月下の戦い
夜の闇をかがり火が照らす。
昼間にモンスターの襲撃を受けた後、リリが村人を集めて、今回の事態を説明した。
村人はモンスターの復讐に怯え、村を逃げようという者もいたが、逃げた先にどうするかとの話になると誰もが口をつぐんだ。
逃げ場がない村人にリリは、俺と2人で戦うと説明した。村人には村長とその近くの家に隠れてもらい、俺とリリはその家を守るように戦う。これならば、村人へ危害が加えられる可能性は低い。
リリの提案に村長は頷くと、夜の襲撃に備えてかがり火の準備を行った。
夜に襲われたら厄介だからだ。暗闇の中で戦うのは難しい。1対1ならばまだしも、多数を相手にすることは分かりきっている。
光源をできるだけ増やしてもらい、戦いやすいようにしてもらった。
かがり火の木が爆ぜる音が聞こえた。
俺とリリは家の前に立って周囲を警戒するが、まだ異変はない。このまま何事もなく過ぎればいいのだが、そうはいかないだろう。
時間が経てば、それだけ警戒されてしまうからだ。多少、知恵のある奴ならば、それぐらい分かる。
あの猿共が夜目が利くかは分からないが、数で圧倒できるのであれば夜に襲わない手はない。
優しい風が吹いた。今日は綺麗な三日月だ。知らない世界で見る月が、俺の知っているものと同じように見れるのは嬉しい。
「クルスさん、どうかしましたか?」
「すまん。ちょっと、月を見ていた」
「そうでしたか。確かに、いい月ですね。こんな時じゃなければ、ゆっくりと眺めたいですね」
2人で夜空に目を向け、月を少しだけ愛でる。
また木が爆ぜる音がした。その時、今まで感じていた空気が淀んだ。
「リリ、来たぞ。手筈通りに頼む」
「分かりました。すぐに取り掛かります」
リリは家の傍まで走ると、目を閉じて、神経を集中し始めた。
ここからは、俺の頑張り次第だ。指を鳴らし、肩を軽く回すと、少しだけ腰を落とした。
暗闇が蠢く。かがり火に猿のモンスターが照らされた。その瞬間、筋肉を爆発させる程の力で駆け出す。
モンスター目掛けて飛び上がり、顔面目掛けて蹴りを繰り出した。
足の裏がモンスターの顔面にめり込むと、俺はモンスターを足蹴にしたまま、地面に降り立つ。
先ずは1体。
モンスターは奇声を上げ、俺に向かって襲い掛かってきた。
両手を大きく広げて飛び掛かるモンスターに向かって、一歩踏み込んで右の突きを顔面に叩きつける。
勢いの乗ったモンスターの顔は硬い拳のカウンターにより、半壊した。
頭蓋すらも破壊する力を見たモンスターが一瞬怯んだ。
そのモンスターを次の得物に定め、一気に距離を詰めると中段回し蹴りを放つ。
モンスターはゴムボールのように吹っ飛ぶと、地面を転がって行った。
すぐさま構えを取り、周りの状況を確認する。
瞬く間に3体の仲間が倒れたことで、モンスターは警戒し、俺に接近するのをためらっているようだ。
良い傾向だ。俺が駄目なら、次に狙いをつけるのは。
しばらく睨み合いが続くと、2体のモンスターがリリに向かって駆け出した。
その動きに瞬時に対応する。足に力を込め走り、一瞬でモンスターを追い抜いた。そして、反転するように後ろ回し蹴りをモンスターの顔面にくらわせる。
モンスターは一回転して地面に落ちると、口をだらしなく開けて意識を失った。
回し蹴りをそのまま振り抜いて前に向き直ると、もう一度、足に力を込め駆ける。
リリに向かうモンスターの背後を取ると、腹に両手を回し、力任せに持ち上げて、そのままスープレックスを極めた。
後頭部を激しく打ち付けられたモンスターは、白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
素早く立ち上がり、モンスター達を睨みつける。
俺ににじり寄るモンスターは、息を合わせたように一斉に飛び掛かってきた。
その攻撃に無理に対抗はせず、的確に避けて、無防備な背中を見せたモンスターに前蹴りを浴びせる。
モンスターが今度は突進を仕掛けてきた。
小柄だが勢いがある。横からは別のモンスターが飛び掛かろうと、膝を曲げていた。
連携技とまではいかないまでも、厄介な攻撃だ。避けるのは難しくないが、できるだけ敵を引き付けておきたい。
肩を突き出したモンスターが俺にぶつかろうとした瞬間、少し体を横にずらし、身を低くして後ろ下段回し蹴りを当てる。
勢いの乗ったモンスターは宙を一回転して、地面に顔面から叩きつけられた。
蹴りを放った体勢から、今度は飛び掛かるモンスター目掛けて、体を捻じって飛び後ろ回し蹴り繰り出す。
踵がモンスターの左腕を蹴りつけると、その手の骨が砕け手が折れ曲がった。
