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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
留学の終わりまで
34/46

泣きたい現実



私が侯爵邸へ到着するまでの時間で侯爵はお父様と話しました。

「ルナフから来られるのを聞いていなかったので驚きました」

「いや、あいつに会うつもりで来た訳では無い。来た事を知らせる必要はない」

お父様の言葉に驚いたのは侯爵です。

わざわざ半月も船に揺られて隣国へ来て、娘の私に会わないでどんな用事があるのか、侯爵は冷静に先を促しました。

「破産寸前のモンターニュブルー侯爵家から婚約の申し出があって驚いた」

お父様は怒った口調で話始めました。

相手は他国の侯爵だと頭では分かっていても二十歳になるかならないかの青年に敬語を使う意識が欠落していたのでした。

侯爵もお父様の『没落寸前』の言葉に不愉快な気分になっていました。



仮にもモンターニュブルー家は侯爵でフランソワーズ家は伯爵です。

爵位の低いフランソワーズ家が上位のモンターニュブルー家を下に見る発言は有り得ませんでした。

それに、お父様の口調はバニラ侯爵家をも下に見てると取れる物でした。

「婚約の申し込みはハッキリ断った」

断言するお父様に侯爵も断るのは賛成だと頷きました。

侯爵は態々それを言いにここまで来たのかと内心呆れていましたが、次の言葉がお父様への態度を硬化させました。

「話ではあいつに収穫の1割を支払う契約だそうだがそれはあいつではなくフランソワーズ伯爵家が受け取るべき物だ。今年からは私の方へ支払って貰おう」



当然の顔で言うお父様に侯爵は冷たい視線を投げました。

「間違ってもモンターニュブルー家には渡さないように」

陛下から綿花の領地を取り上げられ田舎に半分にも満たない領地を与えられたお父様はフレーバー侯爵夫妻への憎しみで人が変わったようになっていました。

そこへ飛び込んで来たのがモンターニュブルー侯爵家からの婚約の打診でした。

侯爵家の使者から上手く話を聞き出したのは執事です。

領地が変わって収入が激減したフランソワーズ伯爵家には私が得るはずの収入は少額でも喉から手が出るほど欲しい物でした。

国内なら公爵の目が光っているので下手な事は出来ませんが隣国なら話は違います。



お父様の中に『私の物は自分の物』の図式があって、私の収入はお父様の収入だと脳内で書き替えられていたのでした。

加えて国力はこちらが上だと思う気持ちがお父様を動かして海を渡らせたのでした。

お父様の目的を知った侯爵は執事を呼びました。

「城に使いをやって契約の書類の控えと役人を寄越すよう手配してくれ」

お父様はそれを聞いて満足そうに頷きました。

「隣国への照会も怠りなくするように。礼儀もわきまえない者に伯爵を与えるとはな」

お父様はギッと侯爵を睨みました。

「確認が取れるまで1ヶ月以上掛かるが、ホテルで待つも帰国するも好きにするがいい」

侯爵は威圧的にお父様を見ると執事に玄関まで送らせました。

愚かにもお父様は侯爵を本気で怒らせてしまったのでした。



今年の分をさっさと受け取ってトンボ返りする予定だったお父様は仕方無くバイカル伯爵家へ1ヶ月逗留する事にしたのですが、決して静かな1ヶ月にはなりませんでした。

地質の違いから綿花の苗が育たないと分かるまでお父様とバイカル家の関係は最悪でした。

元はニルギリが持ってきて直ぐ試しに植えていればこんな大事にならずに済んだのです。

