ストレートと私
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なので
題
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自分の幸せを優先したばかりに…。
侯爵が後悔を滲ませて呟いた言葉もカラには我慢出来ない事でした。
何年も暖めてきた夢が思い描いた形で叶わなかった事がカラを苛立たせて…夫婦の中で言い争いが増えたのだそうです。
カラは何よりまず大切な2人の思い出を優先したかったのでした。
最初は私のせいで自分の結婚が壊れ掛けたと恨まれていましたが、少しすると話せるのは私だけだと手紙を送ってきたのでした。
それでカラの気持ちが軽くなるのなら、と今はそれに返事を返す余裕も生まれています。
それはモンタニューブルー侯爵が望んだようにカラと『対等な関係』にはなれませんが、友人として細くても繋がっていられればそれで良いと思えたのでした。
カラからも年末のお城のパーティーに来るよう手紙が来て、同じく断りました。
きっとこの先私が貴族としてパーティーに参加する事は無いと思います。
…1番の理由はパーティーではストレートと顔を合わせるからです。
ストレートは改めて私に求婚すると周りに言っているのだそうです。
でも私にストレートと会う勇気は…。
あれからたった5ヶ月です。
私の中の手首を掴まれた時の痛みと恐怖の記憶は生々しくて、今でも何かのタイミングであの時を思い出すと悪寒と震えが来ます。
全部がストレートのせいじゃない、と分かっています。
小さい頃のお父様の言動に自分が囚われているからだ、と自分に言い聞かせても恐怖は薄まってはくれないのです。
カラに年末年始のパーティーに誘われた話と私の今の気持ちを直には話しにくいので手紙を書いてクラシック先生宛に送りました。
クラシック先生と従姉妹の公爵夫人なら暴走しようとするストレートを止めてくれる気がして気持ちを吐露したのです。
私の予想は当たってしまいました。
ストレートは私がパーティーに来ると確信していました。
新年に開かれるお城のパーティーへの参加は貴族の義務です。
私の欠席が信じられなかったストレートは私と関わり合いのある方々に私と会わせてくれるよう言っていたそうです。
ですがそんなストレートと私を引き合わせる人が居るはずもなく、ストレートの希望は空回りで終わったのでした。
ある日『ストレートに住所を知らせても良いかしら』とカラから手紙が来ました。
夫に愚痴を言うストレートにも、無理をごり押しするモンターニュブルー侯爵家の親族にも、カラの怒りは溢れて爆発寸前でした。
幸い部屋にいた私は届いた手紙を手に急いで部屋を出ました。
カラの性格ならば、思い立ったら直ぐ行動に移していると思ったからです。
私にこの手紙を書いた後、直ぐにストレートへここの住所を書き送っていると思うと怖くて震えが止まりません。
私の隠れられる場所はクラシック先生の所しかありません。
掴まる恐怖に震えながら学園へ走りました。
何時もなら図書館に居る時間でしたがこの日は特に寒く家へ居たのが幸運でした。
急に訪ねた私に驚いていた先生は手紙を読んで真顔になりました。
先生は数通の手紙を書くと急いで届けさせました。
その間もストレートが追い掛けて来そうで…私は部屋の中をウロウロ歩き回っていました。
「息子を切り捨てたからカラは手離したくなかったんでしょうけど…」
クラシック先生は怒った口調で言います。
「部屋へは帰らない方が良いわね。ここから3日ほど離れたら保養地に里の別荘があるの、暫くそこで暮らしなさい」
ストレートが訪ねてくる前に、と先生から急かされ手ぶらで馬車に乗りました。
「4月まで後3ヶ月も無いけど、1度部屋を引き払いましょう。荷物は直ぐに送るわね」
先生は『4月からの事もあるから』とストレートを懲らしめると言うのでした。
私の事なに、話は私抜きで進められました。
公爵3家のうちカラの両親のカルチェラタン公爵夫妻を除いた2家が城にストレートを呼び出したのでした。
「呼び出された理由は分かるな」
1人の公爵が威圧的に言います。
