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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
留学の終わりまで
37/46

助けられて



執事に案内された部屋でいつの間にかうとうとと寝てしまっていました。

話し声に目が覚めて外を見ると薄暗くなっていてカラを呼ぶ声がしています。

きっとストレートが到着したのでしょう。

もう少し寝ていれば良かったと思いながら寝返りを打ちました。

思えばストレートの手紙は何時もカラからの手紙に同封されていました。

今更ですがカラが書くように言っていたのでしょう。

うつ伏せになってこの屋敷を出てからを考えていたらいつの間にかまた寝ていました。

閉じ込められた生活に私が思うより気持ちも体も疲弊していたのかも知れません。

叶うなら、誰も私を知らない場所で静かに暮らしたいのです。

ひっそりと何処かの町の隅で暮らせれば…。

それが今の私の願いでした。



控え目なノックの音で目が覚めると外は真っ暗になっていました。

ベッドに起きて『どうぞ』と廊下に返しました。

ノックしているのはカラだと思っていたので苦い笑いが浮かんでるだろう顔を窓の方へ背けます。

もう1度ノックがして、入ってきたのはメイド長でした。

「お夕食は如何致しましょうか」

メイド長はベッドに近付いてそう聞いて来ました。

「お腹は空いていないので欠席しても良いですか?公爵とカラが同席を望むのでしたら今からでも伺います」

「お疲れのご様子ですので部屋にお持ちしましょうか?」

にっこり微笑まれて何故かお母様を思い出しました。

何故お母様を思い出したのか自分でも説明が出来ません。

お母様から1度としてこんな暖かい言葉を掛けられた事も無いのに。



「連れ去られるように船に乗せられたとか、着替えも無くてさぞ不自由でこざいましたでしょう。気に入っていただけると嬉しいのですが」

メイド長はそう言って着替えを数枚持ってきました。

「お食事の前に入浴なさいますか?食後に致しましょうか」

優しく聞かれて『今入れたら』と言えました。

着た切りで1ヶ月近く居たので自分でも体臭を気にしていたのです。

さっきカラを抱き返せなかったのも自分の臭いが気になっていたのたもありました。

時間を掛けて髪と体を丹念に洗いました。

バスタブの香油の匂いに包まれて体だけではなく心も生き返った気持ちになります。

「お似合いですよ。涼しげな色が良く似合って」

メイド長は嬉しそうに目を細めました。



「お食事にしましょうね」

メイド長がお茶と軽い夕飯をワゴンで押してきました。

「コックが消化の良い物を選んだんですよ」

メイド長はお茶を煎れながらメニューを教えてくれました。

会話はほとんど無いですが、人が側に居てこんなに気持ちが安らぐのは初めてでした。

ゆっくり半分ほど食べて、促されるままに横たわったらまた眠っていました。

まるで眠り姫にでもなったみたいに公爵家での1日目は寝て過ごしてしまったのでした。

真夜中に喉の渇きで目覚めるとベッドの横のテーブルにはコップに入った水に数枚のクッキーが添えられていたのでした。

細かい心遣いに気持ちが癒される暖かさを感じます。



翌朝、メイド長は年取ったお医者様を連れて来ました。

「辛い診察になりますがルナフ様の身の潔白を証明するためです。私が側にいますから」

メイド長に手を握られて、辛い時間に耐えました。

終わった後お医者様がメイド長に頷いたのを私は余裕が無くて気付きませんでした。

「先生をお見送りして参ります。直ぐにお茶を持って戻って来ますよ」

メイド長は言葉の通り戻って来てくれてお茶にココアクッキーが添えられてありました。

労られている自分に泣きそうになります。

母親のようなメイド長の優しさに自分は愛情に飢えていたんだと自覚させられました。

「体が休息を望んでいるんですよ。今はゆっくりお休みください」

メイド長の言葉に甘えて、その日も部屋から出ずに過ごしたのでした。



「お昼は食堂で…」

翌朝の朝食を運んでくれたメイド長に言いました。

昨夜部屋の前にカラが居てメイド長に『もう少しお待ちください』と止められていたのを聞いていたのです。

