表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/10

拳士VS騎士

 勇者に魔王。流石の俺でも聞いたことがある単語だ。


 悪いモンスターを率いるのが魔王で、それを倒すのが勇者。その程度の知識しかないが、リリセーラの口ぶりから間違ってはいないと思う。

 気になるのは魔王を倒したのに、勇者が戦争をしていることだ。勇者は正義の味方ではないのか。


「そのデスティンって奴は勇者だと言ったが、何で勇者が戦争するんだ?」


 俺の問いかけに、リリセーラは憂いを感じる表情をした。


「勇者デスティンは魔王を倒した後、フォード国のお姫様と結婚し、しばらくして王へと就任しました。そこからです。近隣諸国に侵攻し始めたのは」


「なるほど。勇者と言っても、正義の味方って訳じゃないってことか」


「……はい。そうですね」


 顔をうつむけると、呟くように言った。リリセーラにとって、嫌な言葉を口にしたのかもしれない。

 人を助けて回っている者からすれば、戦争を引き起こす相手を快く思うことなどできはしないだろう。悔しくなる気持ちは分かる。


「お前はよくやっている」


「えっ?」


 リリセーラが顔を上げて、驚きの表情を浮かべた。


「無力だと思って、諦めるのは簡単だ。だが、無力だと知りながら前に進むのは難しい。俺はそう思っている」


「クルスさん……。はい、ありがとうございます」


 ぱっと笑みを咲かせたリリセーラから目を逸らした。これが照れというものか。なかなか恥ずかしいものだ。

 むずがゆい感情を抱いていると、遠くから馬蹄の音が響いてきた。リリセーラと共に、音のする方へと顔を向ける。

 向かって来ていたのは、馬に乗った5人の騎兵だ。


 また戦いか。指を鳴らしていると、俺の腕をリリセーラが掴んだ。


「あれはフォード国の兵士です。刺激しないようにしてください」


 1人が馬に跨ったまま、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 長めの銀髪を横に流して、端正だがどこか冷めた顔立ちをしている。

