衝撃
「自分の幸せは考えないの?」
「考えたから学園の教師になりたいと思ったの」
後に続く『生活のため』は言えませんでした。
「それがルナフの幸せに繋がる訳じゃない。結婚も未来の選択肢に入れて欲しい」
正面から否定されて思わず言ってしまってました。
「周りの目には私は『男に拐われた女』なの、もしそんな私と結婚する方がいたとしてもその方はずっとそんな女を妻にした男と周りに言われ続けるのよっ」
感情が高ぶり最後は叫ぶように言ってしまってました。
相手がストレートだったから…なお止められなかったのかも知れません。
「僕はルナフと結婚したい。会ったその日からそう思っていた」
ストレートはテーブルに手を付いて顔を近付けて来ました。
「カラとリゼと友達になったのはルナフに近い場所に居たかったからだっ」
テーブルに乗り上がったストレートに手首を掴まれ引っ張られました。
「ルナフも僕と同じ気持ちだと思ってた。今でもそう思ってる」
頭の中が真っ白でストレートの話が夢の中の事のようでした。
「ルナフに助けられて成功したリンゴ園の収入を侯爵夫妻は考えなしに浪費して前より多い負債を背負った」
ストレートの話は絶対叶わない悪夢です。
頭の中から追い出さしたくて必死に違う事を考えました。
混乱した中で浮かんだのは公爵から大まかに聞かされていたフレーバー侯爵家の内情です。
どれだけ大変だった事でしょう。
「その時の僕にはフレーバー侯爵家の家長になる気持ちはまるでなかった。ルナフには僕の領地の伯爵家に来て貰いたかった」
ストレートの手首を掴む力が強まって骨が軋みました。
痛みに顔が歪みます。
「友人の頼みでカラの婚約者候補になった時、カラからルナフに話す約束だった」
「え…」
カラからそんな話は聞いていません。
「カラは父親の公爵を騙せないから公爵子息が候補から外されるまで助けて欲しいと言って、友人もそれを希望した」
「…あの服屋さんが申し込めば…」
痛さを堪えながら反論した。
最初より掴む力は緩まっても離してはくれなくて、不安定な格好に体が悲鳴をあげていました。
「その時の次期侯爵候補はジョルジだ。友人には伯爵の爵位も無くて申し込む資格が無かった」
カラが諦めた理由が分かった気がして、怒る気持ちがすぅーっと消えていきました。
「木彫りの髪飾りを送った時、ルナフは困った顔をした」
思い出して思い切り顔を背けます。
「あの時、友人との約束をどれだけ恨んだか」
ストレートの声がきつくなった。
「何度手紙を書いてもルナフには届かない。苦肉の策でカラの手紙に同封させれば逆に僕から離れようとしているのが伝わってきてどうすれば良いのか分からなかった」
ストレートは隣国の侯爵から自分の手紙を捨てていた事実を聞き出してきていて、帰国してから公爵から隣国の公爵へ苦情として伝えて貰う事にしたと言った。
「僕が侯爵を受けるか断るか迷って出した手紙の返事にルナフは受けるよう書いてきた」
「…それは…」
言い訳を仕掛けて…言っても始まらないと思う気持ちが口を閉じさせました。
「カラを妻にするなら地位が必要だとルナフが考えていたのは感じていた」
ストレートは体を捻ってズボンのポケットから何かを出して掴んでる私の手を更に引っ張っりました。
「僕が妻に望むのは君だけだ」
ストレートは無理矢理私の手を広げて中指に指輪をはめました。
固まって手を見ている私の掴んでた手を離して、ストレートは元の位置に戻るりました。
「ルナフが決めて。その指輪を外せるなら僕は潔く諦める」
揺れてる体を支えきれなくて、崩れるように椅子に座り込みました。
座りながらも目は自分の指の指輪に釘付けでした。
信じられない…願ってはいけない夢でした。
これを受けてしまえば…私は幸せになれるかも知れなくても…ストレートは不幸になります。
抜こうとした手を、両手を掴まえるようにストレートが被さってきました。
「抜かせない」
「自分のしてる事を分かってるの。一生私のせいで笑い者になるのよ…」
泣きたくなくても声が震えて胸の塊が爆発しそうでした。
