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微笑み(1)

それから僕らは、気まずい沈黙の中、古びた病院を後にした。外に一歩踏み出すと、果てのない青い空が広がっている。だけどあの狭く、消毒液臭い小部屋から解放されても、とても清々しい気持ちにはなれなかった。ずっと形のない、不安に包まれているからだ。


病院は僕の家から近いから、マルコーと二人で歩いて僕の自宅へと向かった。病院は敵国の攻撃で大半壊されてしまったが、偶然に僕がいつも通っていた所だけはずっと無事で、今や、あの病院がこの街の要となっていたのだ。程なくして自宅のドアの前に着いて、マルコーは一抱えほどある荷物を背から下ろす。


「…ぉっし、ここでいいか?」

「ああ。…ありがとう。あとは自分で運ぶから。」

「そっか。……じゃあ俺は、先に行ってるから。明日な。さっき言った時間に、ちゃんといつもの入口に来いよ。」


僕は一瞬その言葉に違和感を覚えて、聞き返した。


「先に行ってるって、お前…学校はどうしたんだよ。」

「ああ、親に言って、退学させてもらった。」


マルコーは平然と言ってのける。


「退学って…お前、」

「いや、親を説得するのが一番苦労したよ。そりゃあ反対するよな。この研究、極秘なんだ。外部には内容を漏らせないから、周りには先の見えないおかしな研究としか見られないし、何より親父が戦争馬鹿だしな。」


相当の覚悟を決めたのだな、と再認識させられる。まさか学校まで辞めているとは。でもマルコーならそうしても不思議じゃないと僕は思った。マルコーはいつも、一度決めたことを半端にするようなことはないから。すると何故か、自然と僕は顔を綻ばせていた。


「そうだな。僕はずっと、マルコーは親子で陸軍大使になるんじゃないかって思ってた。多分、学校の連中も皆そう思ってる。」

「はは、まー親父があんなに無駄に有名になっちゃそうだよな。迷惑な話さ。」

「…よく説得できたな。」

「うん、あの研究チームに入ってれば国防相殿が兵には出させないようにしてくれるって言うからさ。それだけは、お袋喜んでた。多分それがなきゃ断られてるね。」


それもすごい話だと思った。皆が戦っていると言うのに、そんな特例があるものなのだろうか。


「そっか。…やっぱり、必死なんだな。自分の娘、だもんな。」


また罪の重さがのしかかってきて、胸の奥が締め付けられるような感覚で僕は呟いた。


「いや。これに関しては、流石にルチアの事だけが理由じゃねえと思う。多分ーー博士の研究に何か関係があるんだ。」

「ーー…。」

「やっぱり前にお前が言ってた通り、無粒子の研究って何か世界的な凄いことが起こせるんだよ。俺さ……もしかしたら、ルチアのことも、この戦争も、全部なかったことにできるかもしれねえって、本気でそう思ってるんだぜ。」


マルコーはまた嬉しそうに語りだしそうになるが、僕の顔色が目に写ったのだろう。ゆっくりと頬骨を落とすと、それ以上無粒子のことについてしゃべるのを止めた。そして一言問いかける。



「本当に、いいんだな?」



僕の中で、答えは変わらない。

マルコーの瞳を見つめ返した。



「ああ。僕は、もう無粒子には関わらない。」


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