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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
留学の終わりまで
33/46

かの方とお父様と



「退学になりたいか」

先生はかの方と私の間に入ってかの方を嗜めました。

「俺の使用人をどう罰してもお前に関係無い」

「私は教師だ。黙って見ている訳にはいかない」

先生の背中に庇われて、私はその広い背中をぼんやり見ていました。

「俺は隣国の侯爵だ。逆らうと辞めさせるぞ」

「学校で身分を振りかざすか。私は公爵家の次男だ。留学先で恥を晒すな」

流石にかの方も悔しそうに先生を睨みながら口を閉じました。

「使用人と言ったが学校内に身分の上下は存在しない。隣国からの留学生はジョルジ・モンターニュブルー侯爵子息とルナフ・フランソワーズ伯爵令嬢だと記憶するが。君が問題のジョルジか」

先生は納得した顔でかの方を見ました。



「ジョルジ。『警告』する。彼女は君の使用人ではない。これからも言動を改めないのなら学校としてそれなりの処罰を与える」

先生は生徒から届いた苦情の話をかの方に言いました。

学校で『問題児』扱いされている事実をかの方に認めさせるまで話は終わりませんでした。

その図書館での事は翌日には学校中が知っていました。

居合わせた数人の生徒が友人と家族に話した事からあっという間に広がったのでした。

かの方の高飛車な物言いを良く思っていない人が多かったのも話の足を速めたのでした。

立ち去るかの方を見送りながら、私は怒るかの方の顔が忘れられませんでした。

このまま言われたままにするかの方とは思えなかったからです。



「災難でしたね」

先生は振り向いて頷きました。

「何かあったら言いなさい。担任にはこの話を通しておくから、心配しないで明日からも授業を受けるように」

「…ありがとうございます」 

私は深くお辞儀をしてお礼を言いました。

先生の手前今日は引きましたがかの方が黙っているとは思えませんでした。

ですが翌日からの1週間は何もありませんでした。

まるで前に戻ったようにかの方が私を見る事も無くなりました。

寂しいと思う気持ちはありませんでした。

逆に視界から外されてホッとしていました。

私にはひっそりかの方を見ているのが似合います。

元に戻ったはずなのに、翌週またかの方は近付いて来たのでした。



「使用人として扱わなければ良いんだな」

何を言われたのか、最初分かりませんでした。

周りの驚きから向けられる視線もかの方には関係無いようでした。

返事が出来ずにいたら私が了解したと思ったらしくかの方は満足した顔で離れていきました。

その日からお昼は一緒に取るよう無言の威圧を掛けられました。

周囲の好奇心の視線に晒されながら、かの方の前に座わらされて一方的にかの方の話を聞かされてお昼が終わります。

侯爵の後取りは自分であるべきとか、自分は全てに優れているとか、話を聞いていてかの方は私に何が言いたいのか分からなくなりました。

話す相手が居ないから私にしているとも違う感じがして、かの方が何を考えて話しているのかその時の私には分からなかったのです。



一方的な会話はやはり話題が尽きるのも早くて、学校の事とか普段の生活に話題は移っていきました。

「寮はどうだ」

かの方も寮だと思い込んでいたので町に部屋を借りていると聞いて驚きでした。

身の回りの世話をする使用人を1人連れて来ているそうです。

食事が済んで席を立とうとした時、後ろから聞こえる会話にかの方が動きを止めました。

「18になれば陛下から爵位と領地を賜る」

「独立したいのは分かるがそう簡単にはいかないぞ」

同じクラスの男子2人の会話が私に昔を思い出させました。

あの頃はただただ家を出たくて、出られたら今より幸せになれると思い込んでいたのです。

今はそれも叶わない夢だと分かっています。



「お前も18だな。何月だ」

かの方の問い掛けに作った笑顔が歪みました。

産まれてから1度も祝って貰った記憶が無い日だからです。

「何時だ、祝いくらい言ってやる」

かの方は焦れたようにしつこく聞いてきて、最後は口にするしかなくなりました。

