閉塞(3)
「マルコー。ルチアが…。」
僕は多分これ以上ないくらい蒼白な顔をしていたと思う。あれから一ヶ月も経っているとは思えない、まるでついさっきのことのようにありありと思い出せた。ルチアの体が消えていく、その様が、あの絶望が。
人はあんな風にして簡単に消えてしまうものなのか。それとも、得体の知れない化学反応で溶けてしまったとでもいうのだろうか。そう思うと体の奥から全身に震えがこみ上がってきた。見ればマルコーは目元にしわをよせ、歯を食い縛るようにしてうつむいている。僕は恐怖と悲しみを押さえきれずに、頭を抱え込んだ。
「…ルチアが消えた。マルコー……ルチアが…っ…消えたんだよ。僕は……助けられなかった。」
僕が奥歯をならしながら呟くとマルコーは顔を上げて、眉を潜める。
「…何?」
はっきり伝えなければ、きっと分からないのだろう。ちゃんと説明しようと思ったけど、無理だった。せきを切ったように言葉を吐く。
「僕は見たんだ。ルチアは水の中で消えたんだ!僕が、僕がもう少し早く助けに行けたなら間にあったかもしれないのに!」
「シオン…待て、」
「信じられないかもしれない。僕は確かに見たんだ!水の中で、ルチアの手がすり抜けてっ!僕は確かにこの手に掴んだ筈なのに!!」
「シオン。」
「僕の目の前でルチアは消えたんだ!!」
「落ち着け!!!シオン!!」
その大きな怒声で、ようやく僕は止まった。
「…!?っ、…かっ…は、」
だけど、気付いたら息が異常に苦しい。まるであの水中に戻されたみたいだ。僕は喉元に両手をやり肩を激しく上下させた。視界が歪み、末端は痺れてもはや感覚がない。がたりと何か音を立てるとマルコーが僕の前に乗り出して両肩を支えた。
「息は吸うより吐け。出来るだけゆっくりだ。…苦しいのは分かる!とにかく吐くことに集中しろ!」
「……!はっ……はぁっ…!」
僕は促されながら体を折り曲げて、指が折れそうなほどに毛布を握りしめて耐えた。でもしばらくマルコーの言った通りにすると、少しずつ体が楽になってきてーー呼吸が整ってくると、何とか再び上半身を持ち上げることが出来た。
頬に涙が伝う。体のくるしさなのか、後悔の念からなのか、ぐちゃぐちゃに混ざって、もう分からない。するとマルコーは手を外してから、僕に真剣な眼差しを向けた。
「シオン。落ち着いて聞け。
ルチアは生きてる。消えてなんかない。」
僕はーー…
「生き、てる…?」
喉が掠れて、うまくしゃべれない。それからは流れる涙も構わず、マルコーを凝視する。
「ああ。お前はちゃんと手を繋いでいたよ。お前は、ルチアを助けた。」
一言一言、僕はそれを自分のなかに反芻させた。なら……僕が見たのは、ただの夢だった?そうであったらどんなに救われるだろう。
「でも、…。」
しかし一瞬見えた希望は、たった二文字で陰りを見せた。だってマルコーはその先を続けない。ただやりきれない表情で、唇を噛んで、そこに立ち尽くしているだけなのだ。その時間が長ければ長いほど、焦りが生じてくる。
「でも、…何だっていうんだよ!」
マルコーは、
沈黙の後、すっと口を開いた。
「………目が見えなくなって、言葉も殆どしゃべれなくなった。」