地面に不格好に落ちたモンスターの後頭部を踵で思いっきり踏みつける。ぴくりとも動かなくなったモンスターから目を離して、残りのモンスター達の様子を伺った。
先ほどより、更に警戒心を強めているようで、距離を取ったまま奇声を上げている。
膠着状態となったので、リリをちらりと見る。
数秒後、リリが目を開くと錫杖を高々と掲げ、大きく口を開いた。
「セイクリッド・ジャッジメント!」
リリの持つ錫杖から光の束が天へと昇った。その光が弾けると、いくつもの光の柱が天から降り注ぎ、モンスターを飲み込んだ。
村中からモンスターの断末魔の声が響く。天の裁きの光に焼かれたモンスターが、体から煙を上げていくつも横たわっていた。
「まだ生き残りはいそうか?」
焦げて鼻につく臭いを発するモンスターを見て言った。
リリが放った魔法は周囲のモンスターを特定して、一気に葬るというものだ。だが、モンスターは夜にまぎれているため、特定が困難だった。
そのために俺が時間稼ぎをし、リリには周囲のモンスターを感知してもらい、魔法を放ったというものだ。
目に見えない敵を捉えることができる魔法と併せての魔法。事も無げにリリは言ったが、難しいものなのではないかと思う。
「村の中にはいないと思います。数からしても20を超えていたので、生き残りがいても少ないのではないでしょうか?」
「そうか。それだけやれば、今日は引くだろう」
モンスターの総勢がどれほどかは分からないが、人目につかない所で生きているなら、それほど多くはいないだろう。
生き残りがいたとしても、形勢が逆転してしまえば退くのが通り。俺達の戦いは間違いなく勝利だ。
警戒を解こうとした時、空気が変わった。同時に、暗闇から何かが俺に向かって2つ飛んできた。
その軌道を見極め、一歩だけ横に動く。すると、何かが地面を転がった。
それは煙を上げているモンスターだ。
かがり火の光に照らされたのは、先ほどまでのモンスターより2倍は大きい猿だった。
両手で胸を叩き、雄たけびを上げる。ドラミングをしているのを見ると、ゴリラのようだと思った。
ゴリラのようなモンスターは、2足立ちになって腕を軽く上げると、じりじりとこちらに近づいてくる。
「クルスさん!」
「手出しはするな。俺が始末する」
静かに呼吸をし、モンスターの出方を伺う。俺との距離が縮まる。俺よりも大きく、かつ手が長いことによるリーチの差。
間合いの広さはモンスターの方に軍配が上がる。モンスターの発する気が俺に届いた。間合いに入ったのだ。
モンスターの力任せの剛腕が振るわれた。まともにくらえば、骨の1、2本は持っていかれそうな力強さ。だが、ただの大ぶりのパンチだ。
上体を反らして、パンチをやり過ごす。次は逆の手で同じようにパンチを仕掛けてきた。このパンチは一歩斜めに踏み込む。すれすれでかわすと、そのまま体を捻じって飛び回し蹴りをモンスターの頬に入れた。
直撃したモンスターはよろめき、膝が崩れた。
丁度、モンスターの顔が俺の目線まで下がった。血走った目を見開き、俺を見つめる。その瞳に映るのは、俺の突き出された拳であった。
モンスターの顔面に拳がめり込むと、鼻骨を折り、歯を砕き、顔面が拳の形にへこんだ。モンスターはこと切れたようで、地面に崩れ落ちた。
辺りを伺うが、こちらに敵意を向ける視線は感じられない。こいつが親玉だったのだろう。
「終わったな」
言うと、リリが胸を撫で下ろした。
「無事で何よりです。村の皆さんに終わったことを伝えてきます」
「ああ、頼む」
避難した者達がいる家に向けて声を掛けるリリから目を離して、地面に横たわるモンスター達を見る。
人を襲う驚異の存在。こんな奴らが、わんさかいたと考えると、恐ろしい世界だったことは容易に想像がつく。
そんなモンスター達を率いる魔王を倒した勇者。どのような力の持ち主なのだろうか。少しだけ興味が湧いた。
「クルスさん、少しだけ、外を見回りませんか? まだ潜んでいるモンスターがいないか気にしている方もいらっしゃいますので」
「ああ。行こうか」
村の中を一周して、柵の外も見て回る。
見た感じ、モンスターが潜んでいるような気配は感じられなかった。
一通り見終わったところで、村に戻ろうとした時、リリが空を見上げる。
「どうかしたか?」
「綺麗な月だったもので」
「そうだな。少しだけ見ていくか。勝利の祝賀会みたいなもんだ」
そう言うと、リリが目を丸くして、肩を震わせた。
「そうですね。では、月夜を楽しみましょうか。私達の勝利を祝って、ですね」
リリはおどけて言うと、綺麗な三日月に目を向けた。
柔らかな月明りが、俺達の勝利を祝福してくれている。そう思える程に、穏やかな時間を過ごした。