リゼとストレートと領地と
「寮生はリゼが一方的に命令してルナフが『沈黙』で答えていたと証言している」
「そんなの嘘よ」
「このホテルの公爵の予約をキャンセルさせたのもリゼだな」
「違うわ」
ホテルのオーナーはふるふる震えながら唇を噛んでいました。
「リゼ。どれだけ周りを振り回すつもりなんだ。怪我をした寮長に謝罪の言葉も無いのか」
「だって怪我させたの私じゃないもの」
リゼの言い訳にこの国の公爵は『話す無駄』を感じました。
血筋は申し分ないので嫁がせ家に閉じ込めて考えを改めさせようと決めたのでした。
この傲慢で我儘な性格が教育し直しても治らないのなら『奥』から出さずに子を産ませれば済みます。
「大の大人が子供に振り回されるとはな」
この国の公爵は苦い顔をしました。
この半年、公爵は後を長男に任せて周囲の国へ外交に出ていたのでアッサムの事も最近知ったばかりでした。
公爵の執事からの知らせで迅速に動いたからこそ事を大きくしないで済んだのでした。
翌日のパーティーではこの国の公爵の采配でバニラ侯爵家の次期当主と公爵の顔合わせが行われました。
後に公爵は新しいバニラ侯爵と真珠の契約を取り交わすのでリゼの目的は達成されたのでは無いでしょうか。
出席はしませんでしたがそのパーティーでカラからの手紙は私の元へ戻りました。
残念ですが…侯爵夫妻は『謹慎』から公式からの『引退』になりリゼは学校を辞めてこの国の公爵家で結婚準備に入りました。
公爵夫妻が王都に向かった後ストレートが寮へ訪ねてきました。
彼は港で公爵夫妻を待つのだそうです。
「やっとゆっくり話せる」
話す話題が無いのにゆっくりと言われても時間を持て余すばかりです。
それに、ストレートイコールカラの式が私の中で出来上がっているので気持ち的には婚約者のいる人と話す罪悪感が抜けませんでした。
「辞書が欲しいんだ。送ってくれる約束忘れた?」
「リゼが送ったんじゃないの?」
帰りの船の中でそんな会話をした記憶があります。
「まさか」
そう言われては断れず外出許可を貰って古本屋へ向かいました。
この数日で私より港町に詳しくなったストレートは知らない店を何軒も案内してくれました。
可愛い小物の店も私には不釣り合いでストレートがお土産を買う時間がきつかったです。
「ルナフにも買ってあげるよ」
「私には似合わないから」
行き過ぎる女性の視線がストレートに止まり、一瞬あけて私に向くのでした。
居心地の悪さになるべく遅れて歩きました。
「勝手に選ばせて貰うから」
ストレートはそう言って木彫りの髪飾りを手渡してきました。
「これからは手紙を書くからちゃんと返事を返して。カラと同じタイミングで送るから『届かなかった』は通じない」
怒っているようなストレートの口調に笑いが出てしまいます。
ストレートのこの人見知りのしない明るい性格が羨ましく思えます。
私に少しでもこの明るさがあれば…考えるだけ無駄です。
慌ただしい年が終わり、新しい年が始まります。
リゼが居なくなって『孤独』を覚悟していた私を寮の仲間は受け入れてくれました。
意味は違いますが、私もリゼの被害者だと思われている感じだったのと、この国の公爵が新年のパーティーで私を擁護してくれた事が大きかったのだと思います。
そのパーティーの席で驚いた事が1つ有りました。
新しいバニラ侯爵は経営が軌道に乗ったグレイから収益の1割を私に払うよう決めたのです。
もしかしたら本の女性の話からかも知れないとぼんやり思いましたが真実は分かりません。
侯爵家からも『融資』した金額と利子が送られて急にお金持ちになりました。
両方合わせたら金貨20枚になり10年は暮らせる金額に肩の力が抜けました。
「私たちと一緒に帰るかい?」
公爵夫妻の問い掛けに私は『帰らない』と首を振りました。
今戻れば城へも学園へも雇って貰えません。
カラへの長い手紙を公爵夫妻に託します。
書きたくても書けなかった思いをぶつけたら卒業までの勇気が沸いてきた気がしました。
翌日公爵夫妻とストレートを見送って3学期が始まりました。
