拳士VS騎士
勇者に魔王。流石の俺でも聞いたことがある単語だ。
悪いモンスターを率いるのが魔王で、それを倒すのが勇者。その程度の知識しかないが、リリセーラの口ぶりから間違ってはいないと思う。
気になるのは魔王を倒したのに、勇者が戦争をしていることだ。勇者は正義の味方ではないのか。
「そのデスティンって奴は勇者だと言ったが、何で勇者が戦争するんだ?」
俺の問いかけに、リリセーラは憂いを感じる表情をした。
「勇者デスティンは魔王を倒した後、フォード国のお姫様と結婚し、しばらくして王へと就任しました。そこからです。近隣諸国に侵攻し始めたのは」
「なるほど。勇者と言っても、正義の味方って訳じゃないってことか」
「……はい。そうですね」
顔をうつむけると、呟くように言った。リリセーラにとって、嫌な言葉を口にしたのかもしれない。
人を助けて回っている者からすれば、戦争を引き起こす相手を快く思うことなどできはしないだろう。悔しくなる気持ちは分かる。
「お前はよくやっている」
「えっ?」
リリセーラが顔を上げて、驚きの表情を浮かべた。
「無力だと思って、諦めるのは簡単だ。だが、無力だと知りながら前に進むのは難しい。俺はそう思っている」
「クルスさん……。はい、ありがとうございます」
ぱっと笑みを咲かせたリリセーラから目を逸らした。これが照れというものか。なかなか恥ずかしいものだ。
むずがゆい感情を抱いていると、遠くから馬蹄の音が響いてきた。リリセーラと共に、音のする方へと顔を向ける。
向かって来ていたのは、馬に乗った5人の騎兵だ。
また戦いか。指を鳴らしていると、俺の腕をリリセーラが掴んだ。
「あれはフォード国の兵士です。刺激しないようにしてください」
1人が馬に跨ったまま、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
長めの銀髪を横に流して、端正だがどこか冷めた顔立ちをしている。
騎士は俺達を見ると、地に転がる男達に視線を向けた。
「ブルドーズ国の兵士だ。ここで殺して、首を持って帰るぞ。さて、お前達は何者だ?」
「私達は循導師です」
「ほう? ならば、アミュレットは持っているのだろうな?」
言われたリリセーラは首から下げていたアミュレットを取り出した。
それは輪の中に風車のようなデザインが施されている。金でコーティングされているのか、光輝いていた。
騎士はそのアミュレットをじっと見ると、腰に手を当てる。
「なるほど。本物のようだな。それで、循導師殿はここで何を? ブルドーズ国の弱兵の弔いにでも来られたのかな?」
「ここの湖は聖域なので、身を清めておりました」
「ほぉ? そこの男も循導師ですかな?」
人を下に見るような鼻につく話し方をする騎士が、俺を見ながら言った。
自分の眉がピクリと動く。癇に障る物言いをする男だ。リリセーラが俺に手を向けて言う。
「その人は私の従者です」
「これはこれは。その恰好、ミズホ国の者か。そのような偏狭な地の人間と旅をするとは、ずいぶんと酔狂な循導師殿だ」
騎士は低く笑うと視線をブルドーズ国の兵士に向け、次に背後に控える騎士を見た。
「始末しろ。敵を前にして逃げるような輩を生かしておく必要はない」
「待ってください!」
リリセーラが大声を上げた。
その言葉に騎士はあからさまに不機嫌な顔をする。
「循導師殿、これは我がフォード国とブルドーズ国の戦争です。あなた方、教会が口出ししても良いものではないと思いますが?」
「私は無駄な殺生は止めて欲しいと言っているだけです」
「ふむ」
騎士は長く伸ばした髪を指でいじると、冷たい笑みを浮かべた。
馬を降りて俺達に近づいてくると、剣を抜く。
「無駄と言うのは、こいつ等のような惰弱で愚かな奴のことを言うのですよ。循導師殿」
騎士が一歩踏み出すと、倒れていた兵士の首が刎ねられ転がった。
一歩、更に一歩。兵士の首を正確に、かつ高速で斬った。そして、また一歩前に踏み出すと騎士の剣がぴゅんっと動く。
高速の斬撃がリリセーラの首目掛けて迫る。
その刃の流れを読み、そっと手で剣を挟んだ。
「なっ!?」
騎士は驚くと、剣を動かして何とか俺の手から引き抜こうとしている。
だが、ぴくりとも動かない。それもそのはずだ。この異常な体の力があってからこそできる芸当である。
剣の軌道を読めても、それを受け止めるのは難しい。避けるだけでも習練を重ねなければならないが、この体ならばそれができた。
