第三章:老狐の策略
「私欲に溺れた輩に躊躇いなんて無いさ」
アフォンソは噛んだばかりの葉巻を口から離すと紫煙を吐いた。
「えぇ、そうね。でも・・・・お父様は”渡り船”と見ているから乗るわ」
マグダラの言葉にアフォンソは無言となった。
しかしマグダラの齎した情報で老狐が南北大陸に居る文官を動かして領土拡大を狙っている事は理解できた。
そして南北大陸を利用する事も・・・・・・・・
ただ問題は今、南北大陸が政治的に不安定という点だ。
南北大陸に嘗て在ったアルメニア・エルクラム大公国。
「黄金の自由の国」と言われた国を懐かしむ者は今も居るとアフォンソは聞いていた。
そして何時の日か蘇らせたいと願う者が居る事も・・・・・・・・
もっとも亡国の原因にもなった「過度な自由」は抑制するなど同じ轍を踏まないように考えている点は歴史を勉強していると言うべきだろう。
しかし、それは一民草が思い描く夢物語ではない。
「本気で叶えようとしている人間が居るってのが問題だな」
アフォンソは紫煙を吐きながら南北大陸で暗躍していると聞き及んでいる「然る組織」を頭に浮かべながら呟いた。
「嗚呼・・・・”自由の翼”の事ね」
マグダラはアフォンソの呟きから組織名を口にした。
「お前も知っているのか?」
「お父様は私に無関心だけど2人の兄上は私に”首ったけ”だから何かと話してくれるの」
モテる女は辛いとマグダラは自嘲的に語ったが、その眼には兄2人に対する軽蔑と憎悪が見え隠れしているのをアフォンソは見逃さなかった。
「また口説かれているのか?」
「いいえ、ここ最近は貴方と共に居るから大丈夫よ。だけど向こうから連絡は頻りに来るわ」
手紙か魔石を送って来ては返事を寄越せと催促してくるとマグダラは言い、懐から手紙を取り出すとアフォンソに差し出した。
「これは先日、送られてきた手紙よ。読んでみて」
「・・・・随分と熱烈な手紙だな」
アフォンソはマグダラとテレサの次兄が書いた手紙を素早く読むと冷笑を浮かべた。
「えぇ、同感よ。でも長兄の方が問題だわ」
マグダラはまたしても手紙を取り出したが、その手紙は分厚い羊の皮で2重に保存されていた。
「流石は教皇の”右腕”と言われるだけあるな。手紙一通を送るのも厳重だぜ」
皮肉を述べながらアフォンソはマグダラから手紙を受け取ると読んでみたが・・・・軽く背筋を震わせた。
「次兄が可愛く思えるぜ・・・・そして伊達に教皇の片腕と働いている訳じゃねぇな」
「本人が自分以外は父上の右腕になれないと思っているからよ。まぁ早い話が”自惚れ屋”なのよ」
家の男達はとマグダラは肩を落としながら断言した。
「しかし・・・・これを読む限り話は煮詰まっているな」
アフォンソの言葉にマグダラは頷いた。
「恐らく近日中には動くわ。私としてはもっと早く渡したかったけど向こうも警戒しているのは解るでしょ?」
「確かに・・・・ここ最近は何かと屯所に戻れなかったからな。おまけに奴等の眼が常に側にあったしな」
アフォンソはマグダラの言葉に理解を示した。
そして教皇の術中に嵌まっている事も理解した。
「あの狐が・・・・やってくれるぜ」
クシャッ・・・・・・・・!!
