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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さっちゃんif

作者: わさび

「さっちゃん〜if〜」


童謡に、「さっちゃん」というものがある事を、皆さんは知っているでしょうか。私は知っています。だって、それは私で無い私がモデルになって出来たものですから。

この歌には、十四歳の少女が、冬の北海道の夜、電車に轢かれ、上半身と下半身が離れ、それをふざけて歌にした少年達を同じ目に遭わせる、という都市伝説があります。私の産みの親は、その都市伝説です。

本当は、作者さんが、幼馴染の影ある少女が幼稚園を転園した時の思い出を歌にしただけなのに。

でも、怖い都市伝説から産まれた私は、四番を歌った人を殺さなくちゃいけません。わたし、「さっちゃん」は、「そういうもの」ですから。事実と異なっていたとしても、不特定大多数の人が、それを「事実だとしたら面白い」などの理由で信じてしまった結果が、私です。都市伝説や噂は、時として現実を侵食します。

「……さっちゃんはね、線路で足を失くしたよ。だからお前の足を貰いに行くんだよ、今夜だよ、さっちゃん……か」

あ、ほら。聞こえましたね?

ネットで検索すれば誰でも見る事が出来て、知る事が出来る都市伝説ですから、こうして歌う人が沢山いるんです。歌われちゃったからには、行かなきゃいけません。

今夜、貴方の元へ向かいます。


「こんなん嘘に決まってるよなぁ……」

「あー、それ、さっちゃんの四番だろ! 俺も歌った事あるけどさぁ、別に何も無かったぜ?」

「そうだろうな、所詮都市伝説だよ」

友人が俺の背にもたれかかり、いつも通りグダグダと会話をする。そのうち、提出日が明日に迫った数学の課題について、話題がシフトした。

「お前まだ終わってないの?」

「……完全に忘れてた」

「さっちゃんの四番調べる前にちゃんと終わらせろよなっ、今回のはまじで評定に響くらしいから、ちゃんとやっとけっ!」

「あいよ」

友人の忠告を有難く受け取り、俺はスマートフォンをポケットに仕舞い、友人と別れた。T字の道をそれぞれ反対方向に曲がり、遠ざかる。家が目前に迫った所で、問題の課題を、学校に忘れて来た事を思い出した。

「……まだ閉まって無いよな」

日は傾いて、空は紫色に染まっていたが、まだ部活もやっているだろうし、先生だって何人も残っているだろう。急いで取りに戻ろう。俺はさっき友人と歩いた道を、一人で走り出した。


学校に着くと、校庭では野球部やサッカー部の覇気のある掛け声が響いていた。職員室にも煌々と明かりが灯っていて、少し安心した。夜の学校は怖い。多くの都市伝説が存在するから、というのもあるし、純粋に暗い所が怖いというのもある。

「……さっさと取ってこよ……」

足早に校舎の中へ入り、自分の教室を目指す。薄暗い校舎の中は、普段は感じる事の無い恐怖と寒気がある。廊下の奥の暗闇に誰かいるんじゃないか、とか、突然扉が閉まるんじゃないか、とか、有り得ない想像ばかり掻き立てた。

「……あったあった。よし、早く帰ろ……」

教室を出た所で、俺は思い出した。

「今夜だよ、さっちゃ、ん……て、無い無い。有り得ない、ただの都市伝説」

「ーーーーーーーーーーーーー」

教室を出て、右を見た。廊下の奥、真っ暗な闇の中から、声が聞こえた気がしたからだ。目を凝らすも、何も見えない。けれど、次は確かに、耳に届いた。

「……だから来ました、さっちゃんです」

「…………っ、う、そだよな。嘘嘘。俺どんだけ数学の課題にプレッシャー感じてんだよ、幻聴聞こえる程か」

震え始める身体。都市伝説なんて、所詮噂。人が面白おかしく有りもしない話をでっち上げただけ。それは、全くの事実。でも、それが現実に現れない、なんて確信のある事実も、聞いた事が無かった。

