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クリスタルマウンテンを目指して

 吹き抜けるような青い空から、小さな光を放つ粒が風に乗って舞っていた。


 粒は陽の光によって宝石のように輝き、空気中を漂いながら、ゆっくりと地表へと落ちる。すると、儚く散って、存在自体がなくなった。

 まるで雪のように思えるが、空には雲ひとつ掛かっていない。それなのに、粉雪のような光を放つ粒は空を舞っている。

 手を伸ばして粒を掌に乗せると、地面に落ちた時と同じように綺麗に散った。


 空を見上げていると、並んで歩くリリがクスリと笑う。


「綺麗ですね。思わず見とれちゃいます」


「ああ、こんな景色初めて見た」


「これがクリスタルマウンテンの欠片なんですね」


 今、空に舞っているのは、クリスタルマウンテンの一角が朽ちて風に乗ったものだ。

 山の死が見せる、その光景は俺が知っている、どの光景よりも美しかった。


「新山はどうできるか、知っているか?」


「いえ、全く知りません。私も名前だけしか知らないもので」


「そうか。なら、行って確かめないとな」


「はい。見れると良いですね」


 笑いかけるリリに小さく頷く。

 俺の初めての冒険だ。どうせなら、一番記憶に残るような光景を見たい。


 ブルドーズ国からグランニア共和国に行くのは、思ったより順調に行けた。

 戦火から逃れようとする人々で国境沿いの街はごった返していたが、リリの持つ循導師のアミュレットのお陰ですんなりと通行できたのだ。

 足止めをくらうことなくグランニア共和国に入ると、そのままクリスタルマウンテンのあるエンボソ地方へと向かった。


 これと言って産業のない地方のため大きな街などはなく、教会のないような小さな村を巡るという循導師らしい旅を送っており、クリスタルマウンテン近くの村まであと一歩のところまできていた。


「あ! クルスさん、あれ」


 リリが指さした先には、木々で色づいた山とは違う、光を放つ山が見えた。

 山頂付近しか見えないが、あれがクリスタルマウンテンで間違いないだろう。今まで生きてきた中で光り輝く山など、想像だにしたことがなかった。

 期待に胸が膨らんできているのが、自分でも分かる。


 クリスタルマウンテンに向かう街道を更に進んでいると、獣の声が響いてきた。

 熊の声のように聞こえたが。


「熊か?」


「かもしれませんね。あまり出会いたくはないですね」


「リリなら会っても、撃退できるんじゃないのか?」


 リリは回復魔法だけでなく、攻撃魔法も扱うことができる。

 本人は謙遜しているが、恐らくはかなり万能な部類ではないだろうか。

 モンスターとの戦いも冷静だったことから、場数もこなしているに違いない。


 そんなリリならば、野生動物など何の脅威にもならないと思うが。


「野生動物は好きで襲ってくるものは少ないですから、怪我をさせるのは気が引けます。襲われた時は、追い払う程度には戦いますが」


「モンスターに容赦はなかったな」


「モンスターになると、無条件で人を襲いますから、戦うのに抵抗はありません。クルスさんだって、容赦なかったじゃないですか?」


「化物に襲われたんだ。容赦のしようがない」


 会話を交わしていると、それ程離れていない場所から、熊らしき声が聞こえた。

 怒りをヒシヒシと感じさせる声だ。近づくのは得策ではない。足を速めて、ここを去るとしよう。


「うわぁーーー!」


 子供の悲鳴が聞こえた。これも、そう遠くない所からだ。

 リリと目を合わせると、すぐに森の中に入り、声が聞こえた方に駆ける。

 熊の咆哮と、子供の悲鳴が森の中に響く。お陰で、探し回らずに済みそうだ。


 森が開けた場所に出た。俺達に背を向けるように熊がおり、その先に岩壁に行く手を遮られていた少年と少女がいた。

 まだ年端も行かない子供達を熊が睨みつけ、ゆっくりと迫っている。

 後ろに注意がいっていないのか、こちらに気づいている様子はない。


「俺に任せろ」


「無益な殺生はなしでお願いします」


「ああ」


 わざと大きな足音を立てる。熊の耳がピクリと反応すると、首を回して俺を見た。

 唸り声を上げ、俺に体を向けると立ち上がり威嚇をし始める。立ち上がった熊は、2メートルはゆうに超えていた。普通の人間なら、これだけでも逃げ出したくなるだろう。

 今の俺なら、熊を殺すのはわけない。手加減して、手傷を負わせて追い返すことも可能だ。


 だが、無傷で追い返せるなら、それが一番だ。それならば、俺ができることは1つ。

 深く呼吸をし、じっと熊の目を見つめる。その喉を鋭利な刃物で掻っ切るイメージをし、熊の首を鋭く見つめた。

 すっと、手を上げて、手刀をゆっくりと振り下ろす。

 

