隣国にて
侯爵邸にはこの国の公爵が訪ねて来ていました。
「今日だったのか」
この国の公爵は驚いた顔をしながら迎えてくれました。
上手く笑顔を返せているか心配になります。
「疲れてるようだね。きっと寮に食事は用意されてないからここで食べて帰りなさい。執事を使いに出して明日からの食事は用意するよう頼んでおくよ」
「よろしくお願いします」
この国の公爵は頭を下げる私をちらっと見て侯爵に問う視線を投げました。
私に公式な話があったので侯爵に戻る日が分かったら知らせて来るよう言っておいたのですが侯爵からの知らせはありませんでした。
他にも用事があったので数日滞在するつもりで来たのだそうです。
忘れているのか、侯爵は見られる意味が分からないようでした。
この国の公爵は苦笑しながら話題を私の母国に変えました。
「終わったらしいね」
馬が通れるようになって、通信は昔の往復8日に戻りました。
なので私が海の上の間に話は進んでいたのでした。
「ご心配お掛けしました」
「ホントだよ。奴の話が嘘ならもっと早く言って欲しかったよ」
「止めないか」
この国の公爵が侯爵をたしなめます。
「ですが、この子があの時『違う』って言ってたらこんな騒ぎにならなかったし私が叱責される事も無かったと思うと腹立たしくて」
侯爵の話を聞いて、この国の公爵の表情が変わりました。
「君が相手の嘘を見抜けばこんな大事にはならなかったんだぞ」
「…え」
驚いた顔の侯爵に能面の公爵が向き直ります。
「この子は腕を捕まれ声を出せる状態では無かった。そんなこの子に君は責任を擦り付けるのか」
「え?いえ、そんなつもりは…」
急に風向きが変わって侯爵は戸惑いました。
「その前に、君はロイヤルイングリッシュ家とブレックファースト家からの手紙を疑問に思わなかったのか?この子なら絹で貰う利点は無い、逆に金貨で欲しいだろう」
「その時はもう2つの伯爵から絹で来た後だったんです」
怒ったように言い返す侯爵にこの国の公爵の目は冷たい物でした。
「そして君は十分に調べる事もしないでこの子を連れ去った男の考えれば直ぐ嘘だと分かる言い分を真に受けて易々と絹と金貨を渡した」
侯爵が怒った顔を向けてきて…私は下を向くしかありませんでした。
「君を侯爵に据えたのは間違いだったようだな。君の父親も軽率だったが君もだと思うと残念だよ」
この国の公爵は本当に残念そうに言いました。
「私は懸命にやっています」
怒りを見せる侯爵をこの国の公爵は哀れむように見て口を開きました。
「執事の説明だけで私が分かった事を君は直に目で見ていたはずなのに説明されても分からないと言う。それだけでも上に立つ資格は無いのに自分の愚かさをこの子のせいにして睨むなど持っての外だ」
真っ赤になってプルプル震える侯爵にこの国の公爵は冷淡な言葉で切り付けました。
「まだ分からないようだね。君はオレンジの報酬を渡したくなくて男にオレンジの契約を白紙に戻す条件を出した。代わりにロイヤルイングリッシュ家とブレックファースト家からの報酬を安易に騙した男に渡した」
「それは少しでも被害を小さくしようと思ったからです」
「なら白紙に戻した事で支払わずに済んだバニラ家の報酬からロイヤルイングリッシュ家とブレックファースト家に3分の1づつ渡したのかい」
「何故渡すんですか?偽の手紙に騙されて勝手に送ってきたんですよ」
「彼らが送ったのはバニラ家に一任していたからだ。君も彼らから受け取った。違うかい」
「父が回収してその子に渡すと決めたのだそうです。これは父が決めた事で私が決めた事ではありません。私は父の仕事を代行しただけで私の責ではありません」
「爵位を受け継いだ時点で前の侯爵の責任も君に移る。2人から回収した物を受け取った時点で当然責任は君に移る。今回ロイヤルイングリッシュ家とブレックファースト家を犠牲にしてバニラ家だけ被害を回避したとも取れるが、まさかそれすら分からないのか?」
この国の公爵がわざとらしい驚いた顔で侯爵を見ます。
「渡したくなかったのなら自分で来て『阻止』すれば良かったじゃないか」
