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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
学園にて
4/46

入学式



入学式当日。

私は玄関でお父様を待っていました。

入学式には公爵も侯爵も出席されるから私を仲介に近付こうとしていたのです。

分かっていても止める気持ちにはなりませんでした。

お父様の後ろには不機嫌な顔のお母様が着いてきています。

昨夜、お父様から『入学式の当日くらい見送ってやれ』と言われたので嫌々です。

私にも見送って貰いたい気持ちは無くなっていました。

私は無表情でお父様とお母様を見ていたと思います。

早く大きくなって家を出たい。

この3ヶ月、毎日同じ事を思っていました。



「行くぞ」

お父様の後ろから馬車に乗りました。

お母様はお父様だけに『行ってらっしゃい』と言いました。

それにももう何も思いません。

同じ馬車に乗っていても親子の会話はありません。

馬車に揺られながら、お父様は今度こそ公爵や侯爵に取り入ってやる、と考えているようでした。

昨年お母様と妹を領地に帰した後、私はお父様から酷く叱責されました。

お父様は直ぐに公爵夫人たちと自分を引き合わせるよう命令してきて、会えるよう手紙を書けと強要します。

私がそれに逆らえるはずも無くお父様の言う通りに書いて送りました。



ですが、どなたからも返事は無くて、数日後侯爵夫人が私が書いた手紙の1通を持って訪ねてきました。

「公爵夫人から『迷惑だ』と私の所に苦情が来たわ。恥をかかせないで頂戴。お父様はお止めになりませんでしたの?」

侯爵夫人は責める視線をお父様に向けました。

「妻とキャンディーの話では娘は公爵夫人から可愛がられていると聞いたが」

お父様は動揺を隠せず侯爵夫人へ返します。

「私が紹介しましたから形だけは挨拶しましたよ。だからと言って増長して手紙を送るなんて、恥さらしな真似をされてはフレーバー侯爵家の名前に傷が付きます。2度としないで頂戴」

