夏の終焉(3)
「ねえ、夏休みが終わるまでに目標を決めない?」
「目標って?」
僕の提案にルチアは草むらを裸足で踏み進めながらも首を傾げた。
「考えてみれば、僕たちは毎日勉強しにここに集まってたよね。」
「そうとも!世界を救うためにっ!」
恥ずかしげもなく意気揚々とマルコーが空を指差すので、僕はなんとも言えず苦笑する。
「言ってしまえばそうなんだけど、いくらなんでもそれは現時点で僕達には無理だ。規模が大きすぎるし、僕の知識と時間が足りない。でも、いや、だからこそ目標を別に設定することはできると思うんだ。」
「なんだよ、別の目標って?」
「アプローチを逆にすればいいんだよ。理論ではこの世の全ての事象は無粒子からきている。なら実際に起こっていることから無粒子の原理を辿ることも出来ると思うんだ。例えば……超常現象とか。」
失笑から仕切り直してひとしきり説明する間、ルチアが目を丸くした。
「それってもしかして、」
「ルチア。君が見たもの、本当の事をはっきりさせよう。」
「それ、マジで言ってんのかよ?」
案の定、マルコーがはしゃぎだした。暗い坂道も気にせずに、小走りで僕らの横に身を乗り出してくる。
「やるとしたら今しかないよ。」
「いや、でもまだ俺達に見えないって決まってないぜ?」
「見えたとしても、普通はあり得ないと思う。空中に実体のない光の粒があちこちに飛んでいるなんて、何かまだ分からない力が働いてる。でも実際に見えているなら、絶対そこには何か理由があるはずなんだ。」
「でも…私達で分かるのかな。理由。」
声色からしてルチアは心底疑問なようだった。それはそうだろう、僕だって同じなのだから。
「分からない。何かを解明するっていうのは、解明されるか分からないところから始まるものだから。…けれど僕だったら、自分にだけ見える現象が何なのか分からないままで、周りからずっと理解されないのは、苦しいと思う。…どうかな。あてがないまま時間が過ぎるよりはいいと思ったんだけど。」
自分で言うもののやはり不安はあった。多分こんなこと本気で手をつけたら時間もあっという間に過ぎていくだろう。それからマルコーが不意に立ち止まったので、二、三歩進んでから僕らは一緒に振り向いて、そっちを見やる。マルコーは仁王立ちで、口元の八重歯を覗かせた。
「付き合うぜ、シオン。きっと俺達にしか出来ないし、何でもやるよ。………ま、ルチアが嫌なら話は別だけどなー。」
「…シオン、マルコー。」
ルチアは少し驚いてからふわりと顔をほころばせた。
「…嫌なわけない。二人とも、私のためにそこまでしてくれるの。」
「望むところだよ。ルチア。」
「俺達にかかりゃあ、こんなもん朝飯前だって!」
「でも今日はここまで。このまま話してたらほんとに朝飯前になる。」
「そりゃそうだ!急げシオン!」
こうして僕達はあの別世界を後にした。ルチアを家に入るまでを見届けて、僕らはまた目立たないように、夜も遅いので急いで帰った。少し疲れはたまったものの、心地いい達成感で僕は自分の部屋の扉をひらく。もう時間は少ないけれど、明日からが本番なのだ。そう意気込んで、暗い中手探りでベッドに潜り込む。
結局マルコーが期待してることは伝えられなかったが、それでもいい、と僕は思う。今は、ルチアにどれだけ楽しい夏休みを過ごしてもらうか、そっちの方が重要に違いない。気持ちを整理して安心すると、次第に僕の意識は遠退いていった。