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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
学園にて
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学園生活の始まり4



ある日、かの方が本を探していました。

今年入ったばかりの司書に場所を聞いていましたが膨大な本の中から1冊を見付けるのは至難の技です。

幸いかの方が口にしている本は数日前私も読んでいたので本棚からカウンターへそっと持って行きました。

目立たないよう置いたつもりでしたが見付かってしまい睨まれてしまいました。

「お前が読んでいたのか」

責めるようなかの方の口調に手が冷たくなって顔が青くなるのが分かります。

私から言葉にする訳にはいかないので持ってきた棚の方向を控え目に指しました。



かの方は頷かれて本を手に取ると読むためにテーブルへ向かわれました。

「ありがとう、助かったわ」

司書のお姉さんが笑い掛けてくれました。

「良く見掛けるけど、お名前を伺っても良い?」

「ルナフ・フランソワーズです」

「ああ、あなたがフランソワーズ伯爵家の、あ…」

司書のお姉さんが慌てて口を手で隠します。

悪目立ちしているのは1年の時から自覚しているので視線を反らしてその場を去りました。



初めてかの方の声を聞きました。

私の中のかの方と現実のかの方の違いに顔が歪んで、見ているだけで幸せだった昨日に戻りたいと思ってしまいます。

婚約者がいるのにかの方を思っていたバチが当たったのかもしれません。

その日から、図書館で姿を見掛けても意識して目を反らすようにしてました。

それでも…気が付くとかの方を無意識に追っているのです。



そんなある日、図書館のテーブルで女の子2人がお喋りしていました。

かの方はそのテーブルを『ゴン』と叩いて2人を睨み付けます。

2人はそそくさと本を戻して逃げていってしまいました。

それを見て周りの何人かは苦笑しています。

中の1人がすたすたとかの人に近付き肩を叩いたのを見た時は驚きました。

絶対怒ると思っていたかの人は肩を叩いた方に初めて見る笑顔を向けられたのでした。



夢の中でも怒った顔だったかの人が、それからは夢の中だけ笑顔になりました。

将来への不安に押し潰されそうになった時、私を救ってくれたのはかの人の笑顔とカラの存在でした。

「もし仕事先が見付からなかったら私の先生になって」

カラは私を助けようと言ってくれます。

ですが、カラも学園を卒業したらカラのお父様の公爵様の決めた方へ嫁ぐはずなのです。

分かっていますが今は『ありがとう』とお礼を言いました。



夏が近付いて、それまで手紙の返事も無かった侯爵夫人から突然の招待がありました。

最後に手紙を出したのは年明け寮に入れられた時ですから7ヶ月侯爵夫人からの返信は無かったのです。

手紙には『ミランの婚約者として領地に同行するように』とありました。

表上は招待ですが、招待の形の『命令』でした。

在学中の私に断る選択肢はありません。

寮官のクラシック先生に手紙を見せると、『夏季休暇』の届け出書類を渡されました。


「行ってらっしゃい」

先生の目が私を哀れんでいるように見えました。

「…はい」

ミラン様は侯爵と先に行っているそうで私は侯爵夫人と後から追う形になりました。

「カラからの手紙を預けたままだったので持ってきて下さいますか?」

勇気を出した手紙に返事はありませんでした。

フレーバー侯爵家の領地まで馬車で3日です。

フランソワーズ家の領地より遠いのは不思議でしたが聞く事はしません。

馬車の中での話題はフレーバー侯爵家の領地の話と、嫌でもお父様の話になりました。



「去年は豊作で今までの3倍近い収益になったわ。もっと早く行動していればと夫とも話していたのよ」

私は窓の外の景色を見ながら侯爵夫人の話を聞いていました。

「それで、お父様の事なんですけどね。今年も領地は不作らしいの。春に長男が軍を退いて後を継ぐ準備を始めたんだけど、綿花を植えないで野菜を植えてピクルスにすると決めたそうよ」

