表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/44

微笑み(6)

「……私達フルクシオ家は、代々『水』を世間から隠し通してきた。その体質を持った子を間引くことも、昔はあった話なの。」


ーー『生きてはいられない』ーー


僕は愕然とした。その言葉が本当の事だなんて思わなかった。ルチアが、生きることを望まれない存在だったなんて。


「だけど、そんな事は出来ない。だってルチアは…生きているんですもの。私達のたった一人の娘を、殺すなんて出来るわけがない。」


夫人は揃えた手をぐっと握った。


「だから、隠すことにしていた。あなた達の夏休みを最後にして。私達はルチアを世界から分断するつもりだった。世間には、崖からの転落死ということにして。一生をこの敷地内で生きてもらう他なかったのよ。」


なら、たとえあの事故が起こらなかったとしても。僕らはルチアの死を伝えられ、二度と会うこともなかった。ルチアは世界から殺され、一生をここに閉じ込められて、隠れて過ごしていた。そういうことなのだ。父親が有名人な分、余計に下手なことはできないだろう。


人との繋がりを許されず。

言葉を発することも許されず。

世に存在することを、許されない。


それはあまりに残酷すぎる話だ。


「もしかしたらあの子は……こうなることを、自分で望んでいたのかもしれない。だって、前とは違う。あんなに安らかなのですもの。」


「……そんなの……!」


僕はやっと口を開いた。でも声が震えて、うまく話せない。


「そんなの……酷すぎる…っ…」


熱い涙が溢れてきて、止まらなくなった。たまらずに、僕は頭を垂れてた。マルコーは、もう一言もしゃべらない。いたたまれない沈黙のなかで、僕は嗚咽に肩を揺らした。


「あの子に、会いに来てくれたのよね。」


夫人は優しく言った。


「会ってあげて。あの子のために。」

「………シオン、立てるか。」


マルコーに肩を叩かれる。僕がぐしゃぐしゃの顔のまま見上げると、マルコーの顔がぼやけて見えた。やりきれない、そんな苦悩に満ちた表情だった。


その時、あの日ルチアが言ったことが自然と思い出される。



ーーこんなことなら…ないほうがよかった。ーー


ーー『心』なんて。ーー



心さえなければ、悲しまない。


心さえなければ、何を言いたいこともない。


心さえなければ、自分の運命をを受け入れられる。


ーー『心』さえ、なかったなら。ーー



やがて夫人はすぐ隣の部屋を開いて、僕らを招き入れた。


その部屋に何があるのかは、よく分からなかった。ただそこには、澄みきった静けさがあって。小さな窓から降り注ぐ夕暮れの光が、差し込んでいるのだけが印象的だった。


ルチアは車椅子に腰かけて、その光を見ていた。僕たちが入ってきても、微動だにしない。


僕達という客が来るからだろうか。誰かが着替えさせたのだろう。いつも見ていた服とは違う。この家に合うような、装飾の施された立派なワンピースを纏っている。だから余計にそう見える。


マルコーの言うとおり。

彼女は人形だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