5話 ようやくでてきた筋トレ要素
魔法学園の追っ手を巻いてから二日、ミリアの家に急いで寄って、あらかたの物資、金銭を入手した後。俺たちは過去を知る為の冒険の旅に出た。
無限収納などという異世界転生モノの主人公がよく使っている魔法はヤマトにもミリアにも使えないので。ミリアの背丈ほどもある大きなカバンをヤマトが背負っている。旧時代に生きていた俺は、どうやら魔法を扱える新人類よりも身体能力が高いらしい。ミリアが1ミリも持ち上げられないようなカバンを背負っても問題なく動けた。
実際、魔法学園最強の魔術師クルシュも、俺の身体能力に対応できていなかった。
けれど、ミリア曰く、あれは運が良かっただけで、クルシュが俺の身体能力を事前に知っていれば俺は簡単に殺されていたらしい。
速いと知っていれば、それに対応できる誘発即時魔法で攻撃したからだ。足がどれだけ速かろうと、パンチがどれだけ強力だろうと、体の強度自体は生身の人間とは変わらない。クルシュを殴った後の拳もひどく痛んだ。
ミリアの自然治癒魔法で体の筋肉痛ごと治してもらったから今は全く問題ない。むしろ前より調子がいいくらいだ。
「ちょっとヤマト!!!もっと速く走れないんですか!?!?」
「うっせぇ!!これが全力だ!!!!」
そんなこんなで俺たちは、今ドラゴンに追いかけられている。
「グルルルァァァアアアッッッ!!」
「ひぃい!ヤマト!速く!!!もっと速く!!」
旅の資金がなかった俺たちは一日かけて二つ隣の街、クランベールまで歩き、そこでゴブリン退治の依頼を受けた。
俺の身体能力とミリア回復魔法があればゴブリンくらいなら倒せるだろうと見込んでだ。
幸いゴブリンは余裕で倒せた。殴る瞬間の不快な感覚は今も拳に残っている。その後の死体処理も二人で涙目になりながら進めた。臓物も薬になるのでバラして取っておかなければならない。命を喰らって人は生きていくのだ。
人気のない野山を叫び声をあげながら下っていく。ミリアを抱えて。後ろには真っ赤なドラゴン。
ドラゴンも命を喰らって生きていくのだ。これが食物連鎖か。
「ヤマト!!あそこに崖があります!飛び降りましょう!!」
「お前無茶言うな!!足がへし折れるわ!!」
「ドラゴンのおやつになるよりはマシです!!」
「あーもう!どうにでもなれッッッ!!!!」
崖から飛び降りる。下は木が生い茂った森林だ。これだけ木があればドラゴンをまけるかもしれない。
生きていればの話だけど。
ミリアが怪我をしないように体を反転させる。この大きなカバンがクッションになることを祈ってそのまま落下する。
「ッッッ!!!」
木がへし折れる音が背中から聞こえる。背中に鞭のように小枝があたる。ミリアには当たらないよう抱きしめる。ついでにおっぱいもひと揉みした。
「………なんとか生き残ったみたいだな…。」
「……そうですね……ありがとうございますヤマト。……あの、胸から手をどけてください。」
「おっと失礼。」
木の枝やカバンがクッションになって致命的な怪我はお互いになかった。ミリアも傷はほとんど付いてないようだった。
空を見上げると、ドラゴンが旋回していた。俺たちをまだ探しているらしい。急いで近くにあった横穴に隠れる。
「…!ヤマト傷だらけじゃないですか!」
「あー、こんなん擦り傷だけだし大したことねーよ。」
「いけません!傷口から病気になることだってあるんですからね!魔術をかけます、こちらに来てください!」
ぷりぷり怒っているミリアに自然治癒術式を展開してもらう。ミリアは杖じゃなく、首につけた十字架のネックレスを媒体に自然治癒魔法を発動しているらしい。難しいことはよくわからないけれど、魔術師はみんな魔法を発動するために、術式なるものを持ち歩く必要があるらしい。
形は魔術師によってさまざまで、あのクソジジイの場合は魔導陣と古ぼけた椅子、クルシュは短杖。ミリアは十字架といった具合だ。
「あ〜このピリピリする感覚は慣れないな〜。」
