邂逅 (1)
青い瞳、風になびくウェーブのかかった金髪。それに胸元に装飾のついたブラウスに、プリーツのスカートを纏っている。
「……、……」
僕はもう何と言っていいかわからず、いや、それ以前に何とも声帯が働かず、固まっていた。遠くから見ているだけだったけど今は、ああ、なんて、存在が間近なのか。逆に現実感がない。
「あ、あぁーすいません。俺達、ちょっと道に迷っちゃったみたいで、ここってもしかしてーー」
「うちの庭だよ。」
「あーあはは、ですよね。やっぱりすごいなぁフルクシオさんは、こんな広い土地をお持ちで!な、シオン!」
僕にふられてもどうしようもないことは察してくれないのか。内心不満をこぼすことは出来ても、相槌を打つ余裕さえない。ただただ立ち尽くしていると今度は肘で小突かれた。
『おい何やってんだよ、なんかしゃべれって』
ひそひそと僕にだけ聞こえるようにしゃべってるつもりだろうが、間違いなく聞こえてるだろう。でも何とか、いや無理だ、と苦い視線を送ることはできた。
『今しゃべんないでいつしゃべるんだよ!チャンスだって!』
『…まさかお前、こうなること分かって…』
『何のためにここまで来たと思ってるんだよ!』
同じ台詞。だがさっきとは意味合いがまるで違うじゃないか。こんなことは聞いていない。僕はなにか頭のてっぺんの方に熱が伝ったような気がして、段々と目が回りそうになる。この絶望的な状況から……どうしろって?
『………。無理だ。』
『おいぃ!』
マルコーがどんと背を突いた、その時。
…くすっ
密やかな笑い声で、僕達はやりとりを止めてまた沈黙した。
「くすくす、ふふふ、あはははっ」
彼女が、笑顔を見せた。それは秘めていたものが花開いたかのように今まで見たこともないような綺麗な笑顔だった。僕は混乱していたけど、やはり見とれてしまった。ひとしきり笑うと、彼女は僕達を一瞥する。
「さっきから、なにしてるの?…誰って聞いてるんだけどな。」
「…あっはい!俺マルコー・ロッシっていいます!んでもって、こっちは友達のシオン。」
「そのバッグ、私と同じジュニアハイだね。……今何年生?」
「二年生です!」
「そう。私も二年生だから…じゃあ、同年代だね。」
「ええっ?まじで?おい、聞いたかよシオン!あのルチア・フルクシオと俺達、タメなんだって!てっきり年上かと思ってた!」
会話に流されそうになるが、僕はやっと口を開く気が起きた。一番知りたかったことを、知れたから。
「名前、ルチア、っていうんですね。」
「敬語でなくていいよ。私も自己紹介しなきゃね。ーー私はルチア。ルチア・フルクシオ。」
「……僕は、シオン・アルキメデス。」
「シオン君。よろしくね。最近よくうちに来てた?」
いたずらっぽくルチアは言った。…やっぱり、始めから気づかれてたんだ。そう思うと僕はまた頭が熱を帯びたような気がして目をそらした。その隙にすかさずマルコーが割り込んでくる。
「どっちも呼び捨てでいいぜ!聞いてくれよ、こいつ毎日ここに来てたんだぜ!」
「毎日だったの?時々見てた。本、読んでたよね。」
「………。あの場所。誰も来なくて、集中できるから好きだったんだ。知らずに入ってて……ごめん。」
僕がやっとそう絞り出すと、彼女はまたくすり、と小さく笑った。
「あんな分かりにくい入り口じゃ、無理ないよ。それに大丈夫。言ってあるから。」
「え?」
「警備の人にね。黙っててもらってるから大丈夫だよ。」
「なるほどーそういうことだったのか!ってことは…なあ、俺は?俺もセーフだよな!?」
「私としては、セーフじゃないほうがおかしいと思うんだよね。こんな広いところ。」
「よっしゃあー!」
はしゃぐマルコーにも、彼女は変わらず柔らかく言って見せる。
「折角だからさ、もっといいとこで話さない?」