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夏の終焉(4)

ーー暗闇の中で、声を聞いた。


それは夢の中で、だったのだろうか。いつの事なんだと聞かれても困る。けど、とにかくその時僕の目に映ってるのは何もない黒だけだったのだ。


『なんにせよ、お前はそのままでいいってこった!』


声が聞こえた。マルコーだ。

確信がある。いつかどこかで、そんなことを言っていた。


ーーそのままってなんだ?


そのままでいて、何が解決するのか。変わらなければ何も出来ない。自分の気持ちを、人に伝えることも。自己解決することすら出来ない、この僕には。


だから僕は、お前みたいに変わらなければいけないんじゃないか。一緒にいてくれたお前なら、それを分かってる筈だ。


分かって言っているのだとしたらーー

馬鹿にしているにも程があるじゃないか。


何のつもりであんなことを言ったんだ。

あれはどういう意味なんだ。


マルコー。




「マルコー!」


僕ははっと目を開いた。


「あんまり一人で先いくと危ないよ!」


普段出し慣れていないのだろう、ルチアの半端な張り声が岸壁に囲まれた薄闇にこだまする。


「平気だぜー!早く来いよー!」


その向こうからマルコーが返事が聞こえてきた。僕はといえばあの星空の夜と同じにルチアの手を繋いで、一緒に声のした方に向かっているのだった。ざりざりとした砂まみれの岩肌を歩くと1歩1歩の音が残響して、なんとなくここから空間の大きな所へ繋がっているのだと分かる。ーーそう、今僕らがいるのはあの草原ではない。それとは正反対の、暗くて、狭い洞窟だ。


事の経緯は、三人で星をみた次の日の会話から始まる。いつもの場所で、どういう方向から僕が挙げた問題に取り組むか、僕らは議論していた。そこでマルコーが何気なく投げ掛けたのだった。


「なあ、ルチアって他の場所でも光が見えるのか?」


ルチアにとってそれは意外な質問だったらしい。面食らった顔をしてから目を伏せながら指を唇に触れると考え込む素振りを見せた。


「言われてみるとここでしかみたことないかも。」

「え、何だここでしかみれないのかよ!?」

「…何だろう。」


マルコーも意外そうに確認するが、ルチアは首を傾げて困っているばかりだったので僕が切り出した。


「もしかしたら、ルチアが見たものにもよるけど、ここはある種の特別な現象が起こりやすい場所なのかもしれないね。」

「なんだよ、特別な現象って。」

「分からない、でも父親の研究資料にも書いてあった。えっと…『無粒子の集合は場が重要で、その周囲では何らかの現象が観測される可能性が高い』って。…ほら、これ。」

「お前やっぱりそれ持ってくるんだな。」


マルコーが笑っている間に僕はバッグからノートを取り出して文を指した。それは本当に重要なことなのだろう、一番目立つように印がつけてある。


「ルチアは親からなにか聞いてない?この場所のこと。」

「…ううん。誰も無断で入れないようにしてることくらい、かな。ほら、うちって高い崖の端に立ってるじゃない?岡も高低差が激しいし、穴とか溝が多いところがあって危険だから…だと思うんだけど。」


僕らが丘の頂上から後ろを振り返ると、辺りはいつものように静かに緑を湛えて、そよ風に草がざわめいている。


「見た目、あんまり危険なようには見えないけどな。」

「…でもね、意外とあるんだよ。溝からうまく下っていくと、丁度この下に洞窟もあるんだ。」


え、といった具合に僕はマルコーは目を点にしてしばらく見合わせる。ややあって僕らは二人して馬鹿みたいな歓声を上げた。僕は足元に目を移さずにはいられなかった。


「ここの、下に!?」

「おいおいなんだよそれ!そんな面白そうなこと早く言えよな!」

「…えっ、でも別に何もないよ?」

「何もないわけねえだろ!」


びしっとルチアを指差すマルコー。僕も便乗して畳み掛けた。


「そうだよルチア。そんな重要なこと今まで黙ってたなんて。」

「え、ええ?」


そうやっていつもの如く手を組んでふざけているとルチアは本当に戸惑っているようだった。その様子からそこに行っても大したことでもない結果が待っているのが少し目に見えた。でも、それでも今の僕達にはそれを放っておく手段は無い。時はもう限られているのだから。ルチアはおずおずとして僕らに上目をつかった。


「……そんなに言うならいいけど、別に大したことないからね、 がっかりしないでね?」


それが始動の合図だった。その日は三人で入口の場所の下見をしてから、必要なものはなにか綿密に計画を練った。とはいっても大したことはない。特別なものといったらマルコーが持ってきた小さなつるはし、懐中電灯やロープくらいのものだろうか。僕は自分の懐中電灯と昨日持ってた本と勉強ノートだけスクールバッグに入れて、ほとんどいつも通りのなりだった。ルチアに至っては完全に手ぶらでーー


だから、『それ』が余計に目立っていた。


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