「即時回復魔法と違って、自然治癒魔法は体の治癒能力を強化する魔法ですからね、再生を早送りにすると少しだけ体に負担がかかるんです。」
即時回復魔法はノータイムで傷が治るけれど失った血までは取り戻せない、自然治癒魔法は失った血を作る体自体を強化するため、3分ほどかかるが、失った血まで治しきることができる。
これだけ聞くと自然治癒魔法の方が優秀だと感じる。けれどミリア曰く、戦闘中に3分間無防備になるのはあまりにもデメリットが多すぎるらしい。言われてみればそんな気もする。
筋肉痛ごと傷口が治っていく。ヤマトは魔法という異形の力に感謝する。普通なら筋肉痛や擦り傷なんて2日3日かからないと完全に完治しないのだ。
「そういえばヤマト、なんだか足が速くなってませんでした?」
「あー…そういえばそうだな、一昨日くらいにミリアに自然治癒魔法かけてもらってからなぜか体の調子がいいんだよ。」
自然治癒魔法には体の調子を整える効果もあるのだろうか。
「………まさか…肉体の超回復…?」
「なんだそれ?」
「昔読んだ旧時代の書物の写本で読んだことがあります。筋肉、体を動かす力の源は使いすぎると、破壊され、筋肉痛として体に現れる。けれど、その筋肉が時間をかけ再生され、痛みがなくなった時、さらに筋肉は強靭になり力も増す……みたいな内容だったような…」
「あーそれなら俺も習ったことがあるな、ほれ、ここにも書いてあるぞ。」
スマートフォンにスクリーンショットしてあった、筋肉の効果的な鍛え方のページをミリアにみせる。思春期の男子というものは意味もなく筋肉をつけたがるものなのだ。ヤマトも例外じゃなかった。
「なんですかこれ!うわっ!うごいた!!すごい!!」
「それはスマートフォンっていって、まぁ通信機器?みたいなもんだ。辞書とか本とかもその中に入ってるからやるよ。ミリア本とか好きだろ?」
「い…いいんですか!?こんな貴重な物!!?アーティファクトですよ!まごうことなきアーティファクトですよ!?旧時代の遺物…しかも保存状態は完璧…!!」
「おう、電波繋がらないとなんも使えないからなー。あ、充電もうあんまりないから早めに見た方がいいぞ。」
「ジュウデン…デンパ…?わからないけれどわかりました!」
ミリアは大変興奮しているようで、スマホの使い方を度々俺に聞いてきた。1時間もすれば完璧に使い方をマスターして、辞書やいろいろな書籍、情報を食い入るように見つめ、重要なところは本に書き記していた。
その間俺は暇だったので、なぜか急に襲ってきた空腹を満たすため簡単な食事を作っていた。もちろん火はつかわない。ドラゴンに見つかる危険性があるからだ。
ミリアは食事を食べる間も惜しんでスマホをつついていた。全国の母親たちの気持ちが少しだけわかったような気がする。もう!スマホとりあげちゃおうかしら!!
近くにあった川で体を洗う。木々に隠れながら上空を伺うと、ドラゴンが未だ旋回していた。獲物を捕らえるまで追いかけ続ける習性があるのかもしれない。そうなると俺とミリアはおしまいだ。ドラゴンを倒す術は俺もミリアももちあわせていない。
拠点にしている崖下の横穴で横になる。ミリアはまだスマホとにらめっこしていた。明日になれば飽きるだろう。
ドラゴンが俺たちに飽きて山に帰ることを祈って目を閉じた。
朝日が顔を照らす、少しだけ目を開けると、朝露に濡れた木々が光を反射してキラキラと光っていた。首を鳴らす。やはり岩の上にそのまま寝るのは体に悪い。
「ヤマト、ようやく起きましたね。」
「あぁ…おはようミリア。」
目の下にクマを作ったミリアが本を持って立っている。どうやら一晩中スマホを眺めていたらしい。旧時代の知識、本の虫であり旧時代オタクのミリアにとっては文字通りお宝のようなものだったのだろう。
「ヤマト。」
「ん?」
顔を近づけるミリア、まつげは長く、青い瞳は宝石のようだ。化粧をしていないはずなのに唇は綺麗な桜色をしていた。
「筋トレをはじめましょう。」
「は?」
