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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
概念の違い
27/46

包囲



次はこの砦です。

大臣は私を除いた寮生と寮官と寮長を城に呼び、その警護に私を見張っていた兵士を同行させました。

幸い夏休みなのでこの事を知っている生徒は帰省出来ない寮生だけなので時間は取りません。

寮生を集めた後、大臣は今日で噂を終らせたくて強行手段に出たのです。

砦の者も集められるだけ集めました。

私はメイドの監視のもと寮へ残されたのでそれから先の結果は知らされませんでした。



集めた者の前で、大臣はアッサムの暴言は嘘で私は卒業したら伯爵家から抜けて公爵家の者になると話しました。

直ぐには信じられない話しだと思っている顔を前に侯爵も言いました。

まずここにいる者の中から『私は平民になる』を『公爵家の者になる』へ意識を変える事が先決だと考えたのでした。

「ルナフは隣国の公爵から知識を深めるために留学させたい、と話があったので私が預かって寮に入れた。もし偽りの噂が隣国に聞こえたら政治問題になると分かっているか。この中にも荷担した者が居るのは分かっている」

集めた者たちの中からどよめきが起きました。



「直接手を掛けた者はこれから公開で処罰する」

リゼが前に進んで捕らえられてる役人と寮官と寮長を引き出しました。

噂に踊らされた3人の言動を、集めた者達の前で公にして私への謝罪を要求しました。

公開処刑にしたのはこれ以上説明するより3人の話を聞かせるのが早道だと思ったからでしたがそれが功を奏しました。

3人の罪の擦り合いの後、寮長は開き直ったように言いました。

「侯爵令嬢に取り入ったあの女が許せなかったのよっ!」

寮生は寮長のもくろみに自分達も荷担していた事を知って震え上がりました。



大臣の狙い通りでした。

ですが砦の者たちの大半は素知らぬ顔で動じません。

ならば、と大臣は私を偽った騎士から地位を剥奪し重罪にしました。

そして私を兵士に見張らせた役人を罪人に落とす所を見せました。

そのくらいから集められた砦の者の表情に不安が見えるようになりました。

顔には『まさか本気で?』疑問符付きの怯えが見え隠れします。

そのタイミングで見張っていた兵士を厳しく叱責した後、罪人炭鉱夫として山送りにしたのでした。

「わしは女でも容赦はしない」



最後に寮官と寮長へ『偽りで寮生をたぶらかした罪と賄賂の返金』を命令しわざと寮生の前で鞭打ちの刑にしました。

寮官は『お金に目が眩んだ』と鞭打ちの恐怖に耐えられず寮生の前で言ったのでした。

大臣は鞭打たれている寮官と寮長を指して声を大きくしました。

「首謀者に乗せられた者たちは1度だけ目こぼししてやる。次に現場を掴んだら今回の事も合わせて責任を取らせる」

寮生の中か声にならない悲鳴が上がりました。

それを聞いて砦の者たちが互いに顔を見合わせます。

大臣の後に侯爵が言いました。

「愚か者にたぶらかされたとは言え集団で17の少女にした行いを恥じるのだな」



あくまで私に謝罪をしたくなかった大臣は言葉では無く寮生に見せて分からせようとしたのでした。

その意味では大臣の思惑は成功でした。

翌朝から私への『侮蔑』な対応はピタリと止まって腫れ物を扱うような感じになりました。

私への『罪悪感』がそうさせるのだと思います。

逆に『侮蔑』の視線は後任が決まるまでと戻された寮官と寮長に向いて、日頃の横柄な対応も混ざってその極端な態度の差は怖いほどでした。

ギシギシした空気に順応出来なくて戸惑っている所へリゼが来ました。



翌朝早く、リゼは食堂で食事をしていた私を私の部屋へ促しました。

食事が途中でもリゼには関係ありません。

私の横に立っていたリゼのメイドも私を立たせるため強引に椅子を引きました。

諦めて料理の乗ったトレイを下げに行こうとすると、そこでやっと気付いたのかリゼが慌てて私を止めました。

「後で食べれば良いじゃない。話が終わってから、ね?」

