1話 落ちこぼれ回復魔術師
西暦4708年春の月、空は快晴。
魔法学校の街、ここグレゴリアも、アーガレス大陸魔法大会を前にして活気づいていた。
「あのっ!私!回復魔術師なんですけど!!パーティーに入れてもらえませんか!」
魔物討伐の張り紙が出されている町の大広場。学校の黒板の3倍ほどもある大きな看板に、子猫探しからドラゴン討伐まで、さまざまな依頼書が乱雑に貼られている。
私、ミリア・ティンバーキルはグレゴリア魔法学校最後の課題、魔物討伐をクリアするため、魔物討伐を生業とする冒険者に声をかけていた。
「……見た所学生みたいだけど、使える魔法は??」
「し……自然治癒術式です……。」
「まさか、それだけ??」
「……はい。」
「悪いどほかをあたってくれ。」
「……わかりました。」
これで64連敗。
「はぁ……。」
屋台で売られていた果実水を片手に、公園のベンチに座る。子供が元気よく遊んでいる。私が使えない水魔法や風魔法で…。
「はぁぁぁ……。」
滅入っていた気持ちがさらに滅入る。このまま土に埋まってしまう勢いだ。けれどそんな気持ちとは関係なく、実質卒業試験といっても過言ではない魔物討伐課題の期限は刻一刻と迫っている。
回復魔術師だけで、しかも攻撃魔術も妨害魔術も、ましてや武器も扱えないのに、魔物討伐に挑むのは自殺行為だ。
どうにかして冒険者に同行できればと、藁にもすがる思いで声をかけているけれど、全く相手にしてもらえない。
ほんの少し魔が差して、魔物素材をお金で買おうともしたが、ギルドが発行する魔物討伐証明書を先生に見せることが討伐課題のクリア条件だった為それもできない。
「万策尽きたってやつね……。」
空を見上げる。私の心とは裏腹に、どこまでも青く澄み切っていた。
こういう気持ちの時は図書館で本を読むに限る、なにか解決の糸口が見つかるかもしれない。
「……よし! やるぞ!!」
果実水を一気飲みする。不思議そうに私を見ている子供達を尻目に私は図書館へ駆けだした。
図書館に入ると、私は深く息を吸った。古書の香りがする。
「おやミリアちゃんまたお勉強かい??」
「はい。回復術式についておさらいしたくて……奥の席を使ってもいいですか??」
「あぁもちろんだよ。」
司書のおじさん挨拶をして入室許可証をわたす。
私の背丈の3倍ほどもある大きな本棚が中央にある通路に線対称で綺麗に並んでいる。
通路の奥に進むと、私がよく利用している古びた大きな長机がある。椅子が6つほど置いてある長机、しかしながら私以外にあの長机を使用している生徒は見たことはなかった。
魔術を実際に行使する技術、魔力操作技術が最も評価されるグレゴリオ魔法学校で、座学はあまり評価されないからだ。
中央の通路を、コツコツと小さく音を立てながら歩いていく。
古書の香りと司書のおじさんが愛飲しているアモスの葉の紅茶の香りが鼻腔を撫でた。
魔術系統光の棚から一際目立つ大きな分厚い真っ黒な本を取り出す。これだけ大きいと長机まで運ぶのも一苦労だ。
回復術式の欄を開く、魔力操作が致命的に下手な私が唯一使える魔法。
自然治癒術式。
仰々しい名前の術式だけれど、そんなに大したことはない、むしろ回復術式の中ではかなり劣っている術式だ。
回復術式の中で最もポピュラーなのは、即時回復術式。ほとんどのヒーラーはこの術式を使う。例えば腕を切断されたとしよう。即時回復術式ならば、かけた相手の魔法因子を、術式を発動した術者の魔力で操り、そして結合させ腕を繋ぐことができる。破壊された部位を寸分たがわずとまではいかなくとも、ほとんど元通りに修復することができる。
対して私の行使できる自然治癒術式は違う。即時回復術式が複合であるならば、自然治癒術式は再生。人間の自然治癒能力に魔力で干渉し促進させる。
対魔物、対人間、どちらの戦闘においても、全回復までかなり時間のかかる自然治癒術式は戦闘に向いていない。医療の面では即時回復術式よりも優れていると私は思っているのだけれど、再生に大きな痛みをともなうことから医療としても人気がないのだ。