「奥さまのご様子は?」

「今朝は起き上がってお部屋で朝食を召し上がられました」

「良かった…」

「お昼ですが私が見て決めさせてくださいませ。無理が1番体に障りますから」

「ありがとう…」

自分でも気持ちが弱くなっているのが分かってるので本当なら誰にも会いたくなのです。

でも自分の気持ちを優先してはリゼのようにカラも失いそうで怖かったのです。

ストレートの邪魔をしなければ煙たがられる事は無いと思えました。



昼食は賑やかでした。

公爵夫妻も同席して、カラ、ストレート、私の5人で食卓を囲みました。

最初はぎこちなくて途切れ気味の会話をストレートが上手に持ち上げます。

最後はカラとストレートの掛け合いを公爵夫妻と私が笑って見ているのでした。

ストレートに感謝して私は昼食前の再会を思い出していました。

公爵夫人のやつれた姿にどれだけお兄さんの事がショックだったのか聞かなくても分かりました。

「…こんなに痩せて」

公爵夫人が声を詰まらせて私に手を差し伸べました。

「ルナフ、ごめんなさいね…どんなに謝罪しても足りないわ」

震える公爵夫人の声に手を握り合いました。

どんな言葉にしても気持ちを言い表せなくて吸い寄せられるように互いに握り合っていたのでした。

お兄さんとかの方は城で取り調べを受けているのだそうです。



食事中は我慢していたカラが食後のお茶を待っていたように話してきます。

拗ねたようなカラの物言いに公爵が肩をすくめて夫人を見るのでした。

「カラメル」

夫人が小さくカラの名前を呼びます。

カラは思い出したように静かになって口を上に突き出していました。

公爵のそろそろ大人になっても良い年齢だと思っている事も、カラの突然大人扱いされる戸惑いもどちらも分かります。

逃げては通れない大人への道だと思いながら『はっ』と気が付きました。

公爵はカラを嫁がせる相手を決めたのかも知れません。

だからストレートなのかも…。

動揺する胸を押さえて気付かれないようストレートを見ました。



だから此処に呼ばれて来たのでしょう。

カラとストレート…お似合いな2人です。

「そう言えばフレーバー侯爵家を継ぐんですってね」

…やっぱり。

床を見て笑顔を顔に張り付けました。

「ルナフのアドバイスでリンゴ園も甦ったしルナフ様々さ。お嫁に欲しい位だよ」

ストレートの言葉が錐のように刺さります。

「やっと引退する気になったか」

公爵が疲れた顔を私に向けて言いました。

ストレートが私のアドバイスを実行するためにカラが公爵家を回ってフレーバー侯爵夫妻を黙らせる援助を頼んだのだそうです。

結果当主の位置から侯爵夫妻を追い出す形になってしまいましたがフレーバー侯爵家の未来を考えるとそれが最良に思えました。

元侯爵夫妻は妹に不平を言いながらミラン様と暮らしているそうです。



「私にも感謝してよね」

「感謝してるよ。これでやっと来年は結婚を申し込める」

「やっとなの、まだまだ長そうね」

「そうさ、ここからは成功の実績を作って結婚しても養える財政を貯えるまで後1年の辛抱なんだ」

ストレートは言いながら意味ありげに私を見てきます。

牽制しなくても私は邪魔しないのに…。

「忘れてた。2人にお土産」

ストレートが手のひらに出したのはピンクと白のレースのリボンでした。

「勿論ピンクは私よね」

ストレートも否定しません。

「はい」

そして白いレースのリボンを私に手渡してきます。

「…ありがとう」



「この前の手紙にも書いたけど贈った髪飾りと一緒にしたら似合うと思うよ」

「…え?」

ストレートの話だと手紙を送ってくれていたらしいです。

「やっぱりかぁ、道理で返事が来ないはずだ」

ストレートは大袈裟に怒る真似で手を振り回しました。

「私とお揃い?」

カラは結っている自分の髪を触りました。

髪には綺麗な金細工の髪留めが光って私の目を引きます。

「違うよ」

「ふーん、違うのね」

カラは意地悪な目でストレートを見ています。

公爵夫妻はそんなふざけ合う2人を目を細めて見て居るのでした。



「残念だけど髪飾りを盗られたみたいだね」

がっかりしているストレートに言うのは気まずかったです。

「あの…髪飾りは…寮の私の部屋の机の引き出しの奥で…」

