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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
留学の終わりまで
29/46

再会



「そんな意地悪するなら手紙来なくするから」

癇癪を起こすリゼに机の引き出しからカラからの手紙を出して見せて、机に並べて後ろに下がりました。

この手紙も侯爵夫人に預けた手紙のようにもう戻って来ないでしょう。

「あ…、そんな、そんなつもりで言ったんじゃないの。困ってるのに助けてくれないからちょっと意地悪したくなっただけなの」

動揺した顔でリゼが言い訳します。

我儘な部分のリゼの悪意が言葉になった事実に心がズキズキ痛みました。

何時まで続くのか…とぼんやり見ながら考えました。

公爵夫妻が帰るまででしょうか、それとも留学が終わるまで?

考えていたら気持ちがズンズンと重くなりました。



頭の中に色々な葛藤が溢れます。

卒業しなければお城でも学園でも働けません。

理性は『1年我慢』と指します。

感情は『飛んで帰りたい』に振り切れています。

現実はどちらも選べなくて、ぎゅっと目を瞑ってリゼが帰るのをじっと待ちました。

「どうしても話してくれないの?私もお父様もしたことは悪いと思っているわ。だから誠意ある謝罪をしたじゃない」

笑いたくなるのをお腹に力を入れて堪えました。

侯爵からの『すまない』が誠意ある謝罪だとリゼは言っているのです。

…カラに会いたい。

将来の不安から自分で卒業まで頑張ると決めたのに、身勝手な私は逃げ帰りたいのです。



 リゼの中の私に対する『…してあげたのだからお返しにしてくれるべき』の都合の良い感情が剥き出しで伝わってきて今まで見ないようにしてきた物が露になってしまいました。

してあげたのに言いなりにならない私への苛立ちが言葉になって私に投げ付けられたのでした。

言い過ぎたと思ったのか、リゼは大きく1つ深呼吸しました。

「お願い。バニラ侯爵家を助けて頂戴。ルナフがカルチェラタン公爵にバニラ侯爵家であなたを庇護してると話してくれれば真珠の契約も白紙にならずに済むわ」

リゼは何を言っているのでしょうか。

公爵が契約を決める切っ掛けになったのは確かに私かも知れませんが、それは切っ掛けになっただけです。



バニラ侯爵家との契約がカルチェラタン公爵家の利益になるから一族の当主として公爵は決めたはずです。

もし今度の事で私が処罰されても契約する利が大きければ公爵は保険を増やして契約するでしょう。

そこまで考えてみて、公爵の耳に何処まで入っているのか、公爵はどう考えているのか、リゼ側からの一方的な憶測だけで確かな事が1つも分かってない事に気が付きました。

公爵なら…アッサムの作り話からの情報を正確に掴んでいたら侯爵は軽はずみな人物だと警戒すると思います。

そして利益とリスクを考え…侯爵の私と言う天秤の扱い方で商いの信頼度を決めると思いました。

公爵夫妻が来ると言う事は…大きな取引だけに侯爵を信頼するには情報が足りないのだと思います。



「ルナフったら聞いてるのっ」

リゼの声で現実に戻された私はリゼを見ました。

焦りがリゼの性格まで好戦的にしてしまっていて、リゼの中に『してくれない』私に対する怒りが爆発してるようでした。

「お嬢様」

メイドの低く響く声にリゼは冷静さを取り戻しました。

「…感情的になりすぎたわね」

リゼが息を吐いて部屋を出て行きました。

メイドは床にある手紙を回収してリゼの後を追います。

興奮して話してるうちにリゼの手から手紙が飛んだのかもしれません。

結論を先に言うと、手紙はリゼのわざとでした。

私にストレートからの手紙が来てないと知ってわざと落として私に読ませるつもりだったのです。

読んでる所を捕まえて、公爵との交渉の切り札に使いたかったのでした。



リゼは手紙を持って帰ってきてしまったメイドを恨みながら、自分だけに出したストレートに気分を良くしていたのでした。

私の中にもリゼだけに、と思う気持ちは少しだけありました。

でも公爵のパーティーで2人が仲良く話してるのを見ているのでこれ以上は考えなくしました。

私には別の世界です。