体細胞をすり減らして複合させる即時回復と、時間をかけて体細胞新たにつくる自然治癒。自然治癒だって捨てたものではない……はず。
西暦2021年、カガクと呼ばれる技術を駆使していた旧人類は巨大地震によってほとんどが姿を消し
西暦4098年、変化した環境に適応するために生まれた魔法因子をもつ新人類。
魔術がすべての現代にこういった旧人類の知識は広まっていない。空想だと笑われる始末だ。
「魔術は術者のイメージに依存する、即時回復術式のイメージは……地面に開いた大きな穴をまわりの土で埋める……イメージ……はぁ……わかんない……。」
失われつつある技術、考古学、カガクを駆使していた魔法因子を持たない旧人類。私は旧人類という半ば空想だと思われているものに憧れていた。
旧人類の技術、生活、言語に至るまでさまざまな事柄が記された本を手当たり次第に読んだ。
回復術式のイメージが下手なのも、現代では眉唾ものとされる旧人類の医療のイメージに引っ張られている為だろう。
「そろそろ帰ろ……。」
西日が窓から頬を照らす、思った以上に時間が経っていたようだ。
回復魔術の項目を読んでも何のヒントも得られなかった。また明日から冒険者に声をかける。断られすぎて鬱になりそうだけれど。
「司書さん、ありがとうございました。」
「あいよ、またおいで。」
司書に声をかけて外に出る。春といっても夜になると少し冷える。コートの襟をキュッとしめる。
これからまたあのオンボロ借家に帰らなければいけない。それだけでさらに気持ちが滅入る。
「……ダメだ!こんなんじゃ!」
頬を両手で叩いて気合をいれる。こんなところでへこたれるようじゃ目標の考古学冒険者になんてなれるわけない。
魔法学校を優秀な成績で卒業できれば、魔物討伐の冒険者ではなくて、旧人類の生態を過去の遺物から調査する考古学冒険家や未知の生物を探す生物調査冒険家、魔法をさらに探求する魔法研究家。専門分野に特化した職業に就くことができる。
さらに、国のお抱え魔術師になれば、資金面に難のある職業でも問題ない。国から補助金が毎月支給されるからだ。
その代わり二年に一度、研究成果を国に提出しなければならないけれど、私にとってはむしろご褒美だ。
2日かけて旧人類の生態を語ってもいい。分厚い資料にまとめてもいい。好きなことを仕事にできるならこれ以上の幸せはない。
逆に抜群の成績で卒業できなければ、あの身分と体裁しか興味のない親にどこか知らない貴族のところへ嫁に出されてしまう。それだけは絶対に嫌だ。そういった特定の相手がいるわけではないけれど、やっぱり自分が惹かれた相手と結ばれたい。
「……よし!明日も頑張ろう!」
得意の座学でなんとか加点をもらい、毎年ギリギリの進級。現時点で抜群の成績で卒業は夢のまた夢だ。
けれど、弱気になってはいられない。一生貴族の嫁として飼い殺されるなんてまっぴらごめんだ。
決意を新たに少し早足に進む。冷たい夜風が頬を切りつけるが気にしない。からげんきでも出さないと、厳しい現実を前に別の何かが眼から溢れ出そうになる。
この小川にかかる小さな橋を渡れば私が借りているオンボロ借家だ。橋に足をかけようとしたその時。
「何!?!?」
地面が揺れる。大きな揺れだ。橋がミシミシ軋む、いそいで木の根元に避難する。旧時代の特定の地域ではよくおこった現象という知識はあったけれど、実際に体験したのはこれがはじめてだった。
「……おさまった?」
どうやらおさまったらしい、数秒間だけの揺れ、どうやらそんなに強い地震ではなかったようだ。
「………はぁ。」
からげんきを出した途端にこの地震、神様から私は見放されているんじゃないかと邪推してしまう。かろうじて原型をとどめているであろう橋を慎重に渡る。
視界の端に何か映る。川の中、黒髪??
「えっ…?」
川の中、大きな石に、黒髪の男が引っかかっていた