包囲2
城に戻った大臣はアッサムを呼ぶよう騎士に言い付けてから陛下に帰還の挨拶をしました。
騎士に連行されてきたアッサムは先にいたニルギリを見て舌打ちします。
「お前の話ではこのニルギリも娘と一緒に捕らえられたのでは無かったのか?」
侯爵はアッサムを睨んで聞きました。
「きっとリゼと同じで言い含められて戻されたんですっ」
「読んでみろ」
アッサムの言い訳にうんざりした大臣がかの方の手紙を投げました。
手紙を読んでアッサムは驚いていました。
アッサムは侯爵にした話を繰り返しましたがかの方からの手紙が話を否定しています。
「これはあの生意気な女の策略です。どうぞ陛下からの『信書』で黙らせて下さい。絶対あの女がジョルジに書かせたんですっ!」
確信しているアッサムを大臣と侯爵は冷たく見返していました。
「お前があの女と言うのは誰だ」
大臣が疲れた顔で聞きました。
「ルナフの友達の生意気な女です」
「名前を言ってみろ」
もう何回も繰り返してる質問に感情は見えません。
「カラフルだかカラメルだか言ってました。ルナフは『カラ』と呼んでいました。家名はカルチェラタンです」
「お前は隣国の貴族名鑑を調べてないのか」
「わざわざ調べる必要も無いでしょう」
「もしや…真珠のカルチェラタンか」
馬鹿にするアッサムと驚きの声を上げるニルギリがほぼ同時でした。
大臣と侯爵の沈黙が答えです。
「え?何の話をしてるの?真珠って?」
アッサムだけが話が分からなくてキョロキョロ居並ぶ顔を見回していました。
「ねえ僕にも教えてよ」
「まさかあの女が公爵令嬢なのか…」
アッサムの声は届いてないらしく呆然と斜め前を見ながらニルギリが言いました。
ニルギリにもカラが公爵令嬢だったらどうなるのか理解してる空気は有りません。
ただ目障りなアッサムの困った顔を見たニルギリは笑っていました。
「だからー、誰が公爵令嬢何だよ」
アッサムが癇癪を起こすように声を上げました。
「お前が『生意気な女』と言っていた女性は隣国の公爵令嬢だ」
大臣の言葉が重く響きました。
「死刑が廃止になっていて良かったな」
ニルギリは死刑囚を見る目付きでアッサムを嘲笑いました。
「あの女が?公爵令嬢なわけないじゃん。ルナフの友達だよ、冗談言わないでよ」
アッサムは笑いながら否定しました。
「まだ分からないのか」
侯爵がアッサムを正面から見て言った。
「お前は隣国の公爵令嬢がリゼを拐ったと陛下に嘘の証言をしたんだ」
「…え?」
アッサムがポカンと侯爵を見返しました。
「カルチェラタン公爵からの『挨拶状』をリゼは持ってきた。初めにお前の話を疑い用心していれば国が笑い者になる事も無かったんだ。アッサム、お前は『偽証』の罪で裁かれるだろう」
侯爵はアッサムに言い切りました。
「ま、待って下さい。僕は嘘は言ってない。本当にリゼを拐われたんですっ!」
アッサムの悲痛な叫びを聞く者はもう1人も居ません。
大臣は泣いて訴えるアッサムを見ながらボソリと呟きました。
「この姿にまんまと騙されたんだな…」
そう思っているのは侯爵もでした。
これから真実を陛下に伝え処罰を待つ長い時間が待っています。
アッサムにどこまで擦り付けられるかでバニラ侯爵家の未来が決まるのでした。
陛下は誰も咎めませんでした。
今さらどう対処しても遅いからでもありましたが、国にはアッサムの絹が必要だとも思ったからでもありました。
そして、傷付けた私への配慮でもありました。
話が大きくなるほど興味本意な人たちから私の存在を隠せなくなるからです。
ですがそれは何より重い罰になりました。
温厚な陛下の信頼を裏切った侯爵とアッサムを信頼する者は誰1人居ません。
侯爵は可能な限り周りからの擁護を求めました。
ですがそれは上手くいかずマイナスから信頼を積み重ねていくしか侯爵に残された道は無くなりました。
それは大臣も同じで城で働いていた人たちを大量に処罰した事が国民の不評を買いました。
そうなると流れは止まらず大臣の判断ミスがこの結果を招いたと国民の評価は最低まで落ちました。
