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願い(5)

「おいおい、まじかよ。」

「いや、ちゃんとこの時間に約束してた。多分一階にいるとかそういうことだと思うけど…。」

「まさかばれて親に止められてるんじゃねーだろうな?」


そんなことを話していると、不意に上の方からキィと軋んだ音がした。反射的に窓を見ると、開いていた。仄かな明かりのなかから手が伸びて、ひらひらとこちらに手を振って見せる。僕らは安堵で溜め息を漏らした、ルチアが覗いていたからだ。あの手の動きはOKサインだ。マルコーはロープを構え、勢いをつけて投げた。それは綺麗な放物線を描いてルチアの手の中に収まるーー筈だったが、


「あっ、」


ルチアは息を飲む。一瞬触れたがルチアの手がもつれて取り損ねた。重りが落ちる先は壁に備え付けられた電灯だ。


ガン

「ぅわ、」


鈍い、けど大きな音にマルコーは思わず狼狽した。僕らはさっと背筋が冷えた感じがしたが、少ししてルチアが始めと同じように手を振って見せた。


「シオン…あれ、大丈夫ってことか?」

「だと思う。一階からも上がってくる音はしてない。」

「よし…ならもう一回!」


言うと同時に、マルコーはさっきよりも高めに投げる。今度はルチアも窓からしっかりと手をを伸ばしていた。行けるか?という一瞬はあったものの、


「おしっ」


マルコーが言った。ロープは窓からここまで垂れる形になった。あとは、ルチアが受け取ったロープをどこかに固定して降りてくるだけ。やがて部屋の明かりが消えると、ルチアは窓から身を乗り出したのがわかった。ぎこちなく、危なげに見えたがそう思ったのは一瞬だけだった。ロープを手に取るとするする、と降りてきて、あっという間に僕らのもとに着地するのだった。


「おーっすげえなあ。」

「ふふ、一応体育も受けてるから。」

「ルチア、その格好。」

「ああ、これ?パジャマ。ごめんね、こんなかっこで。」

「…いつもの格好じゃないルチアってなんか新鮮だ。」

「だって、スカートじゃないのがこれしかないんだもん。」

「?、スカートじゃダメなのか。 」


スパンッとマルコーに叩かれた。


「ばかやろー」


なにかと思ったがはたと、垂れ下がるロープをみて自分の失言に気付いた。…自分の中では弁解させてほしいがそんなつもりは誓って一片もない……つもりだ。現実にはうまい弁明が思いかずうつむいていると、脇でルチアがくすくすと控えめに笑った。


「おら、見つかる前にさっさと行くぞ!」


こうして僕らは暗がりから駆け出していく。家の影から出て、草原の高いところから見える星空が露になると、ルチアはため息が溢れたようだった。それにつられて、僕らも空を見る。


そこにあるのは幾百、幾億の光の粒。小さいものも、大きいものも集まった大きな天の川がどこからかずっと連なっていた。細かい一つ一つもよく見える、星雲すら見えてきそうだ。


「星空ーー久しぶりに見た。」

「おいまだ目的地じゃねえぞ!ていうか夜空が久しぶりって相当だぜ?ルチアんちってどんだけ外に厳しいんだよ?」

「呼んでもしばらく来なかったのは…大丈夫だったの?」

「……。うん、ちょっと父さんの話が長引いてね。終わらせるのが大変だったけど、なんとかなってよかった。あれでもかなり急いでたんだよ。」

「俺たちの話、か?」

「大丈夫、ばれてないよ。…こっちの話。それよりさ、早くいこう?」


ルチアはよほどわくわくしているのか、夜中だというのにいつもより目が冴えているように見えた。


「しっかし危なかったよなーっまさか電球に当たるとは。ひやひやしたぜ!」

「防音できる建物だから他の部屋には聞こえてないと思うよ。」

「地味にでかい音だったじゃん、ま、聞こえてねーならいいんだけどなー」

「……。帰りも気を付けるんだぞ。」

「ありがとう、大丈夫だよ。」


そんなやりとりをしながら、僕らはいつもの場所に向かった。そう、この岡の頂上からがいい景色が見えることは、僕らが一番よく分かっているから。いつものように、息を切らしながらも岡へのぼっていく。でも、いつもとは決定的に違うのだ。まだ見ぬ世界。僕たちはまだ知らない景色へと足を進めているのだ。そしてそこへ辿り着いたとき


ーー僕らは感嘆に息を漏らした。

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