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新たな目標

 ハーミルを襲ったモンスター事件が終わってから、2ヶ月が過ぎた。


 まだモンスターが潜んでいるかもしれないこともあり、リリの提案で教会騎士団の到着を待っての出立となったのだ。

 その間、俺は村人と共に畑を耕し、山に行って狩りをしたり、山の幸を取って来るなどの、穏やかな日々を過ごしていた。

 リリは肉体派の俺と違って子供達に読み書きを教えたり、神の教えを説いたりして、こちらものんびりとした生活を送っていた。


 そんな俺達の耳に届いたのは、ブルドーズ国の滅亡という悲報。

 国王の一族は皆死に、国の要人の多くが粛清されたとのことで、完全にフォード国に吸収されてしまったそうだ。

 村人は一様に不安そうだったが、俺達にできることはない。


 それ以降、何の話も俺達は知ることなく、教会騎士団がハーミルに到着した。

 総勢30名の騎士団は、誰もが精悍な顔つきをしており、自身に満ちた瞳をしている。

 民のために尽くすという信念の現れに違いない。たくましい者達の登場で、俺達の出番は終わった。


 騎士団にモンスター達の容姿や行動を伝えると、出立の準備を整え始める。

 名残惜しそうにしている村人に別れを告げ、ハーミルを出ようとした時、騎士団の隊長がリリに声を掛けた。


「ファルム様、お伝え忘れておりました。フォーレン様がレグザニアに寄って欲しいと仰っておりました」


「フォーレン様が? 分かりました。では、レグザニアに向かいます。後のことはお任せしました」


 隊長との話を終えたリリに問いかける。


「レグザニアって、教会都市だよな? フォーレンってのは?」


「レグザニアにあるイスタル教会本部にある、清廉せいれん守護兵団団長アリシア・フォーレン様です」


「守護兵団?」


「はい。レグザニアを守る騎士団です」


「何で、そこの団長から呼ばれるんだ?」


 リリは一介の循導師であることは、本人から聞いている。

 その中で騎士団との繋がりがある話は聞いていない。そもそも守護兵団があること自体、今初めて知った。


「フォーレン様とは教会にお仕えした時からの付き合いがあるのです。歳も同じということもあり、親しくさせてもらってます」


「そうか。20歳で騎士団の団長とは、すごいな」


「はい。友人としても誇らしく思っております」


 明るく話していることから、素直にそう思っているのだろう。変なやっかみを持たないのはリリの美徳だ。

 ハーミルを後にして、次の目的地であるフォード国とグランニア共和国の国境を目指す。

 山道を下り、大きな街道に出ると、馬車が軽快な歩調で進んでいるところに出くわした。


 これは良い。乗せてもらえれば、無駄な体力を消耗しなくても良い。俺は良いとして、リリは確実に疲れるだろう。

 馬車を操る男に声を掛けるため、小走りで近づいた。


「悪い。荷台に乗せてもらえないか?」


 御者台に座っているのは、人が良さそうな老人だ。俺の顔を見て、訝し気な表情を浮かべた。


「ん? あんた、何だ急に?」


「旅の途中でな。あの子は循導師だ。あの子だけでも乗せてもらえないか?」


「ほお~、循導師様ですか。ありがたいことですなぁ。狭いですが、乗ってくださって構いませんよ」


「恩に着る」


 リリに手招きをする。老人に礼を言って荷台に2人で乗ると、また馬車がゆっくりと動き出した。

 荷台にはいくつも木箱が詰まれており、それに背中を預ける形で俺達は座っていた。

 リリはふくらはぎをマッサージしながら、老人に声を掛ける。


「ありがとうございます。大変助かりました」


「いやいや。大変な旅を続けられているのでしょう。足を少しでもお休めください」


「はい、お言葉に甘えさせていただきます」


 しばらく馬車に揺られていると、今度は老人が俺達に声を掛けてきた。


「そういえば、戦争に負けたのはご存知ですかな?」


「ああ、大変なことになったな」


「どうなるのでしょうなぁ。魔王を倒した勇者様が、国を治めることになりますが、果たして良いまつりごとをしてくださるかどうかは」


「勇者か……。どうなんだろうな。良い奴だと思いたいところだが」


 俺の言葉に老人は唸り声を上げた。

 それはそうだ。他国に戦争を仕掛けるような奴が、聖人君子ではないだろう。国を治める者の感覚は分からないが、人のことを軽く見ているには違いない。

 上に立つ者は、下にいる者達のことはないがしろにしがちだ。そうでなければ、おいそれと戦争はできない。


 物思いにふけっていると、リリの表情が強張っていることに気づいた。

 おそらく、滅ぼされたブルドーズ国の民の事を憂いているのだろう。


「リリ、大丈夫か?」


「あっ。はい、大丈夫です」


「あまり気に病むな。こればかりは、どうしようもない」


「そう……ですよね」


 表情が曇ったリリを見て、頭をかいた。言いたかったのは、そうじゃない。


「ただ、俺達にもできることがあるはずだ。いや、リリになら、だな」


 視線を背けて言うと、老人に声を掛けた。


「日が暮れるまでには、町に到着しそうか?」


「ああ、安心しな。この調子なら、陽が高い内に着くだろうさ」


「分かった」


 視線を戻すと、にんまりと笑っているリリと目が合った。


「何だ?」


「クルスさんにもできることがありますよ」


「畑仕事や狩り以外に何かあるのか?」


 リリは首を横に振った。


「人助けです。私と一緒ですよ。だから、私達ならできることがあるんです」


 真っ直ぐな瞳で、恥ずかしくなるようなことを言われると、反応に困ってしまう。

 目を逸らして、遠くを見ながら小さく頷いた。


 ◇


 宿場町に到着し、老人に礼を言うと、早速宿屋へと向かった。

 

