カラの恋愛
「無茶な話だわ。カラはそれで頷いたの?」
「彼はストレートに感謝してるの。ストレートが治療に踏み切って成果を上げたから諦めていた彼も受ける勇気が出たんですって」
カラは諦めの顔に薄く笑いを浮かべました。
「彼の諦めていた未来に光をくれたのがストレートなの。そして彼と私のためにお父様を説き伏せてくれたのもストレートなのよ」
カラは話ながらも震える指が白くなるほどクッションの一辺を握り締めていました。
「モンターニュブルー侯爵家の財政を改善させたのもストレートなの」
「ストレートが?」
モンターニュブルー家の『特産』は服です。
私の中でストレートと『服飾』が上手く重なりません。
「ストレートは洋服の『デザイン』が上手なの。絹は無くても着実に売上げを上げてるわ」
カラの説明に納得するしかありませんでした。
「もしかしたら…この服の時の人?」
着ている服を指してつい聞いてしまいました。
「…そう」
あの青年がカラの隣に…。
想像してもしっくりしなくて不思議な感覚に襲われました。
「なら今度はカラがストレートと彼女の仲立ちすれば良いんじゃない?」
自分でも名案に思えました。
「ストレートはまだ『プロポーズ』してないの」
「え?…あ…」
白いリボンを貰った時の会話が浮かんできてストレートが言っていた言葉が甦りました。
「何か進展があったからカラの結婚にOK出したんじゃないの?」
カラは言いにくそうに視線をそらします。
「カラ?」
「そう思ってなのに違ったの…まだプロポーズしてないんですって…」
カラは何かを言いたそうに私を見ますがため息付いて下を向いてしまいました。
「相手に?そう…」
ストレートにそれだけ思う人が居るんだと言う現実が私の中で『ズン』と重くなりました。
「待つしかないわね…」
競り上がってくる苦い気持ちが私に突き放す言い方をさせました。
明後日になれば、先生は駄目でも最悪学園の職員になるのです。
そうなればストレートとは2度と会えません。
私らしい結末です。
荷物に忍ばせてきた小さな箱がこれからの私の宝物になるでしょう。
「今日は休みもうよ。明日はきっと良い日になるから」
カラが鬱々と過ごしていた翌日、私はストレートからお茶会の招待を受けました。
戸惑ったのはカラもではなく私だけだった事です。
カラだけを誘う事はあっても私だけ誘うストレートとは思えませんでした。
もしかしたら…私に仲直りの仲立ちを頼みたいのかもしれません。
迷っていたらまだ出掛ける前だった公爵は行ってくるように言いますが萎れているカラを独りにして行くのは躊躇われました。
「行ってくると良い。カラには自分だけで考える時間が必要だ。今まで人任せ過ぎた」
「でも…」
公爵に逆らう言葉は中々口から出なくて、ソファーで項垂れているカラを見るしかありませんでした。
「ルナフがカラを気遣ってくれるのは嬉しいがルナフもそろそろ自分の幸せを優先して良い頃だと思うが?」
「私の幸せは…クラシック先生の側で静かに暮らす事です」
「本当にそれが幸せなのかい?」
ズキンと痛む胸を押さえて言いました。
「はい。カラが居なかったら…きっと私は狂っていました。お父様、お母様から望まれない子供の私がこうしていられるのもカラが私を『友達』だと居て良い『居場所』を作ってくれたからです」
公爵の哀れむ視線に耐えて、笑って見せました。
「謙虚はルナフの長所だが欲張る事もたまには必要な事だよ」
公爵への返事を、私は笑って誤魔化してしまいました。
今までで望んで叶った事など『留学』くらいです。
叶わない『願い』は『諦め』しか運んできません。
傷付かないよう辛い現実を避けて立ち回る事が自分の身を守る1番確かな方法なのです。
その思いは…言葉にならないで私の中へ消えました。
「近いうちにルナフにも分かるよ」
公爵は執事に私へ持たせる茶菓子を言い付け出掛けていきました。
「こちらへ」
執事に促されて、本意ではありませんが出かける支度をしました。
出掛ける挨拶をカラにしようとしましたがカラは公爵夫人と居間で真剣な顔で話していて、声を掛けるのは躊躇われます。
「馬車の仕度が整ってますのでお早く」
迷っているうちに執事に促されて馬車に乗せられてしまいました。
何年振りかで訪ねるフレーバー侯爵家は執事も使用人も知らない顔に変わっていました。
変わったばかりか使用人は昔の半分も居ないように思います。
財政危機から抜け出したと聞いていましたが違うのでしょうか?
