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夏の終焉(5)

『それ』が目に入った時息が一瞬止まった。


なぜなら彼女が身につけているのはいつものブラウスとプリーツのスカートではなかった。


あの時と同じだったのだ。


初めて彼女に会った日、僕がここに来るに至った運命の日。あの時も、一点の曇りもない、まるで光をそのまままとっているような白のワンピースを着ていた。今までの服からすると細かい飾りなどはないがそれが逆に目を引く。それに、一部だけ縛っていた後ろ髪も今日はほどいていて、そのせいだろうか、いつもよりいい匂いがして。とにかく……僕は目をそらすことしかできなかった。


「おっ、ルチア今日はいつもと違うじゃん?」


そんな中でマルコーは平然としてルチアに笑いかけた。ルチアは、あの浮世離れしたようなやんわりとした視線で、いつものようにふわりと笑う。


「これが一番動きやすい格好だから。家からもの持ち出せないからせめて、ね?」

「足はサンダルか、確かに普段より身軽でいいな。それ。」

「うん、大丈夫。下行くときはいつもこれで行ってるから。」

「おい、シオン何ぼーっとしてんだよ。」


ばん、とマルコーに背を叩かれた。ちらと見てみるとやはりにやけた顏を向けられていて、彼には全部わかられている。学校で相談した時に話したから、それはそうだった。取り繕うにもどうしようもない。またあの頭に血がのぼる感覚がした。


「ちゃんとエスコートしろよな。」

「…えっ。」


その一言に一瞬じんと脳が麻痺した。そりゃ手を握るのは初めてじゃないけど、それとこれとは訳が違う。いくらなんでもこの状態じゃいろんな意味で不安すぎる。


「ああ、大丈夫だよ。だって私の方が来たことある場所だし、私が案内しなくちゃ。」

「いーや、駄目だ。それは駄目だぞルチア。こういうことに女の子を先に行かせるわけにはいかねー。」


だがルチアのフォロー(?)にも、マルコーは指を立てて何か教授している。


「俺が先を調べとくから安心してついてくるんだぜ。」

「?、よくわかんないけど。じゃあ…よろしくね、シオン。」

「じゃ、役割分担も決まったことだしそろそろ出発するか!いざ行かんっ!」


つるはしを一人振り上げて、マルコー僕らを背に早々と歩み始める。やはりこんな時に慈悲をくれるやつじゃなかった。僕は軽くこめかみに手をやって沸き上がるめまいを抑えこむ。


「シオン。…大丈夫?具合悪い?」


「……、大丈夫…」

「ほら。入口こっちだから、」


ひやり、とした感触が僕の左手を包み込む。ひゃっと悲鳴をあげそうになった。そのまま僕は手を引かれ歩く。…いけない。これじゃあ本当に情けなすぎる。逆にエスコートされてどうするんだ。



ーーそんなところで僕の回想は終わった。この位置に至るまでの道のことはさほど思い出せない。暗闇の中、頭も足元もぼうっとしていて、ただルチアの手のぬくみだけが僕にとって確かな感覚だった。


「シオン。」


不意にルチアの細い声が僕の意識を現実に引き戻した。


「こうして二人になるのって、あのとき以来だね。」


ルチアは僕の後ろについて歩いてたからその時どんな顔をしていたのかは分からない。けれど、それより、そのルチアが口にした事実に、どきりと鼓動がなった。どうやらマルコーはずいぶん先まで行ってしまったようで、完全に姿が見えない 。僕らは常に三人だったのに、今は違う。ましてこうやって手を繋いで…なんて。


「…そうだね。」


僕は固唾を飲んで呟き程度にやっと返した。だけどルチアは僕が緊張していることなんて気に止めてないようで、まるで静かに語りかけるように続けた。


「シオンが私を見つけてくれたあの時からね。私、こうして三人で毎日一緒に遊べて、とっても嬉しかった。多分この時間が、私の一生にとって一番大切なものになるって思うんだ。」


それは今の僕にとってこの上なく嬉しい言葉だった。友達と接することを知らないルチアに、僕たちが初めて楽しさを教えることができたのだったら。でも、なんだろう。何だかそれは少し極端にも聞こえた。


「…そうなの?」


僕は聞き返した。だって僕らはまだ十代半ばの子供だ。先はまだ気が遠くなるほどある。勿論この戦争のなか、こんな戦争社会のなかで辛いことや悲しいことは数えきれないほどあるだろうけど、全てがネガティブなことばかりとは限らないだろう。今より楽しいことだってきっとある、そう信じたい。多分、誰しもこんな思考は持っている筈だ。だけど、そういうものが今のルチアの言葉からは感じられなった。


「うん。私の、大事な思い出。」


すると、突然ルチアの足が止まった。僕は何かと思って振りかえると、ルチアがカンテラの青白い明かりに照らされる。その表情は今までに見たことがないくらい静かで、伏せられた瞼の下に映り込んだ光源がゆらゆらと揺れていているのが見えた。ややあってその目がゆっくりと僕を捉える。それからだろうか、僕はさっきまでの緊張が嘘のようにして頭の奥が冷えていくのを感じた。


「どうしたの?」


そしてただ、僕は次にルチアが紡ぐ言葉を待った。何を聞いてくるのだろうか、なんとなく聞き逃してはいけない大事なことのような気がして、僕は真っ直ぐにルチアだけを見つめた。


「ーーねえシオン。人って、不思議だと思わない?」

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