第二章:神都の巡回
朝食は1時間くらいで終わった。
だが、アフォンソ達は直ぐ席を立たず食後の一服とばかりにワインを飲んだ。
「はぁ・・・・今日も一日頑張った・・・・って冗談だから睨むなよ」
アフォンソは朝食前に部下達の前で言った言葉を直ぐ翻すように怒ろうとしたテレサに言った。
もっとも「からかう」要素が強い。
対して部下達は見て「三無騎士の十八番」とケタケタ笑うがテレサは違う。
今朝の件もあってか、可愛らしい顔を険しくさせるとキツイ口調でアフォンソに噛み付いた。
「貴方の冗談は何時も悪趣味ですっ。それより早くワインを飲んで巡回の準備をしましょう」
今日は隈なく巡回する日ですとテレサは何時も以上に力んだ声でアフォンソに言った。
その理由をアフォンソは知っていたのでワインを入れたグラスを弄びながら答えた。
「そう急かさないでくれよ。なぁに、お前が見たがっている”大道芸一座”は逃げたりしねぇ」
「な、何を言っているんですか!私は職務を全うせんと・・・・・・・・」
「ああ、分かった。分かったからもう少し待ってくれ。俺も留守を護る子分達に引き継ぎがあるんだ」
グイッとアフォンソはワインを一気に飲み干すと屯所に残る団員達に言葉を投げた。
「ワインを飲み終えたら俺の執務室へ来い。残りは馬と武具の用意をしておけ。特に”剣”の手入れは念入りに・・・・な」
『承知しました。若頭』
団員達はアフォンソの言葉に頷いたが、テレサは妙にアフォンソの声が最後は固かったなという印象しか持てなかったのか疑問を抱く表情を浮かべていた。
『やれやれ・・・・あの実家で育った割には”表の人格”は天然も良い所だな。まぁ、だからこそ”腐れ法王”は寄越したんだろうな』
如何にも法王らしいとアフォンソはテレサの様子を見ながら心中で法王を嘲笑してから自分の執務室へ向かった。
執務室は屯所の一番奥で、そこがアフォンソの寝室でもある。
対してテレサの部屋はアフォンソと目と鼻の先にある。
もっともテレサからは大不評で何度も部屋の移動を申し出されているが今のところ叶う兆しはない。
とはいえ逆に言えばテレサがその気になれば何時でもアフォンソの寝首を掻る事は出来る訳だ。
恐らく法王などならアフォンソの寝首を掻いただろう。
しかし、それをテレサはしていない。
もっともテレサがアフォンソの寝首を掻いたら屯所から生きて出られる事はないが・・・・・・・・
「あの娘にならベッドの上で殺されたって俺は後悔なんてしないんだがな・・・・・・・・」
アフォンソは自分の子供じみた行動で、それが叶わない夢になっている現状に自嘲した。
ただし執務室に入って間もなく来た部下達を前にすると表情を一変させた。
「・・・・気を付けろ」
留守番をする部下達にアフォンソは静かに忠告した。
「テレサの左手が十字を切ったから実家で何か遭ったんだろう」
「というと“例の男”も絡んでいる可能性は高いですね」
「奴の噂を聞いたのか?」
部下の言葉にアフォンソは問い掛けつつ「葉巻」を箱から取り出した。
「あくまで噂ですが・・・・教皇の別宅に奴が出入りした噂がありました」
一ヶ月前と部下は言い、アフォンソは葉巻を銜えた。
「一ヶ月前か・・・・となれば以前から連絡を取り合っていたな」
アフォンソは第3皇子と同じく誇大妄想病に犯されている異世界から来た男の性格を思い出した。
武人としての実力は並みの人間よりはある。
しかし誇り高さは第3皇子と良い勝負だし、名誉欲も同じ位に強い。
おまけに謀略の面でも中々の遣り手だから・・・・・・・・
「何か“デカい事”をやる気だな」
アフォンソはマッチに火を点けて葉巻に当てた。
「というと・・・・何処かの大陸を?」
「有り得るな。しかし・・・・法王が果たして動くかだ」
法王は欲深いが同時に用意周到な性格でもあるから美味い餌だけで釣られる可能性は低いとアフォンソは見ていた。
ところが2人は会合した噂がある。
「やはり・・・・・・・・」
「可能性は高いだろう。だが、あくまで可能性だ。俺等を騙す策かもしれねぇ」
だから気を付けろとアフォンソは言い、紫煙を吐いた。
