邂逅 (2)
それから僕らは家が見える場所からもう少し離れた、小高い場所へ上った。大きな石があったので、ルチアが座って僕らを誘った。僕は思い出す。ここはいつも彼女がいた場所だった。ルチアはいつもここから風景を眺めていた。僕がいたところより、街も、空も、一段と広く見えて。まるで僕らだけ別世界から現実を俯瞰しているかのようだ。
そこで僕らはお互いのことを知り合った。どうやら特別学級の生徒は基本的に個々に家庭教師がついていて、家で勉強させられることの方が多いらしい。今のルチアは家庭教師の方が夏休み期間で、午後時間は自由。だけどマルコーが話していた通り、家柄のせいなのかこの敷地内から外に出ることを禁じられているそうだ。だから友達らしい友達は全くできないとか。
「でもマルコー君、"あの"ルチア・フルクシオって。私、有名人か何かなの?」
「だから呼び捨てでいいって。当然だろ、あのフルクシオ長官の娘なんだから!ただ顔を見るのは初めて。俺達は滅多にお目にかかれないからな。でもみんな噂してるよ、めっちゃ可愛いし、頭もいいってな。特別学級の中でも一番の成績なんだよな!」
「あはは、よく分からないけどありがとう。…頭はよくないよ。親が無理矢理詰め込もうとしてるだけ。私は基本的に一般的な知識に興味はないから。」
「興味ないこともちゃんと全部覚えてるから秀才なんだろー。おれはそういうの無理だからなあ…もっとキャパあればなー。」
「自分が意味があるって感じないこと程、意味がないって思うけどね。」
ルチアの話し方を聞いて、なんとなく浮世離れしたところがあると思った。どこか地に足がついてない。社会的なことに興味がないというのは僕と同じ感じがする。でもやはり、僕には自分から話しかける勇気はないようで、暫くはマルコーとルチアが二人で話してるのを聞いているだけでただただ時間は流れていった。しかし、
「ところでさ。シオンはどうしてあんなところで本なんて読んでたの?ーーあれって何の本?」
「…え、」
唐突に話が回ってきて僕が間の抜けた声を発すると「…え、じゃねーだろ」とマルコーが突っ込みをいれた。
「さっきも言ったけれど。あそこなら、誰にも見られないんだ。」
「恥ずかしい本かよ〜?なら家でもできたんじゃねえの?」
「お前な…」
抗議の眼差しをマルコーに向けるも、どうやら彼は僕が先を話すのを待っていた。話を促しているのか、彼なりに気を使ってくれているのかもしれない。そう気持ちに整理がつくと、僕はため息混じりだが、話し出すことができた。
「あの本は父親の書斎からくすねてきたものなんだ。普段書斎には入れてもらえないから、勝手に持ち出したことを父親に知られるわけにもいかないし。」
「お父さん、書斎で仕事してるの?何か研究の仕事?」
僕は頷いて肯定した。
「マルコー、お前は知ってるだろ。僕の父親のことは。」
「あー…そういえば一時期ちょっとあったな。でも大丈夫だって。俺達そんな変な風に思わねーから。な、ルチア!」
「…よっぽど変なことでなければ思わないと思うよ。」
「ーーー」
僕はこの事実で味わってきた苦い経験を数々思い出す。本当に大丈夫なんだろうか。彼女はともかく、マルコーは周りとの繋がりもある。もし周りに言いふらされたらーーそんな考えがよぎる。
ただ、思い返してみれば今までのクラスの付き合いで、彼は一度もその事で嫌な風に接してくることはなかった。むしろ、いじめまがいの行為を受けていたときは、それとなく庇ってくれたような気がする。僕にしろ周りにしろ、自分から和を作っても、和を乱すようなことは決してない。
そうだ。そういう、人として模範的な奴だった。その性格に何度救われてきたか。僕にはできそうもないことだ。だからいつだつて、僕は彼と接するときは感じてしまう。ーー劣等感、コンプレックスを。だがやはりマルコーのおかげで、この時間が与えられたことは確かで、今の僕はそれを認めるしかないのだった。僕はひとつ呼吸をしたあとに話を始めることにした。