侯爵の自分本意な考え方にこの国の公爵がため息を付きました。
「家で再教育を受けているリゼも自分に都合の良いように物事を解釈する傾向があるが、それは血筋なのか。執事を残すから常識を教わると良い」
それはこの国の公爵からの最終の『警告』でした。
「そんな…」
動揺でオロオロする侯爵は壁の前侯爵の肖像画を救いを求める目で見上げました。
この国の公爵に侯爵を入れ換えるまでの気持ちは無いように見えました。
だから執事を置いて帰るつもりなのでしょう。
「君の『観察眼』は『防衛本能』から生まれたようだね」
無意識に観察していたのをこの国の公爵に指摘されて慌て顔を伏せました。
「上手く立ち回るために身に付いた本能が今回は邪魔をしたようだね」
答えられないでいると書類を渡されました。
それには学校の『授業料』と寮の『寮費』の『免除』が書かれていました。
「卒業して帰国してからの報酬は確約出来ない。代わりに在学中の費用は全て国が持つ」
「はい」
予想していたので驚きませんでした。
「失った今年の分は私の『権限』で必ず渡す、と約束する」
この国の公爵が『言い忘れていた』とバイトが無くなった話をしてきました。
「彼は春から王都の学校に移る」
この国の公爵の様子から移動は口実で私から離したいのでは?と思いました。
先生とは普段から必要な会話しかしないのでこの国の公爵が何を嫌がっているのか想像も出来ません。
何を言っても嘘に取られそうなので帰国したら公爵に仕事を紹介して貰う話をしました。
「そうか、それは良かったな」
本当にホッとしている様子からもしかしたらこの国へ移住する可能性を懸念していた?
そう思えば納得できる気がしました。
侯爵の馬車で寮まで送って貰い緊張でキリキリする胃を抱えて玄関を入ります。
「公爵さまのお使いが来て戻ったのを知らせてくれたのよ」
そう新しい2年の寮長が言いました。
「お国で急な不幸だったそうねもう大丈夫?」
きっと公爵の執事が上手く話してくれたのだと思いました。
本当は私が連れ去られたと知ったこの国の公爵が学校の校長に『帰らない可能性が高い』それも踏まえて『親族の不幸で急な帰国』として発表させたのでした。
「急で知らせる事も出来なかったの、ご免なさい」
寮長に「無断外泊」を謝りました。
寮がかしましかったの3日間位で直ぐに静まりました。
卒業の支度にみんなが目を奪われていたのも私に幸いしました。
不安だった寮の部屋はそのままになっていて金貨もストレートから貰った木彫りと透明な髪飾りも無事でした。
考えたくなくでもカラの金の髪飾りが思いだせれて、急いで引き出しの奥に戻しました。
持ってきた白いリボンも、丸めて髪飾りの奥にしまいました。
卒業前後は寮も寮生の入れ換えでバタバタしています。
「卒業が延びたのですって?」
寮長の問い掛けに用意していた『言い訳』を使いました。
「この国の公爵と校長が『特例』として欠席した2学期の分を春から夏までの期間で補えるなら夏に卒業証書を貰えるの」
「良かったわね。卒業証書が無いと結婚する時何か問題があったみたいに見られてしまうものね」
寮長は話に納得したように頷きました。
さらりと出た『結婚』の言葉に胸がズキッとします。
結婚を諦めてる私はこれから何回も同じ意味の言葉に傷付くことでしょう。
せめて妹くらい『綺麗』じゃなくても『田舎臭い』とか『不細工』とか言われないくらいの容姿に産んで欲しかったです。
3学期が始まって誰からもかの方の話は出ませんでした。
1週間過ぎても話題に出ないので私も忘れようと…。
そんな頃アッサムから手紙が来ました。
急に桑の苗が枯れるようになったと言うのです。
手紙には去年も大量に肥料を撒いたとありました。
私が教えたのだから何とかしろと私に『責任を押し付ける』言葉が書かれていました。
返事をしてもアッサムは聞かないと思うので、私は何もしませんでした。
本当に困ったらもう1度聞いてくると思ったのです。
だけど聞いてきたのはこの国の公爵でした。
校長室に呼ばれて絹がこの国にとって大切な事を話されました。
私はアッサムからの手紙をこの国の公爵に渡しました。