アフォンソは手紙を2枚纏めて握り潰した。
「今日の巡回には数日は要するし・・・・きっと何かしらの騒動を起こすでしょうね」
それを自分達は処理しなければならないともマグダラは語った。
「あぁ、そうだ。しかし・・・・処理しなければならないのは狐の方だ。そして向こうが“その気”なら俺等にも対策がある」
アフォンソは魔石を取り出すと「然る人物」に連絡を入れた。
その相手はアフォンソの報告を聞くなり直ぐ「然る騎士団」を派遣すると言ってくれた。
それを聞いてからアフォンソはマグダラに笑った。
軟派な三無騎士とは違う騎士の笑みで、言葉も同じであった。
「狐の小細工なんざぁ・・・・直ぐ狐自身の血で消し去ってやる」
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アフォンソ達は屯所を正午前に出発した。
ただし、旅の支度だったのが何時もと違う。
これはアフォンソが連絡した然る人物の言葉がある。
この然る人物とはアフォンソが指揮する聖白十字騎士修道会を教皇の首輪にしようと皇帝に進言した刑場の犬と渾名されるアンドーラ宰相である。
アンドーラ宰相は「巡回を終え次第すぐ船で出発せよ」とアフォンソに言った。
後の処理は派遣する某騎士団に任せろとの事で、アフォンソも異存は無かったから問題ない。
あるとすれば南北大陸に着いた後の話だ。
向こうの政治情勢を考えればこれ幸いに行動を起こす可能性もある。
そうなれば皇帝側の武官はアフォンソに協力するにしても制限を強いられる可能性が高い。
だが、南北大陸に居る武官をアンドーラ宰相はこう評した。
『些か武人という枠に縛られている感は強いが、武人としての能力は優秀・・・・ねぇ』
アフォンソは愛馬に揺られながら心中でアンドーラ宰相の評価を思い返した。
そして自分でも南北大陸に派遣された歴代の武官の経歴等を頭の隅から引っ張り出した。
先代皇帝がアンドーラ宰相を始めとした側近達と協議して派遣するだけあって歴代の武官たちの経歴等に汚点は見られない。
大体は無事に任期を終えて本国に帰国して栄転するか、任期満了して楽隠居、若しくは土着している。
しかし・・・・今のアルメニア・エルクラム大公国の政治情勢を考えれば・・・・・・・・
『どうなるか分からないからな・・・・・・・・』
下手に協力すると火の粉を被り兼ねないから非協力になる可能性をアフォンソは危惧した。
しかしアンドーラ宰相は問題ないと言っていた。
またアフォンソ自身、アルメニア・エルクラム大公国に行ってみない内からあれこれ思案するのは苦手な為・・・・早々に頭から消した。
こういう所も三無騎士と皮肉られる要因だがアフォンソは言うだけ言わせろとばかりにテレサを見た。
テレサは自分達が乗るデストリアーに比べると小柄なコーサに乗っていた。
ただし流石に教皇の娘だけあってか、コーサの毛並み等は極めて良い。
そんなコーサに跨がるテレサの格好も旗持ちらしくピカピカに磨き上げられた「プレート・アーマー」で、一枚の絵画になっている。
そして早く旅芸人一座を見たいのか、ウズウズさせている。
『マグダラが生まれたのは・・・・ある種の“自己防衛”だな』
テレサを見てアフォンソはマグダラが生まれた理由を察した。
マグダラ自身も何時、自分が生まれたか分からないと言っていた。
それはテレサ自身が謀略と暗殺を駆使して欲望を叶える教皇に耐えられなかったからだろう。
あの狐爺と一つ屋根の下で暮らせる人間は同類以外に有り得ない。
そこを考えればテレサは自分が壊れないようにマグダラという人格を無意識に生み出したのだろう。
しかし・・・・それはテレサの意思よりも体が勝手に動いたと考えるべきだ。
それならテレサ自身も知らないしマグダラの言葉は筋が通る。
『可哀想な娘だぜ・・・・・・・・』
アフォンソは幼児みたいに手を振った子供達に笑顔で手を振り返すテレサを見て憐れみを覚えた。
かく言う自分も父親の顔を見たのは20歳になってからで、それまでは何の音沙汰も無く没落貴族の息子と言う形で生きていた。
それが何の因果か・・・・こんな形に納まったから最初の頃は鬱屈していた。
今は亡母の教育もあってマシな方になったがテレサの場合は違う。
母親は幼い頃に死去し、実父と兄弟は欲の皮が張った獣で平気な顔で身内すら利用する。
今も利用されている事を考えれば自分の意思を無視されているテレサの方が憐れだとアフォンソは思った。
しかし・・・・・・・・
「まぁ・・・・俺が居れば問題ないな」
何処から出て来る自信なのか・・・・アフォンソは静かに断言した。
こういう所も三無騎士らしいが、眼はマグダラに見せた時と同じく・・・・三無騎士の異名を持つ者とは思えないほど・・・・騎士らしい眼であった。