決意〜Origin〜 (3)
するとマルコーは垂れていた背を起こして、呆けたように目を丸くする。
「…お前。今何て、」
「決めたんだ。ルチアは…僕が助ける。」
「……シオン………」
少しそのまま固まっていたが、やがてさっきまでの疲れを忘れたかのように瞳をぱあっと輝かせたかと思うと、僕の肩に手をかけた。
「シオン、…お前!やっとその気になったんだな!!ったくどんだけ手間かかったと思ってんだ!」
「…まだ話は終わってない。」
僕はかけられた手をどけもせず、制した。
「チームには入らない。」
「え、」
喜んだ顔から一転、意外、というか理解できないような表情を浮かべてマルコーは手を離した。それは当然といえば当然かもしれない。無粒子の研究をするということは、父親と同じ研究をするということだ、きっと情報を共有しながら一緒の環境でやるのが一番効率がいいに違いない。
「そんな…一人でどうやるんだよ?」
だからそう言うのは自然だろう。
「僕は、僕のやり方でルチアを助ける方法を探すよ。」
「だってお前…チームに入んなきゃ、ルチアに会えなくなるんだぜ?」
僕は口をつぐんだ。
「人数が多い方がいいだろ?ちゃんとした親父さんの資料や、設備だって用意されるらしいし……それに、前線に駆り出されることもない!これで入らない理由があんのかよ?」
「……。」
「ルチアが助かったとしても、お前が戦争で死んじまったら意味ないだろ?!」
そうマルコーは必死に訴えかける。だけど既に固まった僕の心が揺らぐことはなかった。僕はただ真っ直ぐに彼を見つめて、言う。
「父親の手は、借りない。」
父親のようなやり方で、絶対に僕はルチアを研究道具にしたりしない。僕は研究するわけじゃない、立ち向かうんだ。そのためには自分の手で真実を積み重ねて、掴まなければいけないのだ。誰の手も借りずに。
「寧ろ、マルコー。僕がルチアを助けるんだよーーお前達より、先にな。」
僕が、そう挑発ぎみに言って見せると、マルコーは少しの沈黙の後、ふっ、と笑った。
「…やるじゃん、お前。つーかさ、お前のそんな顔、初めて見たんだけど。」
「え?」
「笑ったの見ただけでも久しぶりだってのになー。……何だ?自覚ねえのかよ。」
自覚はなかった。正直、自分でもあてのない無謀なことを言ってると思っているのにーー僕は笑っていたらしい。その理由はよく分からないけれど、これだけは、確かに言える。
僕は、僕の決めたようにする。
そう思ったら、何だかやけにすっきりとした。これから自分の行くべき道が、全て見通せるような気がした。こんなに満ち足りた気持ちになったのは、いつぶりだろう。
「僕は、僕の信じる方へ進みたい。周りに合わせるわけでも、強制されるわけでもない。…これは僕の意思なんだ。」
今度は自覚をもって、僕はマルコーに笑顔を向けるのだった。すると、
「あっははは、何だその台詞。やっぱ、お前はお前だなあ。」
マルコーはからからと笑う。その言葉でふと、僕は思い出した。
「そういえば、いつかお前。僕は僕のままでいいって言ったことあったよな。」
「…ん?俺そんなこと言ったか?」
「言った。」
それは、僕の心に今までずっと引っかかってたことだ。言った当人が覚えてないなんてよくあることなのだろうけど、何とも迷惑な話な気がする。僕はとがった口調で返した。
「今思えば、お前の言った通りだったよ。」
「何が?」
「僕は自分になりきれなかった。だから、これからは僕の決めたことはその通りやるって、もう決めたんだ。」
「……………。そうかよ。」
その時のことを思い出したのか、そうでないのかは定かでない。だけどマルコーはその内相槌を打った。空に微かに残る夕日の中、マルコーの静かな微笑みが浮かぶ。
「そういうことなら、俺は何も言わねえ。お前はお前。俺は俺だからな。」
「…ありがとう、マルコー。」
「俺達は、まだ終わっちゃいないってことだ!ーーなら、」
マルコーは正面に拳を突き出してにっと笑った。
「勝負だ、シオン。どっちが先にルチアを助けられるか。」
僕は思わず笑ってしまった。久しぶりだ。昔から何か競うときはこうやってたものだった。
「ああ。勝負だ。」
僕も拳を作って、突き出された拳をこつん、と互いにぶつけ合う。これが僕らのやり方だ。