ストレートが出迎えてくれる、と勝手に思っていただけに執事に迎えられて現実を思い知らされました。
彼にとって私は友人の友人の位置付けなのです。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
執事に案内されて庭へ回ります。
庭師のおじいさんは変わっていなくて、何故かホッとしてしまいました。
「ここでお待ちくださいませ」
執事に手土産を渡して私は用意されたテーブルに向かいました。
お茶の用意をしてくれているメイドにお礼を言ってぼんやりしていたら屋敷から女性が出てきました。
私より少し若い感じですが、雰囲気は年上の感じがしました。
「あなたが」
女性は意味ありげに私を見下ろして挨拶も無しに私の前の席に座りました。
「私にもお茶を。ストレートを訪ねてきた人が居るって聞いたから見に来たけど」
メイドにお茶の催促をしてその女性はまるで値踏みでもするように私を見ました。
「売れ残りがストレートに売り込みに来たの?生憎だけど彼には私がいるから狙っても無駄よ」
女性を見た瞬間から言われる事が分かっていたので別に驚きません。
ですが…この方がストレートの相手だと思ったら笑いたくなりました。
本当に、私の人を見る目は…。
返事をしようとして…ストレートが急いで来るのが見えたので口を閉じました。
「帰るよう言ったはずだ。今すぐ帰れ」
かなり怒っているらしくストレートの口調はきついものでした。
中でも喧嘩をしていたようです。
「彼女からお茶に誘ってきたのよ」
女性は私を指差して平気で言ってきます。
訂正する気にもなれなくて私は香りの高いお茶を一口飲みました。
「誘うわけ無いだろ。なら彼女の名前を言ってみろ。知り合いなら名前くらい知ってるよな」
ストレートの意地悪な口調に彼女は悔しそうに口を閉じました。
「いくら従姉妹だからって婚約者顔されるのは迷惑だよ」
ストレートの口から出た『迷惑』の言葉がグサリと胸に刺さりました。
「本当の事じゃないっ」
「それは小さい時の話だろ。金持ちの伯爵から求婚されたからって婚約を『破棄』してしたのはそっちだからな」
彼女はストレートの婚約者だったのです。
「違うわちょっと『目移り』しただけよ」
ストレートの『思い人』は彼女なのでしょうか。
カラが目の前の彼女と友達になれそうか考えたら多分無理だと思いました。
深く考えたくなくて帰ろうと席を立ちました。
残念だけど…カラの力にはなれそうもありません。
私の中でストレートから離れる口実が出来た気がします。
もし神様がいるなら…進んではいけない道を示してるのかも…と思えました。
「待ってっ」
数歩も歩かないうちにストレートが追ってきました。
私は振り向いてストレートに言いました。
「彼女との話を終わらせて、それでもまだ話があるのならその時は伺います」
「後から絶対訪ねて行くから何処にも行かないって約束するなら」
「カラを泣き止ませる話を持ってくるなら」
内心は混乱してるのに頭の真は冷静なのか平然と言葉が口を出るのでした。
「それは君次第」
「?…何で私?」
関わるのが苦しいとストレートに言う勇気は無くて踵を返しました。
結果を聞くのは怖いと思いますが、カラが泣き止む結果になるのなら…。
直ぐに帰ってきた私をカラと公爵夫人が絶望的な顔で見てきました。
「先客のお客様がいて…」
「まさか女性だったの?」
言い辛い私を見て驚いた顔で駆け寄ってくるカラに頷きました。
「女性の話では『婚約者』だそうです」
「ええっ!」
カラは大きな声を立てて驚くと後ろの公爵夫人を振り返りました。
「そんな話は聞いてないわ」
公爵夫人も困惑してる口調でした。
「後程カラを泣き止ませる話を持って来れるなら来るそうです」
「…無ければ来ないの?そんなぁ…」
しゃがみこむカラを公爵夫人と両方から支えてソファーに座らせました。
「私がもっとストレートに協力していれば…」