ストレートは驚いた顔で私を見て、次に『はあー』とショックを受けてる顔に変わりました。

「残念でした」

横からカラがストレートを茶化して、それを公爵夫妻が穏やかな顔で見ているのです。

4人にはこれが日常の会話なのでしょう。

この場所に私だけ部外者なのでした。

仮面を被って過ごす暮らしに苦痛を感じても後少しの辛抱です。

約束の1週間が終わったらその足で教会を訪ねて働く所があるか聞いてみなくては。

早く侯爵邸から離れたくて日にちが過ぎるのがもどかしかったです。



約束の日は朝から雨でした。

着の身着のままで連れられてきたので雨でも荷物が無い分楽だと思います。

公爵から3年は暮らせるお金と仕事の斡旋の申し出を受けましたがお断りしました。

カラは引き留めたそうでしたがお父様が囚われて爵位を剥奪されるとすれば私は平民です。

平民の私を長く公爵家に留める事は叶いません。

恨めしそうに公爵を見るカラに『ありがとう』と伝えました。

「この先を決めているのかい」

公爵が聞いてきます。

「教会を訪ねて仕事を斡旋して貰おうと思っています」

「ジョルジが無理矢理連れて戻らなかったら学校を卒業出来てお城にも学園にも行けたのに」

「それは言わない約束よ」

泣き笑いの顔でカラに返します。

今さら言っても時間は戻らないのですから。

そして…どうにもならなくなったら…このペンダントを売って…。

最後の手段が有る事が弱気な私を支えてくれたのでした。



城からの使者が持ってくる陛下の決定を待ちましたが昼を過ぎても現れません。

公爵が真剣な顔を城の方角に向けました。

私を1週間待たせたのはかの方とカラのお兄さんからも事情を聞いて私への謝罪の方法を決めるためでした。

国は2人に罪の深さを自覚させて私の将来を駄目にした責めを償わせたかったのです。

なのに使者は来ず逆に城へ来るよう陛下から呼び出しがあったのでした。

信じられませんが、城での取り調べにかの方はアッサムとグレイの署名が有る書類を出したのだそうです。

それには受け取り人が私から夫になるかの方に変わるのを2人が承知するとあって、もし私と結婚しなくても謝罪として1割は一生払い続ける、と書いてあるそうでした。

バニラ侯爵のサインは公爵が交わした書類で確かめられますがアッサムとグレイのサインはありません。

本物か偽物かで結論が変わると言われても見分けられるほど親しくしていなかったので私では見分けられません。



謁見する前に質問の返事を書くように言われて書いていると、横から手元を覗き込んでいたストレートが急に同行すると言い出しました。

「ルナフじゃジョルジに口で勝てない。だから一緒に行く」

ストレートが言うとカラも同じく言いました。

「ストレートが行くなら私も行くわ」

「カラメル」

公爵夫人が止めますがカラは聞きません。

公爵はカラに短く何か言ってから同行を許したのでした。

「馬車の手配が付き次第出発しよう」

先頭の馬車には公爵夫妻とカラとストレートを乗せようと思いましたが上手くいきませんでした。

公爵が手配した馬車は4人用では無くて6人用でした。

居心地の悪さを隠して私も馬車に乗ります。

前に公爵夫妻でこちら側はストレート、カラ、私でした。

みんな座って、ストレートが出発の合図を御者にしました。

中腰のストレートが私をじっと見てくるので申し訳なくなります。

私が居なければ水入らずなのですから。



何とか馬車が動き出してホッとしました。

カラが待っていたように話始めます。

「ルナはお城の南側は初めてよね?」

「うん」

「南側の方が条件の良い所があってよ。例えば公爵夫人の話し相手とかどうかしら。それなら卒業証書も要らないわ」

カラは然り気無く言っているつもりでしょうが緊張でガチガチです。

卒業の証明がない私では家庭教師所か話し相手も駄目かもしれません。

「平民では雇って貰えないわ」

段々選択肢が狭まる焦りから手に嫌な汗をかきました。

「伯爵令嬢のまま結婚するのはどう?」

突拍子もなくストレートが聞いてきます。

「相手も居ないし、両親を見てきてるから結婚は…」

つい本音が出てしまいました。




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