侯爵夫人はお父様が書かせたのを承知で苦情を言いに来たのです。

「だから言ったんだ。2度とするな」

お父様は侯爵夫人の前で私を叱りました。



私は理不尽だと思いながらもお父様に逆らいませんでした。

あの朝の、お父様が私に向けた『余計者』を見る目は一生忘れられないと思います。

私に利用価値が無くなったら…きっとお父様はゴミのように私を捨てるのでしょう。

早く自立出来る道を見付けたい。

気持ちは強くても、叶える道は見付けられず1年が過ぎました。

私はぼんやり外を見てる振りをしました。

この3ヶ月を思い出せば胸が痛くなります。

入学式でカラに会ったら…泣いてしまいそうで今から泣かないよう自分に言い聞かせていました。



お父様は、冬の社交の季節になるからと領地からお母様と妹を連れて戻って来たのです。

それから今日まで、辛い3ヶ月でした。

お父様が秋の収穫に領地に戻る時、私1人残すので執事や使用人に厳しく言って戻ったのです。

お母様が戻られるまでは親切ではありませんでしたが、それなりに暮らせていました。

それが、お母様が戻ると前より酷くなってしまいました。

お母様は帰ってすぐ、お父様の居ない所で自分の命令を聞かず私を暮らさせていた執事と使用人を酷く怒りました。

お父様に話したくても、お父様は収穫が激減した領地の経営で頭が一杯でとても話せる空気ではありませんでした。

公爵や侯爵と繋がりを持ちたいのもその危機感からだと思います。



お母様が戻ってからは侯爵夫人のお茶会から帰っても迎える姿も無く、何時もの冷めた夕食が部屋に置いてあります。

お父様が家で夕食をとられる時だけ私も食堂に呼ばれるのです。

食事中も難しい顔のお父様に話し掛けられるはずもなく、言えないまま日を重ねました。

私の心の支えはカラからの手紙でした。

社交の季節になって、カラや他の方からのお茶会の誘いはみんなお母様か執事が握り潰していて、私には届きません。

侯爵夫人がお茶会で私とカラと会わせてくれようとしたのですが、カラが酷い風邪をひいてしまい再会は敵いませんでした。



侯爵夫人のお茶会で、再会した方々には誘われてもお茶会に行けない事をお詫びしました。

「大丈夫、お茶会で毎月会えるわ」

そうみんなが慰めてくれるのが救いでした。

居場所の無い生活の中で、入学は楽しみでした。

お父様が付き添いで私に付いて行くと言った時からお母様の態度がもっと冷たくなりました。

それでもお父様に言える空気では有りません。

侯爵夫人から『入学の準備は終わったの?』と聞かれても何も言えませんでした。

入学式のドレスもまだ買って貰ってなくて、去年服の買い換えをして貰えてないので持っている服はみんな寸足らずです。

入学式の前夜、行きたくなくてベッドで泣きました。



学園に着いて、私の服装をチラチラと見る目線が刺さります。

その視線は平気で私を連れているお父様にも向けられました。

お父様はその時は怪訝な顔をしていました。

何故見られるのか分からなかったのだと思います。

父兄席は決められていてお父様は『伯爵』と書かれている席に落ち着きました。

そこからは公爵、侯爵の席が良く見えたそうです。

親族の伯爵や子爵が挨拶に行っている姿を、お父様は苛々しながら見ていたと思います。

いくらミラン様と娘の私が婚約していても侯爵夫妻が出席していないのではお父様から挨拶には行けません。



その頃私は新入生の教室で周りの冷たい視線に耐えていました。

まだカラも誰も来ていなくて、遠巻きにされているのが良く分かってました。

遠巻きの中から1人の女生徒が近付いてきます。

私は緊張して身構えました。

「ここは貴族の通う学園よ。庶民は場違いなの、早く出ていってちょうだい」

言われるだろうと分かっていたので、下を向いておどおどと教室を出ました。

入学してもこの生活になるのかと思うと『死にたい』と心が折れてしまいました。

堪えていた涙が溢れます。

馬車へ戻ろうと下を向いていたのでカラたち3人が前から来ていたのも気付きませんでした。



「ルナ?」

通り過ぎて、侯爵令嬢の1人が振り返りました。

急いでカラが走ってきてくれました。

「ルナ、どうしたの泣いているじゃないの」

カラの顔を見たらもう駄目でした。

綺麗なドレスを涙で汚してはいけないと懸命に袖で涙を拭きました。

堪えても涙が出てきて止まりません。

「何があったの?話は式の後のパーティーで聞くわ」

血の気が引きました。

式の前だけでもこんなに辛いのに、その後にパーティーが有るなんて…。

知ってたら来なかった…。

出口に走ろうとする私を3人が止めます。

「…帰らせて」

それ以上言葉になりませんでした。



「誰かに何か言われたのね」

カラが私の手を掴んで教室へ引っ張ります。

公爵令嬢のカラの手を振りほどけなくて弱く抵抗しました。

「場違いだから…パーティーがあるって知らなかった…」

令嬢たちが驚いた顔をした。

「ルナのお母様は支度して…」

言い掛けた1人が口を閉じました。

学園入学前に仲良くなった6人は各々の母親から私の置かれている環境の話をされていたので、直ぐにドレスが無いと察したのでした。

「ルナと私は体型が似てるから私のドレスを持って来させるわ」

侯爵令嬢の1人が言います。



「式が始まってしまうわ。教室に行きましょ」

「ルナ。みんながあなたを守るから行きましょう」

