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無限を歩くルア  作者: 九重ウメ
第二章 ルアとラウバレル人造兵団
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第二話 魔人と超人

■第二話 魔人と超人


「魔術でも化学でもない、その祖なる力。古の時代に存在した、神の力に通ずるモノを感じるな」


「私も最近まで、錬金術は化学と魔術を高次元で融合させた技術と思っていたわ。でもそれは違った。この世界の化学と魔術は、この錬金術から生まれたモノだった」


 ルアはエメラルドタブレットへと手を添えると、指先をせわしなく動かし始める。タブレットの面をスッスッと指先で撫でてみたり、トントンと叩いてみたり、人差し指と親指を摘まんだ様な仕草を見せたかと思えば、開いてみたりと、その動きはおおよそ魔導書を扱うと言うよりは、何か機械の様なモノを操作している様に見える。


「まずは見て貰いたい文字があるわ」


 ルアの言葉に反応したかのように、エメラルドタブレットはその姿を淡く光らせる。するとその光は宙へとぼんやり浮かび上がり、その姿を光のスクリーン状の様な物へと変えた。ぼんやりと光るスクリーンには、二十六個の文字が映し出される。


「コレは、神の文字だ」


 その巨大な体躯から首をグッと伸ばし、スクリーンをのぞき込んだラギータは一言そう呟いた。


「やはり、神の文字で間違いないのね。前に一度、悪魔文字と言うものを見た事があるわ」


「悪魔文字を見たか。アレは、この神の文字を鏡の世界に落とし作られた」


「そこまでは調べがついてるわ。問題なのは、この文字が何故使われなくなってしまったのかよ。調べれば調べる程に、この文字は優れた性質のものだと分かったわ」


「……ふぅーむ」


 ラギータは伸ばした首を少し戻すと、何か考え事をする様に目を閉じ、鼻を鳴らした。


「今は使われていない、誰もその存在を知らないはずの神の文字。それを元に生み出された悪魔文字を使いこなす者がこの時代に現れた。この世界には隠された重大な何かがある。その一つが錬金術。違うかしら?」


 ラギータの緋色に染まる瞳を、深く深い群青の瞳は真っすぐ見据える。その眼差しは、自身に師事する事を頼み込んだかつてのルアを思い起させた。


 何度帰れと言っても意地を通した彼女に、やれやれと心を折った事。無限を歩く者となっても、まだまだ幼い彼女に振り回された事。濃紺に染まる夜空を眺め、一人静かに涙を流す後ろ姿を、見守ってやる位しか出来なかった事。


 嗚呼、約束なんてするもんじゃない。


 ラギータは、やれやれと言った具合に言葉をこぼした。


「何が聞きたい?」


「ゲオルグの封印を解き、悪魔文字を使う者が現れたわ」


「……」


「その女の名は、『フルカネルリ』と言うそうよ。元々のこの魔導書の所有者とも。でも、普段は偽名を名乗って行動しているわ。この千年で、何度か不可解な事件が起こっている。そしてこの時代に、ゲオルグの真の封印が解けた。私は、現所有者としてこの隠された何かを知らなければならないわ」


「不可解な事件と言うのは、東雲の天罰の事か?」


「それも数ある内の一つよ。今思えば、栄華を極めた東雲の町が一夜で滅ぶだなんて明らかにおかしいわ」


「ルアは、『魔人と超人』についてはどのくらい知識がある?」


「魔人? 超人? 何よ、藪から棒に?」


 突然話題を変えたラギータに、ルアは不思議そうに答える。彼は意味も無く、突然話題を変える様な性格ではないと彼女は知っているからだ。


「フルカネルリ、随分と懐かしい名だ」


 ラギータはそう呟くと、その巨大な顔をグッと起こし、樹皮と枝で編まれた天井に空いている大きな穴から覗く青空に目を向ける。その様子は遠い昔に思いを馳せる様でもあった。


(もしこの先、遥か未来に、お前たちの力を求める者が現れたなら、その瞳に静かに問いかけよ。深く深い群青の瞳の少女は、世界の呪縛を解き放つだろう。それまでは、お前たちがこの世界の礎となるのだ)


 その言葉は三匹の龍が生れ落ちた時、彼らを生み出した者が残した言葉であった。


 知を与えられ、力を与えられ、不滅を与えられた彼らは、その言葉を、始まりの言葉を胸に刻み生きながらえて来た。


「……我らが生まれる前の、古代から存在する『魔人』の名だ。俺が生まれて直ぐ一度だけ会った。その時にはもう、魂だけの存在となっ

ていたな。儚げで、もの哀しい女だった。恐らくは、女神と魔人の戦争で色々と無くしたのだろう」


「魔人ですって? それに、女神との戦争? そんな話聞いたこともないわ」


「そうだろうな。世界に散った伝承は、意図的にぼかされてある」


「女神レフィクルは、この世界の海と大地と空を産み、最後に生命を産みだし永遠の眠りに付いた」


「それが一般的な伝承だな。だが、事実は違う」


「何故、世界の事実を隠す必要があったのかしら?」


「そうする理由がある」


 ラギータが答えると、ルアは少し視線を落とし考えを巡らせた。


(事実を意図的に隠す……そうするしかなかった)