中身を読んでこの国の公爵が絶句しています。
この方なら聞いて貰えるのでは、とアッサムとの初めの出会いからを話しました。
アッサムからどう聞いていたのかその表情で想像出来ました。
「結論として、アッサムの領地の桑は諦めろと言うのか」
流石にこの国の公爵の声も震えていました。
「初めから粘土質の土地に桑を植えるのは無理がありました。ですが代々絹を生業にしていると譲らないので肥料の話をしました」
肥料だけでは『根腐れ』を起こすので土を撒いて地質を変える話をした事も伝えました。
「そんな話は一言も言ってなかったが」
信じきれないこの国の公爵にグレイの話もしました。
「在校中はその話でクラスで喧嘩になった事もあるそうです」
「なんと」
「グレイの領地の絹が今年は市場に出てくるはずです。今年はそれでしのげるのでは…」
「ん?何かあるのか?」
私の言い渋る口調をこの国の公爵が聞き咎めました。
私は先に提案しても聞いて貰えなかった話をしてから可能性の話をしました。
「アッサムの領地は暫く桑は植えられないと思います」
順番として綿花の苗の時の話をして、綿花の時は土が乾いていたから2年後から綿花に戻せた話とアッサムの土地と比較した話をしました。
「アッサムには肥料の撒き過ぎで生じる問題の話をしましたが聞いて貰えませんでした。アッサムを教訓にして桑を植え絹を始めたのがグレイです…」
「その分だとグレイにも問題が有りそうだな」
「グレイの領地の周りは沼地です。グレイは周りの沼地を買って土を足して桑を生産するつもりでいます」
「何の問題がある」
「いくら土を足しても土台は泥です。領内の乾燥した土の小さい範囲で桑を育てお茶や薬にするなら可能でしょうが蚕を育てるだけ大量の桑を育てられるのか…本で調べてもその点を書いてる物がなくて…」
この国の公爵はある事に気付いた顔をしました。
「ルナフの知識は本なのか」
「はいそうです」
私は素直に肯定しました。
「しかし公爵は…」
この国の公爵が言い淀みました。
私の事を周りからどう聞いているのか、その態度から何と無く分かる気がしました。
「公爵は私の本の知識を応用して自分の物にしています。例えば、リンゴの生産量を増やしたい時どうすれば良いのか、私が本の知識を話すとそれを応用するのは公爵です」
「なるほど。年取って固くなった頭には『発想』する柔軟性がない。しかし経験が1を10にもする」
この国の公爵は納得して頷きました。
「その知識から我が国を見てどう思う。私に話す事は有りそうかな」
私は慎重に言葉を選びました。
この国には『特産』が無い事、アッサムの絹に執着するのは短時間で外貨を稼ぐ手段に出来そうだからの事、この国に今1番必要なのは『特産』で国が本気で絹を『特産』にしたいなら、『絹』を国が経営して作るのが1番早い事を話しました。
「…国が、か…」
躊躇するこの国の公爵に『もう少しだけ』と逃げ腰で話します。
「この国の知識は世界1です。もしかしたら『絹』より良い物が知識の中にあるかも…」
「知るためには何をすれば良い?」
「聞く事だと思います。例えば国民に困ってる事は無いかとか、その答えをまた国民に聞くとか、その中で気になる事を調べてみるとか…」
「君を動かしたのは知識への『興味』か」
聞いてくる公爵に『違う』とは言えませんでした。
「国民に聞く話は陛下と話し合うと約束する。今は絹の話をしてくれ」
「アッサムが困っていたので調べたのです」
「待て、それだとこの国へ着てからになるが?」
「はい。学校の図書館で調べました」
この国の公爵は『信じられない』と呆然としながら話を聞いていました。
「きっと専門に『絹』を調べてる先生とか居たらもっと詳しく分かると思います」
「我らは…聞く耳を持たなかったんだな」
この国の公爵の言葉はとても重かったです。
「何故君の留学を許したのか不思議たったが、公爵にとっての君は」
「令嬢の友達です」
この国の公爵に被せるように言いました。
「はは、なるほど」
この国の公爵がさも可笑しそうに声を立てて笑いました。