今年は麻でしのぐにも今からでは到底収穫出来るはずがありません。

バイカル家では責任の擦り合いばかりで無駄に時間が過ぎて行ったのでした。

その間侯爵は精力的に動きました。

公爵に実力を見せる良いチャンスだからです。

侯爵は1番にかの方へ使者をやってお父様が承知していない事を伝えました。



すんなり婚約が決まると思い込んでいたかの方は侯爵の手紙に舌打ちしました。

そして使いの者を威圧してお父様がバイカル伯爵家に逗留する事を聞き出したのでした。

そんな三者三様の動きを私は知りませんでした。

私が侯爵家に着く前にお父様は帰されていたので来ている事も知らなかったのです。

侯爵に届いた公爵からの手紙は契約の話が主でした。

がっかりしながらも、かの方からの婚約の話を書いた手紙はまだ海の上であと数日しなければ公爵に届かないと気付いたのでした。

返事が来るまで早くても半月は掛かります。

それまでかの方を押さえるのは侯爵の仕事になりそうです。

そこへ執事がモンターニュブルー侯爵家からかの方への手紙を持ってきたのでした。



手紙ではモンターニュブルー侯爵が婚約の話をしに行って恥をかいた、と酷く怒っていてかの方を詰る内容でした。

侯爵は急いで数通の手紙を書きました。

クラスの中でかの方が暴挙に出ても押さえられるよう学校と同じクラスに子息がいる伯爵へ私の警護を依頼したのでした。

手配が終わってから、手紙をかの方に届けさせたのでした。

侯爵の手紙で苛立っていたかの方へ追い討ちを掛けるように、面目を潰されたモンターニュブルー侯爵家から怒りの手紙が届いたのでした。

侯爵は読み飛ばしましたが中には『絹の仕入れ先が決まるまで帰ってくるな』と当主の字で命令口調に書いてありました。

それを読んだかの方の顔は般若にも似ていてその場で手紙を破り捨てました。



きっと怒った顔で出てくるとみんなが思っていたのですが、翌日もその翌日もかの方は学校へ来ませんでした。

かの方の性格を分かってきてるだけにみんなの警戒は強まります。

5日後、出てきたかの方は笑っていました。

自信に満ちたかの方は普段通りに授業を受けて私を昼食に誘いました。

かの方と私の後からクラスの何人かも食堂に移動しました。

先に食事をしていた人たちもぞろぞろと入ってきた3年の集団に驚いています。

ちょっと気まずい雰囲気で昼食を食べ始めたのでした。

食べながらかの方はさらりと言ったのでした。

「フランソワーズ伯爵が来ているそうだな」

思わずフォークが落ちて皿が耳障りな音を立てました。



衝撃が強すぎて体に震えが来ます。

動揺する私を見てかの方は意地悪く笑いました。

「知らないのか?父親と不仲なのは本当のようだな」

お父様が…心臓がダクダクしてかの方から視線をそむけました。

否定したくても声が喉に貼り付いて言葉にならなくて、かの方の満足そうな顔が震える私に突き刺さりました。

「お前の態度次第だが父親から助けてやっても良いぞ」

かの方は意地悪く私を見て言いました。

私はかの方の言葉が理解できませんでした。

お父様に勝てるなんて誰にも出来るはず無いのです。

ふるふる首を振って私は寮に逃げ帰ろうと立ち上がりました。



何故寮なのか私にも分かりません。

ただ鍵が掛かる部屋に逃げ込みたかったのでした。

「俺の妻になればお前の父親もお前に手出し出来ない」

歩き出そうとした体がビクンと跳ねて固まりました。

信じられない言葉に体ごとかの方を振り返ってしました。

お父様が?本当に?