「あのぉ、足を貰いに来ました」

振り向くと、声がした廊下の奥ではなく、俺のすぐ後ろに、黒髪パッツンの少女がいた。思わず、転がる様に教室から逃げ出し、廊下の壁に背をつける。

「四番、歌いましたよね。私としては不本意なんですが、貰いますね。そういうものなので、私」

「さ……さっちゃ、ん?」

少女は俺の方へゆっくり歩み寄りながら、にこやかに返事を返した。

「はい、そうですよ。さっちゃんです」

「は、はは……まじか……」

歩み寄る、というのは正しく無かったから、訂正する。すーっと、滑るように、浮いた上半身だけが、俺の方へと移動していた。足なんて、存在していない。セーラー服を上半身だけまとい、まるで生きているかのような風体。正直、凄く、可愛い。俺は頭がどうかしてしまったのだろうか。男子高校生らしく、彼女を作ろう、と思った事は何度もある。けれど、それも毎回作れず終い。というのも、好きになれそうな娘がいない、というのがある。

「……か、可愛い…………じゃなくて、嫌、死にたく無いっ!」

「あ、ありがとうございます。……あの、その、逃げてくれませんか?」

その言葉に、俺は頭が真っ白になった。どうして、殺す側が、逃げてくれませんか、なんて言うのか。その理由が、分からない。

「あのー、早くしないと。私、触っちゃったら、お腹から下、ねじ切っちゃいますから。逃げるなら、早くして下さい。あと、バナナ買って下さい。都市伝説だと、私はバナナを貰うと来なくなるらしいので」

「わ、分かった……っ、ば、バナナ幾つっ!?」

「……ぷふっ。一つでいいですよ。さっちゃんは小さいので、半分しか食べられませんから」

可笑しそうに笑うさっちゃん。俺は軽く抜けかけた腰を起こし、走り出した。振り向くと、さっちゃんに移動するペースは変わらない。常に一定に、すーーっと滑るように移動する。そこまで早くもないし、逃げるだけなら苦じゃない。


靴を急いで履き、俺は校舎を出て走り出した。近所のスーパーに向かってひた走る。時々振り向きながら、さっちゃんを気にする。その影が見えた時、底知れない恐怖が心臓を鷲掴みにすると同時に、いてくれる事への安堵を感じてしまっていた。

要するに、俺は、四番を歌った人の下半身をねじ切って殺す都市伝説に一目惚れをしたわけだ。

「……バナナ、バナナ……」

スーパーに着くと、真っ直ぐに果実売り場に向かった。晩御飯の買い出し、には遅い時間だったから、人は空いていた。

スーパーを出ると、その駐車場の中程に、すーっと移動するさっちゃんがいた。俺はバナナを一本千切り、さっちゃんの方へと伸ばす。

「わっ、ありがとうございます。これで、貴方の事を殺さずに済みます。では、さようならっ」

そう言ってさっちゃんは、俺の手からバナナを受け取ると、霞の様に溶け消えた。バナナも一緒に。

さっちゃんが持っていった為、空になった手を見つめる。……本当に、さっちゃんはいた。都市伝説は、現実のものになっていた。日本中、今も何処かで歌っている人がいると思う。その人の元へ行ったのだろうか。そして、その腹をねじ切っているのだろうか。いいや、俺がさっき出会ったさっちゃんなら、きっと、今回俺にしたように、しっかりと言ってくれる筈だ。