「…え」

聞き流していたので思わず聞き返してしまいました。

「綿花を植えなかったんですか?」

「ええ、春から秋までフル稼働させれば綿花より儲かると綿花を押していた長男に言ったそうよ」



言葉が出ません。

肥料を撒きながらでも作り続ければ土は痩せて収穫は質が落ちて量もガクンと落ちます。

それを知らないお父様とは思えませんでした。

「あなたが去年成功したピクルスで、自分の方が収穫量も収益も上だと社交界で宣言したいんでしょうね」

「え?…」

侯爵夫人の言う事は有り得ません。

「お父様は去年のあなたより収穫量が上回れば、去年お父様を笑い者にした人たちが悔しがると思っているのよ」

「そんな…」

「親しい友人に『まず隣の領主を黙らせてやる』と言っているそうよ」



「お父様は本気で…」

動揺で声が震えました。

「長男の方も諦めたらしいわ。お母様のせいで嫁が来ないと陰口を叩かれていると知って、お兄様も出来る自分をアピールしたいんでしょうね」

「お兄様に話したのはお父様ですか?」

想像が出来てる事を聞きました。

「ええ、次男の方にも『妻を捨てて戻って来い』と怒られて、次男はそれを断って自分からフランソワーズ家と絶縁したそうよ」

…プライドの塊のお父様には下の兄の決断は許せなかったと思います。



「ルナフに聞かせる話では無いけれど、去年の融資は不作だからと7割だったの」

「何が、ですか?」

7割と聞かされても何が7割なのか直ぐには思い当たりませんでした。

1拍遅れてフレーバー侯爵家への融資だと思い出しました。

「去年は順調で融資が無くても困りませんでしたが、約束を違えるのは話が違いますから去年の3割も今年支払うよう先日夫が言った所ですよ。融資を持ち掛けて来たのはあなたのお父様なんですから最後まで守って貰わないと、でなければこの話は無かった事にしても良いと夫も言ってますよ」