陛下も国民の声を押さえられず大臣を退陣させ新たに選ぶ事になったほどです。
一方アッサムの方は絹を武器に味方を増やそうと必死になりましたが、退陣が決まった大臣が事の全てを公爵と侯爵に向けて公表したので逆に『国賊』扱いになり孤立するばかりでした。
それに追い討ちを掛けたのが侯爵が流した噂でした。
私の助言で絹が成功したのに感謝もしないで逆に『恩を仇で返し』私を罪人にしようとした、とわざと無い事まで混ぜて流したので公爵子息が言わなければ助けられた感謝もしない愚か者だと嘲笑われたのでした。
もし絹が無ければ、アッサムは『暗殺』されていたかもしれません。
それほど国民のアッサムへの怒りは大きくて強い物でした。
何よりしでかした事への反省の色がアッサムに無い事が1番の問題でした。
幽閉する話しも出ましたがそれより『絹』を作らせろの声が大半でした。
かの方との商談は新しい大臣の判断でアッサムが返事を返させず立ち消えになる様子でした。
終わってみればアッサム1人に国が振り回され他国へ恥の押し売りをした結果になったのでした。
気になっていたニルギリは、結局妹を連れて来ることは出来ませんでした。
妹に夢中になったニルギリをお母様も最初は歓迎していました。
ミラン様は侯爵を継げなくて伯爵が決まって居ます。
他にもこれは、と選んでいた妹の求婚者も1人離れ2人離れて今では片手も居ません。
そんな時に現れたのがニルギリでした。
伯爵でも裕福そうだと見定めたお母様はニルギリと妹を近付けましたが、ニルギリが国へ妹を連れて行く気なのを知って妹を離したくないお母様は邪魔するようになりました。
お母様はサロンでこっそり妹と会っていたミラン様にニルギリの話をして邪魔する協力をするよう話したのです。
もちろん妹を手放したくないミラン様は乗ったのでした。
お父様が反対しているのを知っているミラン様はこっそり策を練りました。
考え付いたのがサロンの未亡人の避暑地にニルギリが帰るまで妹と逃げる事でした。
でもそれでは連れ戻されて連れ去られます。
なので出港当日に決行したのでした。
ミラン様は出港当日の早朝妹をサロンの未亡人の別荘へと連れ出しました。
それには妹を異国にやりたくないお母様がミラン様の手助けをしたので成功したのです。
お母様はミラン様の名前を隠して妹が先約のお友達と避暑に出掛けたとお父様とニルギリに伝えたのでした。
お父様はお母様の言葉を疑う事もなく信用しました。
妹の『退学』から起こった嵐でフランソワーズ家は静かに壊れ始めていたのを離れていた私だけが知りませんでした。
ニルギリがいくら怒っても船の出港時間は迫って、仕方無く卒業したら必ず迎えに来るとお父様と約束して戻ってきたのだそうです。
妹に魅せられて帰国を遅らせた事で綿花の苗の移送に時間が掛かり半分近く枯れてしまったそうでした。
領地の土壌に綿花が合うのか、最初に数株植えて試すのが普通です。
私は麻の後に植えるのですから慎重になっていると思っていました。
それはバイカル伯爵家でも同じでニルギリに全てを任せきっていたのでした。
そうとは知らないニルギリは天候が似ている事から楽観していました。
離れたら妹が心変わりするのではないか、そっちに気を取られていたのです。
妹が気に入りそうな物を見付けてはこまめに送って気持ちを繋げようとしていたのでした。
そんな事は何も知らず、ぎくしゃくした空気のまま2学期が始まりました。
「学校は卒業させるように」
アッサムは陛下の言葉のお陰で幽閉される事もなく学校に現れ平然としていました。
ニルギリは妹を迎える準備に忙しく授業が終わると飛ぶように帰っていくのでした。
覚悟はしていましたが、やはり私はクラスの『腫れ物』でした。
中には親切に『アッサムは休んでいる』と教えてくれる同級生もいて、困惑しているのが見て分かります。
「おはよう」
あれから初めて会うリゼは私を見付けると自然に挨拶してくるので私も『おはよう』と返しました。
リゼは微かに驚きを見せて席に付きました。
きっと無視されると思っていた気がします。
