再会2
「ルナフを迎え入れる準備が出来たら彼を使いに立てます。カラメル嬢へのお土産をルナフに選んで貰いたいので帰国までは度々呼び出すと思いますが寮の門限は守ります」
ストレートの言葉で執事の存在を知ったリゼと忘れていた校長へ執事は完璧な礼をします。
頷きを返す事もしないでリゼは確かめるようにストレートへ聞きました。
「ストレートもルナフと一緒なんでしょ」
あんなにヒステリックに怒っていたのが演技のようです。
ストレートは呆れた顔でリゼを見てクラシック先生や他にもあれこれ頼まれているから基本別行動だと説明していました。
「それなら道案内が必要でしょ。私がするわ」
リゼは咄嗟に私よりストレートの方が言いなりにさせ易いと思った気がします。
ストレートも肩をすくめてそれ以上は言い返しませんでした。
「善は急げだわ」
ストレートを立たせようとするリゼがチラッと私を見るので思わず上体を引きました。
もうリゼと友人には戻れない、私の中にそんな声が聞こえました。
執事の目がその変化を見逃すはずもなく、当然リゼへの評価に加えられました。
「公爵が到着するまで家へ泊まってね。お父様にも会わせたいわ」
言葉を変えても諦めず1人決めするリゼにストレートははっきり言いました。
「旅行に来ている訳では無いのでお断りします」
リゼの顔色が変わったのが空気から伝わってきます。
「今日はこれで失礼します」
ストレートの後を追ってリゼが出ていってから、私はカラと友人たちからの手紙を丁寧にたたみ封筒に入れました。
視線の先は校長でした。
壁に執事が立っているのも忘れて校長は手を出してきます。
執事は能面を張り付け校長の動きを静かに追っていました。
校長が立ち去ってから、私は執事と少しの時間話しました。
「授業の時間割と門限を」
執事は明日授業が終わる時間に迎えに来ると言って部屋を出ていきました。
翌日から執事が迎えに来て毎日あちこち連れて行かれました。
本当なら私が案内するべきですが、古本屋と本屋しか行けないので道案内は出来無かったのです。
カラへのお土産を3日掛けて選びました。
その間に1回だけ町でストレートとリゼとニアミスしました。
2人のまるで婚約者同士の雰囲気に顔をうつ向けます。
そんな私を見て何故かストレートは残念そうでした。
「ストレートはこちらが動きやすくするための目眩ましです」
「え?」
思わず執事を見返しました。
「バニラ侯爵令嬢の性格はカラメル様より承っておりますので、ストレートを連れて行くよう旦那様が手配なさいました」
ストレートがリゼを引き留めている間に執事と配下の2人が命じられている所持万端を整えるのだそうです。
「見張りの目も減りましたからそろそろ動けるでしょう」
翌日からは買い物の合間に人と会ったり忙しかったです。
後から教えられたのですが、執事と私も目眩ましでした。
本当に伝えたい事やする事は執事が配下として連れてきた2人の担当でした。
この国に情報源として住まわせている人とも極秘の打ち合わせも出来たそうで後は公爵の到着を待つばかりでした。
ですがトラブルは起こります。
前日になって公爵が泊まるはずのホテルの予約がキャンセルされていると分かったのでした。
ストレートも執事もホテルに掛け合いますがのらりくらりと話になりませんでした。
もうキャンセル後に公爵家の予約を受けてしまった、とホテルは言い張ります。
ストレートは執事と頷き合ってその場を引きました。
もう1つ港の1番大きなホテルがありますがそちらはこの国の公爵が先に押さえていて予約出来なかったのです。
多分他の国からの大使様に公爵が借り受けたのでしょう。
「ホテルが取れなかったそうね」
待っていたようにリゼが来てバニラ家の屋敷に泊まるようストレートに言いました。
ホテルの予約が公爵に変わったのを確認してているリゼの行動は強引でした。
「今年は『来賓』が多いのかしらね」
この国の公爵か2ヶ所も借りた事がストレートに疑われないよう先に付箋するリゼでした。
そんなリゼの視界に隣の私と執事は入ってなくて、その徹底振りに執事と笑うほどです。
