第六章:罠師という渾名
アフォンソの言葉にラミーロはギリッと歯軋りした。
部下の方も殺気を強くさせてアフォンソ達を睨むが、アフォンソは平然と言ってのけた。
「てめぇ等、あいつ等は俺達の行く手を阻む気だが・・・・そういう奴等にはどう対処するんだ?」
『死の鉄槌で肉片ごと叩き潰す』
アフォンソの問いに部下達は武器を持って静かに答えた。
同時にシュガール騎士団も攻撃する態勢を取り、辺りは一気に殺伐とした空気になった。
しかし、アフォンソ達の方が余裕だったのは明らかだった。
それはシュガール騎士団が一緒に居るからではない。
オラクロの大通りで事を起こせば自分達もタダでは済まないが・・・・ラミーロ側の方が被害は大きいからだ。
何せラミーロは数年前にもアフォンソと血生臭い騒動を起こした前科がある。
その騒動を教皇はアンドーラ宰相との密約で揉み消したが今回は・・・・・・・・
「間違いなく今度は首と胴が“泣き別れ”するぜ?」
アフォンソがクスリと笑いながらラミーロに言えばラミーロは歯軋りを激しくさせた。
「さぁ・・・・どうする?そこを大人しく退くか、それとも俺達と一戦交えるか・・・・2つに1つだ」
「・・・・・・・・てめぇ等、道を開けろ」
ラミーロはアフォンソを睨みながらロングソードから手を離すと部下達に命令した。
これに部下達は抗議したがラミーロはこう言った。
「なぁに・・・・・・・・まだ、時間はある。焦る事はない」
ラミーロの言葉に部下達は渋々ながらも従う形で左右に分かれた。
「へっ・・・・御利口さんで助かるぜ」
「なぁに・・・・てめぇも直ぐ御利口さんにしてやるよ」
「冷たい体」にしてとラミーロは言い、アフォンソはクロスボウを仕舞うと部下達に進めと命じた。
アフォンソの部下達は素直に隊列を組み直すと前進を始めた。
ただし総長たるアフォンソとテレサを護るように隊列を組んだ辺り・・・・警戒しているのだろう。
それはシュガール騎士団も同じだが、ラミーロの部下達は殺気立った眼でアフォンソ達が通るのを睨み続けた。
ラミーロ自身もアフォンソを殺気立った眼で睨み続けているが左肩を擦る辺り部下以上に恨みは強そうだった。
しかしアフォンソはどこ吹く風でラミーロにウィンクした。
「そんなに熱い視線を送らないでくれよ?男にまでモテたくない」
「残念だな?お前と俺は運命の“赤い糸”で結ばれているんだ」
ラミーロの言葉には肩を落としてテレサの肩を引き寄せ自身の胸に当てさせた。
「悪いな?俺の方は旗持ちと赤い糸で結ばれているから野郎の方は御免被る」
「・・・・・・・・」
ラミーロはアフォンソからテレサに視線を向けたがテレサの方はアフォンソから逃れようと必死だった。
それによってラミーロの殺気とは違う恋慕の眼差しに気付かなかった。
もっともアフォンソとしてはそれを狙っていたがテレサは嫌がっているから・・・・・・・・
3つの騎士団は互いに殺気を交えながら交差して分かれたがアフォンソとヤンはラミーロ達の殺気を背中で受け止め続けた。
それは奴等と何れ殺し合うと決めていたからだったが、それは思いの外に早く・・・・・・・・
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ラミーロ達を退けたアフォンソとヤンは轡を並べて巡回を続けていた。
しかし2人の部下達は周囲を警戒し、そして至る所に鋭い視線を向けている。
それはラミーロの性格を熟知しているから当然の警戒だった。
そんな部下達を見ながらアフォンソはヤンに尋ねた。
「あの野郎・・・・どう出ると思う?」
「少なくとも先ほどの言葉通り・・・・お前をオラクロから出させないつもりだな」
奴はこの国を表したような性格だとヤンは言い、それにアフォンソも同意した。
「あぁ、そうだな。しかし・・・・まさか女でも勝負する羽目になるとは思わなかったぜ」
