閉塞(2)
あれは何だろう?身の丈なんて軽く越えた、大きなーー何か。大きすぎて、形もよく分からない。ただただ、黒い影が僕の目の前に存在していた。
だけどそれが何かなんて考えても分からないだろうし、そんな時間も、もう残されてはいない。ただその存在を前にして、僕はその身を、意識を。迫りくる闇に任せるばかりだった。
これで、もう全部終わった。
そう思っていたのに。
次に僕が目を覚ましたのは、街の病院の病室の個室の中だった。目にすぐ映ったのは薄汚い天井で、僕は病院着らしき布切れを着てベッドに寝かされている。ゆっくりと重い半身を起こしてみると、すぐ横に窓があった。その向こうには海と坂の街が見えて、穏やかな青空に照らされたその風景は、僕が毎日見ていた景色と変わらない。でも酷く静かだった。いまいちその世界に僕がいる感じがしない。果たして僕は生きているのか、死んでいるのか、分からなかった。
だって、僕は確かに死んだ筈だった。
「シオン?」
途方にくれているところで小さく声をかけられた。僕は視線だけそちらに移す。ーーなんだか懐かしい顔だった。いつもは常にふざけているようなやつなのに、今日は何だか違う顔をしているから一瞬誰だかわからなかった。
「シオン、…シオン!目が覚めたのか?!」
「……………マルコー」
僕が掠れ声で返事をすると、彼は両手に持っていたタオルかなにかを投げ出したかと思うと、走っていきなり勢いよく抱きついてきたので、軽く呻き声が出る。この国では挨拶がわりにハグを使うこともあるが僕は経験がないし、何よりこれは苦しすぎる。抗議しようとしたけれど、
「シオン!!あぁ…よかった、…何で一ヶ月も寝てんだよぉ…!」
その暖かな温度と声で僕はやっと実感した。どうやら、僕はまだ生きているようだった。何だかマルコーの必死さに、僕は自然と顔が綻んだ。
「大丈夫か。ちゃんとしゃべれるか?俺のことが、見えてるか?」
「…大丈夫。」
頭がぼうっとしてはいるが、基本的に体に具合悪いところはない。
「そうか……よかった。」
ややあってマルコーは僕から離れると、思い詰めたように瞼を閉じるとぐっと頭を下げた。
「シオン……すまねえ…!俺のせいで…俺が洞窟に行くのを止めていれば…」
マルコーが、何かを謝っている。まずは記憶を整理しないと。そうだ。確か僕は溺れかけて、洞窟にあった湖で。その理由はーー
僕は、途端にぞっとした。