かの方と大臣と
お城に着いて案内されたのはパーティーの時とは違う控えの間でした。
私だけじゃなく公爵夫妻もカラとストレートも同じ部屋に通されました。
上位貴族が平民の私と同じ部屋で良いのだろうか、と入口に立っている騎士の視線に卑屈になってしまいます。
気にしているのは私だけで4人は寛いでいました。
暫く待たされて私たちは『謁見の間』と書かれた部屋へと呼ばれました。
中には上座に陛下と大臣と他の2人の公爵が座っていてその前にかの方とカラのお兄さんが片膝を付いて陛下に家臣の礼をしていました。
かの方と目があって…それだけで体が震えます。
入口を守る騎士に促され部屋の右端へ移動して陛下に淑女の礼をしました。
公爵は他の公爵が居る方には行かずに私の後ろから息子のお兄さんを厳しい目で見ていて、お兄さんの方もわざと公爵から目をそらして反対側を向いているのでした。
陛下の近くに並んでいた騎士の中から2人が進み出て私の左右に立ちました。
まるで罪人として扱われている空気に嫌でも緊張してしまいます。
逃げ出してしまいたくて震える指先をぎゅっときつく握りました。
「ルナフ・フランソワーズだな」
大臣が手元の書類を見て確かめました。
「はい」
「カルチェラタン公爵の訴えではジョルジ・モンターニュブルー侯爵子息とその友人の伯爵が共謀してその方を『拉致』『監禁』し隣国から強引に連れ帰ったとあるがまことか」
初め誰が伯爵なのか分かりませんでした。
後からカルチェラタン公爵家から出されたお兄さんの事だと気付いて胸が痛みました。
「…はい」
かの方を見ないで肯定しました。
「訴えではその方が隣国にて譲られた権利欲しさの強行とあるがまことか」
「…戻る前なら…」
私は震えそうな声で『白紙』になってるだろう理由を話しました。
アッサムの桑畑の事が無くてもかの方が思うようには運ばないと思います。
「卒業までだったと言うのか」
「はい」
「嘘を付くなっ!」
「黙れっ!次は力ずくで黙らせるぞ」
大臣はかの方を睨み付け騎士を2人かの方の左右に立たせました。
口にはしませんが、大臣は目上を目上とも見ないかの方の傲慢な態度に怒っていました。
大臣の爵位は伯爵ですが代々この国の大臣の大務を仰せつかっています。
療養中のモンターニュブルー侯爵と違い弟の今の侯爵と息子のかの方は社交界でも爵位を振りかざすので敬遠されているのですが本人たちは知りません。
私は卒業までの約束で賜った爵位と領地の話をして、1割の報酬もそうなると思っている話をしました。
「それは可能性の話だ」
大臣の目線は『だから何だ』と言っています。
「学校を無断で休んで…帰国してしまった私に…権利があると…大臣は思われますか」
大臣は私が言いたい事を理解したのか苦い顔になりました。
口には出しませんがかの方に向ける大臣の視線に怒りが含まれていました。
「訴えには強引に連れ帰った後屋敷の奥の伝染病患者の『隔離』小屋へ閉じ込めたとあるが本当か」
大臣の言葉に開かなかった窓が脳裏に甦って叫びだしそうになります。
私は顔を背けて奥歯を噛み締めました。
「本当なのだな」
大臣の表情に私への哀れみが浮かびました。
「罪状に『誘拐』と『監禁』を追加する」
「違う。そいつは自分の意思で俺に付いてきた」
かの方は何を言い出すのでしょう。
私の、意思…。
かの方の言葉をぼんやり繰り返します。
かの方は何かを思い付いた顔で私の方を向くと意地悪く笑いました。
「俺の口から言って良いんだな」
ハッとしました。
かの方は私からかの方に『純潔』を捧げたと言うつもりなのです。
「違う、違う違う、違う…」
私は自分が叫んでいるのが分からないほどパニックに襲われました。
カラやストレートに軽蔑されたくない気持ちで一杯で思い切り否定していたのです。
「お父様は結婚の申し込みを断っ、あっ!、…」
私が最後まで話す前にあの方は飛ぶように走ってきて私の二の腕を捻り上げました。
痛さに息が詰まります。
「それ以上言えば腕をへし折るぞっ」
かの方は低い声で威嚇して来ます。
痛さで歪む視界に走ってくるストレートが見えた気がしました。