「お相手はカラの知っている人なの?あの女性とカラは顔見知りなのね」
言いながら残念な気持ちを消せませんでした。
「ストレートの好きな人は違うと聞いているわ」
公爵夫人が半信半疑の口調で言いました。
「そうなんですか、他にも居るんですか…」
何故か凄く残念な気持ちになりました。
「ストレートからそんな話は聞いてない?」
公爵夫人から聞かれて首を振りました。
何と無く言葉を選んでいる気がしましたが、カラに聞かれたくない話が有るのかも、と気付かない振りをしました。
「会話した事も数回しかないのて、そんな話題は出ませんでした」
「数回?本当に?…」
公爵夫人がため息を付きました。
「隣国でストレートを2人だけで話さなかったの?」
「少しは話しましたけど…婚約者がいるはずの方と長く話すのは相手の方に不誠実ですから、隣国の辞書とお土産を買うお手伝いだけしました。私はカラへのお土産だと思ってたのでなるべく離れてたんです」
今は今日の女性へのお土産だったのかもと思い始めていました。
「…そうだったの」
「私は酷い事をしていたのね…公爵のバカ息子から婚約の話を持ち掛けられた時にストレートを隠れ蓑にしたバチが当たったんだわ」
泣き崩れるカラを慰めている所へもう1度ストレートからの迎えが来たのでした。
訪ねて来ないのは期待する返事が出来ないからなのでしょうか…。
「行ってらっしゃい」
公爵夫人に背中を押されて、もう1度フレーバー侯爵邸を訪ねました。
ストレートは真剣な顔で出迎えてくれました。
彼女の姿は見えなくなっていました。
「最初に誤解を解きたい。彼女と婚約していたのは11歳の時だ。半年もしないで裕福な伯爵から求婚されて僕との婚約は白紙になった。でも僕がフレーバー侯爵家を継ぐと分かってまた乗り換えようとやって来たんだ」
「それよりカラへの返事は?まさか『ノー』なの?」
「今はカラの事より僕の話を聞いて欲しい」
怒っているようなストレートの様子に口を閉じます。
どんな話を聞かされるのかの不安からこの場から逃げ出したい衝動に襲われました。
「まずこっちへ」
ストレートの後ろから昔侯爵夫人とお茶をしていた居間へと移りました。
「座って」
私を座らせてからテーブルを挟んだ前にストレートが座りました。
「僕たちが会った時を覚えてる?」
「…覚えているわ、カルチェラタン公爵家の夏休みのパーティー」
あれからもう2年経ったんだと改めて思いました。
「その時に言ったよね。僕がフレーバー侯爵家を継いでいたらルナフと婚約していたのは僕だったかも、って」
「…そうだったかしら」
言葉とは裏腹にその時を今でも思い出せます。
「ルナフだって忘れてないはずだ」
ストレートが堪える顔で言ってきます。
私は何も言えませんでした。
ストレートが何を言いたいのか警戒が先に来て体が緊張してしまいます。
「それを現実にしたい」
グッと顔を近付けられて動揺してしまいます。
ストレートの言葉の意味か掴めなくて返事が出来ません。
「負債を抱えるフレーバー侯爵家に嫁いで来てくれとは言えなかった。僕のプライドが許さなかった。ルナフに近付くためにカラとも友人になった」
「…私に?」
ストレートが好きな人は私の知り合いなのでしょうか?
そう考えて直ぐリゼの顔が脳裏に浮かびました。
「…リゼ?」
「何でここにリゼが出てくるの」
「仲良く話してたから…」
つい感じてたままが口を付いてしまいます。
「確かにリゼと話すのは楽しかった。友達になりたかった」
ストレートの口から直に聞いてしまうとやはりショックは大きくて笑いたくなります。
「でもそれは恋愛感情じゃない」
…こんな話を聞きたい訳じゃない…。
心の奥で言ってもストレートに通じるはずもなくて、まるでストレートの『好きな人探し』みたいな会話は苦痛でしかありませんでした。
「カラの話をしましょ」
話題を変えたくて言ってみます。
なのにストレートは先を続けるのでした。




