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モンスター遭遇

 リリと出会ってから1週間が経った。


 ハーミルを目指しての旅は、特に何事もなく終わりそうだ。

 道すがらリリと世界について多くのことを聞き、俺のことについても語った。


 全く別の世界の話をしているのにも関わらず、リリは疑うようなことはなく、真剣に話を聞いてくれた。

 俺の世界に興味を持ったのか、色々と聞いてきたりもしたが、リリと違って俺に答えることができることは多くはない。

 田舎で暮らしている上に、爺さんに朝昼晩と古武術漬けの生活を過ごしていたのだ。常識がない訳ではないが、世界について深く知っているとは言えない。


 それはリリも分かっているようで、質問攻めにするようなことはなく、言葉を選んで質問してくれている。

 無遠慮に聞いている俺とは大きな違いだ。


 そういえば、ここに来る前にモンスターが出ると教会の神父が言っていたことを思いだした。


「リリ、モンスターってのは、魔王がいなくなっても、まだいるのか?」


「います。魔王がいなくなったことで、モンスターを統率できる存在がいなくなりましたから、野生生物と同じように生きています」


「野生動物か。モンスターも猛獣のような扱いなのか?」


「少し違います。モンスターは動物が魔力によって変異した姿です」


「変異?」


 俺の問いにリリは頷いた。


「動物も魔力を持っています。それが一定以上あると、変異してモンスターになるのです。魔力が強いから、普通の動物に比べて厄介な存在になります」


「動物が強くなった姿ってことか。それが統率されていたのなら、かなりの脅威だったに違いないな」


「はい。世界が安定してからは、モンスターも人の目に付かない場所に消えていきました。なので、人里離れた場所ではモンスターと出くわすことがあります」


 人里離れた場所と言えば、今向かっているハーミルがそうなる。

 ハーミルは小さな集落で国の端に位置しているためか教会がない。教会が見放している訳ではないが、行きたがる者も少ないということだった。

 なので、循導師が度々、足を運んでいるとのことだ。


 モンスターがいるような場所で暮らすのは大変なのではないだろうか。

 リリに問うてみる。


「モンスターがいるような土地に、どうして住むんだ?」


「人は土地に縛られます。生まれ育った場所を捨てるのも抵抗がありますし、縁もゆかりもない世界に飛び出すのは勇気がいります。簡単に土地を離れることができないのです」


 離れられないか。俺も田舎に縛られていたことがあるから分かる。

 色々としがらみがあれば、早々動けない。ハーミルに住む人達は俺と同じなのかもしれない。


 遠い目をしていると、遠くに建物がいくつか見えた。あれが、ハーミルか。

 森に囲まれた集落。ド田舎と言えるだろう。どのような場所なのだろうか。少しだけ楽しみになってきた。


 ◇


 到着したハーミルに住む者達は、40人ほどであった。

 もっと少ないと思っていたが、これぐらいは人がいないと村を維持できないのだろう。


 リリが循導師と分かると、すぐに村長の家に案内された。

 その後、リリは人を癒しに行くために家を出て行ったので、手持無沙汰になってしまった。

 ただ家にいるのもつまらない。外に行くとしよう。


 外に出て、村の家々を見る。どれも簡素な木造りの家で、生活水準は高くなさそうだ。

 色々と見ていると視線を感じたので目を向けると、4人の子供が遠巻きに俺のことを見ていた。

 物珍しい恰好をしているからだろう。子供に気にするなと言う方が難しい。一言会話でもしようかと思ったが、止めた。


 おそらく、逃げて行くだろう。稽古をつけていた子供達も最初は俺にビクビクしていたのを思い出した。

 村の中を当て所なく歩く俺の後を、少し離れて子供達が付けてくる。面倒になってきた。声を掛ければ、散って行くに違いない。

 振り返ると、子供達と目が合った。

 

