閉塞(7)
「ふざけるな……ふざけるなっ!!」
襟元を引きちぎらんばかりに握りしめて、僕は叫んだ。
「ルチアが、どんな気持ちでいたかも知らないで!お前は…人を、命をなんだと思ってるんだ!!研究道具か?!実験材料か?!」
だが、いくら服を締め上げても父親はびくともしない。その無表情と眼光を、いつまでも向けているだけだ。それだけで僕は父親には叶わないのだと分からされる。服をつかむ両手が小刻みに震え、汗で滑る。僕はその瞳の奥に食い入るのが精一杯だった。
「シオン、お前は弱い。現状に嘆くだけで、前に進めない。私の書斎に入ったなら、分かっている筈だ。何かを解明しようとするなら、犠牲をかえりみるな。生半可な覚悟でこの世界に踏み入ろうとするな。」
「…っ!」
その恐ろしく人を見下しきった、冷ややかな口調に寒気が走る。
「本当にルチア・フルクシオを助けたいと思うならば前に進むべきだろう。ここで止まったままでいたいのならそれも自由だ。だがもう一度言うーーお前は、弱い。」
これが父親とは、到底思えない。僕は掴んでいた手を離す。だが、ぼやける視界の中でも父親を睨み付けた。ーーそうやって自分のやった事を自分の都合のいいように正当化しても、僕にとってのこの現実は変わらないのだ。
「…お前だけは許さない、絶対に。」
「マルコー・ロッシのように、チームに入る気はないのか。 」
「誰が、お前なんかに協力するか!!」
こんな、人を物としか思わない屑みたいな人間のもとに。マルコーはどうして行ってしまったのだろう。僕はただ怒りに震えた。
「そうか。」
とだけ、何事もなかったかのように、事務的に父親は答える。
「私は当面フルクシオが用意した施設で過ごす。お前は病院を出たら家でこれまで通りの生活を続けなさい。…生活費は毎月送る。兵に出るときは一報入れなさい。」
僕はもう、何も言えなかった。
そして父親は、病室を後にした。残されたのは扉の開いて、閉まる音だけ。励ましの言葉もなければ、挨拶すらもない。
最悪な、気分だった。
その怒りで僕はまた無意味な思考の反芻を始め、それは止むことのないまま、翌日ーー退院の日を迎えた。夜は全くと言っていいほど眠りにつけず、僕は疲れきっていた状態で朝の診察を受けた。医者にもう一日延ばした方がいいかと訊かれたが断った。どうせ何処にいても、この付きまとう思考は変わらないから。
病室に戻った後、僕は身支度の作業に入った。見れば事故当時に着ていた私服が、ベッド脇におかれている。病院の誰かが洗濯しておいたのだろう。それにのろのろと袖を通しているところで、軽快なノック音が鳴った。
「シオン、いるかー?!」
マルコーだ。この時間だとまだ学校のはずなのに。
「ちょっと、待って。」
何だか面倒な気持ちになりながらも、僕は着替えを手早く済ませた。もういいと声をかけると、扉が勢いよく開いて、マルコーが満面の笑みを浮かべていた。
「退院、おんめでとー!!!」
いつにも増して甲高い声が耳をつんざいて、僕は片方のこめかみを押さえた。ただでさえ寝不足で頭が痛いっていうのに。
「お前、病院の中で迷惑だぞ…」
「なんだよー人がせっかく迎えに来てやったってのに、ノリ悪いじゃねーか。とにかく荷物手伝うからさっさと出ようぜ!…あ、あとこれ!お袋が退院祝いにパイ焼いてくれたから!」
ずい、と結構な大きさの箱を押し付けられる。
「、…ありがとう。」
正直こんなに一人で食べれないと言いたいが、この戦時中にパイなんて貴重なものだ。僕はありがたく受け取っておくことにした。こういう時に派手さを惜しまないのがマルコーの家らしいな、と思った。
「そんでもって、ビッグニュース!!」
今度は何だ、とにかくもう少し声を小さくしてほしい。そう抗議しようとした時だった。
「フルクシオの人が、お前にルチアに会わせてもいいってさ!」