世界について語る
近隣の村の教会に辿り着いたのは夕方で、そこで夜を迎えると俺とリリ、神父、シスターの4人は教会の食堂に集まっていた。
4人でテーブルを囲む。食卓には細かく刻まれた野菜のスープとふかした芋、黒いパンが並んだ。
食事を前にして神父とシスター、そしてリリがお祈りを始めた。おそらく、食事を取れることへの感謝のお祈りだろう。
日本語で言えば、いただきます、と言ったところか。
お祈りが終わると、夕食が始まった。
質素な料理だが、素朴な味付けで、そこそこ美味い。珍しい黒いパンを口にしていると、神父が俺を見た。
「お口に合いますかな?」
「ああ、美味い。優しい味だ」
「それは良かった。普段であれば、もう少し彩りがあるのですが、今は戦争の真っただ中。食料の多くを国に差し出している状況でして」
「そうなのか。大変なんだな」
手にした黒いパンは、見慣れた白いパンに比べてパサパサしている。もしかしたら、白いパンの方が上等なのかもしれない。
野菜のスープもやせ細ったものが多い。芋は痩せた土地でも育つと聞いたことがあるから、重宝されているのだろう。
食糧事情を悪化させている戦争について、少し聞きたくなった。
「戦争はいつから始まったんだ?」
「半年ほど前です。話に聞けば、かなり押されている状況で、王都目前とのことです」
「そうか。今日、フォード国の騎士とやり合ったが、こっちまで戦火が拡大しているのか?」
「恐らくは、敗残兵狩りでしょう。ここは戦線から離れてはいますが、山を越えれば隣国のサーイマル共和国に行くことができますから」
サーイマル共和国。ここに来るまでにリリから少し聞いている。
山に囲まれた盆地で、領土は広いが裕福な場所ではないとのことだ。今回の目的地ではないが、いずれ行くかもしれないと言っていた。
俺と神父の会話にリリが加わる。
「神父様、私達はハーミルに向かいたいのですが、そちらの状況はいかがでしょうか?」
「ハーミルは王都から離れておりますから、大丈夫でしょう。しかし、本当に行くのですか? モンスターを目撃したとの話も聞きました」
「ハーミルには教会がありませんが、救済を求める方々がいらっしゃいます。危険な場所に赴くのが循導師です。そのために私達は鍛えているのですから。ね? クルスさん?」
リリがからかうように言った。俺は循導師ではない、ただの従者だ。それ以外のことは言わないと取り決めたはずだ。
なのに、この女は。余計なことは喋らず、黙って頷いた。
「流石は循導師様です。その信念には同じ聖職者ながら感服致します」
「いえ、私達などまだまだ未熟者です。この旅を通じて、もっと成長いたします。ね? クルスさん?」
またか。親しみを込めた声色は心地よいものを感じるが、いじられるのは慣れてはいない。
「ああ」
一言で終わらせると、リリが小さく笑った。
出会って1日と経っていないのに、この打ち解けようはなんなのだろう。命を助けたからか。それとも、人と上手に関係を築くことができる人間なのかもしれない。
どちらにせよ言えるのは、不愉快に感じないことだ。当たり前のように接してくれることが、素直に嬉しく思える。
周りから避けられていたから、そう思うのだろうか。いや、何でも良い。俺は自分が感じたままの感情を受け入れよう。
神父とリリが交わす会話を聞きながら、食事を進めた。
◇
教会を出て、3日が過ぎた。
幸い戦の空気は漂ってこず、旅は順調そのものであった。
街道沿いにはある程度歩けば集落がチラホラとあるため、野宿をせずに済んでいる。
それは循導師という身分のお陰と言っても良い。
リリの持つアミュレットを見せると、大概の人間は恐縮していた。それほど循導師とは尊敬される存在なのだろう。
訪れた地で病気や怪我に苦しむ人にリリは魔法を掛けて癒していた。
そう。魔法があるのだ。
完全にファンタジーの世界に俺はいる。勇者に魔王、そして魔法だ。もう、これ以上、驚くことがないと思いたい。
そんな魔法だがリリの発するそれは温かな光を放ち、見ていると心が癒される気分がした。
なにより、治癒を終えた後の笑みが一番心を穏やかにさせてくれる。
どうしたら、あのような顔ができるのだろうか。自分では思っていないが、今も険しい顔をしているのだろう。
俺と接する人が、若干距離を置いていることぐらい分かる。
循導師だから愛されている訳ではないと思うが、その立場は重要なものに違いない。
俺の対極にいるリリに、その立場について問いかける。
「循導師ってのは、どうやってなるんだ?」
「教会で試験を受けて、合格することで循導師となれます。ただ、試験と言っても学力、体力、魔力と様々な科目があって、簡単に合格できるものではありません」
「なるほど。だから、尊敬されているのか」