「おい」


 声を掛けると、子供達は慌てて建物の影に隠れた。

 思った通りの結果だ。だが、これで心置きなく散策できる。と、思ったが、村人も俺のことを気にしていた。

 あまり人から見られるのは好きではない。仕方がない。村の外をぶらつこう。


 村を囲む柵を越えて、畑のあぜ道を通り、広がる森の中に入った。

 森の中は静まり返っており、葉っぱの揺れる音さえ聞こえない。鼻から大きく空気を吸い込んで、緑の匂いを堪能する。

 まだ戻るのは早いだろう。もう少し森の中を堪能することにした。近くの小石を拾い上げ、親指で器用に跳ね上げる。


 少し風が出てきたのか、葉の擦れ合う音が聞こえた。そして、人の気配を感じた。

 ゆっくりと振り返ると、また例の子供達だ。森の中まで付いてくるとは。珍しいものを見たいのは分かるが。子供故の好奇心か。

 これ以上、森の中に進んで何かがあっては困る。子供を追い払うついでに、村に帰ろう。


 一歩前に踏み出した時、頭上の木々がざわめいた。

 気が軋む音がいくつも聞こえる共に、生々しい気配を感じ取る。獣とは違う。もっと獰猛な何かだ。

 子供達が隠れていた木の上から音が聞こえた。枝が折れる音がいくつも鳴ると、木の太い枝に人影のようなものがぶら下がる。


 体はやや小柄だが手が異様に長い。顔は見えないが、漂う雰囲気は人のそれとは違った。

 子供達も音を聞いたからか顔を上に向けると、叫び声を上げた。すると、悲鳴を上げた少年の1人の体が突如として宙に上がる。

 人のような者が、子供を片手で救い上げたのだ。


 次の瞬間、人ような者は木の上に消えた。

 子供がさらわれた。そう思った時、持っていた小石を親指に乗せ、動く影に向けて弾く。


「ギャウッ!?」


 聞こえたのは人の声ではない。動物のような声を発した何かは、木から落下すると地面に叩きつけられた。

 一緒に子供も地面に落ちたようで、うめき声を上げる。無事を確認しに近づくと、息を飲んだ。


 子供の傍に倒れているのは、猿だった。人に近い大きさを持った手が長い猿は、醜悪な顔つきをしており、目が血走っている。

 人を襲う動物。まさか、これがモンスターなのではないか。

 いや、そんなことはどうでもいい。先ずは子供を助けるのが優先だ。すぐに子供を拾い上げて、他の子供達の近くに駆ける。


 その時、また木々がざわめいた。幾つもの気配が迫ってきている。逃げ切ることができるか。

 考えたが、答えは否だった。子供の足では追い付かれる。ここで迎え撃つしかない。


「おい! こいつを頼む」


 助けた子供を地面に置くと、神経を集中させた。木の上からこちらを舐めるように見ている。

 1つの木の枝が軋んだ音がした。すぐさま、音がする方に振り向き、構えを取る。大きな猿が飛び掛かってきた。

 少しだけ体を動かして飛び掛かった猿を避けると、すれ違いざまに回し蹴りを背中に叩き込んだ。


 踵が背骨を粉砕する感触が伝わってきた。

 猿は背骨が折れ、くの字になって痙攣しており、立ち上がる気配はない。子供をさらおうとした化物だ。これぐらいやっても大丈夫だろう。と思うことにした。

 のんきに考えていると、猿が2匹地面へと降り立つ。


 猿は2本足で立ち上がると、威嚇してきた。気色の悪い声で叫ぶが、その程度で怯む俺ではない。

 足を踏み出して、つま先に力を込め、地面を蹴る。一瞬で猿に肉薄し、猿の胸に膝蹴りを繰り出すと胸骨が破砕する音が聞こえた。

 仰向けに倒れ、口から泡を吹いた猿を見て、残った1匹は狼狽えているようだ。俺と倒れた猿共を交互に見ると、背中を見せて森の奥に消えていった。


 追いかける必要はないだろう。今は子供達の安全が第一だ。


「大丈夫か?」


 恐怖が残っているのか、子供達は何度も頷いた。地面に落ちた子供を見るが、外傷は見当たらない。気を失っているだけのようだ。

 気を失っている子供を背負って、顔が引きつっている子供の頭を軽く撫でると、森の外へと向かった。


 後ろから付いてくる子供達を気にしながら歩いていると、村があった方から悲鳴が聞こえる。

 すぐさま、子供を背負ったまま村に駆ける。森を抜け村が見えた時、悲鳴の正体が分かった。

 先ほど戦った猿と同じ奴らが、村を襲っていたのだ。


 5匹の猿が村の中を暴れまわっており、人に襲い掛かっている。逃げ惑う人々がいる中、猿達に向かう人がいた。リリだ。

 リリは持っている錫杖を地面に突き立てると、目を閉じて、何かを呟いた。


 次の瞬間、錫杖の先から光が放たれ、1体の猿が焼かれた。

 煙を上げている猿の亡骸を見た他の猿が、ギャーギャーと叫び、森に向かって消えていった。


 猿の姿が無くなったのを確認し、急ぎ村の中に行くと、リリが怪我をした人の手当てをしていた。


「リリ、大丈夫か?」


「クルスさん、無事でしたか。良かった」


「今のは何だ? あれがモンスターか?」


「はい、モンスターです。まさか、こんな所に隠れていたなんて」


「リリ、どうする?」


 俺の問いに、リリは頷いた。


「このままにはしておけません。教会に依頼して、騎士団を派遣していただきます」


 騎士団。リリが言っているのは、教会が独自に持つ騎士団のことだ。人々の救済のために動く騎士団ならば、モンスターを討伐してくれるということか。

 本来であれば、ブルドーズ国に依頼するべきところなのだろうが、今は戦争中だ。動いてはくれないだろう。


「となると、騎士団が来るまでは、ここに足止めか?」


「そうですね。旅は一時、中断になります。クルスさん、ごめんなさい」


「気にするな。仕方がないことだ。だが」


 嫌に静まり返った森を見る。あの先にモンスターが潜んでいるのだ。撃退され、仲間を失った者達が何をするか。

 動物の世界でも復讐はある。このまま、黙って見過ごしてくれないだろう。


「リリ、今夜だ」


「えっ?」


「奴等は必ず来る。こちらが、対抗手段を講じる前にな。戦えるのは俺とリリだけだ。覚悟しておけ」


「分かりました。クルスさんの勘を信じます。私の魔法にビックリしないでくださいね?」


「さっきの魔法で十分驚いた。いや、もっと驚くような魔法を見せてくれ。楽しみにしている」


 リリは俺の顔を見てふふっ、と笑う。俺は指を鳴らし、森の奥にいるであろうモンスターを射貫くような視線を向けた。


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