを消し飛ばせ、ドラゴンプラズマ!」
握りしめた錬金銃の引き金を引くと、前方に発生していた光輪が一度小さく収縮する。次の瞬間、銃口に青白く輝く魔法陣の様なものが幾重に展開され、光輪もそれに合わせ大きく広がる。同時に銃口から発射されたエネルギー体は展開された魔法陣にぶつかると、七色の炎を宿した破壊の光となり、目標へ向かって空を焼き払いながら、音をも置き去りにする速度で放たれた。
「あら、凄いじゃない」
ジェーンはニタリと薄ら笑いを浮かべると、ドラゴンプラズマの光にそのまま飲み込まれた。放たれた破壊光線は、そのまま屋敷の二階と天井を貫き、一閃の光となって夜空を駆ける。次の瞬間、強烈な衝撃波と轟音がルアを襲い、後方へ吹き飛ばされる。が、その衝撃に耐えたフーゴは、吹き飛ばされるルアを壁に激突する寸前でその巨体を生かし上手く抱きとめる。
「あいたた……鋼のゴーレムも考え物ね。壁に激突するよりか百倍マシだけど。ともかく助かったわ、フーゴ」
ガシャンガシャン。
ルアを受け止めたフーゴの傍らでは、衝撃に耐えられなかったバッゴが壁に激突をし、音を立てて床へとズリ落ちていた。
「うぅ……酷い」
金属管の中で響く様な声は、弱々しくつぶやいた。
「でっ、あの女はどうなったのかしら? 流石にキレイに消えて無くなったかしら?」
周囲の状況を確認する。ドラゴンプラズマが通った道は、円形状に切り取られた様にポッカリと穴を開け、その穴からは星空がくっきりと見える。屋敷内は瓦礫・・・と言うよりは衝撃波によって、床や飾り物、窓ガラスが吹き飛ばされ散乱している様な状態であった。ドラゴンプラズマは射線上にあったものは文字通り破壊の炎で消し飛ばしたのである。ルアはフーゴの腕から飛び降り、服の埃を手で二三度払うと、エントランスの奥にある扉を眺める。
「さて、屋敷の主に挨拶に行こうかしら」
「ルア様、先ほどの方が主なのでは?」
「そんな訳ないでしょ? こんな屋敷に住んでて、来客対応にわざわざ主人が出る訳ないじゃない。確かにあの女は色々胡散臭いけど、アイツは主じゃないわ。リルカって奴がココの主よ」
「あぁ、そう言えばあの幽霊の女の子もそんな事……」
ルアとバッゴが話していると不意にクスクスと女の笑い声が聞こえる。
「今度は何?」
「凄いじゃない、ドラゴンプラズマ。お姉さん関心しちゃった」
声の方に目をやるとそこには、下半身を喪失したジェーン・ドゥがふわふわと空中に浮かんでいた。
「ひぃっ! バケモノ!」
バッゴはその光景に、腰を抜かしガシャリと音を立て崩れ落ちる。
「やだわ、お姉さんはバケモノじゃなくて、幽霊なんだけどな」
ニタニタと薄気味悪く笑いながら、その光の入り込まぬ暗い瞳で、バッゴに向かってパチっと悪戯にウインクを投げる。バッゴは再び
「ヒィィ」と情けない声を上げると、ルアとフーゴの後ろへ、そそくさと身を隠す。
「あらやだ。随分、嫌われちゃったのね。お姉さん寂しいわぁ」
怯えるバッゴの様子をケラケラと笑いながら、心にも思っていない言葉を唇から溢す。
「……ドラゴンプラズマは、龍の賢者ラギータのブレスを模倣した破壊光線。当然、魔法の力も宿ってる。その辺の霊体なら、タダでは済まないんだけど?」
ルアの言葉にジェーンは返す。
「確かに、素晴らしい力を持ってたわ。でも、お姉さんもほら……長い事、幽霊も魔法使いもやってるから。年の功って奴かしら?」
「ふざけた返事ばかり返すのが、年長者の流儀なのかしら? お里が知れるわね。それに私も、見た目ほど人生経験が浅い訳じゃないのだけれど」
ルアの言葉を聞くなり、ジェーンはまたケラケラと笑いだし、その下半身を失った身体をフワフワと宙に舞わせる。
「ふふ。そうね、そうだったわ。アナタがその魔導書を従えている時点でそれは解りきった事だったわ」
「魔導書? やっぱりアナタ、何か知ってるのね?錬金術の事も魔術の事も」
ゲオルグの書を魔導書と呼んだ事に違和感を感じたルアは、相対するこの身元不明を名乗る女幽霊に更なる不信感を抱いた。
「さぁ、どうかしら? あぁ、お姉さんちょっと力を使いすぎちゃったわ」
ジェーンは額に手を当て、わざとらしくユラユラと揺れ続ける。
「今回は引いてあげる。でも、タダでここを通す訳にはいかないから……この子に後を任せるわ」
ジェーンがパチンと指を鳴らすと、天井に空いた穴から黒く大きな影がズシンと地響きを鳴らしおりてくる。それは黒く、人が身に着けるにはあまりにも大きな、鋼鉄の鎧姿をしていた。黒鉄の鎧はグググッとその身体を起こすと「ガオオオオンン!!」と唸りを響かせ、兜の隙間から目を赤く爛々と輝かせる。
「なっ……これは」
その姿を見たルアは驚きを隠せないでいた。
「この子は私の生み出した黒鉄のゴーレム。名はアーダーンよ。さぁ侵入者を排除しなさい」
ジェーンの命令を聞いたアーダーンは再び「ガオオオオンン!!」と唸り声をあげると、ズシンズシンと地を鳴らしながらルアたちに歩みよる。その後ろでゆっくりと暗闇に身を溶かしてゆくジェーンにルアは「ちょっと待ちなさい!アンタにはまだ聞きたい事があるのよ!」と叫び、向かい来るアーダーンの側面に素早く移動し、両手の指を合わせ、忙しなく動かしながら呪文を唱える。そして自分の髪の毛を一本抜きそれをジェーンへ向け投げると、金に輝く髪の毛は瞬く間に、光輝く縄となって飛んでゆく。しかし寸での所でそれをかわしたジェーンはクスクスと笑いながら姿を消し去った。
「また会いましょう、ルア・マグノリア」
ジェーンの笑い声と共に彼女の声が屋敷に響く。
「なんであの女、私のファミリーネームまで知ってるのよ。……それに」
地響きを鳴らし近づいてくるアーダーンを見、額に汗を一滴流しつぶやく。
「ゴーレムを生み出したですって? 冗談キツイわ」
目の前の、自身以外が生み出したゴーレムを眺め、ルアはハハッと毒づきながら笑みをこぼした。