「後世に伝えては不味い事があったのね」


「まぁ、そういう事だな」


「分かる範囲で構わないわ。教えて貰えないかしら?」


「……そうだな、何処から話すか」



 紅の古龍は状態を起こし、あぐらを組むと、瞳を閉じ、深く呼吸をする。


「女神は世界を創造し、生命を産み落とした。そして女神はあらゆる生命の中で、共に世界を導くパートナーを育てる事にした。そうして選ばれたのが『人間』だった。自らに足りないものは知恵と道具で補う人間は、女神が求める柔軟性と言うものに見事に合致したのだろう。女神は、ある二人の人間に力を授ける事にした。一人には、この世界の生命エネルギーの根源『マナ』を操る力。もう一人には、自らの身体に眠る『内なる力』を解放する力を」


「……魔人と超人」


「そうだ、その二人こそが今の人の祖だ。女神は人間が与えられた力を活用し、世界を生命のエネルギーが溢れる世界へと導く事を期待した。しかし、そうはならなかった」


 ルアはラギータの話を静かに聞いていた。生命のエネルギーが溢れる世界。女神は何を求めていたのか? 生命とは? 今、彼女が求める何かの手がかりがこの話のどこかにあるのかもしれない。そう思うと一語一句、聞き逃す事は出来ない。


「人には感情と言うものがある。どうしても超えられない壁を他人が容易く超えたとしたら? 自分が望んだものを誰かが一早く手に入れたら? 始めは憧れたりも尊敬したりもするだろう。しかしその気持ちはやがて劣等感へと変わり、嫉妬の火を灯す。ほんの些細な火種はいつしか激しく燃え盛り、魔人と超人の戦争が始まった。激しく続く争いに女神は嘆いた。そんな不安定な世界に、ある一人の少女が現れた。少女はあらゆる災厄を引き連れ、魔人も超人も見境なく捕えだした。この事態に女神は世界に顕現し、ディプレシオンを守るために自ら少女と戦った。だが、相手にするのは自らが生んだ子供たち。人が傷つく姿に嘆いた女神は、その全ての力を使い自らを礎に少女を封印した。女神は眠りに付く前に、一人の女に世界の事を、封印を永遠のものにと残し『永遠叡智の門』の中へと姿を消した」


 瞳を開き静かに話を聞くルアに、ラギータはゆっくりと視線を合わせた。


「これが女神と魔人の戦争だ」


 その言葉を聞いたルアは、先ほどから感じた違和感についてラギータに問いかける。


「……何故、『女神と魔人の戦争』と呼ぶのかしら? その言い方なら女神と魔人が争った様に感じるわ。話の流れからして、『女神と少女の戦争』となるなら理解できるのだけれど」


「『少女』の存在を隠すためだ。ここまで辿り着いた者への所謂ミスリードという訳だ。そのために魔人は少女の存在を隠匿し、自らを悪に見える様にした。それに、女神と共に戦ったのは魔人だ。見ようによっては、女神と魔人が共に何かと戦ったとも捉えられるだろう? もう一つ言えば、少女は魔人も捕えはしたが、超人を……いや、もしかしたら超人は望んで少女側に着いた可能性もあるかもしれん」


「……」


 自身の知る歴史とはまるで違う話に、ルアは言葉を見つけられないでいた。しかし、それでも少しは手がかりをつかんだ様にも感じた。


「災厄を引き連れた少女に、女神と共に戦った魔人。生命エネルギーの溢れる世界を望んだ女神。このどこかに、錬金術のルーツなりが関わっているというのね」


「考えられるとしたら、恐らくそこだろう」


「臭い所で言えば、少女の線かしら? それに、永遠叡智の門。これも初めて聞いたわ」


 ルアは、エメラルドタブレットに手をかざすと、この話に出て来たワードの検索を始めた。エメラルドタブレットは、叡智の結晶である。が、こちらの問いかけにしか反応を返さない。ゲオルグと言い、エメラルドタブレットと言い、あまり融通が利かない所にルア「まったく、まったくだわ」といつもの様にぼやく。


「その口癖は変わらんな」


 その様子を眺めながら、ラギータはクスリと笑みをこぼした。




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