聞いたら気が済んだのか、かの方はあっさり話題を変えました。

それが酷くかの方らしくて、だからかの方に引かれるのかも、と思いました。

どう言えば私の気持ちに近いのか自分でも分かりません。

私から1番遠い言葉が『幸せ』とか『幸福』だと知っています。

きっと…私の『幸せ』は妹のキャンディーに全部行ってしまったのでしょう。



半月も経つと、学校内でかの方と私は公認になっていたのでした。

同じ国同士、身分的には結婚しても釣り合うと思われて居たのでした。

私がその空気を知ったのはそれからまた半月ほどしてからで侯爵から公爵の手紙の事で呼ばれた時でした。

私が公爵とカラからの手紙を読み終わると侯爵は私とかの方の事が噂になっていると教えてくれました。

「交際するのなら両家の親に話して婚約の手順を踏んでからにしたらどうかな」

私とそう歳の変わらない侯爵は言いにくそうに話します。

思っても居ない話に困惑しながらこの1ヶ月の話をしました。

「急に接触してきた理由に思い付かないんだね」

「はい」



「何か目論見が有るように思えるんだが…」

侯爵は考える視線で私の後ろを見ていました。

「一応公爵には知らせておくよ。同国の君には悪いが彼の評価は最低に近い。頭は良いようだがとても上に立つ器ではない」

それは私も感じていたので下を向きました。

思っていても肯定するのは私の気持ちが許さなかったのです。

理由が分からないまま夏休みになりました。

少し早いですが、私は卒業に向けたレポートを書き始めました。

レポートが認められれば学校から優秀な卒業生に与えられるバッチを授与される可能性があるからです。

バッチがあれば学園の教師になれる可能性も高くなるはずです。



そんな時に着いたカラとストレートの手紙は夏休みの帰国を楽しみにしていた、と残念がる内容でした。

ストレートの手紙には『近付いたら駄目だよ』とかの方を牽制するような書き込みもありました。

そして…『継がせたいの?』と確認するような言葉もありました。

カラを娶りたいたいなら最低でも侯爵の地位は必要だと思います。

もし『検閲』がなければ思った事をそのまま書けるのに…もどかしさを堪えて書きました。

『彼女のために必要なのでは?』

これだけでストレートには分かるはずです。

2人を応援する立場に自分を置いてしまった流れに後悔が生まれました。



最後の夏休みはバイトとレポートとで終わるはずでした。

でも領地からの手紙が予定を狂わせました。

羊が伝染病に殺られて全滅したと書いてあるのを見てため息が出ます。

急いで春にお世話になった城の役人に届いた手紙を送りました。

私では手に負えないと思ったからです。

伝染病なら私が預かっている領地だけでなく境界を接する領地にも被害が広がるかもしれないのです。

経過を気にしながら城からの報告を待ちました。

これを機会に爵位と領地の返還も申し出ました。

思っていた通り、羊はヨハンが売ってお金に変えていたのでした。

年が明ければ私が帰国する事を知って思い付いた計画だったそうです。



私が帰ってしまったらまた違う貴族に下げ渡されます。

そうなる前に私から少しでも引き出したかったのだそうです。

恐ろしい話ですが、ヨハンは私がアッサムから利益の還元を受けていると知っていて、呼び寄せて拉致すればまとまったお金が奪えると待ち構えていたのだそうでした。

残念ですが、行ったのは私ではなく城の役人なのでヨハンの計画は失敗に終わりました。

役人が誰からアッサムの話を聞いたのか詰問したらかの方が私の預かっている領地を視察に来て話して行ったのだそうです。

かの方はその後グレイの領地に回ったのだそうです。

役人からの報告と前後して、かの方が蚕の様子をしつこく聞いて帰ったとグレイから怒ってる内容の手紙が来たのでした。



話を聞いて気味悪くなりました。

かの方は何を考えて居るのでしょうか。

かの方はアッサムからグレイの話を聞いて来たと言ったそうです。

聞こえてくる話を繋げると、夏休みに入ると直ぐかの方はアッサムを訪ね預かっている領地とグレイの話を聞いて訪ねて回った事になります。

侯爵の領地へも訪ねて回った可能性が出てきましたが公爵やカラに手紙で相談する訳にもいかなくて、どうすれば良いのか悩んでいたらかの方から寮に面会の届けがあったのでした。