始まってすぐ卒業まで頂いた領地から視察の要望が来ました。
往復に5日掛かると知って、学校があるので直ぐには行けない事情を書き送りました。
それなら『運営』する『資金』を送れと返事が来ました。
そこで初めて自分が仮に預かった領地を調べてみたのでした。
特産は…羊とありました。
羊で1番に思い付くのはウール、毛糸でした。
それから…干し肉でした。
新鮮な肉が手に入らない土地では干し肉は重宝すると思いますが臭みが強くて私は少し苦手でした。
羊を飼うなら食料になる草が必要です。
地図からは平地の様ですが広いとは言えず羊だけで生計が立つのか疑問でした。
手探りの状態で羊の飼育を調べてみると基本草原に放牧とありました。
1ヶ所の草を食べ尽くさないよう移動しながらとあります。
頭数にもよりますがかなりの草地が必要だとあってこれで生計が立つのかと思いました。
年間の収益が低く書かれていてこれで領民が暮らしていけるとは思えなかったのです。
そこまで調べてから領民の数がおかしいと気が付きました。
人が1年生活するのに必要な金額はこの国も大差無いと思います。
預けられた領地の収入を領民の数で割ると平均の半分以下の金額が出てきたのでした。
これでは領地を監督している者が『資金』送れと書いてくるのが当然の気がして、どうしようか考え初めて直ぐに疑問が生まれました。
今までもこの収入で暮らして来たとしたら更に領民の生活水準は下がるはずだからです。
私は領地の収入から生活費を出していませんが他の領主は出さなければ生活が成り立ちません。
領地の家と王都の屋敷の維持費だけでもかなりな金額になるはずなのです。
矛盾ばかりが出てきてバイトの『資料』を届ける時に勇気を出して聞いてみました。
表にした物を見せると書かれてあるほど領民は居ない事を教えられました。
預けられた領地は元々領主の居ない所で今までの領主も形だけで放置だったそうです。
「今までの領主は何処から収入を得ていたんですか?」
「得る必要は無かった。公爵や侯爵の子息に用意した土地だから収益が無くても困らないからな」
なお分かりません。
爵位は領地がなければ授けられないからそのための土地だと言われて納得しました。
「領民から『運営』の『資金』が必要だと手紙が来てて…」
迷いながら来た手紙を先生に見せた。
先生は見て直ぐに笑いました。
「子供だと思って馬鹿にされたな。今度の領主が他国の伯爵令嬢だから簡単に金を出すと思っていたんだろう」
先生は領民の『監視』を専門とする国の窓口へ『調査依頼』を出してくれました。
結果が出るまでかなり掛かるらしく3ヶ月は待つようだと教えてくれました。
「春休みになるまで待つように言うと良い」
「でももし本当に困っていたら、と思うと…」
「回収出来なくても良いなら送れば良い」
そう言われると送る勇気は急激に萎えました。
卒業してからを思うと今手持ちに有る金貨は使えません。
考えて、考えて、調査結果が出るまで目を瞑る、と狡い選択を選んでしまいました。
待っている間も『資金』の催促は止まらず段々文章が強気に変わっていきました。
その間何もしなかったわけじゃなく『帳簿』を送るよう言ったり、土の質や困っている事を聞いたりしました。
私の質問には返事がないのに『要求』だけはしてくる相手にうんざりした頃調査の結果が送られてきました。
結果は長として君臨している村の老人か領地を私有化していたのでした。
国から討伐の騎士が出向いて首謀者を捕らえると決まったそうです。
聞いた翌週にはもう捕らえられ投獄されたと知らされて驚きでした。
「春休みを利用して『視察』に行くように」
お城からの命令を騎士が運んできました。
その前にニルギリとアッサムの卒業式があってニルギリはその足で妹を迎えに行くのだそうです。
卒業前後は目まぐるしい動きに振り回されて終わりました。
そんな中カラとストレートから手紙が来ました。
2人の手紙が1通の封筒に入って届いて、手紙にもストレートが公爵家を訪ねて一緒に書いたとありました。
私は両方に向けて1通の返事を送りました。
気持ちの片隅にリゼからカラに…?