控えさせたストレートの両横には城の騎士の中でも屈強な2人が立っていました。
「ルナフの事ですか」
不貞腐れたようなストレートの態度に騎士は剣を抜く素振りをして止めました。
ストレートがギクリと見構えて騎士を見ます。
わざとらしく威嚇され事に気付いたストレートの顔が歪みました。
「2人の間に誤解があるようだな」
ストレートは慎重に2人の公爵をじっと見ました。
良い話で無いのは確実でした。
「新年のパーティーでルナフを探していたと聞くが」
ストレートは警戒して喋りません。
「ルナフの部屋へ押し掛けたそうだな」
ストレートは何かを言い掛けて止めました。
「カラメルが一方的に手紙で教えてきたのは聞いている」
ストレートの顔に安堵が広がりました。
「気持ちは変わらないのか?」
「変わらない」
淡々と確認するような会話の後、公爵が言いました。
「ルナフは学園の教師になる道を望んでいる」
「それは違う。話せば分かる、ルナフに会わせてくれっ」
堪えられないと言うようにストレートの返す声が大きくなりました。
そんなストレートを威嚇して騎士の剣が鳴ります。
ストレートは悔しそうに騎士を睨んで口を閉じました。
「ルナフは会話を望んでいない」
「そんなはずない。ルナフも僕と結婚したいと絶対思ってる」
2人の公爵は熱くなるストレートを横目に見て哀れむ視線を向けたのでした。
「お前は軽蔑したジョルジと同じ行動をしている自覚は無いのか」
ストレートの衝撃を受けた顔に公爵が被せました。
「ルナフは婚姻を結ぶより学園の教師を希望した。この意味は、分かるか」
「それは…あの時つい興奮して掴んだから…」
ストレートは怯んだ顔を背けました。
「ミランが廃嫡になった時、ルナフは僕の婚約者になる筈だった」
公爵2人にはストレートの言っている意味が分かりませんでした。
私に執着している様子は見て取れますが何故そこまで?の疑問もありました。
「ルナフに執着する必要はあるまい」
「他に何件か申し込みがあるはずだが?」
2人の公爵は暗に諦めろと言いました。
「僕とルナフは互いに思い合ってる」
ストレートは確信した顔で言いました。
「ルナフはそう思ってはおらぬ」
公爵が否定してもストレートは退きませんでした。
「伯爵に食い荒らされた領地はさっさと返納して僕の元へ来れば良いのに」
かの方のように私を利用しようとする気持ちがストレートには見えないので公爵たちもどう話すか考えていたのでした。
公爵たちにも会えば分かり合えると本気で思っているように見えたそうです。
「ルナフは望んでいない」
「話せば分かる。僕と結婚するのがルナフが1番幸せになれる道なんです」
何度公爵が言ってもストレートは諦めませんでした。
公爵が思い付いて言い方を変えました。
「ルナフは君に怯えている」
「…え…?」
ストレートの理解出来ないと書かれた顔に公爵は私の手紙を読み聞かせました。
「嘘だっ、嘘だ!」
ストレートが怒鳴るのと騎士が剣で威嚇するのが同時でした。
「脅されても僕は諦めないっ」
騎士を睨み付けてストレートは言います。
「聞いてなかったのか?ルナフは強引に君に手首を捕まれた事でジョルジにされた事を思い出した。君が騎士の威嚇に怯える以上にルナフは君に怯え君を拒絶した」
一瞬怯んだストレートが公爵に向けて言い返しました。
「確かにあの時は気持ちが高ぶっていてい力づくで手首を掴んでしまったけど、もう2度としないと約束する」
「もう遅い。ルナフの中には君から痕が付くほど強く握られた恐怖しかない」
「2度としないっ!」
ストレートが必死に言う所へ公爵はクラシック先生からの手紙を読みました。
心無いストレートとジョルジの暴行が私の中で暴力的な父親と重なった事、記憶に刻まれた暴力の記憶は一生消えないと書かれてありました。
「2度としないっ、ここで誓うっ!」
必死な形相のストレートに公爵は諭すように穏やかに言いました。
「どれ程感情に飲まれていたとしても、暴力的な、粗暴な物が君の内面に無ければあんな婦女に暴行する愚行には走らない」
「君の中には婦女に平然と手を上げる野蛮性がある。ルナフはそこに怯えているんだ」