「それもありますね。試験に合格できる優秀な人が自分のためではなく、人のために尽力する。そのことを尊いと思ってくださっているのかもしれません」
「そうだろうな。俺には真似できん」
言うと、リリが噴き出して笑った。面白いことを言った覚えはない。
「何だ?」
「クルスさんは命を捨ててまで、お弟子さんを助けたじゃありませんか。それに私の事も。とても尊い事だと思いますよ?」
柔らかな笑みでそんなことを言われると、恥ずかしくて仕方がない。
頭を軽くかいて、目を背ける。
「あれは成り行きだ」
「成り行きでできるのなら、意識したらもっとできますよ? どうです? 循導師になってみませんか?」
「冗談じゃない。俺は頭が悪いんだ」
頭が悪いと言うか、学ぶ気がないと言うか。小さい頃から古武術漬けだったので、勉強は高校を無難に卒業できる程度にしかしていない。
そんな俺がなれる訳がないし、なりたいとも思えない。旅をするなら、その肩書があれば色々と助かるのは間違いないが。
リリは肩をすくめた。
「残念です。では、気が向いたら、言ってくださいね? 座学なら、クルスさんに負けませんから」
「俺がリリに勝てるとしたら、体力だけだろう? 魔法なんて使える気がしない」
俺の言葉に、リリは目を大きく開いた。
「魔法ではありませんが、魔力は使いこなせていますよ?」
「ん? どういうことだ?」
「私と出会った日に戦ったじゃないですか。あの時、魔力を使っていたはずですよ?」
「分からん。詳しく教えてくれ」
リリは足を止めて、少し難しい顔をした。
「魔力は生命の源でもあります。人は多かれ少なかれ、魔力を持っています。その魔力を変質させて外に発するものが魔法です。ですが、魔力は魔法に使うだけではありません。魔力を体内で燃やして、力に変えることもできるのです」
「なるほど。魔力というぐらいだから、魔法だけの話と思っていたが」
「そうです。魔力を使用して、その力を外に出すか、内で使うかの違いです。クルスさんは、体内で魔力を燃やしたから、あの力が発揮されたと私は思ってますが」
「そうなのか?」
全く分からない。魔力を使うようなことはしたことがない。そもそも魔力と言う存在を知らなかったのだから、使いようがないか。
だが、リリは納得いかない顔をしている。
「クルスさんは武術をされていたのですよね?」
「ああ、『久我刀捨流』をな」
「そのトウシャリュウの中で、魔力の流れを意識するようなことをしていませんか?」
そういうと、リリは手をぐるりと回して、拳法らしき構えを見せた。全く力強さを感じさせない構えだ。
それはいいとして、魔力の流れを意識するというものが何なのかを考えてみる。
腰を少し落とし、左の拳を少し上げて、構えを取った。静かに呼吸をし、腹から息を吐き、虚空を突く。
ただの突きだが、空間が捻じれるような力強さを持っていた。まともに喰らえば、頭が吹っ飛ぶのではないのかと思える程のものだ。
もう一度、深く呼吸をして構えを取った時、気づいたことがあった。体に熱いものが巡った気がしたのだ。
それは丹田に力を入れた時である。へその少し下にある丹田を意識した呼吸法。気が体に満ちるイメージを自然とした瞬間に起きたことから、気が魔力と密接に関係していることが分かった。
気の流れを意識しながら突き、蹴りを繰り出していると、魔力が燃えるという意味が分かった。
体が強化されているのだ。単純な筋力だけではない。体の切れも全く違う。繰り出す技の全てが強化されているように思えた。
「なるほど。少し分かった気がした。この魔力って奴は、どれぐらい強くなれるんだ?」
「ん~、人によりけりとしか言えませんが、魔力の量が多ければ多い程、強いのは間違いないです」
「そうか。あの騎士も魔力を使っていたのか?」
「だと思います。魔法を使う人以外は、基本、肉体強化をしていますので」
リリの言葉に頷く。俺の魔力がどこまで強いか分からないが、そこそこ腕の立つと思われるあの騎士を圧倒したのだ。かなりの魔力を持っているに違いない。
そう考えると、俺の体は一体、何なんだと改めて思う。全く知らない世界で、全く知らない体。俺は一体、何でここにいるのだろうか。
幾度も考えた疑問に答える者はいない。今の俺にできることは、リリと共に世界を巡り、世界を知ること。何かをするなら、その後で良い。
「リリ、行くぞ。野宿にはなりたくない」
「はい、行きましょう。あ、折角ですから、神の教えを説きましょうか? 私、人に教えるのには自信があるんです」
「いらん」
「速攻で断らないでくださいよ。じゃあ、勝手にさせていただきます。この世界は――」
本当に勝手に始めてしまった。これが続くと思うと、精神的に過酷な旅になりそうだ。