「ならないから。安心して僕に任せて」
「…なるわ…」
「ならない。明日には分かるから」
震えを止められない体をストレートが素早く支えに来ます。
「痩せたね」
私を包むように抱き寄せてストレートはゆっくり色々な話をしてくれました。
「あの木彫りの髪飾り、買ったんじゃないんだ」
「誰かにあげる物だったの?」
ストレートに寄り掛かっていた体を引き戻そうとすると後ろに引き戻されてしまいます。
その攻防を何度か繰り返して私が諦めた所に意外な言葉が落ちてきました。
「一点物で僕がルナフのために彫った」
「…私のために…あ…まさか…」
「そうガラスの髪飾りもレースのリボンも僕が作った」
「カラの金の髪飾りも…」
「あれは友人が抱えてる職人に作らせた物だよ」
ストレートは何かに気付いたのか笑いながら私の頭に顎を乗せました。
「ルナフ。焼きもち焼いてくれてたんだ、そうなんだ」
ストレートは嬉しそうに「僕だけだと凹んでたから嬉しいな」とご機嫌でした。
「実感無いでしょ」
何の実感か考える余裕なんて無くて服を通して伝わる体温に震えていました。
自分に訪れるはずの時間が目の前にあって沸き上がってくる恐怖に震えが出ます。
「これは夢じゃないよ」
ストレートは明日の予定を教えてくれました。
「ルナフは明日1代だけの伯爵になる。伯爵令嬢としてフレーバー侯爵家へ嫁ぐ」
「…え?」
「私が『浚われた』事はみんなが知っているわ。そんな私が結婚してはいけない…」
胸に灯る嬉しさを振り払い拒絶しました。
それはストレートのためでした。
「どちらの国でもジョルジの犯した行いは沈黙に守られている。それについては公爵の方々に感謝しかないけどね」
「…嘘?」
「ルナフの心配は徒労に終わる」
「でも…かの方が話してしま…」
「まだその名前呼ぶんだ」
ストレートががっと抱き締めてきて…ストレートは異性なんだと突き付けれました。
「ジョルジは喋らないよ。もし喋ったら城の牢獄に入れるって陛下が決められた」
「牢へ…」
息が出来ませんでした。
私のせい…気持ちがズシンと重くなりました。
「明日のドレス僕が用意してあるから」
「…え…」
「結婚したらルナフの服は僕が作りたい」
結婚でカラを思い出しました。
「カラをカラを泣き止ませてあげて」
「カラは学ぶべき事を学べてない」
「え…」
ストレートの言葉に呆けてしまいました。
「初めは僕が隣国から戻った時のカラの態度に腹立って帰った事からだけど。感謝を知らない領主は領民を苦しめる、って公爵がカラに教えようとしてるのさ」
「…そんな…」
だからと言って結婚式を控えた今にそんな事をするのは酷すぎます。
「公爵は僕が婚約者候補になった時からカラの態度を危惧していた」
「なった時から?」
「カラは自分の事しか見ていない」
「それは当然だと思う…公爵令嬢だもの…」
「言葉を変えるよ『カラには他の人への労り、慈しみが欠けている』そう言えば分かる?」
なに不自由無い暮らしをしてきたカラに『労り』を分かれと言うのが酷だと思えました。
カラにとって、自分より地位の高い方は王族だけです。
「結婚したらカラは公爵令嬢じゃなくなる。労りを持って侯爵夫人として親族をまとめていかなければならなくなる。覚えなければ公爵は結婚させないと友人にも約束させた」
公爵の言動を思い出してみると、そう思える場が何度かありました。
「公爵には僕が誰を好きなのか直ぐに見破られた」
「え?」
思わず背中に汗が伝わりました。
「ルナフの気持ちもね。だから明日の場を作ってくれたんだ」
私の気持ち…。
公爵は私の気持ちを知っていると言うのでしょうか。
それなら怖すぎます。
「互いを見る目で」
ストレートの言葉で恥ずかしさに顔が赤らむのが分かりました。
「カラはルナフの思いより自分の幸せを優先した。公爵はルナフを犠牲にするのではなく自ら自分にぶつかってくるべきだ、と言っていた」
「それは無理よ…公爵が聞いてくれるはず無いもの…」
「カラを自分の力で歩かせたいんだ。今のままなら周りの力で簡単に好きな相手と結婚して自分の力では何もしないで終わる」
