邂逅 (3)
僕の父親は、『無粒子』の研究をしてる。天文学に近いのかもしれないけど。星の成り立ちとか、あらゆる物質がどうやって生まれて構成されているのか。とかそういう話。」
「『無粒子』…?」
これは父親の手記の始めに出てくる言葉だ。ルチアが興味深そうに聞き返すので、それから僕はさっきまで黙りこくっていたのが自分でも嘘のように、流暢に言葉が滑り出していった。
「まず地球上の一番小さなものが素粒子。色々あるけど、目には見えず、触れることができない波長だよ。でも、そこから原子というものが形作られて…まわりの世界とか、僕らは原子の集まりとして物質化された上で構成されているんだよ。」
二人は少し驚いたように僕を見るが、僕はかまわず続けた。
「宇宙の誕生の時点で素粒子から色々な原子が生まれた。…でも、そもそも宇宙ができる前に、それを構成する素粒子はどうやって生まれて、どこから供給されていたのか?目に見えない波がどうやって手に取れる物質になったか?昔の世界中の学者は長い間それを研究してた。
結局全て解明されてないのが現状なんだけど、僕の家系は代々素粒子のさらに元を辿る研究をしてた。そして辿り着いたのが、全ての素粒子の原型といわれる『無粒子』。
無粒子は本当に全ての元となるものだから、もし自在に扱うことができるようになれば、物質全てを、無から有を産み出すことができると言われているんだ。」
「…ふーん…?それって、『無粒子』の出所がわかって、それを物質に変える方法さえあれば、何でもそれだけで作れるってこと?」
はっと我に帰る。彼女は、ただ僕の目を真っ直ぐに見ていた。笑っているわけでも眉を潜めているわけでもない。その事に僕は驚いた。しかも質問をされた、という事実がさらに信じ難い。
「………そう。もし、自在に物質を作ることができたら、何だって出来るんだ。今の戦争で死んだ大地も甦らせて、世界をやり直すことだってできるかもしれない。絶滅した生き物も、汚れた大地も、一から作り直せる。」
「『無粒子』って、今も、どこかで生み出されているものなのかな?」
またもや質問。理解の早さが常人とは違う。普通だったら何も知らないところでいきなりこんな専門的な話を聞かされても、適当に相槌をうったりすごいなというのが関の山だろうと思う。僕が逆の立場だったらそうするに違いない。特別学級と言われるだけのことはある、ということだろうか。
「全てが『無粒子』から出来てるなら、そのはずだと思うんだ。…今も、宇宙は拡大して、具現化が続いているから。」
初めて読んだときは衝撃を受けた、父親の手記の内容。でもまさかここまで熱弁することになろうとは思わなかった。
「でも、まるで現実的じゃないでしょ。世界をやり直せるなんて、こんな途方もない話、誰が信じる?…世界戦争が始まってるっていうのに、こんな夢物語一人で信じてるから、社会から疎まれて当然なんだよ。」
僕は何だか自分で恥ずかしくなってきて取り繕った。しかし、
「そんなことないよ。」
ルチアのはっきりとした一言に、僕は思わず俯いていた顔を上げた。するとルチアはなんだかわくわくしたような楽しそうな顔を僕に向けている、目をきらめかせているようにさえ見えた。
「立派な研究だと思う、それ。…だって今は、皆世界を破壊することしか考えてないだもの。奪い合って誰かが悲しむより、作り出して誰もが喜ぶことをしたほうが、いいに決まってるよ。」
「そうだよなあ、…ま、親父が軍人で言える立場でもないけど。実は、俺もずっと不毛だと思ってたんだよね。この戦争。」
マルコーも頭の後ろで手を組みながら笑った。
「そういえば、最近ニュースになってたのって、もしかしてマルコーのお父さんだよね?」
「はは、どうかなー。」
自分の父の話題が本当にうんざりらしく、マルコーは苦笑して流す。
「しっかしすげーよ!つまり無粒子だけでなんでもつくれるようになるんだろ?可能性があるんなら続けるべきだよ。シオンも親父さんと同じ研究するのか?」
自分の父親の顔を浮かべると、僕の場合は失笑した。孤独で、部屋に籠って誰とも接することなく、薄気味悪がられてる。そんなイメージしかない。
「話自体は凄いと思った。…でも正直ああいう人間にはなりたくないな。知識を集めるにはああやって引きこもるしかないんだから。」
「親父さん、それ周りにわかってもらえてないだけだろ。」
「こんな内容、誰にも言えないよ。僕も同じように誰の目にもつかないようにしてたんだから。」
「なんだー、そういうことだったら俺が協力するぜ!無粒子とやらがどっから沸いて出てくんのか、突き止めてやろーじゃねえか!」
「ふふ、なんか私もわくわくしてきた。」
「…え?」
何だか気付いたら思った以上に盛り上がってきていることに気付き始める。
「ちょ、ちょっと待って。今の話、僕だって全部分かりきってるわけじゃないんだ。」
「じゃあここで毎日勉強会だな〜、な、いいだろルチア!」
「うん。今うち夏休み期間だし、いくらでも来ていいよ。宿題してるよりかは、ずっと面白そうだから。」
一体どういうことなのか。何もないところから話を聞いただけで興味を示して協力してくれるなんて、どうかしてる。僕には二人がよく分からなかった。でもーーこんなに暖かくて、それこそわくわくするような気持ちは、久しぶりだ。いや、もしかしたら初めてかもしれない。たとえ話を合わせてくれているだけだとしても理解してくれる人間がいた。これが孤独とは反対の、仲間ができる喜びなのだろうか。
「ありがとう。」
僕はひょっとしたら何ヶ月ぶりかの笑顔を浮かべて、やっと素直な気持ちを言葉にしたのだった。二人の顔もつられて自然と綻ぶと、それを赤い夕日が照らしていた。気付いて空を見上げると、もう夜に染まりつつあるーーそういえば。ちょうどこんな時間だっただろうか。僕があの光景を見たのは。