「私の自然治癒魔術とヤマトの筋力があれば、ドラゴンを倒せるかもしれません。」
この金髪巨乳娘は頭が弱いのかもしれない。ドラゴン討伐素手縛りなんて流石に舐めプがすぎる。第一筋トレなんてしてる暇がない。一週間やそこらの鍛錬であのバカでかいドラゴンをどうにかできるとは思えない。
「ミリア、お前疲れてるんだよ。ほら、毛布やるからすこし寝ろよ。」
「筋力を発達させる為の条件は大きく分けて、二つあります。」
「……はい。」
ミリアは自分の知識をひけらかす時だけは何を言っても絶対にとまらないのだ。
「一つ目は、筋肉の破壊。トレーニングです。腕立て伏せやスクワットなど、様々なトレーニングで筋肉を破壊します。」
「…はぁ。」
「二つ目は、筋肉の休息期間。破壊した筋肉を休める期間です。この期間に必要な栄養素を摂取し、筋肉の再生を促します。破壊と再生を繰り返し、筋肉はより強靭な筋肉へと進化するんです。」
「……なるほど。でもそれがなんでドラゴンを倒すことに繋がるんだよ。仮に素手で倒せるとしても、そこまで筋肉を鍛えるにはかなりの時間がかかるだろ?」
「確かに時間はかかります。正攻法で全身を満遍なく鍛えたなら破壊と再生を一回繰り返すだけでも10日はかかります。」
「食料ももって二週間だ、鍛えるにしても時間がかかりすぎる。ドラゴンから逃げる方法を考えた方が現実的だ。」
ドラゴン討伐素手縛りなんて死んでもやりたくない。だってあのトカゲ怖いんだもん。角とかめっちゃ鋭いし。
「筋肉の再生を、たった3分で行えるとしたら…?」
「……え?」
「私の自然治癒術式を使えば筋肉を破壊するトレーニングにかかる時間を最速1時間と仮定して、プラス3分、多く見積もっても2時間で破壊と再生を繰り返すことができます。」
「……え?」
「睡眠時間を5時間と仮定して、食事の時間を30分、残り18時間30分、18回は筋肉を強化できます。それを2週間、252回。7年間分の鍛錬をたった2週間ですますことができるんです。」
「た…たしかに効率的ではあるけれど……いくら人間が強くなったところで……ドラゴンを素手で殴り殺すには無茶があるんじゃ…」
「私の自然治癒術式は無理矢理にでも筋肉を再生させます。大丈夫です。ヤマトなら人間の限界を超えられます。ちょっぴり痛いけど。」
まるでモルモットをみているような目つきで、ミリアは俺を見つめている。ダメだコイツドラゴンより恐ろしい。1時間で筋肉を破壊するトレーニングなんてしたら骨とか痛めそうだろ!危ないだろ!
「安心してください、無茶な特訓をして骨折しても、靭帯を損傷しても、10分で元どおりです。むしろ強靭になって戻ってきますよ。」
思考を先読みされる。この女はヤベー奴ということがよくわかった。おそらく、即時回復術式ならこうはいかない、筋肉の破壊までも破壊される前まで戻してしまうからだ。再生する自然回復術式だからこその荒技というわけだ。
「ドラゴンは、狙った宝を手に入れるまで追い続けます。おそらく、私の首につけているロザリオに反応しているのでしょう。」
「そのロザリオあげればいいんじゃ…」
「ドラゴンがロザリオだけで満足する保証がどこにあるんです?」
まずい、こいつ絶対実験したいだけだ!ドラゴンとか関係なしに俺を実験台にしたいだけだ!!!だって目がキラキラしてるもん!!モルモットを見るような目つきだもん!!
「すまん!急用を思い出した!またな!!」
今すぐ逃げよう。ドラゴンよりやばい女がここにいる。
「待ってください!!」
右腕に柔らかいものがあたる。ミリアの左おっぱいだった。
「お前汚いぞ!!!おっぱいは汚いぞ!!!!!」
「森からでればドラゴンに蹂躙されます!!もうこの方法しかないんです!!ヤマトがドラゴンを素手でぶん殴るしかないんです!!!!」
「うっっ!!!屈してたまるかァァァ!!!!」
ミリアの大質量左おっぱいは俺を逃してはくれなかった。
こうして地獄の筋トレ生活がはじまる。
次回は筋トレ編です。