 騎士は俺達を見ると、地に転がる男達に視線を向けた。


「ブルドーズ国の兵士だ。ここで殺して、首を持って帰るぞ。さて、お前達は何者だ?」


「私達は循導師です」


「ほう? ならば、アミュレットは持っているのだろうな?」


 言われたリリセーラは首から下げていたアミュレットを取り出した。

 それは輪の中に風車のようなデザインが施されている。金でコーティングされているのか、光輝いていた。

 騎士はそのアミュレットをじっと見ると、腰に手を当てる。


「なるほど。本物のようだな。それで、循導師殿はここで何を? ブルドーズ国の弱兵の弔いにでも来られたのかな?」


「ここの湖は聖域なので、身を清めておりました」


「ほぉ? そこの男も循導師ですかな?」


 人を下に見るような鼻につく話し方をする騎士が、俺を見ながら言った。

 自分の眉がピクリと動く。癇に障る物言いをする男だ。リリセーラが俺に手を向けて言う。


「その人は私の従者です」


「これはこれは。その恰好、ミズホ国の者か。そのような偏狭な地の人間と旅をするとは、ずいぶんと酔狂な循導師殿だ」


 騎士は低く笑うと視線をブルドーズ国の兵士に向け、次に背後に控える騎士を見た。


「始末しろ。敵を前にして逃げるような輩を生かしておく必要はない」


「待ってください!」


 リリセーラが大声を上げた。

 その言葉に騎士はあからさまに不機嫌な顔をする。


「循導師殿、これは我がフォード国とブルドーズ国の戦争です。あなた方、教会が口出ししても良いものではないと思いますが?」


「私は無駄な殺生は止めて欲しいと言っているだけです」


「ふむ」


 騎士は長く伸ばした髪を指でいじると、冷たい笑みを浮かべた。

 馬を降りて俺達に近づいてくると、剣を抜く。


「無駄と言うのは、こいつ等のような惰弱で愚かな奴のことを言うのですよ。循導師殿」


 騎士が一歩踏み出すと、倒れていた兵士の首が刎ねられ転がった。

 一歩、更に一歩。兵士の首を正確に、かつ高速で斬った。そして、また一歩前に踏み出すと騎士の剣がぴゅんっと動く。

 高速の斬撃がリリセーラの首目掛けて迫る。


 その刃の流れを読み、そっと手で剣を挟んだ。


「なっ!?」


 騎士は驚くと、剣を動かして何とか俺の手から引き抜こうとしている。

 だが、ぴくりとも動かない。それもそのはずだ。この異常な体の力があってからこそできる芸当である。

 剣の軌道を読めても、それを受け止めるのは難しい。避けるだけでも習練を重ねなければならないが、この体ならばそれができた。


 想定以上の力が出てしまうが、思った通りに体は動く。これなら人間離れした技も、当たり前のようできるだろう。

 騎士の顔が引きつり、力任せに剣を引き抜こうとし続けた。


「くっそ! 離せっ!」


 どれだけ力を込めても、俺の力には敵わないようだ。このままなら剣を曲げたり、終いには折ることも可能かもしれない。

 どうせなら、それぐらいした方がいいだろう。手に力を込めようとした時、俺の肩にリリセーラが手を乗せた。


「クルスさん、もう十分です。止めてください」


「良いのか?」


 リリセーラは小さく頷いた。仕方がない。ゆっくりと手の力を抜いて、剣を解放してやった。

 剣が自由になると、騎士はすぐに剣を構える。俺のことを忌々しそうに睨みつけた。


「貴様! 許さんぞ!」


「別に許してほしいとは思っていない」


「馬鹿にするな!」


 騎士が高速の突きを繰り出す。横に避けようと足を動かした時、剣の軌道が変わった。俺の動きを追うように剣が走る。

 それならばと、更に一歩横に動く。剣は俺の目の前を通り過ぎて行った。今が好機。足に力を込めて、一気に距離を詰める。

 今度は狙い通りに相手の懐に入り込むと、素早く手刀を騎士の喉にぴたりと当てた。


「なっ?」


 自分の喉に突き付けられた手刀に気づいたのか、騎士の頬を汗が伝った。


「くっ。お前」


「動くな。お前じゃ、俺には勝てん」


「何だとっ!?」


 騎士は青筋を立てているが、俺の気に飲まれているのか硬直している。

 力の差が分かったのだろう。察することができる程度の力は持っているようだ。ならば、この無駄な戦いを終わらせよう。

 手刀にじわじわと力を込めながら、殺意を研いでいく。鋭く尖った殺意を騎士に発っした。


「はっ……うっ……」


 俺の指先がゆっくりと騎士の喉を押していき、そこで手を止めた。


「どうだ? まだやるか?」


「くぅ……」


 まだ降参しないか。思った以上に騎士の芯が強いことが分かった。この手の相手は完膚なきまで叩かなければ、己の負けを認めない。

 この戦いを終わらせるためには。手に力を加えた時、リリセーラが声を上げた。


「そこまでです! これ以上、無益な争いは止めてください! クルスさん、もう十分です。その手を離してください」


「良いのか?」


「はい」


 真っ直ぐな瞳で俺を見てきた。その瞳には恨みや怒りは感じられない。命を失っていたのかもしれないのに、許したというのか。

 それならば、これ以上戦う必要はない。ゆっくりと騎士から離れ、動向に注視した。


 騎士が歯を噛み締めて、リリセーラを睨みつけている。俺ではなく、リリセーラに怒りの矛先を向けているのだろうか。

 もし次、妙な動きを見せたら、躊躇なく打倒す。静かに息を吐いて、いつでも動けるように余分な体の力を抜いた。

 睨まれているリリセーラだが、その圧力に負けてはいない。騎士の目を見据えて、一歩も引かない姿勢を見せていた。


「ちっ! もういい。お前達、帰るぞ」


 騎士は背中を見せると、馬に跨り、俺達を見下ろした。


「循導師風情が」


 吐き捨てるように言うと、馬の腹を軽く蹴って去って行った。

 騎士達の姿が見えなくなっていくと、張りつめた空気が緩くなり、戦いの臭いが消えていく。


「クルスさん、ありがとうございました」


 リリセーラが深々と頭を下げて言った。それ程のことをした覚えはない。それに、あの騎士は気に食わなかった。

 腕はそこそこ立つようだが、間違いなく性格がねじ曲がっている。


「気にするな。俺が勝手にやったことだ」


「いえ、命を救っていただいたのですから。本当にありがとうございました」


「もういい。……こいつ等はどうする?」


 死体を見て言うと、リリセーラが悲しそうな表情でうつむいた。


「せめて、お祈りだけはさせてください。魂が世界の円環に還られるように……」


 死体の傍に立って、目を閉じ祈りの言葉を呟いている。

 本当に死に心を痛めているようだ。襲われかけた者達にそう思えるとは、相当器が広くなければできない。

 器が広い。そう思うと、爺さんを思い出す。


 俺達家族のために苦労をしていたはずなのに、まったくそのような素振りはなかった。

 俺には厳しかったが、祖母ちゃんや母さん、美羽には本当に優しかったし、多くの人から頼られていたことから、爺さんの器のデカさは分かる。

 リリセーラも、そういう人間なのだろうか。


 死を悼み、今の自分にできることを必死にするリリセーラの顔を見て、胸が大きく鳴った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