夏の終焉(6)
僕は小さく首をかしげる。
「……不思議?」
「どうして人だけがって、思ったことない?生き物って沢山いるのに。」
ルチアは怪訝そうにしている僕に、謎々を出すようにして悪戯っぽく微笑んだ。だけどそれは微笑みだけではないような気がした。もっと裏に、何かの感情を潜めている。
「もし人が他の生き物みたいに生きることができたなら、この星が汚されることもないし、こんな戦争も起こらなかった。」
ーー水音が聞こえた。
どこかで滴が水面に落ちたようだ。カンテラに照らされた空間はどこも乾ききっていているから、きっと遠くの方だ。それが聞こえるくらいに、今の僕らは静寂に包まれていた。
「与えられた現実をただ受け止めて、それに対して何の不満もなく、欲もなく、それぞれの役割にしたがって、摂理に従って生きるだけ。それがきっと、生きているものの正しい姿。だけどそれが出来いのが、人で。……私も、その一人。」
僕はその隠れた感情を探ろうとするけれど、
まだ読み取れない。
「ルチア、何の話?」
もどかしくなって僕は訊ねる、するとルチアは困ったように微笑んだ。
「寂しいな。この夏が終わったら、会えなくなっちゃうね。シオン、誰にもどうしようもない願いなんて、あったって無意味だと思わない?こんなことなら…ないほうがよかった。」
「…え?」
僕が眉を潜めると、聞こえるか聞こえないかの囁きで、けど、確かにルチアは言った。
「ーー『心』なんてーー」
ーーまた、水音。
やけによく響いていて、あるいは僕だけに聞こえているのだろうか。ルチアの言葉という滴が、僕という水面に動揺という波紋をたてていく。何故、どうして、そんなことを言うのだろう。ルチアが誰にもどうしようもない願いを持っているとでもいうのだろうか。
「そろそろ行こう、マルコーに置いていかれちゃう。」
僕が呆然としている間に、ルチアが促した。僕は今ここで背を向けるべきではないと思った。今ルチアが願いを持っているのだとしたら、それを聞けるのは僕だけだ。だけど、ルチアはきっとそれを言うことはない。言えないからこそ、こんな話をしたのだろう。
「会いに行くよ。」
「…え、」
僕は歩みに戻ることなかった。ルチアは、少し驚いた様子で目を丸める。
「もう一度。いや、何度だって僕らはルチアに会いに行くよ。誰が許さなくても大丈夫。だって僕らの素行を見てきたでしょ。決まりなんて、破ってみせる。」
「……シオン。」
「ルチアは、一人じゃない。」
自分で言っていて酷くありきたりだと思った。だけど僕は、要するにそう言うことを言いたかった。
僕は瞼の裏に、星空の夜にみたあの祈りを思い出す。ルチアは、本当に辛いことは決して口にすることはなかった。これまでも独りで、でも強いから、ずっと背負ってきて、今のルチアが在る。家に縛られ続ける生活なんて、僕には到底無理だ。今だったらとっくに壊れている頃だろう。
「忘れないで、ルチア。いつだって僕らは傍にいるってこと。」
どうしようもないことなのかもしれない。気休めにしかならないのかもしれない。それでも僕はルチアの力になりたいと思った。だって、生まれて初めて、人を好きになったから。何の色もない繰り返しの日々が、夢みたいに色づいた。大事な思い出をもらったのは、僕も同じだから。
「ーーだから、そんな悲しいことを言わないで。」
ルチアは、笑った。
さっきまでと違う。少し照れ臭そうに、だけど、まるで柔かな光に包み込まれているような、
「ありがとう…」
そんな穏やかな笑顔だった。