頭の中にニルギリとアッサムの姿が消えなくて、ストレートが彼らと同じ位置を狙ってるのなら私は空気の読めない邪魔者です。
残念だと思う気持ちとガッカリする気持ちが私の中で入り交じってました。
ストレートが侯爵になっても公爵令嬢のカラを娶るのは問題がたくさんあります。
ちょっと複雑ですがそれでもストレートなら全部クリアしてカラと結ばれる気がしました。
私にとって領地の『視察』は1人仲間外れにされた感を忘れせてくれた救いの神でした。
向かった領地は荒れていました。
城から役人が同行するからと馬車を用意してくれたので移動に困らなかったのが救いです。
地図では町が2つに村が3つですが、実際は大小の村が有るだけでした。
300人と書かれていた領民は100人前後で、老人と子供を除けば働ける大人は60人程しか居ません。
人数的には羊の収入で食べていけそうですが領民の姿はまるで浮浪者でした。
手入れをするより建て直すべきだと思う家屋にため息が出ました。
これで今まで伝染病が流行らなかったのが奇跡です。
先行していた城の役人が老人から押収した帳簿は仕分けが滅茶苦茶で収支が掴めません。
領民の代表として私に実情の説明したのは『ヨハン』と名乗る青年でした。
数字としては残っていませんでしたが買い取り業者に何頭の毛を売ったのかは大まかに覚えていたので記録を遡る事が出来ました。
「帳簿付けが…出来るのか」
ヨハンが驚いた顔で見てくるので生家を手伝っていた話をしました。
遡れたのは3年だけでその前は細々と畑で生計を立てていたらしいと分かりました。
驚きましたが羊を飼う案を最初に出したのは老人でした。
春休みの時間は短いのでサクサクと見て回って改善案を出しました。
1番にするべき事は衛生面の立て直しでした。
働ける者を半分に分けて町の整備と羊の放牧に割り振りました。
森の木を伐採して町を造り生活の基盤を整える基本的な事を最優先にしました。
それは初めの絵が決まっていたら私が居なくなっても続けられるからです。
ですが誰も自分から動こうとはしませんでした。
するように言えば渋々動きますが自分からしようとする人は居ないと感じました。
何か変でも理由が分からない所でヨハンから言われたのでした。
「給金を払わなかったら誰も動きませんよ」
当然の顔で言うヨハンは目を細めて笑っていました。
その表情がミラン様にそっくりで私を冷静にしてくれたのでした。
「自分達の生活を『改善』するのに『給料』を要求するの」
「老人が使い切ってしまったから、払って貰わないと暮らしていけない」
ヨハンはさも当然の顔で要求してきました。
「先日送った『資金』の請求に給金を足して払ってください」
「そう。分かりました。丁度役人もまだ残っているので前の領主に請求するよう再申請の書類を出します」
「えっ、あ、そんな意味じゃないから」
ヨハンは慌てて私の前に回り込みました。
「元は前からの領主の『放置』が原因ですから、その尻拭いを他国の伯爵令嬢の私にさせたらどうなるか考えなかったようですね」
内心バクバクしてる心臓を押さえて強気で言い返しました。
「止めてっ」
甲高い声を出して私より少し上に見える女性がヨハンに向かって走り寄りました。
「ヨハンはこの町のために自分が悪者になろうとしたんです」
女性は老人の孫だと名乗りました。
このままでは暮らしていけないと泣く女性をヨハンが慰めます。
2人の目は私の一言を待ち構えていたのでした。
私の『力になる』の言葉を。
もちろん私は言いませんでした。
ヨハンは頭の良い青年らしくこのままでは本当に役人に訴えると思ったのが伝わってきました。
「許して欲しい」
ヨハンの悔しそうな謝罪に何と無く侯爵と同じ感じがしました。
汚れた姿をしていてもヨハンは貴族?
新学期の準備等の時間を考えると領地に滞在出来るのは6日ほどです。
その間に出来るだけの事をするつもりでした。
ヨハンは食べる物にも困っていると言いますが出されるパンは固くないしかび臭くもありません。
ヨハンたちが隠してる生活の裏を役人たちは読めてる感じでした。