冷めて放置された食事を誰が食べるでしょう。

ここは部屋と違ってみんなが通る場所なのです。

前日の腕組みして寮官と寮長の鞭打ちを見ていたリゼの姿が強烈だった事もあって、周りは無神経なリゼの行動を扇子の後ろから冷たく見ていました。

私は無言で元の席にトレイを置いてリゼの後ろから部屋に戻りました。



「ごめんなさい。許してね」

部屋の扉を閉めると直ぐリゼが言いました。

言われても不吉な予感しかしません。

「ルナフは手紙が『検閲』されてるのを知っていたのね」

言いながらカラからの手紙を渡してきました。

乱暴に開かれた痕を見てポケットにしまいます。

「ルナフのこの国での権利はバニラ侯爵家が名に掛けて守るわ」

気負ったリゼの口調を聞いていたら、もしかしたら国へ帰さないつもりなのかも、と不安が膨らみました。

カルチェラタン公爵家との駆け引きに私が必要とは思えません。

2つの家はリゼが持ち帰った手紙で『商談』と言う契約を交わしたのですから。



国、異なる法律の壁を乗り越えての商談の難しさを、その時の私は知りませんでした。

カルチェラタン公爵が予測したように、バニラ侯爵家との契約が整うまでそれから2年以上の歳月が掛かりました。

「陛下から賜った爵位と領地はこの先もルナフの物よ。ルナフが国へ戻ってもバニラ侯爵家が治めてあなたへ利益を送るわ」

有り得ない、と思いながらも私に最後に残された『沈黙』を手離す気持ちにはなりませんでした。

時期が来たら、私に統治される領民の不幸を話せる時が来るでしょうか。

「それと、これはルナフが受け取るべき『慰謝料』を宝石に変えた物よ」

リゼは綺麗なペンダントを手渡してきました。



透明な石を銀の飾りがくるんでいて気楽に付けられるデザインでした。

「それなら肌身離さずしていられるでしょ」

金貨100枚が宝石に変わったと聞かされても想像できません。

その価値すら理解できませんでした。

ずっと後からちょっと大きい民家が買える額だと教えられてビックリしました。

使い込んだ『慰謝料』を私に払うには回収に時間が掛かるので大臣が立て替えて嵩張らない装飾品の形にしたのですが、実際大臣が回収出来たのは半額ほどで残りは諦めるしかありませんでした。

受け取ってしまえばサインをしなければいけなくなる…、それに気付いて慌てて机にペンダントを置きました。

「信用出来ないわよね…」

リゼは悲しそうに私を見て『サインはいらない』と言います。

「私のサインなら誰も『返還しろ』とは言えないわ。だから安心して」



リゼがもう1度渡してきます。

「ルナフから言わなければペンダントが高価な物だとは誰も気付かないわ。身に付けていた方が盗まれないから外さないでね」

確かにデザインは綺麗ですが中に本物の宝石が入っているとは見えませんでした。

偽物でも構いません、むしろ偽物の方が気持ちは楽でした。

もし本物なら…この国に縛り付ける鎖にされそうで嫌でした。

「私はもう1度ルナフの友達になりたいの」

リゼが私の前に立って真剣な顔で言いました。

言葉の裏に『断る事は許さない』の空気が淀んでいました。

リゼの後ろに控えるメイドが能面の表情で威嚇してきます。

「また少しずつ友達から仲良くしましょ」

これで『仲直り終了』みたいなリゼが満足気に頷いてメイドを見ました。



「お前もご苦労様」

リゼとメイドが帰ってからカラからの手紙を何回も読みました。

書かれている事は誰が読んでも良いような内容なのに読んでいるうちに涙が溢れました。

「…カラ…帰りたい…よ」

言葉にすれば堪えきれなくて、声を殺して泣きました。

本当は嫌でも、リゼに『嫌』と言う勇気はありません。

このままなし崩しに友人になって…卒業するまで暮らすしか無いのでしょう。

本当は『嫌』なのに、卒業までの不安が私に『保身』を選ばせたのです。

自己嫌悪で落ち込みながらカラへの返信を書きました。

言葉になら無い『助けて』と『帰りたい』を込めて封をしました。



「侯爵令嬢のお友達になったらあんな表面が乾いて冷たくなった食事をさせられるのね」

通り掛かった食堂から漏れてきた言葉にリゼの足が止まりました。

私の友達になったら?