カラに背中を擦られながら逃げてきた教室に戻りました。

向けられる視線が痛くて、逃げ出したくてもカラが手を掴んで離してくれませんでした。

「私たちの大切なお友だちを虐めたのはどなた?」

教室の中がざわつきました。

カラたちを知っている数人の顔が引き吊ります。

知らない子達は顔色を変えた子たちを見ました。

さっき私に言ってきた子はカラたちを知っていました。

きっ、と唇を噛んで私を睨み付けています。

遠巻きにしていた顔が彼女を見ました。



カラは彼女を見てにっこり微笑みました。

「私のお友だちをよろしくね」

教室がしんとなりました。

そのタイミングで前の扉が開きました。

入ってきた先生は女性の方で、素早く教室内を見回しました。

後からカラたち高位貴族を探していたと知りましたが、その時は分かりませんでした。

「申し訳有りませんが、使用人は馬車で待たせておいていただけますか」

明らかに私に向けた言葉でした。

逃げ帰ろうとする私の周りを友人たちが囲みます。

「彼女は私の大切な親友ルナフ・フランソワーズ伯爵令嬢です。ルナを退室させるのでしたら私も退室しますわ」

カラの言葉は真っ直ぐ先生に投げられました。



「申し訳ありません。カルチェラタン公爵令嬢」

先生が強張った顔でカラに返しました。

教室に動揺が走ります

「いいえ、ご存じなかったのですもの1度は許しましてよ」

その後簡単に名簿の確認をしました。

カラだけでなく私の周りを囲む令嬢たちの家柄を知ると教室の空気が変わりました。

「皆さまよろしくお願いしますね」

カラは私の手を握ったままにこやかに微笑みました。

「それでは参りましょうか」

カラの言葉で、先生が列を作って式の会場に向かいました。

小さく、横のカラに『ありがとう』を伝えます。

カラはウィンクを返してくれました。



「2年生は式に出ないみたいね」

着席したカラが残念そうに式場を見て言いました。

カラに手を引かれて、私は小さくなりながらカラの隣の席に座りました。

父兄席からの突き刺さる視線が痛くて顔を上げられませんでした。

会場には新入生とその父兄しか居なくて、カラたち3人が父兄席に小さく手を振っていました。

私もお父様を見付けましたが手は振りませんでした。

侯爵夫人のお茶会で仲良くなった2人は1つ上の2年生です。

カラもですが私も今日2人に会えるのを楽しみにしていました。

もう1人は1つ下で来年入学してきます。



式の間、父兄席では私の服装が話題になっていたそうです。

誰かが私がフランソワーズ伯爵家の長女ではないかと話し始めて、父兄席に広まりました。

普通式には夫妻で参加するので、何人かは式場にお母様の姿を探したそうです。

お父様1人と知らない方たちは私が1人で来たと思ったらしく、遠慮無しに話し始めました。

「日頃から浮いた方でしたけど、ここまで恥知らずな方とは思いませんでしたよ」

「フランソワーズ伯爵もご自分が笑われているのを気付いてないそうよ」

「気付いていたら娘にあんな浮浪児のような格好をさせませんよ」

お父様は席の肘おきを両手で握り締めて震えていたそうです。



「お聞きになりました?去年のフレーバー侯爵家のお茶会の話し」

「ええ、公爵夫人も高くて購入を考えていたドレスを妹が着てきた話でしょう?」

「あのドレスの十分の1でも姉の方に掛けていればこんな恥はかかずにすんだでしょうに」

「本当よ。いくら父親似の長女を嫌うからってここまで差別する方とは関わり合いたくないわ」

「だからご長男の縁談が破談になったのよ」

「やはりそうよね。あの美貌ばかりを自慢して誰彼構わす流し目を送るような方と親戚になりたくないわ」

「先日の王室主催パーティーでもマナーを知らないから恥をかいて、すごすご帰られたのよ」

「婿養子に入られたご次男も、里との縁切りが条件だったそうよ」

「それは利口な選択だわ」



それを聞いていたお父様の怒りは想像も出来ません。

「あの子この後のパーティーをどうするのかしら。出たくないでしょうね」

「先ほど侯爵夫人が『不憫だから娘のドレスを持ってくるよう』使用人に言い付けていたのを聞いたわ」

「そう、親がああだと子供も苦労するわよね」

「フレーバー侯爵家と縁組みしてるんでしょ?」

「ええ、利口な子なんですって。公爵夫人たちも誉めていたわ」

「それならなおあの親では不憫ね」

「あの子も早く結婚して家を出たいでしょうね。父親似だからって母親と妹に虐められて、侯爵夫人じゃなくても可哀想だと思うわ」



私はパーティーには出ないで済みました。

教室に来たお父様が私の手を強引に引いて連れて帰ったからです。

馬車の中でお父様は怒鳴るように聞いた話が真実なのか私に聞きます。

今さら何を言っても無駄だと諦めしかなくて、私は口を閉じて下を向いていました。

今度も、家へ帰ればお父様はまたお母様の話を信じるのです。

「ルナフっ!わしの話を聞いているのかっ」

お父様から名前を呼ばれたのは何時振りでしょうか。

もう嬉しいと思う気持ちも消えて無くなってる自分に気付いたらふわりと笑ってました。

家を出たい気持ちばかりが強くて、自分が何も出来ない子供だと、この時の私はまだ理解出来て無かったのです。




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