表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第一章:左手の十字

 アフォンソは副団長を伴い自分達が駐屯する城砦の中に在る食堂へ足を進めていた。


 その途中で部下達と会うが彼等はアフォンソを総長とは呼ばず「兄貴」、「若頭」と呼んだ。


 呼び方もそうだが態度も馴れ馴れしく戒律などが厳しい騎士修道会としては異常に見える。


 しかし、これはアフォンソの影響を皆が強く受けたからと言われており巷では「三無病」などと皮肉られている。


 実際にアフォンソが指揮する聖白十字騎士修道会の評判は頗る悪い。


 もっとも名前とは裏腹に無秩序地帯になっているオラクロに住む民草達の間ではマシな分類に入っている。


 そして三無騎士なんて渾名されているアフォンソを実際は民草達は慕っており影ながら頼りにもしていた。


 何せ現法王を始め数代に渡る法王達は自身の私欲を満たす事には全力を注いだが、民草達には殆ど救いの手を伸ばさなかった。


 おまけに法王お抱えの地方諸侯達も権利争いに夢中で救いの手を伸ばす事はなかった。


 これに拍車を掛けるようにオラクロには殺し屋、売春婦、乞食などの無法者が住み着き、賄賂や追従なども平気な顔で罷り通るようになった。


 そんな場所でアフォンソが指揮する聖白十字騎士修道会は上記の人間達に比べれば遥かにマシな分類だった。


 しかも現法王に対しても平気な顔で皮肉を言ったり、公然と法王の私兵団と戦闘したりしては民草達を護っている。


 これが民草達の中では持て囃されたが法王達には面白くなかったのだろう。


 自分達のようにアフォンソ達にも鈴が付いた首輪を取り付けたのである。


 それが朝っぱらからアフォンソの醜態を責めた旗持ちの少女である。


 少女の名はテレサ・ダビラ・イ・アウマダ。


 現法王の愛妾が生んだ娘で3人の兄を持っていて、数年前に最愛の夫と死に別れた未亡人である。


 といっても愛のある結婚ではなく莫大な資産家だった地方諸侯の財産を現法王が狙ってテレサを送り込んだというのが専らの評判だ。


 その証拠に嫁いで一年足らずの内にテレサの夫は死去し、テレサは莫大な遺産を受け継いだが直ぐ法王達が没収した。


 挙句に本来なら遺産を受け継ぐ権利を持つテレサには一文も渡されず、そのまま喪に服す事も許されず聖白十字騎士修道会の旗持ちを命じられた。


 この点を法王が如何にアフォンソを警戒しているか垣間見えると宮廷は見ていたが当の2人は違う。


 テレサは私利私欲に溺れ非情の限りを尽くす法王一家とは思えない禁欲的で信心深い性格の持ち主で知られている。


 その証拠に今も亡き夫の月命日には断食と祈りを捧げる位だ。


 対してアフォンソの方は法王の差し金たるテレサを何かとからかう毎日を送っている。


 現に今朝の一件がそうだが・・・・・・・・


 「やり過ぎるのも問題だな」


 アフォンソは付いて来る部下達からテレサの事を責められて肩を落としながら反省の言葉を発した。

 