ホテルに圧力を掛けて予約をキャンセルさせたのはリゼでした。
ストレートを言いなりにさせて公爵をバニラ家に招くつもりでしたがそれは叶いませんでした。
ホテルでは気配りが行き渡らないからとまずストレートたちからバニラ家に泊まらせようとしたりリゼはリゼなりに動きました。
それらをかいかぐって時間稼ぎをしたのがストレートだそうです。
私にはそうは見えませんでしたけど、執事はそうだと言いました。
公爵の到着が明日に迫って、策を使い果たしたリゼはホテルに予約をキャンセルさせる強行に出ました。
バニラ家に泊まるしかなるようホテルを脅したのでした。
公爵をバニラ家に招ければ帰国までの全てをバニラ家で取り仕切れます。
それは社交界にバニラ侯爵家とカルチェラタン公爵家の親密さを見せ付ける格好の機会でした。
そして滞在中に『真珠』の契約を交わせればバニラ侯爵家は昔以上に繁栄するのです。
「歓迎の仕度もあるし、今日から移って来て」
「いや、断るよ」
満面の笑みのリゼへストレートが返しました。
「泊まる場所が無くて困るのはあなたよ」
「万一の手配はしてあるから」
ストレートは忙しいからとリゼを追い出しました。
それでもリゼは明日になったらストレートが泣き付いてくると思っていました。
公爵夫妻の移動には最低でも20人の使用人が必要です。
荷物の量も膨大ですから移動に使う馬車の手配も必要です。
それを全部ストレートが出来るとは思って無かったのでした。
ですが船の到着が近付いてもストレートからは何も連絡がありません。
リゼはまだかまだかと待ちましたが予定の時間が過ぎてもストレートからの連絡は有りませんでした。
「…ストレートなんか困れば良いんだわ」
リゼは知らなかったのです。
面識は無くても他国の公爵家同士に連絡手段があって、今回のリゼの動きが報告されていた事を。
港で公爵を迎えたのはこの国の公爵家の長男でした。
カラの婚約者候補だと紹介された方だったのでこの場に私が居たら驚いたと思います。
港に連なるこの国の公爵家の紋章を付けた馬車に周囲の目が集まって重要な誰かが到着すると教えるのでした。
公爵の到着に合わせて町の1番大きなホテルをこの国の公爵は貸し切ったのでした。
リゼがこのホテルを気にしなかったのは公爵の到着前後は他国の名前で予約が入っているのを調べていたからで、この国の公爵の計略の方がリゼの上をいっただけです。
夜になって、町の著名人と侯爵に明日の歓迎パーティーへの案内が送られてきました。
送り主はこの国の公爵と公爵の連名でした。
読んで呆然としたのはリゼでした。
ここで公爵に出てこられては計画は丸潰れで計画していた事も全て後から来た公爵に浚われてしまいます。
何よりこの港でパーティーを開くのにバニラ侯爵家の屋敷ではなくホテルなのがリゼを絶望させました。
バニラ侯爵家では力不足と国内に発表したも同じだからです。
「…何で」
ストレートに裏切られた思いがリゼを押し流しました。
人をやってストレートを呼ぼうとしましたがすでに宿は引き払われていて、学校へ問い合わせると私は今日から2泊の外泊が許可されていました。
悔しがるリゼの元へこの国の公爵から夕食の誘いが来ました。
侯爵夫妻と同伴で来て欲しいと書かれた招待状にリゼは一縷の望みを託しました。
明日のパーティーの会場をバニラ家に変えられればまだ可能性は残されているのです。
場所がリゼがキャンセルさせたホテルなのが気になりましたが、今は受けて話すしか道はありません。
食事の席には王都に居るはずの侯爵家の長男も同席していました。
兄が来ているのを知らなかったリゼは侯爵に問う視線を投げましたが侯爵も驚いていて返事は有りませんでした。
この国の公爵の隣だからか兄の顔は緊張から青白くなっているように見えました。
もう着席している兄に聞きに行くのはマナー違反です。
兄は真っ直ぐ前を向いた姿を崩さないので視線を合わせる事も出来ません。
案内されるままリゼは末席に座りました。
爵位を考えると公爵の次は侯爵のバニラ家ですがその場所には両親ではなく兄がいます。