新しい寮長が面会の確認に来たので同席して欲しいとお願いしました。

1人で会うのは怖かったからです。

寮長は寮官の先生も呼んで同席して貰う事にしたのでした。

会うのが寮の面会室でも未婚の男女2人だけで置くわけにはいかないからです。



かの方はずらりと並んだこちら側を見てあからさまに舌打ちしました。

「俺はルナフとの面会届けを出したはずだが」

「未婚の男女を2人だけで置くわけにはまいりません」

寮官の先生はかの方の威圧に体を引きながらも応えました。

「婚約者に会いに来るのが問題になるか」

かの方は嫌味で寮官の先生に返しました。

寮官の先生と寮長が驚いた顔を私に向けてきます。

「私に婚約者は居ません」

噛みそうになりながらかの方の話を否定しました。

「今頃我がモンターニュブルー侯爵家からフランソワーズ伯爵家に婚約の命令が出ているはずだ」

「え…」

私はポカンとかの方を見てしまいました。



それは寮官と寮長も同じで、信じられない顔でかの方を見ているのでした。

「それはまだ申し込んだ段階で、ルナフさんのご両親が受けたわけでは無いでしょ」

立ち直った寮官の先生が言います。

「侯爵家からの命令だ。伯爵ごときが断れると思うな」

切り捨てるようなかの方の言葉がぐさりと胸に刺さります。

お父様なら厄介者が消えると喜んで受けるでしょう。

「…何故私なのですか」

気が付けば疑問が口を出ていました。

私と結婚してもかの方には何の利益も無いからです。

「身分違いな伯爵の娘を貰ってやるんだ持参金はアッサムとアールグレイの絹とバニラ侯爵のオレンジの収穫の1割で許してやる」



!!

この時の気持ちは言葉になりません。

かの方の欲しい物は絹とお金なのでした。

モンターニュブルー侯爵家の当主の地位と生産に必要な『絹』と運営の『資金』が私と婚姻を結ぶ事で手に入る、とかの方は思っているようでした。

グレイの桑は分かりませんがアッサムの桑はかの方の期待を裏切るでしょう。

それに…私が帰国すれば収益の1割の話は白紙になるはずです。

侯爵からは帰国しても毎年送ると言われましたが…領地の例を考えると白紙になるでしょう。



横で絶句していた2人の顔に私への哀れみが浮かびました。

いくら婚約は親同士が決める事でも不幸になると分かっていて祝福する人は居ません。

嫌でも侯爵からの縁談を伯爵が断れるはずもないので未来はかの方の言葉通りになるのでしょう。

諦めて顔を伏せた私とは反対に寮長がかの方に言いました。

「今日はお帰りください。話が正式になってから改めておいでください」

「生意気な女だ」

「寮の決まりですから」

「お帰りください」

寮官の先生もかの方に出口を指しました。



かの方が帰った後寮官の先生は急いで出掛けていきました。

侯爵に今の話を報告に言ったのでした。

何かあったらと事前に頼まれていたのだそうです。

侯爵はその日のうちに公爵へ手紙を送ったそうです。

それだけではなく決まってない事を口にするな、とかの方を嗜めたのでした。

私は…現実を受け入れられなくて呆然とするだけでした。

卒業までの期限付きなのでかの方の思うようにはなりません。

ですが…それを聞いたお父様がどう思うか考えると胃がキューっと締め付けられて体に震えがきました。

お父様の罵倒が脳裏に甦って逃げ出したい衝動を押さえるのは苦痛でした。



夏休みが終わるとかの方は当然の顔で私を横に立たせました。

侯爵が何を言おうとかの方に従う気持ちはありません。

ですがかの方の思う展開にもなりませんでした。

一方的に婚約を発表したかの方に非難が集まります。

侯爵が送った問い合わせに解答が来るまでかの方は遠巻きにされていました。

みんなが待つ形になった公爵からの手紙と同時にお父様が海を渡って来てしまったのです。

お父様が港で学校への道を兵士に聞きいた事で侯爵の知る所となりました。

侯爵は私とお父様の今までを公爵から聞かされていないのでお父様を屋敷に招きました。

そして、お父様の到着を知らせぬまま私を屋敷へ呼んだのでした。




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