それより今は聞こえてくるアッサムの桑の話の方が重要でした。

今年も大量の肥料を撒いたとアールグレイから可笑しそうに教えられました。

ついでのようにグレイの桑は順調で来年からは本格的に養蚕に参入するそうです。

今年は金利の代わりに本の女性の家へ見本を送ったと言いました。

「バニラ家へ売り付けてくれるよう頼んだんだ。販路がなければ絹が出来ても売れないからさ」



グレイは再来年にはアッサムの絹を追い抜いて見せると強気でした。

「来年の収益で周りの土地を買い集めて桑畑を増やすつもり。そうすれば今のアッサムの地位に家が立つんだよ」

「周りの地質は調べたの?地図だと沼地が多いように見えるけど」

「大丈夫だよ。土を入れて沼地を開拓するから。今年沼地な隣との境界線ギリギリに土を足して植えてみたけど育ったよ」

話を聞くだけで実際の地質を見ていない私には自信満々の顔で言うグレイに何も言えませんでした。

「アッサムみたいに無闇に肥料撒かないしちゃんと土を入れるから」



グレイの話だと何度か3年のクラスで言い合いをしているらしく競争心がグレイを突き動かしているように見えます。

「早くルナフが心配してるようにならないかな。そうなったら僕の話しが正解だって分かるよね」

グレイの言葉に胸が抉られた気持ちになりました。

自覚して無いだけで私の中にもグレイに似た感情が眠っていたのだと気付かされて酷く落ち込みました。

自分の性格の悪さを知ってしまったら…ずっしり重荷を背負った気持ちが消せなくなってしまいました。



それから少しして、公爵が到着する予定の1週間前に突然ストレートが学校へ訪ねてきました。

公爵滞在の準備に先行して来たと学校の応接室で聞いて驚きです。

ストレートの後ろには壁を背にして空気になっている公爵家の執事がいました。

公爵領地の屋敷を取り仕切っている執事が校長に気付かれよう目配せしてきます。

私も1回だけ目を閉じて挨拶に変えました。

「1通くらい返事が欲しかったな」

再会の挨拶もそこそこに、何の前置きもなく悲しそうに言うストレートに思わず驚いた顔をしてしまいました。

「その感じだと僕からの手紙は届いてないね」

ストレートが大袈裟に肩を竦めて見せると横で聞いていた校長が慌てて話を『歓迎』に向けました。



その感じから何処で留まっているのか良く分かります。

「カラからだよ」

ストレートが出してきた封筒に校長の目が厳しくなりました。

手紙をポケットに入れようとしたら校長が然り気無い風を装って止めました。

「ここで読めば良い」

強制的な口調にストレートが苦笑します。

「開けて。公爵には僕から伝えるよ」

校長の引き吊った顔に「しまった」とありました。

中にはカラと友人たちからの短い手紙が入っていました。

カラからの元気な手紙を読んで校長が読めるようテーブルに広げました。

友人たちからは連絡無しの帰郷で夏休みに会えなかった苦情と今度戻ったらみんなで集まろうが満載でした。



どの手紙も近況は巧みに隠されていて、『今度会ったら教えるわ』と私への保険の言葉が溢れているのでした。

見張られながらの会話が弾むわけはなく、沈黙した部屋にリゼが走って来ました。

「ストレートが来ているのですって?」

ノックももどかしそうにリゼが入って来てストレートを見ると満面の笑顔を向けました。

「良く来てくれたわ」

リゼはストレートに近い方の私の横に座りました。

位置的に私とストレートの間に割り込む感じで、リゼが意識的に私とストレートを話させないようにしているのが伝わりました。

ストレートは一瞬だけ真面目な顔をリゼに向けると直ぐに笑顔になりました。

「ストレートは公爵と親しかったのね」

リゼの顔に素早く情報を確認している様子が浮かんで、ストレートを利用しようと決めた事まで読み取れました。



わざと私に背中を向けて会話から弾き出そうとするリゼに執事の目が光ります。

「公爵が到着まではゆっくり出来るんでしょ」

「止まる宿とか馬車の手配が終わってからならね」

「それは私に任せて。バニラ侯爵家が全て手配するわ。夏休みのお礼よ」

リゼの中で公爵を利用した色々が形になっていくのが伝わってきました。

「今夜から家へ泊まると良いわ。公爵の好みの話しも聞きたいし、良いでしょ」