意識が飛びそうになって…気が付いたらストレートに支えられて前後に揺すられていました。
「ルナフっ」
自分がストレートにしがみついて泣いているのも気付かずに『助けて』と繰り返していたのでした。
私は衝撃で何も見えなくなって居ましたが、かの方は直ぐに騎士に取り押さえられたのだそうです。
「離せっ、俺はこの国の侯爵だぞっ」
「お前はそうやって隣国でもその娘が話せないようにしたんだな」
大臣は怒りに歪めた顔を騎士に取り押さえられたかの方に向けました。
「違うっ」
かの方は直ぐに否定します。
「偽っても無駄だ。今のお前の行いがそれを証明している」
「違うっ。俺は婚約者の誤解を解こうとしただけだ」
大臣が呆れたようにかの方を見ます。
「お前に『婚約者』の届け出はない」
「そこの女が俺の婚約者だ」
強気で言い返すかの方に大臣は言います。
その視線には怒りの隙間に哀れみが見えました。
「お前たち2人が船の食堂で話していた内容を乗り合わせた者たちが聞いていて陛下の前で証言している」
かの方は大臣を睨み付けます。
でも船の中でどんな会話をしたのか、思い出して舌打ちをしました。
このままでは明らかにかの方の方が不利でした。
「隣国でも俺がその女の婚約者だと認めたから絹と金貨を差し出してきたんだぞ」
かの方は目を細めて大臣を見ました。
「それはお前がその娘の『純潔』奪ったと偽証したからだ」
大臣の言葉に体の力が抜けました。
ずるずるとしゃがみこみそうになる体を回された腕が支えてくれました。
「先日陛下の命を受けた医師がその娘を診察して『純潔』は守られていると証言した」
大臣の言葉に騎士の中からどよめく声が聞こえました。
私は知りませんでしたが並ぶ騎士の中に上の兄が居たのでした。
「それならそいつに聞いてみろ。そいつは俺に資産を捧げるほど俺を愛している」
優位に立ったと誤解しているかの方に大臣が言います。
「その経緯もカルチェラタン公爵家のカラメル穣が証言している」
大臣は笑い返して言いました。
「幼い少女の憧れを『愛』にねじ曲げてもお前が『愚か者』になるだけだぞ」
「違う、そいつは俺を愛している」
言い切るかの方を見て大臣は大袈裟にため息を付きました。
「その娘がお前に淡い恋心を抱いたのは中等部に入ったばかりの時だぞ。それから6年も経ってまだ気持ちが変わらないと思っているのか?」
逆に大臣がかの方に聞きます。
かの方は隣のお兄さんを見ました。
「俺は確かに聞いた、妹がその娘の事を隣国のバニラ侯爵家の娘と『ジョルジを愛しているなんて』と嘆いていたんだ」
言い訳するお兄さんをかの方と大臣が冷たく見ていました。
「お前にも『初恋』はあるだろうに」
大臣はそう言ってお兄さんを見ました。
「それを悪用されてはかなわん。それも自分の資産を狙われて『純潔を捧げた』とか言い触らされてはな。どれほどその娘が嘆いたかお前たちには分かるまい」
「事実を事実と言って何が悪い。愛しているから資産を俺に譲ったんだぞ」
かの方は引きませんでした。
そんなかの方を見て、大臣は分厚い封筒を取り出しました。
「待っていた隣国からの回答も昨夜届いている」
大臣は陛下に許可を得て読み始めました。
「隣国のロイヤルイングリッシュ伯爵とブレックファースト伯爵から回答があった」
かの方を睨みながら大臣は一拍置きます。
「契約は『ルナフ・フランソワーズ』とのみ有効でモンターニュブルー家との契約は交わしていない」
「嘘だ。こちらには契約書がある。売ると言ってきたのはロイヤルイングリッシュ家の方からだぞ」
「仮契約は結んだがその後の条件が一方的でロイヤルイングリッシュ家は受けなかった」
陛下に聞こえるよう大臣は手紙からその部分を読み上げました。
「先日、お前は2人の同意の元にルナフの契約をお前の名前に書き替えた、と証言したが2人の伯爵はそのような契約は交わしていないと書いてきている」
大臣は忌々しそうにかの方を睨みます。
「2人の伯爵のサインがあるとお前が言うから強くは否定できなかったが今は違う」
「その手紙こそ偽物だ。返事が来るには速すぎる」