対して部下達は無言だったが、教皇の性格などから何を狙っているか自分なりに答えを見つけ出そうとしている。
そんな時・・・・・・・・
ドアが叩かれた。
「誰だ?」
アフォンソは葉巻を銜えながらドアに視線を送りつつ愛剣に手を掛ける。
部下達も左右に分かれ迎撃態勢を取るが、ドアの外に居る者は気配で察したのだろう。
『そんなに警戒しないで・・・・三無騎士様』
ドアの外から聞こえてきた声は女で、妖艶な声でアフォンソは眼を細めた。
「入れよ。俺との仲だ」
『失礼するわ』
アフォンソの言葉に応じてドアが開けられた。
ドアの外に立っていたのはテレサだったが・・・・眼の色が違っていたし雰囲気も違う。
榛色の瞳は金色になっていた事で全体的に魔性の者みたいな雰囲気だった。
しかしアフォンソ達は見慣れていたのか、目の前のテレサに声を掛けた。
「久し振りだな?“マグダラ”」
「えぇ、お久し振りね?会いたかったわ。ミ・ビータ」
テレサの姿をしたマグダラと呼ばれた娘はアフォンソに熱い
視線を向けた。
それを見てアフォンソは苦笑した。
「出来るならテレサの方に言われたいぜ」
「あら、私だって体はテレサよ。“人格”が違うだけだもの」
マグダラの言葉は尤もだった。
何せ彼女はテレサの「裏の人格」で、体は一つだからだ。
もっともテレサ自身は自分に裏の人格がある事は知らない。
しかし、法王の一族に生まれたからこのような人格が生まれたとしても不思議ではない。
いや必然というのがアフォンソ達の考えだった。
そしてマグダラによって何かと教会の情報が入るから助かっているのも事実だ。
「それはそうと食堂で左十字を切ったのは法王に動きがあったのか?」
アフォンソが問うとマグダラは肩を落とした。
「あの欲に塗れたお父様・・・・新しい領土を欲しがっているらしいの」
マグダラの言葉にアフォンソ達は眼を細める。
何せ教会は広大な荘園を持ってはいるが皇室の直轄領に比べれば少ない。
これはレコンキスタ時代に皇室に占領されたか、或いは地方貴族に奪われたりしたからだ。
しかし、教会側も黙っていた訳ではない。
何度も奪い返そうとした。
だが返って痛い思いをする事の方が多かったためか、最近は裏で暗躍する事の方がおおい。
そして今の法王は教会が皇室や地方貴族にはあって教会にはない物を痛感している。
それは純粋な力---即ち軍事力だ。
ここを教皇は知っているから何かと自分のシンパに軍事力を強化するよう呼び掛けているが・・・・・・・・
「貴方も知っての通り教会に自分の兵隊を貸す貴族は誰も居ないわ。だから未だに質の悪い傭兵を御父様は雇っているの」
「それのお陰でここは無法地帯だが・・・・その口調から察するに南北大陸を利用する気か?」
アフォンソの言葉に部下達は納得したように眼を細めた。
今から半世紀以上も前に南北大陸にあったアルメニア・エルグランド公国はムガリム帝国から来たコンキスタドール達によって滅亡した。
この侵略に皇室は殆ど関与していないが責められないという訳ではない。
もっとも公国側の自業自得の面も否めないが・・・・その占領した公国をムガリム帝国の皇室は改めて「保護国」とする事で平定したのは事実である。
この改めて保護国として平定したのはアルメニア・エルグランド公国を占領したコンキスタドール達が帝国から独立する腹で反乱さえ起こしたのが理由である。
ただ、直ぐ皇室が派遣された討伐軍によってコンキスタドール達の夢は露と消えた。
そして反乱鎮圧後に皇室が派遣した武人・文官の統治を甘んじて受け入れる事で「情け」とばかりに承認してもらった土地を得たのが今の「副王諸侯」であるが・・・・・・・・
「未だに帝国から独立する腹なのか?それとも・・・・例の如く”派閥争い”に老狐は漬け込む気か?」
「派閥争いとは言い方が違うわ。文官が教皇派で、武人が皇帝派なんだもの」
マグダラの修正にアフォンソは肩を落としたが・・・・教皇の底が見えない野心に内心では呆れ返った。
「まったく・・・・お前の言う通り本当に欲深い教皇様だぜ」
「実の娘たる私も同じ感想よ。でも・・・・あの方はやると決めたら躊躇いが無いわ」
その言葉を聞いてアフォンソは葉巻をギリッと噛んだ。