「いや、今夜はルナフと向こうの話をしたいから遠慮するよ」

「そんな話しは何時でも出来るわ。それにルナフの寮は父兄でも入れないのよ」

リゼの私とストレートを話させたくない空気が強くて、ストレートも横を向いて苦笑を隠していました。



「外出か外泊の届けを出したら可能だよね」

「何日も前から届けを出さないと許可されないわ」

リゼは決め付けるように言って校長を見ました。

必死になるリゼの姿に私の方がストレートと話す気持ちが消えました。

校長もリゼの迫力に負けて頷きました。

「そうか…それは残念です」

ストレートは本当に残念そうにリゼと校長をみます。

「ルナフと話す時間は後で改めて作るから今日はこのまま家へいらっしゃいよ」

ストレートが諦めたと思ったリゼはにっこり笑って立ち上がりました。

ストレートは真面目な顔で首を振りました。

「私は公爵の代理で安否の分からないルナフに面会を求めました」

ストレートは意味有り気に校長とリゼをみます。



「校長。この国では手紙を『検閲』しているのは知っています。ですからわざと目に留まる文章で公爵家の者が私の名前でリゼ嬢とルナフに同じ物を書きました」

「え…」

リゼの口から声にならない驚きが出ます。

校長も硬直して目だけがストレートを向いていました。

「そして先程の威圧的な態度を見せていただき公爵の心配は現実かもと感じています」

「そんな…」

リゼが困惑した顔をストレートに向けます。

「違うわっ、私とルナフはお友だちよ」

リゼはストレートを見て必死に訴えます。

「お友だちが私とルナフの間に割って入るんですか?リゼ穣もこちらの校長も私とルナフを会話させたくないようですが、なお疑わせるとお分かりですか」



リゼと校長が困ったように目を見合わせました。

「公爵は公的な立場でこの国へ訪れる前に、私的にルナフの安全を確認する目的で私を先行させました」

ストレートは淡々と話します。

「この国からのルナフの扱い方によっては今後を考えるべきだとクラシック伯爵へ公爵3家の連名で要望が出されています」

私は顔を伏せてストレートの話を聞いていました。

公爵の意図は分かっています。

私を表に立ててこの国との対話を優位に運ぶ方向へ導きたいのです。

「ルナフは無事だわ。怪我1つしてないでしょ」

ストレートの衝撃から立ち直ったリゼが震える声で反論します。

「外観的にはね。テーブルを見て何も思わない?私がカラメル嬢から預かってきた手紙を校長はこの場で開けるようルナフを威圧した」



リゼがぎょっとしてテーブルに広がる紙に目を落としました。

「私は事実のみを報告するよう公爵と約束しています。自分の置かれた環境を話して公爵やカラメル嬢を心配させまいとルナフが気遣って何も書いて来ないから公爵は危機感を持ってリゼ嬢とも面識のある私にこの『任務』を命じたのです」

校長ががっくりと椅子に沈みました。

「もしルナフの『外出』『外泊』が認められないなら、『監禁』として報告し公爵が到着次第ルナフの留学を終了して本国へ連れ帰ります。勿論公爵も帰途に着くでしょう」

ストレートが口に出した『監禁』にリゼはビクリと反応してしまいます。

怯えと警戒が混ざったリゼの視線がストレートに向いて直ぐにそらされました。

私の反応を見ていたストレートはリゼのそんな様子を見ていませんでしたが後ろに控える執事は見ていたのでした。



「そんな…」

そんな事になったら『真珠』所か『国交断絶』の危機になってしまいます。

リゼがパニックになっている所へストレートが種火を撒きました。

「短い時間ですが、この部屋へ通されてからのルナフの緊張している様子を見ればどう扱われてきたか聞かなくても分かります」

「ちゃんと優しくしてきたわっ!」

リゼがヒステリックに叫びました。

そのリゼを見返してストレートが言いました。

「言いなりになるしか認めなかった。だからルナフは『沈黙』を守っている」

怒りが膨らみすぎてリゼの喉に音が詰まって言葉になりません。

「…わ、分かった、特別に認めよう」

リゼが爆発する前に校長がストレートに言いました。




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