兄の横には町長前には校長とこのホテルのオーナーでその次に両親の席が用意されていました。
場が読めないまま食事は始まりました。
会話の無い食事がデザートまで続きました。重苦しい沈黙を破ったのはホテルのオーナーでした。
「お味は如何でしたか」
「このシェフを引き抜きたいね」
この国の公爵が意味有り気にオーナーを見ました。
「静かだが。客は居ないのか」
「いえ、急なキャンセルが続きまして…」
オーナーもキャンセルした当人のこの国の公爵に直に言う勇気はありませんでした。
「予定通りだったら私も2ヶ所予約する散財はしなかったんだが」
オーナーがハッとした顔で侯爵夫妻とリゼを見ました。
「こう顔を潰されてはわしが自ら出てくるしかあるまい。本来なら城で初対面の挨拶をしたかったよ」
この国の公爵の何もかも知っているぞ、と言っている視線にその場が固まりました。
こうなっても読めてないのはリゼだけです。
「校長。君の手元に有る手紙を明日のパーティーで渡して貰えるかね。『没収』されたと知って大変残念がられた」
校長のフォークがカチャリと皿を鳴らしました。
「この町を任せ過ぎたと陛下も残念がっておられる。新年を機にバニラ侯爵家は当主が代わり町長、校長も任を解かれると思うように」
淡々と告げられる言葉に誰も言葉が出ませんでした。
「このホテルを私が使うのもこれが最後だと思うように」
それは今後国がこのホテルを使わない、と通告したのと同じ事でした。
「バニラ侯爵。子供の育て方を間違えられたな」
この国の公爵の目はリゼに向いていました。
リゼは言われた意味が分からずこの国の公爵を見返しています。
「リゼ。お前の我儘さが両親を侯爵の座から追い落としたとまだ分からないようだね」
「いえ、私はバニラ侯爵家のためにしてきたつもりです」
真剣に反論するリゼに兄が哀れむ目を向けました。
「リゼ。お前は卒業を待たず公爵家へ嫁ぐ」
「お兄様。何でなんですか」
リゼは怒りを隠して問い返した。
「学校の寮で新しい寮長を傷付けたそうだな」
「え?そんな事は…あ」
言い掛けてメイドが寮長とぶつかった記憶が甦った。
「彼女はこの春侯爵家へ嫁ぐはずだった。怪我さえしなければな」
「え?そんな大袈裟な、少しぶつかったくらいだわ」
リゼは記憶を呼び起こしながら兄に言いました。
「転んだ場所が悪かった。彼女は右頬と二の腕に痕が残る傷を負った」
「そんな…嘘よ」
受け身の取り方も知らない寮長は顔から転んでしまい咄嗟に支えようとして付いた手が体重を支えきれず横へ転がって重い扉で二の腕を強打したのでした。
「でもそれはメイドが掴み掛かってくる彼女から私を守ろうとしたからで、私は悪くないわ」
リゼは怒った顔で兄に訴えました。
「寮長の彼女から『確認するから待つように』ってリゼは言われたんだよね?」
兄は口調を和らげてリゼに確認し、その視線は無気力に見ているだけの両親、侯爵夫妻に向いていました。
陛下から年内『謹慎』を言い渡されてからの侯爵は一気に老け込みました。
兄が不在のバニラ家でリゼの権力が増大した結果が今回の事件に繋がったのでした。
「私は侯爵令嬢よ。この町では誰よりも偉いの。お父様の代わりをきちんと勤めてきたのは私だわ」
言い返すリゼの声は自信に溢れていました。
「それ以前の問題だよ。彼女が倒れたのをチラッと見て何もしなかったって本当?彼女を助けもしないでルナフの部屋に行ったの?」
「え?…少しぶつかっただけだし、最初に邪魔して来たのは向こうじゃない」
リゼの言い方にこの国の公爵の目が光った。
「先にルールを守らなかったのはお前だ」
「え?」
いつもは優しい公爵の冷たい声にリゼが驚いて動かなくなりました。
「何人もが証言しておる。確認するまで待つように言われても強引に押し退けたそうだな」
「それは先を急いでいたからで、止める向こうが悪いんだわ」
「寮のルールでは『面会』は寮長が寮生に面会の意思を確かめてからとなっていたはずだが」
「私とルナフは友達だわ、意志の確認なんて無用よ」