私の勝手な気持ちで同級生を不愉快にさせるのは違うと思うので挨拶はしっかりしました。
出来るなら『同級生』の距離で卒業まで過ごせれば1番ですが、難しいかもしれません。
クラスの視線は嫌でも私とリゼに集まります。
意識して『喧嘩してないなよ』感を出すのが精一杯でした。
1日、2日と過ぎて周囲の視線も柔らかくなった頃カルチェラタン公爵からの手紙が城に届きました。
手紙の内容は前の大臣への返答でしたが、中にもう1通ドレスを頂いた公爵からの手紙も添えられていました。
内容はどちらも状況の知らせが無い私を案じる物で最後に書かれた『誠意ある対応を期待する』の文字と家名の破壊力は充分計算された物でした。
リゼからの手紙で自分が牽制に利用されたのを知った時は震えるほど悲しく思いました。
その気持ちを心配してカラは花の栞を手紙に挟んで届けたのだと思います。
リゼからの手紙に『新年のパーティーにカルチェラタン公爵夫妻が陛下の代理としてお越しになる』と硬い文章で書かれていました。
公爵が訪問するまでに未だに一線を引く私との関係を完全に修復しておきたいリゼですが切っ掛けが掴めません。
関係が回復すれば再び『真珠』を扱える可能性も出てきます。
そうなれば地に落ちたバニラ家の信頼を取り戻す一歩に出来るのです。
気持ちは急いてもリゼが期待する切っ掛けがあるはずもなく、季節は10月の収穫を向かえました。
オレンジは小振りで収穫量も少量でしたが味は良く好評でした。
報酬を渡したいからとバニラ侯爵家に呼ばれ、辞退しても断る事は許されずメイドから向かえの馬車に乗せられました。
私は逆らわず、笑みを絶やさず、侯爵夫妻とリゼを見ているだけでした。
「アッサムからの報酬も回収してあるわ」
誇らし気に言うリゼから視線を外しました。
後何年アッサムの桑は持ち堪えるのかと気持ちが沈むばかりでした。
縮まらない距離に癇癪を起こしたリゼが切っ掛けに選んだのはストレートからの手紙でした。
カルチェラタン公爵が年末に来ると言うのにカラからの手紙の文章は何時まで経っても固いままで、会話の切っ掛けを掴むのは難しかったのです。
ですがストレートからの手紙は古からの友人のような書き方でこれなら私も気持ちを開いてくれると思ったのでした。
休日の昼下がりにリゼは突然来ました。
新しく寮長になった3年の伯爵令嬢が私の都合を聞いてくるからと言っても気持ちが急いているリゼには関係有りませんでした。
年末が迫り時間の余裕が無くなってきていて、リゼの中に『このチャンスは逃がさない』と決意に似た焦りがあったのでした。
「バニラ侯爵令嬢」
寮長がリゼを止めようとして近付いたのと後ろのメイドがリゼと寮長の間に入ったのが同時に近いタイミングだと思います。
弾みでしょうがメイドが寮長を突き倒す形になってしまって寮生から悲鳴が上がりました。
リゼは煩わしそうにその光景をちらりと見て先を急ぎます。
後からこの時の事が問題になる事をリゼはまだ知りません。
形だけのノックの後リゼは満面の笑顔を向けて入って来て私に手紙を見せました。
表には大きな文字でリゼの名前が読めました。
何が言いたいのか分からなくてリゼを見ると焦れったそうに裏を見せます。
差出人はストレートとありました。
初めて見るストレートの文字は大きくて綺麗なカラの字の倍は場所を取って見えました。
「ルナフの所へも手紙が着ているでしょ」
リゼは当然のように言いますがストレートからの手紙は1度も来ていません。
リゼには書いてるんだと思ったら気持ちから波が消えました。
「ねぇ、2人でカルチェラタン公爵の歓迎準備をしない?着いた日はこの町へ泊まるから屋敷に準備させるわ」
断っても無駄です。
公爵が断る事を願って私は『沈黙』を答えにしました。
「もう話してくれても良いでしょう。私たち仲の良いお友だちじゃない。カルチェラタン公爵の到着まで1ヶ月も無いのよ。友達が困っているのに助けてくれないのっ」
焦りから感情をさらけ出すリゼの声は段々大きくなって外にまで聞こえるのか、メイドが開けていた扉を素早く閉めました。