「あの子無言で着いて行ったわね」

「それはそうでしょ。伯爵が侯爵に逆らうなんて出来るはず無いもの」

「彼女に残されたのは『沈黙』と言う『抵抗』だけなのが可哀想よね」

嫌そうに続いた後の言葉が理解できなくて、リゼは食堂に足を踏み入れました。

残っていた数名が『あっ』と驚いた顔を扇子に隠しています。

リゼはただ1つ残された私のトレイに近付きました。

声が言っていたのはこれのはずです。

「…乾いて冷たくなった、食事…」



残っている者の視線がリゼの背中を熱くします。

止めようとしたメイドを逆にリゼが止めて外へ促しました。

平気な顔で、私に「後で食べれば良い」と言った事を思い出してリゼは早足になりました。

何時から私の声を聞いてないのか、リゼは改めて考えていました。

あれが『抵抗』の『沈黙』なら…馬車に乗るリゼの顔は歪んでいました。

「お嬢様」

「ルナフはお前とどんな話をしたの?」

この状況を打開する切っ掛けが欲しくて、リゼは呼び掛けてきたメイドに聞きました。

「…何も」

「一言も?」

メイドは居辛そうに視線を逃がして窓の外を見ました。

私を言葉で威嚇した事はリゼに報告出来ずに終わったのでした。



その2日後ニルギリが戻ってきました。

本国の騒ぎも知らず、船を降りた所を捕らえられ砦に連行されたのです。

大臣と侯爵は嫌々真実の確認作業を始めます。

ニルギリの口からアッサムの行動が明らかになりました。

「アッサムは夕方までフランソワーズ伯爵家に居たのだな」

「はい」

ニルギリはのし掛かる大臣の威圧感に震えて聞かれる事に正直に答えました。

「確かだな」

「確かです。泊まる所が無いと泣き付くので伯爵家の執事が港の宿屋まで送り届け翌日の船の手配までしてやったはずです」

大臣に変わって侯爵が聞きました。

「アッサムは置き去りにされてリゼを追い掛けたのか?」

「いえ、フランソワーズ伯爵がルナフの友達を知ってるから案内させるつもりで居たようで追っては行きませんでした」



「実際に訪ねて行ったのか?」

「いえ、行きません。伯爵の話し方からあの生意気な女の方が力があるようで頑として家の場所を教えなかったのです」

「アッサムはルナフの友人に拐われたお前とリザを助けに行き返り討ちにあって大怪我をしたと陛下に言ったのだぞ」

「そんな事は有りません。俺はずっとキャンディーと一緒に居ました。拐われてなんていません」

「キャンディーとは誰だ」

大臣がニルギリに聞きます。

「ルナフの美しい妹です」

ニルギリのその言葉で大臣と侯爵はアッサムの嘘を確信しました。



大臣はアッサムの嘘を暴くにはニルギリと話させ矛盾点を突くのが1番速いと結論を出しました。

城からアッサムを呼び着けようとした所に兵士がかの方の手紙を持ってきたのでした。

「やっと来たか」

大臣は港を見張らせてニルギリだけではなくかの方からの手紙も押さえるよう命令していたのでした。

大臣は待ちに待ったかの方からの手紙を読みました。

「何だこれは」

手紙には麻も買えない金額で絹を『買ってやる』と書かれていて、更に輸送の代金はアッサム払いとありました。



大臣の後から手紙を読んだ侯爵が動かなくなりました。

「まさかこの商談をアッサムは受けたのではあるまいな」

「受けたから寄越したのだろうっ」

苛立ちで大臣の声が裏返りました。

ニルギリを連れて、大臣は急いで王都に戻りました。

屋敷で形だけの謹慎していた侯爵も大臣に同行しました。

もしこれが本当ならアッサムの刑を軽くした意味が無くなってしまうのです。

それどころか国がアッサムの嘘に踊らされた事になります。

大臣は煮えくり返る怒りで爆発しそうでした。



そこまで考えて大臣はうめき声を上げました。

「踊らされた結果がカルチェラタンへの…」

大臣もその後は恐ろしくて口にしません。

国力として比べれば有利なのは向こうです。

もしクラシック伯爵が開いた交易を止められたら、他の国も隣国に習って止めてくるでしょう。

そうなったら我が国は…大臣は怒りと悔しさから手紙を握り潰しそうになり辛うじて騎士に戻しました。

アッサムの話を聞いた時は『隣国のアキレス腱』を掴んだ、とこれからの交渉で優位に立てると思っていたのです。

陛下がアッサムの罰を軽減した理由の中に他国と対等で有りたい願望があったからだと知っている大臣は思わず天を仰ぎました。




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