その時の私はパニックで何も考えられなくなっていました。

「俺は侯爵家の後取りだ。伯爵など簡単に潰せる」

かの方は軽く言いました。

私の中に『お父様から逃げられるなら』何でもすると思う気持ちが吹き上がって頷きそうになりました。



…そこで気付いたのです。

私の結婚を決めるのはお父様だと。

「そうと決まればこの国に用はない。明日の船で国に帰るぞ」

かの方はそう言うと食堂を出て行こうしたのですが、クラスの数人がかの方の前に立って阻止したのでした。

「邪魔だ」

かの方が強引に人の壁を押します。

ですが壁はかの方を押し戻しました。

「彼女はこの国の爵位と領地を賜っている。勝手に国を出るのは許されない」

「夫になる俺が連れて帰ると言っている。例えこの国の陛下でも止める権利は無い」

「彼女の結婚には父親の承諾がいる。まず父親に言うんだな」

当然な事を言われてかの方は『ふん』と鼻で笑ったのでした。



「こいつは父親から『絶縁』されている。高等部を終えたら『平民』になるのを情けで侯爵夫人にしてやるんだ、感謝して俺に従うしか道はない」

絶望です。

かの方の言葉は私にとって死刑宣告でした。

顔を上げる勇気が無くて、両手で胸を押さえて下を向きました。

苦しくて息が出来なくて、ざわつく空気から逃げる事も出来ませんでした。

その時誰かが言ったのです。

「侯爵が『平民』を嫁にするのか。余程金に困ってるんだな」

その言葉が食堂の空気を変えました。

かの方を軽蔑する空気が食堂に流れ馬鹿にするように『くすくす』笑う声もしました。

「侯爵からのわずかばかりの『報酬』より裕福な家の娘を嫁にする方が利口だぞ」



笑う声は更に大きくなります。

かの方は怒りで顔を真っ赤にして周囲を睨み付けると早足で食堂を出ていきました。

残された私に周囲の視線は集まります。

怖くて顔を上げられない私に優しい声が掛けられました。

「奴の言う事は気にするな。君はこの国の公爵が庇護すると城のパーティーで公言している」

食堂に違うざわめきが起こりました。

「公爵が言っていたのは君の事だったのか」

「隣国の公爵から預かったのが君か」

納得したように周りの空気が柔らかくなりました。

「余程金に困っているんだな、2人の公爵から庇護されてる君が『平民』になるわけ無いのに」

本当はかの方が正しいのに、私には訂正する勇気がありませんでした。



心の中で『ごめんなさい』とかの方に謝りました。

それから半月ほどかの方は学校を休みました。

かの方が気になっても私には何も出来ませんでした。

近付けばまた傷付く言葉が投げられるのです。

それに耐える強さは私にありませんでした。

その半月の間にアッサムからはお金で無く絹糸が、グレイからは絹糸とお金が侯爵の元に送られて来たそうです。

侯爵からどうなっているのか問い合わせが来て困っていたらグレイからの手紙が来ました。

『絹の生産はまだ少量だから足りない分は現金で支払う、度重なる催促は遠慮してくれ』

私に向けた手紙を侯爵が読むとは思っていなかったのでしょう。

腹立ち紛れに書き殴ったグレイからの手紙に侯爵は嫌な予感を覚えたのでした。



侯爵がアッサムとグレイに確認の手紙を送ると、私の代筆だとかの方から手紙が来てお金では無く絹で支払えとあったのだそうです。

2人はかの方からの手紙を取ってあったので侯爵宛の手紙に同封したのでした。

手紙を読んだ後、侯爵はオレンジの収穫量とリゼの近況を手紙で知らせてきました。

何時もなら屋敷に呼ぶのに、と不思議に思いながら返事を書きました。

侯爵は私の字を確認したかったのでした。

2人に宛てた手紙と私の筆跡が明らかに違うのを確認してから侯爵はこの国の公爵へ事情を書き送りました。

他国の侯爵を処罰するには陛下の決断を仰ぐ必要があるからです。

公爵からの手紙を待って動く手配を終えて、侯爵は私とかの方を2人きりにさせないよう学校に通知したのでした。

最近は休んでいると折り返し校長から返事が来ましたがいつ行動に出るか分からないからです。



11月になって直ぐ侯爵の元へ公爵からの使者としてまた執事が公爵からの手紙を持って来ました。

手紙には私の大まかな経緯が書いてあって疑問は執事に聞くよう書いてありました。

私の育った環境、留学までの経緯、公爵からの手紙で分からない事は執事が答えました。

「ルナフはフランソワーズ家から『追放』されたのか」

追放された理由の理不尽さに侯爵は怒りを覚えました。

虐げておいて私の権利を奪おうとするお父様を侯爵は許せなかったのでした。

侯爵はバイカル家に居るお父様を呼び出しました。

ですがお父様を追うようにかの方も侯爵の屋敷を訪ねて来たのでした。

かの方には連れが有りました。



約束も無しに来たかの方と連れを侯爵は予備の応接室で待つように案内させました。

ついでだとその様子を執事に見せてかの方が本物か確かめさせたのでした。

執事はかの方の後ろに廃嫡になったカラのお兄さんを見て微かに目を見張りました。

かの方とお兄さんが友人なのは知っていましたがまさか伯爵領で謹慎しているはずのお兄さんがここに居るとは思いもしなかったのです。

その頃私は侯爵からの手紙で侯爵邸へ向かっていました。

何時もなら馬車が迎えに来てくれるのに今日は手紙だけでした。

時間の指定もないし歩いて行けない距離でもないのでゆっくり歩く事にしました。

その頃侯爵邸では侯爵と城から来た役人とお父様で話を始めていました。




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