想定以上の力が出てしまうが、思った通りに体は動く。これなら人間離れした技も、当たり前のようできるだろう。
騎士の顔が引きつり、力任せに剣を引き抜こうとし続けた。
「くっそ! 離せっ!」
どれだけ力を込めても、俺の力には敵わないようだ。このままなら剣を曲げたり、終いには折ることも可能かもしれない。
どうせなら、それぐらいした方がいいだろう。手に力を込めようとした時、俺の肩にリリセーラが手を乗せた。
「クルスさん、もう十分です。止めてください」
「良いのか?」
リリセーラは小さく頷いた。仕方がない。ゆっくりと手の力を抜いて、剣を解放してやった。
剣が自由になると、騎士はすぐに剣を構える。俺のことを忌々しそうに睨みつけた。
「貴様! 許さんぞ!」
「別に許してほしいとは思っていない」
「馬鹿にするな!」
騎士が高速の突きを繰り出す。横に避けようと足を動かした時、剣の軌道が変わった。俺の動きを追うように剣が走る。
それならばと、更に一歩横に動く。剣は俺の目の前を通り過ぎて行った。今が好機。足に力を込めて、一気に距離を詰める。
今度は狙い通りに相手の懐に入り込むと、素早く手刀を騎士の喉にぴたりと当てた。
「なっ?」
自分の喉に突き付けられた手刀に気づいたのか、騎士の頬を汗が伝った。
「くっ。お前」
「動くな。お前じゃ、俺には勝てん」
「何だとっ!?」
騎士は青筋を立てているが、俺の気に飲まれているのか硬直している。
力の差が分かったのだろう。察することができる程度の力は持っているようだ。ならば、この無駄な戦いを終わらせよう。
手刀にじわじわと力を込めながら、殺意を研いでいく。鋭く尖った殺意を騎士に発っした。
「はっ……うっ……」
俺の指先がゆっくりと騎士の喉を押していき、そこで手を止めた。
「どうだ? まだやるか?」
「くぅ……」
まだ降参しないか。思った以上に騎士の芯が強いことが分かった。この手の相手は完膚なきまで叩かなければ、己の負けを認めない。
この戦いを終わらせるためには。手に力を加えた時、リリセーラが声を上げた。
「そこまでです! これ以上、無益な争いは止めてください! クルスさん、もう十分です。その手を離してください」
「良いのか?」
「はい」
真っ直ぐな瞳で俺を見てきた。その瞳には恨みや怒りは感じられない。命を失っていたのかもしれないのに、許したというのか。
それならば、これ以上戦う必要はない。ゆっくりと騎士から離れ、動向に注視した。
騎士が歯を噛み締めて、リリセーラを睨みつけている。俺ではなく、リリセーラに怒りの矛先を向けているのだろうか。
もし次、妙な動きを見せたら、躊躇なく打倒す。静かに息を吐いて、いつでも動けるように余分な体の力を抜いた。
睨まれているリリセーラだが、その圧力に負けてはいない。騎士の目を見据えて、一歩も引かない姿勢を見せていた。
「ちっ! もういい。お前達、帰るぞ」
騎士は背中を見せると、馬に跨り、俺達を見下ろした。
「循導師風情が」
吐き捨てるように言うと、馬の腹を軽く蹴って去って行った。
騎士達の姿が見えなくなっていくと、張りつめた空気が緩くなり、戦いの臭いが消えていく。
「クルスさん、ありがとうございました」
リリセーラが深々と頭を下げて言った。それ程のことをした覚えはない。それに、あの騎士は気に食わなかった。
腕はそこそこ立つようだが、間違いなく性格がねじ曲がっている。
「気にするな。俺が勝手にやったことだ」
「いえ、命を救っていただいたのですから。本当にありがとうございました」
「もういい。……こいつ等はどうする?」
死体を見て言うと、リリセーラが悲しそうな表情でうつむいた。
「せめて、お祈りだけはさせてください。魂が世界の円環に還られるように……」
死体の傍に立って、目を閉じ祈りの言葉を呟いている。
本当に死に心を痛めているようだ。襲われかけた者達にそう思えるとは、相当器が広くなければできない。
器が広い。そう思うと、爺さんを思い出す。
俺達家族のために苦労をしていたはずなのに、まったくそのような素振りはなかった。
俺には厳しかったが、祖母ちゃんや母さん、美羽には本当に優しかったし、多くの人から頼られていたことから、爺さんの器のデカさは分かる。
リリセーラも、そういう人間なのだろうか。
死を悼み、今の自分にできることを必死にするリリセーラの顔を見て、胸が大きく鳴った。