スマートフォンを見ると、時刻は八時になっていた。いつの間にこんなに時間が過ぎたのか。親が心配しているだろうから、早く帰ろう。


その晩、俺は布団の中で、さっちゃんの事を思い出した。綺麗に切りそろえられた黒髪、長いまつ毛、異常な程真っ白な肌、存在しない下半身……。

「……また、会いたいな」

机の上を見ると、残り四本のバナナ。

「あと、四回はとりあえず会えるな」

そんな事を考えながら、俺は瞼を閉じた。何かを忘れている気がしなくも無いけれど、忘れるくらいならその程度の事なんだろう。


「……お前、忘れたのか」

「……お、おう」

そう、数学の課題、完全に忘れていました。あー、評定に響いたのは確実だ。遅れてでも、明日出そう。

最初から無かった学校での立場が、更に無くなった気がする。課題を学校に置き忘れるような生徒が成績優秀なんて事は稀で、俺は例に漏れず、成績底辺。部活動にも入っておらず、友好関係は非常に狭く根暗。学校で話すのは目の前の友人くらい。他には形式的に挨拶をしてくれる人がちらほらと指で数えられる程度。


朝から気が沈んでいたが、夕方の学校。俺は、一人で残っていた。普通なら、早く帰って課題に取り組むべき。でも、どうしても……会いたかった。

「さっちゃんはねーーー」

「……昨日ぶりです。どうしてまた歌ったんですか? 折角私に殺されなくて済む方法を教えたのに」

「その……会いたく、て」

すーっと等速移動するさっちゃんと同じ速度で、さっちゃんの前を歩く。とうとう、俺は好きな子と一緒に下校する事になった。念願が変な形で叶った。

「そ、そうですか。私に……会いたい……」

「……その、バナナは準備してあるから……」

「……絶対に、私に触っちゃ駄目ですよ?」

俺はその言葉に、頭を縦に激しく振った。この日から、俺は毎日、さっちゃんと一緒に下校する事になった。

雪の日も、みぞれが降っても、風が冷たくても、それでも、俺は毎日、さっちゃんを呼び、二メートル程の距離を保ちながら帰った。すっかり、日常になったそれは、他の誰も知らない。俺と、さっちゃんだけの秘密。

心が満たされていく反面、学校での俺はますます孤立し、話しかけてくれる友人も、本当にひとりだけになってしまった。

というのも、俺が毎日、ひとりで話しながら後ろ向きで帰っている、という噂が流れ始めたから。今まででも充分狭かった居場所は今やほとんど残っていない。そうして、親友である彼ですら、他の生徒に止められて俺との交流を絶った。


人は、慣れると油断する。あの日も、俺はきっと、油断したんだと思う。さっちゃんは俺を殺さない、と、何処かで確信を持っていたのかも知れない。さっちゃんは、殺したくないだけで、触ってしまったら殺してしまうのだ。そんな事、頭からすっかり消えていたあの日の俺は、さっちゃんに、触れた。

するする、と、俺の腹にその華奢な腕が巻き付き、万力の如き力で締め上げる。

「え、……なんで、なんで触ったんですかっ!!」

「……う、ぐ……バナナ……、うぅっ!!」

必死にバナナを取り出し、さっちゃんの手に握らせると、さっちゃんはバナナを両手に持ち、悲しげな目を俺に向ける。

油断大敵、とは正にこの事で、俺は一瞬の油断と、日々積もった誘惑に負けて、自分の命を失いかけた。さっちゃんは、最後まで何も言わずに消え、俺もまた、何も言え無かった。


あの日から数日、俺はさっちゃんに会っていない。死の恐怖を再認した事への、反省と、どんな顔をして会えばいいのか、分からなかったから。

それと同時に、俺が居なくてもこの世界は恙無く回り、誰も俺を気にしないのだろう、と思うようになった。本当に、ひとりなのだ。唯一話しかけてくれていた友人ですら、周りの生徒に止められて、俺に話しかけようとしない。

どうしようもない孤独に苛まれる。そんな中、たった一つ、浮かび上がったもの。俺には、さっちゃんしか、もういない。だから……また、呼ぼうと思う。次は 会うとき、まず最初に、謝ろう。

……好きな人に触れられない事が、こんなにも辛いなんて、知りもしなかった。好きになった人が、自分を殺そうとした事が、怖くて仕方ない。そして、さっちゃんにあんな寂しそうな目をさせてしまった自分が……どうしようも無く、情けなく、悔しく、憎らしがった。……俺を、ひとりにしないでくれ。