「あの男がテレサに恋慕の念を抱くのも無理ない」
ヤンはアフォンソの愚痴とも言える言葉にテレサを見ながら相槌を打った。
テレサは巡回しながら貧しい者に僅かながら施しを与えている。
それに対して貧者たちは深く頭を下げているが、中には恭しく手に接吻する者も居た。
今までテレサが施しを与えたり、治癒魔法や薬師を送る事に感謝している証だ。
「ラミーロも最初は偽善と見ていただろう。しかし、お前達と共に巡回し、戦には果敢にも前へ出る姿を見て違うと分かったのだろう」
そして尊敬から次第に恋慕へ変わるのは自然の流れとヤンは言った。
「確かに、そうだろう。だが、奴の手にテレサが落ちれば・・・・それこそ狐親子の思う壷だ」
ヤンの言葉にアフォンソは頷きながらギリッと歯軋りした。
何せ教皇と、長男、次男は謀略と暗殺の噂が常に纏わり付いている。
対してテレサは血生臭い話と殆ど係わっていない事から教皇としては自分の駒の下に置きたい筈だ。
「確かにな。しかし・・・・ラミーロなどの側に居れば自死するだろう」
ヤンはテレサを見ながら相槌を打ったが、それは予言とアフォンソは受け止めたのか静かに頷いた。
「あいつは親父や兄弟達の罪を一人で贖罪している。それを奴等は地獄に引き摺り込もうとしているからな」
如何にもゲスのやりそうな事だとアフォンソは言い、次にラミーロの恋慕を評した。
「ラミーロがテレサに恋慕しているのは自分達の罪に際悩まされているからさ」
「汚れ役専門騎士団だから思う所はあるのだろう。しかし・・・・それこそ人間の姿だ」
ヤンはアフォンソのラミーロに対する評価に同意しながらも罪悪感を抱く気持ちを理解する発言をした。
「我々が婦女子に手を出さないのもラミーロが罪の意識に際悩まされているのと似ている」
「そいつは否定したいが・・・・当たっているな。だが、俺達と奴等の違いがある」
アフォンソはテレサからヤンに視線を変えて言った。
「俺達は婦女子を地獄に引き摺り込もうとはしない。また政治の道具にもしない」
ただ・・・・・・・・
「天国に行くまで側に寄り添い、護ってやる所だ」
「そして男は地獄に行くか・・・・お前らしい台詞だな」
ヤンは肩を震わせて笑ったが直ぐアフォンソは皮肉で返した。
「なに言ってんだ。てめぇだって同じだろ?」
俺とは別の意味で「女泣かせ」で知られているくせにとアフォンソが皮肉るとヤンは肩を落とした。
「我が歩む道は屍山血河だ。その道を歩み、そして辿り着くのは地獄だ。そんな場所に婦女子まで道連れにする訳にはいかん」
「その割には女の方から結婚を申し込まれて止まないんだろ?俺を皮肉れるかよ」
「未亡人や人妻を相手にする、お前に比べれば健全だ。第一お前と違って俺は指一本・・・・彼女達には触れていない」
それなのに女泣かせと渾名されるから悲しいとヤンはわざとらしく嘆いた。
「ケッ!ならこう言ってやるよ・・・・この“クラシック野郎”!!」
言うが早いかアフォンソは黒作大刀を鞘から抜くとヤンの背後から飛んできた矢を真っ二つにした。
それに遅れてヤンは馬上から飛び上がる片手斧を左右の手に持つとアフォンソの背後から来た火の玉を両断した。
2人の総長を襲った攻撃に騎士団は周囲を警戒したが当の2人は平然と言葉を交わした。
「やれやれ、早速・・・・仕掛けてきたか?」
「いいや、これは罠だ」
ヤンは敵の気配がないと言い、アフォンソの言葉を否定した。
「チッ・・・・随分とチンケな罠だな」
「まだ“序の口”だろう。奴の渾名を忘れたのか?」
「野郎の渾名なんて一々憶えてられねぇよ」
アフォンソの軽口にヤンは呆れたように嘆息しながらラミーロの渾名を改めて教えようと口を開いたが・・・・・・・・
「“罠師よ。罠師のラミーロ・・・・・・・・」
それが奴の渾名だとテレサ---マグダラがアフォンソに教えた。