 「そうですよ。巷じゃ女泣かせで通っている若頭がテレサ嬢には餓鬼みたいな行動を取るんですからね」


 「まぁ本当に好きな女にはついつい馬鹿な真似をするのが男ですがね」


 部下達の言葉にアフォンソは尤もだと頷いた。


 「お前等の言う通りだ。いやぁ、ついつい可愛くていじめっちまうんだよ。とはいえ・・・・そろそろ止めるか」


 声のトーンが落ちたと部下達は察すると視線を厳しくさせた。


 アフォンソが声のトーンを落とす時は大抵・・・・血の臭いがする話をするからだ。


 「お前等も知っていると思うが・・・・つい先日、第3皇子は“病気治療”で地方へ下った」


 「というと例の“誇大妄想病”を発症させたんですね?」


 この誇大妄想病とはアフォンソの部下達を揶揄する為に生まれた三無病と同じく第3皇子を揶揄した病名である。


 第3皇子は6人居る現王室の子息・子女の間でも一際に名誉欲や功名心が強いとされており、そして何かと「悪趣味」でも知られていた。


 そんな悪趣味の中には名誉欲と功名心が合わさった物がある。


 それは自分こそ五大陸を統一する最初で最後の覇者という途方もない夢を描き、それを実行に移さんという行動である。


 ここをアフォンソの部下は指摘し、アフォンソも否定しなかった。


 「あぁ、そうだ。しかし・・・・完治するか微妙だ」


 「微妙も良いところですよ。自分の力を過信する“悪癖”は健在でしょうからね」


 「やれやれ。図体がデカい餓鬼なのも変わりないが、女を落とすやり方も最低だからな。王室出身でなければ兄弟の中じゃ一生を独身で過ごすタイプだぞ」


 「だが・・・・第3皇子の周囲に居る臣下は無能ではない」


 部下の一人が発した言葉にアフォンソは頷いて視線を向けた。


 その部下はアフォンソより年上で静かな雰囲気を纏っていたがアフォンソを見る眼には確かな力があった。


 「お前としてはどういう手を打つと思う?」


 「・・・・先ず乳母辺りが皇妃に詰問するでしょう。しかし、その間に“知恵袋”辺りに突破口を見つけさせるかと」


 「あの知恵袋か・・・・厄介な奴だな」


 アフォンソの言葉に団員達は過去に知恵袋がやった仕事を思い出した。

  

 どの仕事も第3皇子の命令を忠実に遂行した点は素直に凄いと認める。


 だが第3皇子の「我が儘」まで叶える辺りはアンドーラ宰相が指摘した通り「気を遣い過ぎる」と言わざるを得ない。


 現に第3皇子は自分の側女を修道院から無理やり連れ帰った際も知恵袋と乳母を使った。

  

 これを皇帝を始めとした者達は激怒して3人を責めたが第3皇子の性格は改まらないのが現状だ。


 「やれやれ・・・・我が儘で誇大妄想病も患う奴が皇子とは・・・・つくづく“病んだ国”だな」


 アフォンソの言葉に団員達は頷き、この若い総長が考えている事を無言で肯定した。


 しかし食堂に近付くと重苦しい空気を一掃して食堂に入った。


 それはアフォンソが掲げる団の規則にあるからだ。


 「可愛い婦女子が居る時は陽気に飯を食おう」と・・・・・・・・

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

|

 アフォンソ達が食堂に入ると既に下っ端の従騎士および従者達は席に座っていた。


 ただしテレサをからかっていたのか、顔は誰もが笑っている。


 もっともテレサだけは激怒しておりアフォンソを見るなり顔を明後日の方に向けた辺り朝の一件を今も怒っているのは明白だ。


 「おいおい、そんなに怒らないでくれよ」


 アフォンソはテレサの空いている隣の席に歩みながらテレサに話し掛けた。


 「怒らせるような事をする方が原因です。まったく総長が総長なら部下も部下です。そんなんだから”三無騎士団”なんて渾名されるんです!!」


 ダンッとテレサはテーブルを叩いたがアフォンソは肩を落とした。


 「別に良いじゃねぇか。聖白十字騎士修道会なんて長ったるい名前より短くて俺は好きだぜ」


 「私は嫌いです!私は旗持ちなんですよ?それなのに三無騎士団なんて呼ばれるんですから・・・・・・・・」


 「おいおい、名前なんて気にするなよ。”名より実を取れ”なんても言うだろ?」


 「・・・・・・・・」


 アフォンソが隣に座るとテレサはジロリとアフォンソを睨んだ。


 しかし・・・・直ぐにプイッと視線を逸らした。


 「やれやれ、我等が旗持ちは御機嫌斜めだが・・・・てめぇ等、今日も一日頑張る為にも食うぞ!!」


 『応!頂きます!!』


 アフォンソの言葉に団員たちは大声で答えると直ぐに食事を始めた。


 それに遅れてテレサも食べ始めるがアフォンソは・・・・テレサの僅かな仕草を見逃さなかった。


 『・・・・左手で十字を切る・・・・”実家”で何かあったな』


 もっともテレサ自身は自分の左手が十字を切った事に気付いていない様子だったが、その理由をアフォンソは知っているからか素知らぬ顔で朝食を取った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