「……さっちゃんはね、線路で足を失くしたよ。だからお前の足を貰いに行くんだよ、今夜だよ、さっちゃん……」

夕暮れの学校の屋上。いつもさっちゃんを呼んでいたのと同じ時間。

「……久しぶり、ですね」

「……うん」

屋上をクルクルと、円を描く様に歩く。その後を付いてくるさっちゃん。

「何で、触ったんですか?」

「……ごめん」

「……理由になってません」

「好きな人に触りたいって思うのは、いけないかな」

そう言うと、さっちゃんは酷く悲しそうな顔をした。今にも泣き出しそうな顔。目尻に溜まったその涙を拭ってあげたい。けれど、寄ればまたスグに、殺されそうになる。

「…………貴方は、狡いです。可愛いなんて言われたのは初めてでしたし、また私を呼ぶ人がいるなんて、思いもしませんでした」

目尻から大粒の涙か溢れ、零れる。

「私だって、貴方の事、好きになってたんですからね。都市伝説風情が何を、とは貴方は思わないでしょうけど、私は、私を責めました。都市伝説が産んだ亡霊が、生きた人間を好きになるなんて、可笑しい話ですよね」

「……そんな事……」

「私は、貴方を抱き締めたいと思っても、そのまま殺してしまいます。私は……貴方に触れたいと思っても……殺してしまいます。そういうものなので……」

……さっちゃんのこんな顔を、見たいわけじゃ無い。俺は、さっちゃんにこんな顔をさせた俺が、情けなくて、悔しくて、憎いんだ。覚悟と諦めは同じ事。俺は、生きる事を諦める。それは、さっちゃんと共に、死にゆくという、覚悟。違うな。そんなカッコイイものじゃない。俺は、ただ、ひとりが嫌なんだ。

俺は歩くのを辞め、さっちゃんが迫るのを、腕を広げて待った。

「……嫌、嫌っ! 逃げて下さい、貴方を殺したく無いです、嫌ですっ! バナナを下さい……っ」

「ごめん、今月金欠でさ。バナナもう買えないんだ。さっちゃん、俺、さっちゃんが好きだよ」

さっちゃんが俺の胸に飛び込む。そのまま、腕は腹に周り、ギリギリと締め上げる。苦しいけれど、さっちゃんがいままで味わった苦しみは、俺のものより遥かに強いものだと思う。俺はさっちゃんの目元に手を添え、その涙を拭う。

「……嫌、嫌です。殺したくないです……どうして、どうしてぇ……っ、」

「もう、一人にしないから。さっちゃん、ずっと一緒にいよう」

さっちゃん腕は、俺の腹にめり込み、背骨が砕ける。内蔵が強引に変形させられ、激痛が身体中を支配する中、俺はさっちゃんの事を強く抱き締めた。冷たいけれど、確かにそこにさっちゃんがいる。さっちゃんを確かに抱きしめている。その実感が、心を満たしている。

「……貴方は、本当に、バカです」

「っ、あれ、さっちゃんに触ったら、死んじゃうんだっけ。俺、物忘れ、激しいからさ」

「本当に、バカです……」

突然、重力に逆らえずに落ちた俺。あぁ、真っ二つになったのか。下半身の感覚は既に無く、ドクドクと血が、切断面から溢れていく。……寒いなぁ。

「……本当に、私とずっといてくれるんですか?」

「……っ、うん。いるよ……ずっと、」

意識が遠くなっていく。寒気が末端から這い上がる。最後に、さっちゃんの手を掴む。真っ赤な血に濡れたその手を、しっかりと掴む。それを最後に、真っ白になった。


という事がありました。あの人のせいで、私は「好き」を知り、その感情がどれだけ寂しいものかを知りました。でも最後には、それが凄く暖かくて、ぬるま湯に浸かるような感覚に包まれるものだと、知りました。

「……貴方の名前、まだ聞いてませんでした」

「そういえば、言ってなかったね」

「はい。教えて下さい」

「俺の名前はーーー」

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