公爵は意識してストレートを非難する言葉を選んで言いました。
「君の中では『謝罪』すれば許される行為だろうが、ルナフの中では一生消えない恐怖だ。分かりやすい例に、君が手を振り上げればルナフはその手に恐怖して悲鳴を上げるだろう。それほどにルナフが負った傷は深い」
「…そんな大袈裟な…」
ストレートは笑いながら否定する顔をします。
「学園から、君の学園半径1キロ以内の立ち入りを禁じて欲しいと要望が来ている」
「…それって…まさか」
「ルナフは本気だ」
その場に膝を付くストレートに公爵が言います。
「他に似合いの相手を探すと良い」
「…僕の中では結婚する相手はルナフだけなんです。他の誰かなんて無い…」
項垂れるストレートを哀れに思った公爵が言いました。
「ルナフ宛に手紙を書くと良い。何時か気持ちが通じれば、ルナフの気持ちが解れて返事が来る事もあるだろう」
公爵はストレートの気が済めば私を諦めると思っていました。
ストレートの気持ちの捌け口を作ってやれば私を訪ねる愚かな真似はしないと思ったからでもありました。
ですが…それは間違いでした。
ストレートからの手紙は毎日学園を通して私の元へ届いて…返事を返さなくても止まりませんでした。
3月になって、私は学園の先生になる事が正式に決まりました。
教師になるのを機に爵位と領地を国へ返そうとしましたがトラブルの種子が増えると隣の領地の問題が解決するまでは保留となりました。
私の年齢を考えて教えるのは中等部が良いだろうとなり、教科は教師が少ない数学に決まったのでした。
緊張しっぱなしの新しい生活が始まって、覚える事がたくさんあって、その生活の中にストレートからの手紙が届くようになりました。
今日は暑いとか寒いとか些細な事を毎日書いて来てそれはストレートが領地に戻っても必ず届くのでした。
たまに今年のリンゴの花の押し花とか、可愛い花束とか小さな手製と思える小物のプレゼントが添えられていたりして、どうすれば良いか迷う物もありました。
留学中が嘘のようにストレートからの手紙は引き出しに入りきらないほど貯まって、何時しか心待にする私がいるのでした。
あれからカラからの手紙はありません。
カルチェラタン公爵は他の公爵への対面もあってカラをきつく叱ったのだそうです。
クラシック先生経由でモンターニュブルー侯爵家の領地で静かに暮らしていると知らされましたが…。
真実が気になっても確かめる事はしませんでした。
知らない方が良い事も有ると、教師になったこの1年で大人になれたつもりです。
緊張から始まった私の学園生活は大きなトラブルも無く過ぎて、平穏過ぎて怖いほどです。
夏が過ぎて、秋が過ぎて、それでもストレートからの手紙はほとんど毎日届きました。
冬の社交の季節になって、友人の大半は令嬢から夫人になって、それを『羨ましい』と思いながらも結婚したいとは思っていませんでした。
ストレートが伯爵令嬢をエスコートして新年のパーティーに参加していたと聞いた時、胸の奥がチクリと痛みました。
この気持ちも…少しずつ時間が薄めてくれるのでしょう。
ゆっくり時間は流れて、ストレートからの手紙も束がいくつにもなりました。
覚悟していたストレートの婚姻の話は今も聞こえてきません。
ストレートからの手紙にも結婚を匂わせる言葉は無くて、ホッとしている私がいるのでした。
学園の教師になってから3度目の春に、学園長先生から『結婚』の話がありました。
お相手は花から香水を作っている裕福な伯爵の次男で、結婚しても家から離れず家業を兄弟で盛り立てていくのだそうです。
…私が誰かと結婚する…。
結婚したら学園を辞めなければならなくて…。
心にある人は1人です。
「ルナフ。言葉にしなくても彼の気持ちは伝わっているのでしょう?彼はあなたの気持ちが解れるまで何時までも待つと決めていたそうだけど、学園長が持ってきた話を知って『婚約者候補』の1人に入れて欲しいそうよ」
クラシック先生は門の外へ視線を投げて、次に私を見ました。
「大切にしまってある手紙があなたの気持ちを物語っているじゃない。彼のためじゃなくて、あなたのための1歩を踏み出してご覧なさいな」