微笑み(6)
「……私達フルクシオ家は、代々『水』を世間から隠し通してきた。その体質を持った子を間引くことも、昔はあった話なの。」
ーー『生きてはいられない』ーー
僕は愕然とした。その言葉が本当の事だなんて思わなかった。ルチアが、生きることを望まれない存在だったなんて。
「だけど、そんな事は出来ない。だってルチアは…生きているんですもの。私達のたった一人の娘を、殺すなんて出来るわけがない。」
夫人は揃えた手をぐっと握った。
「だから、隠すことにしていた。あなた達の夏休みを最後にして。私達はルチアを世界から分断するつもりだった。世間には、崖からの転落死ということにして。一生をこの敷地内で生きてもらう他なかったのよ。」
なら、たとえあの事故が起こらなかったとしても。僕らはルチアの死を伝えられ、二度と会うこともなかった。ルチアは世界から殺され、一生をここに閉じ込められて、隠れて過ごしていた。そういうことなのだ。父親が有名人な分、余計に下手なことはできないだろう。
人との繋がりを許されず。
言葉を発することも許されず。
世に存在することを、許されない。
それはあまりに残酷すぎる話だ。
「もしかしたらあの子は……こうなることを、自分で望んでいたのかもしれない。だって、前とは違う。あんなに安らかなのですもの。」
「……そんなの……!」
僕はやっと口を開いた。でも声が震えて、うまく話せない。
「そんなの……酷すぎる…っ…」
熱い涙が溢れてきて、止まらなくなった。たまらずに、僕は頭を垂れてた。マルコーは、もう一言もしゃべらない。いたたまれない沈黙のなかで、僕は嗚咽に肩を揺らした。
「あの子に、会いに来てくれたのよね。」
夫人は優しく言った。
「会ってあげて。あの子のために。」
「………シオン、立てるか。」
マルコーに肩を叩かれる。僕がぐしゃぐしゃの顔のまま見上げると、マルコーの顔がぼやけて見えた。やりきれない、そんな苦悩に満ちた表情だった。
その時、あの日ルチアが言ったことが自然と思い出される。
ーーこんなことなら…ないほうがよかった。ーー
ーー『心』なんて。ーー
心さえなければ、悲しまない。
心さえなければ、何を言いたいこともない。
心さえなければ、自分の運命をを受け入れられる。
ーー『心』さえ、なかったなら。ーー
やがて夫人はすぐ隣の部屋を開いて、僕らを招き入れた。
その部屋に何があるのかは、よく分からなかった。ただそこには、澄みきった静けさがあって。小さな窓から降り注ぐ夕暮れの光が、差し込んでいるのだけが印象的だった。
ルチアは車椅子に腰かけて、その光を見ていた。僕たちが入ってきても、微動だにしない。
僕達という客が来るからだろうか。誰かが着替えさせたのだろう。いつも見ていた服とは違う。この家に合うような、装飾の施された立派なワンピースを纏っている。だから余計にそう見える。
マルコーの言うとおり。
彼女は人形だった。