始まりで、終わり (3)
「分かりやすいなあ、お前って。」
そう言うマルコーをますます強く睨むが、何ともそれ以上返す言葉が見付からず、僕はまた溜め息を漏らした。どうやら僕はこいつのペースに飲み込まれるしかないようだ。何しろ頭の回転度合いが、違う。いつもどうしても押し負けてしまう。
「で、どんな子だよ。さっきも聞いたけど。俺はある程度情報網が出来てるから相談にはのれると思うぜ。お前じゃ教室から出ないから無理だろ?」
僕はどうしようもなく、かなり不本意ではあるが腹をくくった。
「………ース。」
「ん?」
ぼそりと呟いてマルコーは耳を寄せる。
「ワンピースを、着てた。髪が長くて…金髪で。」
僕はそれから経緯を話した。彼女をあの岡で何度も見かけていたことを打ち明ける。そのうちに自然とあの時の光景がまた浮かび、僕はその時のことを断片的に漏らした。今思い返してみても、あれは僕にとってはあまりに印象的で、僕はその時の状況を事細かに説明することができた。
「…綺麗だった。あんなの、初めて見た。」
「OK。情報はそれで十分だ、シオン。」
「え?」
思いの外早い回答に僕は少し驚く。まさかマルコーもその場に居合わせたとでも言うわけではないだろうが、マルコーは全て分かりきったように得意気に僕を指差していた。
「まず周りを見てみろよ。今のご時世でそんなワンピースとか着てる女子いるか?」
言われてみれば確かに、ワンピースはおろか、スカートすら見当たらない。みんなジーンズか適当なズボンだ。きっといつ空襲があっても動きやすいようにするためだろう。それに髪を一つだか二つにまとめているのもそうだ。最近の女子はみんな同じように見えるのはそのせいだったか。そんなことを思っていたら「お前って周りに全く興味関心ないよな」と付け加えられた。…全くその通りだと思った。
「でもこれはお前も知ってるだろ、この学校の英才クラス。」
「……ああ、特別学級のこと?」
マルコーはご名答と言わんばかりににっこり唇を上げる。
「そうそう。で、その学級はな、よっぽどのぼんぼんか秀才でないと入れない。俺の知ってる限りでは2人だけだ。教室も離れたところだし、まして俺達とは帰る時間が違うらしいから、普段は見かけないと思う。」
「その中の一人だって言いたいの?」
「ああ、間違いないね。そんな格好する奴はよっぽどガードの固い、守られてる家の人間さ。自分の家は大きいってアピール。お偉いさんのやる手口だぜ。」
しゃべりながらぐーっと伸びをするとあくびをしながら頭の後ろで手を組んだ。
「で、その中の女子だろ?名前ももう絞れた。」
「本当か。…やっぱり、すごいんだなお前。」
「いやいや!お前だって聞いたことくらいはあるだろ!特別学級の生徒って公開されたのはある種名前だけなんだからさ。覚えてないの?」
僕の感心した台詞を遮ってくる。外の世界に興味がない僕にそんな事聞かないでほしい。ましてや二年前の事だ。ぼくはむくれながら聞き返す。
「………、何て名前、なんだよ。」
マルコーは始め呆れたような目付きをするが、急に身を乗り出したかと思うと、これまた楽しそうににっこりと笑って見せた。
「百聞は一見にしかずって言うだろ。」
それから授業の放課後になると、マルコーは周りの誘いも断りつつ僕に「行くぞ」とだけ告げる。その後に続いてしばらくして辿り着いたのは、いつも通っていたあの丘の入り口だった。木が覆い繁った林だが、石畳が奥に続いている。
「マルコーの考えは…多分当たってるな。」
「たりめーだ、あの条件で間違えるほうがおかしい。」
あの出来事以来、僕はここに訪れていない。またあそこにいって彼女に気付かれたらどうなるか、考えただけで胃が痛い。気まずいし、マルコーならともかく、僕は女子と巧く話す術なんて持ち合わせちゃいない。
「なあ、そこよーく見てみろ。」
「…あ、」
気づかなかった。林と行動の境目の柵、そこにカメラらしきものが取り付けられている。うまく木の死角になって、こちらからは見えにくくなっている。
「お前よくつまみ出されなかったよな。ここは私有地だぞ。」
「一ヶ月、普通に入れてた。」
「ザル警備か!お前が大丈夫だったなら、一緒にいる俺も平気かなあ?……なあ!」
意を決して僕らは再び踏み出した。
いつも通ってた道。今日も木々が風にそよいで涼しげな音を聞かせていた。木漏れ日の中を僕らは進んでいくと、青い空と、広い草原がいつも通り迎えてくれる。どこからか起こった風が僕らに正面から吹きつけると、ざあ、と草花が一斉にそよいだ。
「おお、すげえー…これ全部私有地なんだよなあ。さすがだ。」
マルコーは大きく息を吸い込んで感嘆する。
「おい、マルコー。ここ来るの初めてなんだろ?ここからどこにいくんだ。」
「心配すんなって、このあたりにあるはずだから。お前、あの向こう側には行ったことあるか?」
そこは彼女が立っていた場所だ。僕はやっぱり何だか気が引けて、黙って首を横に振る。しかし、マルコーは当然のように進んでいく。
「ん?何やってんだ。」
「え、いや…ちょっと、待って。」
「何だよ。」
「ここって本当は入っちゃいけない場所だったんだろ。見つかったらどうするんだ。」
「今更何だ、それにもう見つかってるだろ。何のためにここまで来たと思ってるんだよ。」
「おい、待てって!」
マルコーは歩みを止めず、急な坂をどんどん上がっていく。僕はそれを走って追いかけた。僕がすっかり息も切れた頃、やっと立ち止まると、マルコーは指差した。
「あれだよ。」
僕はそれを見て思わず息を飲む。そこには、洋館が立っていた。一瞬目に入っただけでもかなり立派な作りであることが分かる。まさに、この土地が自分達のものであると誇示しているかのように。
「あれがフルクシオ家さ。」
「……フルクシオ……。」
その名を聞いたとき、僕のなかでやっと合点がいく。耳にすると確かに聞いたことがある。
「そう、国防相の家。立派なもんだ。」
この国には知れ渡っている名だ。戦争中だからだろうか、公共メディアでは今の大統領よりも、その名が出される機会が多い。その力は強大で、影の大統領と言われるほどらしいけど、その娘がうちと同じスクールに通ってたなんて、知らなかった。
「フルクシオ家ってこんなところにあったのか。こんな場所…空襲にあったら一貫の終わりじゃないか。」
僕は呆けた顔のまま呟いた。
「山の向こう側だからな、街からは死角だろ。狙われにくいようにしてるんだろうな。この辺は全部敷地で、そのお嬢様が中で遊んでたって訳さ。」
「…遊んでるようには見えなかったけど。」
「多分ここしか自由に出歩くのが許されてないんだろうな。何にせよ、お前は普通はお目にかかれない貴重なものを見てたってわけ…分かったか?」
「でも。そんなところなら、何で僕はここに入れてたんだろう?それこそ、もうとっくに見つかってるはずなのに。」
「それをさっき聞いたんだろうがよ、ま、俺も大丈夫だったから、本当に警備が甘かったのか…」
「ねえ。」
僕らは同じような顔で見合わせて、
多分、一瞬同じ事を考えた。
ーーまさか。
後ろに二人でゆっくりと振り返ると、
すぐそこに立っていた。
「君たち、誰?」
まぎれもなく、あの時の彼女だった。