「公爵令嬢だもの…」
「それじゃ領民は不幸だ」
ストレートの言葉は胸に刺さりました。
「公爵が後見人に付いたのはカラを危惧したからだ。自分の結婚が決まってもカラはルナフに何か話した?」
「え?あ…それは…」
答える声がうわずります。
それでもカラを悪く言うのは嫌でした。
中等部に入る頃からずっと気持ちを支えてくれた親友です。
「入れ違いになった間も僕に感謝してると口では言いながら、僕とルナフの気持ちを気遣いもしない。僕が帰った時のあのからかう視線が僕を行動に移させた」
ストレートはあった事を公爵と友人に書き送ったそうです。
「その後の決断を出したのは公爵だ。友人もルナフを見た時何も知らされてない様子だったと心配していた」
だから見られてる気がしたのかもと理解出来ました。
「カラは幸せに有頂天になっていた。その時にさえ人に幸せを分け合うとか、誰かのために、と思う『優しさ』を持とうとはしなかった」
公爵はストレートが隣国から戻る3週間の間にカラが私に話す事を期待していたそうです。
大切な娘でも人としての『優しさ』『思いやり』は痛い思いをさせても教えたい、と公爵はカラの婚約者に言ったのだそうです。
「ルナフ、今の『可哀想』は未来でカラを不幸にする。分かるよね」
…ストレートの言葉に反論出来ませんでした。
「ルナフ」
ストレートが私の手を掴まえたまま前に場所を移しました。
「ルナフ。僕は君と結婚したい。今すぐ返事が欲しい」
面と向かって『イエス』とは恥ずかしくて言えませんでした。
それに…本当にストレートが困らない、その確信は無いのです。
「言い方を変える。明日ルナフの『不安』が消えたら結婚して欲しい」
ストレートは喋らない約束が出来るなら公爵家へ送ると言います。
言いそうなら『帰さない』と言われました。
私には決断出来ませんでした。
答えられないでいるとカラの婚約者が訪ねて来たのでした。
「その様子だと良い結果になったようだね。おめでとう」
じっとストレートに見詰められて「違う」と返す勇気はありませんでした。
「そっちは苦戦しているらしいな」
友人の方は複雑な顔をストレートに向けます。
苦悩しているのがその表情に表れていて言葉が見付かりませんでした。
「僕の中で、カラは公爵令嬢だって意識が抜けて無いんだと実感させられたよ」
彼は『対等な立場なら言えるはずの言葉が躊躇って出ない』と深い息を吐いた。
「普段の会話の様に接する自信がな」
「普段も気を使ってるじゃないか」
ストレートがバッサリ言いました。
「顔色を見てるほどじゃないけどカラの反応に振り回されてる」
友人は苦い顔で肯定しました。
「頭で分かっていても感情が付いて来ない。対等でありたいと意識するとカラの言動がどうしても気になるんだ。小さい頃はずっと一緒に遊んでたのにね」
その気持ちは良く分かりました。
私もカラに同じ気持ちを抱いています。
どんなに親しくして貰っていても私の中ではカラは何時までも公爵令嬢なのです。
「本当ならカラを諭すのは父親の公爵ではなく夫になる僕でなければならないんだ。でも僕はカラに気後れして言えないんだ」
辛そうにストレートを見る友人にストレートも言葉が無いようでした。
恋は…怖いです。
両思いになってもまだその先があって…気付いてしまった現実に体が震えました。
お母様や妹みたいに美しくない私を何故ストレートは選ぼうとしているのでしょう…。
胸の奥底から自分を卑下する感情が沸き上がってきて…ストレートの隣に並ぶ恐怖に逃げたしたい衝動を堪えていたらストレートが背中を擦ってくれました。
「何に怯えたのか見当付くけど、直ぐに消えるから」
「え?…」
思わずストレートを見返してしまいました。
「自分に自信を持てるようになると見えてくる世界も変わる。ゆっくり教えるよ」
ストレートはメイドを呼んで私の着替えを手伝うよう言いました。
「直しが必要な所は明日の朝までに直すよ」
明日は無くならないんだと思ったら…城での思い出したくないあの場面がぶわぁっと襲って来たのでした。