かの方は逆に大臣を睨み付けました。
「土砂崩れの跡が馬車は無理だが馬なら通行できるまで修復されているのを知らないのか」
かの方に追い討ちを掛けるよう言った後大臣は憎々し気にかの方を睨み付けます。
大臣が陛下の前で暴露する形を選んだのはかの方のやり方が余りにも悪質だったのと野放しにする所か後押しした今の侯爵夫妻に灸を据えたかったからでした。
お兄さんはかの方を見て怒鳴りました。
「だから言ったじゃないかっ!折角教えてやったのに台無しだっ」
お兄さんは立ち上がって『謁見の間』から出ようとしましたが騎士は通しません。
「どけっ」
騎士はお兄さんをかの方の隣に戻に押し戻しました。
苛立つお兄さんに大臣は言いました。
「お前も同罪だ」
「俺を罪人にしたらカルチェラタン公爵家の恥になるぞ」
「お前の今の身分は伯爵だ。それも今夜『剥奪』されるが」
大臣は陛下に頭を下げました。
「その前に」
公爵の1人が軽く手を上げて大臣を止めます。
「モンターニュブルー侯爵家の当主が明日より変わる」
公爵は私の知らない名前を公開しました。
後からストレートが前侯爵の子息だと教えてくれました。
「病弱な奴に勤まる訳はない」
かの方は本気にしませんでした。
「カルチェラタン公爵を後見人をする事が決まっておる」
それは決定でした。
かの方とお兄さんは爵位を『剥奪』されて平民に落とされました。
本当なら『犯罪平民』に落としたかったそうですが仮にも元は公爵や侯爵の子息です、そこまでは落とせなかったのだそうです。
モンターニュブルー家には高位貴族の令嬢が嫁いで地盤を支えるのだそうです。
上位貴族と聞いて心配して居ましたがカラは他人事の顔で聞き流して居ました。
今回の謝罪として国とカルチェラタン公爵家とモンターニュブルー侯爵家から慰謝料の話が在りました。
甘えて1年暮らせる金貨をお願いして、その後は『辞退』させていただきました。
他人の噂から私の事が消えたら、田舎の町でひっそり暮らすつもりでいます。
1年もあれば…。
公爵は『監督不行き届き』だと当主の座を退こうとしましたが陛下がお許しになりませんでした。
ホッとした所へ学校への復学の知らせが送られて来たのでした。
2学期の分は来春の1学期からに振り替えて『特例』で夏に卒業させて貰えるそうです。
卒業出来ればこの国で働く事も出来ます。
私は考えて『復学』の話を受けました。
この国に居ない時間が長ければ長いだけ人は私を忘れてくれるはずです。
寂しくはありますが、何か起きる度に私が元凶になっている気がして…周りに不幸を呼んでいるのは私では…、と不安になります。
カラは年が明けてから戻れば良い、と言いましたが遅くなる度に卒業が遅れる不安が消えなくて無理を言って年末の船に乗りました。
港まで見送りに来てくれたカラの隣にはストレートが居ました。
お似合いの2人です。
カラの姿を見付けた貴族たちは隣のストレートを然り気無く確認して無難にカラだけに挨拶していました。
周りから絵になると囁かれて、ストレートは照れて怒っていました。
軽く会釈して2人と別れます。
次に会う時は…2人は結婚しているかも知れません。
ぎゅうぎゅう襲ってくる痛みを誤魔化して私は2人に手を振りました。
「幸せに…」
自分が言葉にしていたのにも気付きませんでした。
去り際に、陛下は『この先も伯爵を名乗るように』と書類にしてしまいました。
再度隣国に戻る私への気遣いに胸が暑くなります。
港には侯爵が迎えに来ていて…1人で帰れるからと馬車を遠慮しましたが、リゼと同じで聞き入れて貰えませんでした。
侯爵はお父様が帰国した話をしました。
「他国の伯爵を処罰するわけにもいかないから隣国の王様に判断は任せたんだ。前に公爵が君の時使った手を今度はこっちが返したんだよ。遣り返されてどう出るか見ものたね」
こんなに毒を混ぜながら話す人とは知らなかったので聞いているだけで一杯一杯でした。
「君も違うなら違うって言えば良かっただろ。お陰で私はこの国の公爵から叱責されて社交界でも肩身が狭いんだよ」
返す言葉に詰まって私は『沈黙』を選びました。