 立ち上がっていた熊は、地に足を着けると、そのままパタンと倒れてしまった。


「クルスさん?」


 不安そうにリリが問いかけてきた。


「気絶しているだけだ」


「気絶……ですか?」


「一種の暗示みたいなものでな。強烈な殺気に当てられて、自分が死んだと思わせた」


 俺が使ったのは、遠当てと呼ばれる技術に近い。

 イメージを相手に伝えて、それが現実のように思わせる技。人によっては多人数に掛けることができ、何の動作もなく相手を転ばせたりできる。

 おそらく、爺さんはできただろう。俺はそこまで上手くはできないし、時間も掛かる。その上、多人数には無理とあまり得意分野ではない。


 それなのに熊を無傷で倒した。この体になったからこそ、できた芸当と言える。

 気絶している熊から、子供達に目を向けると、今度は俺を震える瞳で見ていた。

 ここからは俺の出番ではないだろう。振り向いてリリを見ると察してくれたのか、子供達に駆け寄った。


「大丈夫? 怖かったね。怪我はない?」


 問いかけるリリの柔らかな声質のお陰か、子供達の緊張が解れたようで笑顔を見せている。

 もう近づいても良いだろう。リリの後ろに控えて、リリと子供達の会話を黙って聞く。


 どうやら、2人は兄妹のようで、兄が妹の代わりにリリと話をしている。

 妹の方が、俺に視線を向けた。どう返したものか。考えても分からないので、目を逸らして視線をやり過ごした。


「お祖母ちゃんのために、薬草を取りに来たの?」


「うん。祖母ちゃん、病気なんだ。街の薬は高くて買えないんだって」


「そうなんだ。でも、森の中は危険だよ? 村まで送るから、一緒に出よう?」


 兄は頷くと妹の手を取って、リリの横に並んで歩き始めた。俺はその後ろを歩いて、辺りの気配に注意する。

 また視線を感じた。それを辿ると、妹が俺を見ている。何故、俺をそんなに見るのか。この格好のせいだろうか。

 そういえば、ハーミルの子供達も俺に興味深々だった。田舎にいれば、見ることのない存在が来たとなれば、興味を抱くなと言う方が無理か。


 街道に出て、兄が指し示した方向に進んでいく。それは俺達が目指していた村がある方で、リリが問いかけると、その通りだと答えた。

 これはありがたい。クリスタルマウンテンの新山が出来上がるタイミングが分からないため、無駄足を踏みたくないと思っていたところだ。

 更に足を進めていると、前方から何かが迫ってきた。目を凝らすと、馬に乗った中年の男だ。


 男はこちらの存在に気付いたのか、俺達の前で馬を止めた。


「ショーン! ハンナ! お前達、どこに行っていたんだ! 心配したんだぞ」


 兄がショーンで、妹がハンナか。ショーンは怒られているせいか、しゅんとしている。

 2人の間にリリが入った。


「あの、ショーン君たちのお父様でしょうか?」


「ああ、あんた等は?」


「私は循導師のリリセーラ。彼は従者のクルスです。森の中に薬草を探しに行った彼らと、そこで出会い、村まで案内してもらっていたところです」


「循導師!? これは失礼を。ショーン、薬草を取りに行ったのか?」


 父親は少し落ち着いたのか、ショーンに優しく語り掛けた。

 ショーンは少し強張った顔で頷いた。まだ、怒られるかもしれないと思ったのだろう。


「祖母ちゃんに薬草を上げたかったんだ。病気が治るようにって」


「そうか……。何にせよ、無事で良かった。ありがとう、ショーン、ハンナ。祖母ちゃんのために頑張ってくれて。さあ、帰るぞ。母さんも心配している」


 父親はハンナを持ち上げて馬に乗せると、今度は父親の先導で村に向かって歩き出した。

 優しく子供達に語り掛ける父親を見て、少しだけ胸がうずいた。俺にはいなかった存在だ。爺さんが父親の代わりをしてくれたが、父親が生きていたら、こんな感じなのかと考えてしまう。

 なにも爺さんに不満がある訳ではない。ただ、他人の親を見ると、時々想像してしまうことがある。


 俺にはなかった関係を遠い目で見ていると、視界に映るリリが振り返って俺を見た。

 何か言いたいようだが、口を開くことはなく、前へと向き直る。

 父親がいないことは話していた。それを覚えていたのか、俺のことを気にしてくれたのかもしれない。


 しばらく歩くと、村に辿り着いた。

 ハーミル同様に小さな集落で、古さを感じさせる木造りの家が並んでいる。

 リリはそのままショーンに手を引かれて、1つの家へと入って行った。


 父親は馬小屋に馬を連れて行くとのことで、俺の近くにハンナを置いて去って行った。

 また、ハンナが俺のことをじっと見ている。これ以上何もしないでいるのは、俺にはできなかった。


「お祖母ちゃん、体調悪いのか?」


 ハンナは俺を見て、こくりと頷いた。


「そうか。偉いな、お前達は」


「えっ?」


「俺がガキの頃だ。祖母ちゃんが風邪でふせってしまってな。その時、俺は何もしてやれなかった。何かできないかと、考えることすらしなかった」


 結局、爺さんが漢方薬やらなんやらを集めてきて、そのお陰で復調したが、当時は大変だったことを覚えている。

 俺にも妹の美羽にもできなかったことを、この兄妹は自分達で考えて行動に移したのだ。褒めて良い事だと思う。


「頑張ったな」


 ハンナの頭を撫でると、くすぐったそうにはにかんだ笑みを見せた。

 子供の笑顔を見るのは嫌いではない。見ているこちらも気分が良くなる。ハンナの笑みを見ていると、ショーン達が入った家から大声が聞こえた。


「治せないって、どういうことだよ!?」


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