「どうぞ無かった事にしてください」

私は静かに言いました。

侯爵夫人の言葉の後ろは『身分違いの伯爵の娘を貰ってやる』そんなほどこしの気持ちが見え隠れしていました。

「え?あ、…違うのよそんなつもりで言ったんじゃないわ」

「分かっています」

なるべく軽く聞こえるよう返しました。



「本当に違うのよ、分かるわよね」

私は曖昧に笑って顔を馬車の外に向けました。

「あなたもミランと結婚したいのでしょう?」

不思議な事を言われて、私は侯爵夫人の方へ振り向きました。

「隠さなくても良いのよ、お昼は何時も一緒に食べているとミランから聞いているわ」

私は1度深呼吸してから話始めました。

「校内で学年が違う男女が話す場所は有りません。食堂も学年毎に別々ですのでお昼を一緒に食べた事は無いです」

侯爵夫人は驚いた顔で私を見てきます。

「本当に無いの」

「有りません」



侯爵夫人に校内の間取りを何回も説明して、会う機会の無い事をやっと理解して貰えました。

「それじゃあ異動する時に偶然に会う事も無いのね」

「無いです。学年で使う通路は決められていますので」

「何であの子そんな嘘を…」

「分かりません」

侯爵夫人は確認するように聞いてきました。

「ルナフが最後にミランと会ったのは何時なの?」

「ミラン様が学園に入る随分前です。妹を訪ねてブローチを渡すもっと前からお会いしてません。私は婚約は自然消滅したと思っていました」

ドキドキしながら私は『自然消滅』を強調しました。

自分の理屈が間違っているのは知ってましたが言わずにはいられませんでした。

侯爵夫人の顔が怒りで歪みました。



ギクシャクした空気でフレーバー侯爵家の領地に着きました。

坂の上から見る広大なりんご畑は圧巻でした。

それが近付くにつれて、狭い間隔で植えられている木に不安を覚えます。

これではりんごに十分な日が当たらず地面は何時も湿ったままです。

このままでは根腐れを起こすか病気になってしまうので間引きをするべきなのに、逆に木と木の間に新しい木が植えられていました。

侯爵夫人に間引きの話をしようとして…止めました。

下の兄のように離れたいと思うお父様ですが侯爵夫人の言い方にムッとしてる私もいて、気持ちが振り子のように揺れていたので上手く言葉に出来ませんでした。



「良く来たね」

「お招きありがとうございます」

都の侯爵邸より広い屋敷は中に入るとお城のようでした。

王室の姫様を妻に迎えるために何代か前の領主が建てたのだそうです。

侯爵の後ろに不貞腐れた顔のミラン様がいました。

到着の挨拶をして、夫人は疲れたと使用人と部屋へ行ってしまったので私も割り当てられた部屋で休む事にしました。

ベッドに横になって凝った天井を見てると色々考えてしまいます。

気の重い3日間になりそうで、着いて直ぐですが寮に帰りたくなりました。



夕食の席での侯爵の話は今年の収穫の話が多くて、『肥料に目を付けたのは正解だった』と成功の話を自慢気にします。

侯爵夫人も頷いていてミラン様に同意を求められました。

「ミランも良き領主になるため私のように知恵を働かせ無いとな」

私は静かに聞いていました。

こんな会話はお父様で慣れています。

地位が上にいくほど、こんな傾向は強くなると思います。

このままだったら…私はここに嫁ぐのだ、と思ったら絶望しかありませんでした。

私の中に、平民になってもこの空気から『逃げ出したい』と思う気持ちが強くなったのはこの時からだと思います。



翌日、侯爵夫妻がりんごの出来を見に行っている間、私は夫妻に断って大きな図書室に居ました。

何代も前の蔵書がたくさんあって、読みたかった本が何冊も見付かりました。

夢中で読んでいた所へ不機嫌な顔のミラン様が来ました。

「相変わらずブスだな。お前、何で着たんだよ。お袋に誘われても断るのが当然だろ。それともその顔で侯爵夫人になれるとでも思ってるんじゃないだろうな」

傷付きましたがもう怒る気持ちも沸きませんでした。



「侯爵夫妻にミラン様から『婚約を破棄する』とおっしゃってください」

初めてミラン様に言い返しました。

色んな事があって、私も少しは強くなったのかも。

「お前が言え。元々お前に侯爵夫人は不向きだ」

「私が言っても侯爵夫妻は承知しません。ミラン様も嫌がっているとお伝えします」

「馬鹿っ、俺が言ったとか言ったらただじゃおかないぞ。お前が俺とは不釣り合いだから辞退したいと言えっ!」

「それは無理です。婚姻は家同士の当主同士の決め事です。私は何も言えません」



ミラン様は少し考えてから私を見てニヤリと笑いました。

「お前にも面子があるから婚約を破棄されるのは困るんだな」

「私は困りません。逆に破棄して欲しい」

「ブスが生意気な口きくなっ」

ミラン様が大きな声で怒鳴りました。

「俺が高等部になるまではお前を婚約者にしておいてやる。その代わり、親父に言う名案を出せっ」

多分ミラン様はそれを言うのが目的でここに来たのです。

「なら『間引き』をするよう提案したら良いです」

間引きが必要な理由はあえて言いませんでした。

ミラン様の横柄な態度に腹が立ったのもありますが、言っても侯爵夫妻は取り合わないと思ったからです。



「ミラン」

その時図書室の入口から侯爵の声が聞こえました。

「お父様っ」

ミラン様が驚いた顔で侯爵の方へ向き直りました。

侯爵の後ろには侯爵夫人も居ます。

「お前は何を言っている」

「婚約者と話していただけです」

ミラン様が苦しい言い訳をしますが侯爵の顔は厳しいままでした。

「学園では学年事に区切られていてお前の話していたような会話は出来ないそうだな」

侯爵は学園に通わず隣国へ留学していたので学園の仕組みを知らなかったのでした。

ミラン様がキッと私を睨みます。

「それはこいつが恥ずかしいから嘘を付いているんです」



「自分の婚約者をこいつとはなんだ、きちんと名前を呼べ」

ミラン様は口を閉じて横を向きました。

「お前は自分の婚約者の名前も言えないのか」

「き、キャンディーの姉ですっ」

侯爵の怒った顔に怯えてミラン様が吐き出すように言いました。

「ミランっ!」

侯爵の厳しい声がミラン様に飛びました。

「お前は何度諭しても分からないようだな」

侯爵の突き放すような口調にミラン様は何度も必死に謝罪の言葉を重ねました。



「お前の代わりはいくらでもいる」

「お父様っ!」

ミラン様の声が裏返りました。

「お前のこれからの行動次第では後継者の位置から外す」

「そんなっ、これからは気持ちを改めます。ですから後継者は私に決めてください」

「フレーバー侯爵家の後を継ぐと言う事は、分家を含め一族の長になる事だ。安易な気持ちの奴には継がせられん」

侯爵の横顔は厳しい物でした。




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