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始まりで、終わり (1)

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


浮かんだ景色をもとに小説を書きます。とんでも科学、妄想科学にご注意下さい。



ーーー


世界というものは、どこまで続くつもりなのだろう。


この先もつづくのだとしたらそれはひどく無意味なことではないのか、と僕は思う。


どうせ人間なんて、一生で作り上げたものも人との出会いも、いつかは無くなるものだ。


その悲しみを味わうための生に、いったい何の意味があるだろう。


ーーー


ここからは自分の住む街が一望できる。海に面した崖沿いに家が列をなす、坂の街。屋根は赤や黄色で彩られるが基本的には同じような形が多い。路地は狭く全て屋根に覆い隠されて、そこに入っていったらたちまち道がわからなくなるのではないだろうかと思える。でも、いまは所々壊れてるし、黒い煙がたちのぼっているからどの場所だかわかりやすい。あの煙は三番通り、そっちは五十五番。あとは商店街。一番近いのは中央通り。


人の喧騒がやけにうるさい。怪我人が出ているようだ。どうやら今日は被害が比較的大きかったらしい、時折誰かの名前を叫ぶ女性の声が聞こえる。未だに消火活動をしているし道は瓦礫でひどい有様だ。それに対して何が出来るでもなく、僕はいつもどおり目を逸らした。


生きることに意味などないとよくいうけれど、これ程的を得て、且つ無責任な言葉はない。一体誰が望み、こんなことが続いていくというのか。そんなことをぼんやりと考えながら、僕はいつもの通学路に戻るのだった。


「おはよう、今朝もうるさかったね。ほんといい迷惑。」

「今どこまで進軍してるんだっけ?」

「パウリの海域だよ、いま丁度やってるんじゃないかな。」

「うちらが勝つに決まってるじゃん、いざとなったら核もあるんだし。」


脇から同じスクールバッグをしょった子供が 何人も同じ道を通る。これが毎朝の当たり前の風景と、当たり前の朝の会話。テレビやラジオなんてどのチャンネルを合わせても、どこが優勢だとか、どこに攻撃を仕掛けるとか。そのために毎日何人も死んでいるというのに、いまやこの国中の人間はそんな悲しみは麻痺したように戦争の話題に朝から晩まで明け暮れる。授業も愛国主義の洗脳ばかりだし、出兵に向けての訓練をさせられる。


そんな日常に興味をなくすのは、果たして異常なことなのだっただろうか。自己主張もなく、一日泣きも笑いもせず机で過ごしているうちに、僕は日に日に一人取り残されていくのを感じた。


クラスの賑わいが、そこらじゅうの人影がまるで別の世界のことのように思えるのだ。こんな風に教科書の予習をするふりをして下を向けば何も聞こえないし、誰の顔も見えない。何か面倒なことを言われた日もあったような気がするけど、もう忘れた。それすら興味が持てないから結局放っておかれる。僕は、まるで脱け殻か何かだと思われていてーー仕方ない。それは違いない事実なのだから。


でも全く生きることに完全に興味を失ってしまったわけではない。


日も傾き終了のベルがなると、僕は早々とスクールバッグを取って席をたち、少し歩幅を大きくして学校を出た。日が暮れる前に急がないと、時間は限られている。僕は帰り道からそれた道にある林に入り、坂を登っていく。石畳が敷いてある道が段々と荒れた道に変わってくる。切り立った崖が多くて道を引けなかったのだろうか。僕は息を切らしながら、木々の間を通り抜けて走っていた。


ややあって林を抜けると、周りにはついに空と草原以外何も見えなくなった。そこから少し歩いて小高いところに着くと、ふくらはぎの痛みと肺から湧き上がる息を収めるようにして柔らかい草の上に座る。見上げた空が近い。焦げ臭い匂いが入り混じってはいるけれど、下に比べたら随分涼しく、心地よい風が頬に当たった。


しばらくそのままぼうっとしたいような気持ちに駆られるがそんな気持ちを押し殺して、肩から下ろしたスクールバッグに手を突っ込んだ。比較的硬くて厚いからすぐ手に当たって分かりやすい。僕は重たい本を片手で取り出した。前にページの端を小さく折っておいたから大丈夫、すぐに目的のページを開けた、目に飛び込んでくるのは綿密な文と公式の数々。


これは父親の部屋からくすねてきたものだ。父親とはまともに話す時間もないし、今となっては話したくもない。母親は体が弱かったのか僕を産んだ時に死んでしまったらしいが、詳しいことも何も教えてくれなかった。最低限食事は用意してくれるが、それ以外は殆どずっと鍵をかけて自室にこもっている。一体一人で毎日何をやっているのか、本当に、父親としては全く好きになれなければ、誇りにもできない人間だ。


近所の評判も悪く、毎日薄気味悪いような目で見てくるのに苛立ちがつのった頃のこと。僕はついに、父親がいない隙を見てあいつの部屋に鍵を盗んで忍び込んだのだ。褐色の電灯に照らし出されたのは積み上がった本の山と机と椅子だけ。この本その膨大な本の山から見つけた一つであるのだが、その時の僕はまず机の父親の手記を見て、気付いたら時間を忘れてそれを読んでいたのだった。


世界の始まり方。物質のあり方とか、主にはそんなこと。一言で言えば物理化学の話だ。今の世界がどうしてあるのか、人間は何のためにこんな馬鹿げたことを繰り返しているのか。僕達は何で生を与えられているのか。そんなことばかり考えていた僕は、何かそこから答えが見つけられるのではないかとでも思ったのかもしれない。何故か、惹かれた。でも書いてある多くのことは何のことかまだ理解できないことばかりだ。


それからというもの、事あるごとに僕は父親の目を盗んで書斎に忍び込み、こうして本をくすねては人目につかないところで日暮れまで読書に耽るのが日課になった。


そうして僕は世界の物理学者達が何年もの月日を重ねて世界の真理に近づこうとしていたことを知る。でも別にそれを知ったからといってどうなるわけでもない。父親も殆ど外にも出ずこんなことを一日中考えているのだとしたら世間の目が良くないのも納得できることだった。


目に見える現実を生きるのに必死になっているというのに、あいつは兵にも出されず、何の実にもならないことを考えているだけの食いぶちなのだと。実際、僕も一時期そんなことを言われて俗に言ういじめのような行為を受けたことがある。迷惑な話だ。


でも、もし父親に世界の真理を知る以上の目的があるとしたら。後ろ指を指されてまで、成し遂げたことがあるとしたら、それは一体何なのか。僕はそれが知りたいと思った。そんなことを繰り返してもう一ヶ月だろうか。僕は晴れている日は必ず同じように、同じ場所で読書をする。


昨日は元素の話。今日は原子の構造の話。読む内容こそ違えど、同じ日々だった。僕はいつも夕日が沈む頃まで、本にかじりついている。ざあと風に草原がなびく。気がつけば空はすっかり橙色に染まって、僕は眩しい西日に照らされていた。それにやけに涼しい風が吹き込んできて、僕は身震いする。なんとなく、今日はもう帰ろうと思ったときの事だった。


僕は少し遠くに、それを見た。

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