 今まで見てきた村と比べて、町と言われるだけあって規模が広い。

 立ち並ぶ建物も木造りのものだけでなく、レンガ造りのものもある。

 テレビで見た知識しかないが、中世の外国の町並みを見ているようだ。


 改めて、全く知らない世界に来たことを実感した。


「クルスさん?」


「ああ、すまない。宿屋に行こう」


 少し歩くと宿屋の看板が並んでいたので、一番手前にある宿屋のドアを開けた。

 一階は食堂兼酒場のようだ。まだ陽があるというのに酒の香りが漂っている。

 エプロン姿の女性が近づいてきたので、部屋を2部屋借りたいと告げると、困り顔を見せた。


「申し訳ございません。一部屋しか空いていないんです。ツインなので、そちらでよろしいですか?」


 返答に窮してしまった。今までの旅では泊まる家を分けたりして、一緒の部屋で寝たことがない。

 悩ましい問題に苦しんでいると、リリが女性に声を掛けた。


「では、そちらでお願いします」


 リリの言葉を聞き、女性は俺達を案内した。

 黙って付いて行き、部屋に入ったところで、やっと頭の中の整理ができた。


「宿屋を変えれば良かったんじゃないか?」


 当り前のことを言ったが、リリは当然のように言い返してきた。


「他の宿屋を探して、満室になった方が問題ではないですか?」


「なるほど」


 リリの言い分は一理ある。他の宿屋が埋まっているかもしれないのだ。

 下手に探しに行って、泊まる場所がありませんでしたでは、目も当てられない。

 一応、納得できたので食事のために、リリを連れて1階に降りた。


 食堂で注文を済ませ、料理が出てくるのを待っていると、近くの席で酒を飲んでいる男達の会話が耳に入った。


「なぁ、クリスタルマウンテンの新山ができるのって、今年だっけか?」


「ああ、そうだった気がするぜ。何だ? 見に行くのか?」


「流石にあそこは辺鄙へんぴ過ぎるからなぁ。でも、一度は見てみたいよな」


「絶景らしいからな。メルビン爺さんの手記でも、5つ星がついてるぜ」


「メルビン爺さん?」


 気になる言葉に耳を傾けると、男が得意そうに返した。


「メルビン旅行記。知らないのか? この世界の絶景をまとめた本だよ」


「そんなのがあんのか? ちょっと読んでみたいな」


「俺も昔、見せてもらっただけだから、細かくは覚えてないが、色々と面白い話が載っていたぜ」


「へぇ~」


 男達はそこで会話を終えて、テーブルに金を置いて外に出て行った。

 クリスタルマウンテンに、メルビン旅行記。気になる言葉だ。リリに聞くとしよう。


「クリスタルマウンテンって知っているか?」


「グランニア共和国にある山ですね。山と言っても、大きなクリスタルで出来たものらしいですか」


「そんなものがあるのか」


 クリスタルで出来た山。想像すらしたことがない景色に、少しだけ心がうずいた。

 爺さんは旅で色々な風景の話をしてくれた。小さな頃の俺は、その話で冒険心を抱いたものだ。

 一度、興味を引かれてしまうと、なかなか頭の中からクリスタルマウンテンのことが離れてくれない。


「行きたいんですか?」


 リリの言葉に、思わず目を大きく開けてしまった。


「いや、そういう訳では」


 言葉を濁して、料理を待つ振りをする。


「行きましょう。クリスタルマウンテン」


 また目を見開いて、リリを見た。


「循導師の旅はどうするんだ?」


「クリスタルマウンテンに向かう間にも、町や村もあるでしょう。そちらに立ち寄れば問題ありません」


「いや、それでも」


「クルスさん、少しは自分に素直になっても良いんですよ? いっぱい我慢してきたんでしょう?」


 俺がいた世界の話をリリにしたから、そう思ってくれたのだろう。

 実際、我慢をしていたと思う。何ものにも縛られず、どこかに行きたいと思うことがあった。

 まさに、それが今なのかもしれない。この世界でなら俺は爺さんのように生きれる。


 思うがままに生きた爺さんのように。


「リリ」


「はい?」


「ありがとう」


 これ程、素直にありがとうを言えたのはいつぶりだろう。

 リリが俺に新しい生き方を提示してくれたようなものだ。俺の人生はここから始まるのかもしれない。

 笑顔で頷いたリリを見て、初めてこの知らない世界に来て良かったと思えた瞬間だった。


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[一言] いよいよ絶景ポイントが……
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