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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
概念の違い
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余波の続き2



夕食の前に砦から2人の役人が来て私が『慰謝料』を受け取らずに砦から帰ったと寮官の先生に苦情を言っていました。

不機嫌な寮長に付き添われてまた寮官室に行きました。

寮官室に居た2人の内の1人は昼間の人でした。

その人は気まずそうに後ろに下がってわざとらしく横を向きました。

「お前がルナフか、手間を掛けさせないでくれ」

手に持った書類で業とらしく立てる音と、その高圧的な言い方に私の中で何かがプツリと切れる音がしました。

「没落して金が無い伯爵の娘の癖に砦ではずいぶんな態度を取ったそうだな。本来ならお前から頭を下げで頼む立場だろうが」

投げ付けるように言われたら船からの事がバーっで襲ってきて腕を掴まれた記憶と痛みまで甦りました。

限界を超えた、とか振り切れた、とかこれを言うのかも知れません。

「帰ってください。説明は後ろの方に聞いてください」

怒っているのが口調に出ていたのか私に話してきた人がグッと後ろを向きました。



その後の話しを聞きもせず部屋へ戻りました。

その時の私は気持ちがざらついて悪意に振れていたと思います。

暫くして、寮官がさっきの2人を連れて部屋まで来ました。

仕向けたわけではありませんが、きっとそうなるだろうと分かっていました。

ノックも無しに部屋のドアが開いて寮官を先頭に3人が入ってきます。

「これには謝罪させる」

わずかに頭を下げて前以上に不貞腐れる様子がアッサムと重なって怒りに油を注ぎます。



「しかし、少し言われたくらいで、お前は何様のつもりなんだ」

城から来た役人は私が卒業したら平民になると噂で知っていました。

知っていたから上から押し潰すような態度が取れたのでした。

後ろで不貞腐れてる人から順に顔を見ました。

寮官と文句を言ってる人の隙間から扉の後ろに隠れて盗み聞きしている寮長の姿が見えていて…苛立ちはピークでした。

「出ていってください。ここは女子寮です。先生、父兄の立ち入りさえ許さないのに役人は入れるんですか。こんな信用出来ない所には居られません。私は明日帰国します。支度がありますので出ていって下さい」



言いたいだけ言って手でドアを指しました。

帰る覚悟は侯爵邸で腕を掴まれた時から出来ています。

お城でも教師としても働けないかもしれないですが、その時の私にはこの先の生活を犠牲にしてもこの国に居たくなかったのです。

「いや、寮官が案内すると」

しどろもどろの人にそれ以上言わせずもう1度ドアを指差しました。

「言い訳は結構です。帰国して報告する事をもっと増やしたいんですか?」

私が本気だと分かった2人はおどおどと寮官を見て私をなだめるよう目で言ってます。



言われても入寮から会話の無かった寮官が私に言えるはずありません。

「私は『お前』でも『それ』でもありません。ルナフ・フランソワーズ、あなた方がお探しの隣国の伯爵令嬢です。この5日でこの国からどんな扱いを受けたか、もう充分です。出ていってください」

完全に八つ当たりです。

分かっていても関が壊れた怒りは止まるどこから際限無く爆発しました。

最後は寮官の背中を押して3人を追い出して荷造りの終わっている大きな鞄を2つ扉の前に置きました。

大半はドレスが占めている鞄なので重くは無いですが嵩張るので防波堤代わりにはなりそうでした。



鞄の前にしゃがみ込んで大きく息を吸い込みました。

現実として、私は一文無しに近い…です。

バイト代の殆んどは学費と足りない教材費に使っているので今日受けとるはずだったお金は本当なら神の救いでした。

アッサムからの収入の1割は侯爵に投資しましたし、オレンジも今年の収穫は無さそうです。

もしあっても私の手元には来ないでしょう。

これで帰っても暮らしていけない現実を分かっていたのに…気持ちが落ち着いてきたら自分の暴挙にぐったり力が抜けました。



「カラに頼んで台所の下働きに雇って貰おうか…」

気付いたらそんな言葉が口から出ていました。

訓練を受けてるメイドに自分がなれるとは思えないので私でも勤まりそうな『下働き』が口から出てきたんだと思います。

ぼんやりしていたら扉がノックされました。

私は返事を返しませんでした。

どうせ拒んでも押し入って来るのです。

時計は荷物の中なので何時なのか分かりませんがあれからそう経ってない気がします。

多分寮官か寮長でしょう。



私はノロノロと立ち上がって扉に背中を向ける角度でベッドに座りました。

暫く待っても扉が開かないので不思議に思いましたが、自分から開ける気持ちはゼロです。

もう1度ノックする音がして、私の返事が無いので扉の向こうで困っている感じでした。

諦めるかな?と思ったら声が聞こえました。

「…ルナフ、開けて…」

聞こえてきたのは緊張してるリゼの声でした。

何でリゼがここに?驚きで思わず扉を見てしまいます。

「…ルナフ、入るよ」

返事を待たずにリゼは扉を開けました。



入って来ようとしたリゼを鞄が阻止します。

リゼが驚いてムッとした顔をしました。

私はベッドに座ってリゼに背中を向けて笑っていました。

こんな時も爵位が優先され私の気持ちよりリゼの都合が通るのです。

「城の者が悪かったわ。謝罪させるから機嫌を直して頂戴」

私が何を言っても無意味です。

こんな時のリゼは自分の思った通りの結果しか許せないでしょう。

帰りの船での半月が違うリゼを私に見せていました。



「ルナフ、お願い」

私は背中を向けたまま無駄な返事はしませんでした。

話しても話さなくても結果は決まっています。

私に許された反抗は『沈黙』だけでした。

「…ルナフ」

背中に困惑しているリゼの声がしてそれが苛立ちに変わるのが伝わってきます。

仲の良い友達だと思っていた私から期待通りの反応が返ってこない事でリゼの苛立ちは『怒り』に変わっていきました。



リゼが来たのは侯爵が砦での話を聞いて仲裁に入るようリゼに話したからでした。

気まずく別れたままなので本当は来たくなかったと思います。

そして来てみたら私が追い返した砦の役人と会ったのです。

「話もさせて貰えず追い返されました」

リゼは役人の話を鵜呑みにして私の部屋へ来たのでした。

仲裁に入る気持ちは扉の前の荷物で苛立ちに変わりました。

リゼはどれだけ私と仲違いしても自分は受け入れられると思い込んでいたのでかなりショックでした。

爵位が上の意識も有りましたが、今まで庇護してきたのは自分だと思う自負もあったからだと思います。



加えて捕らえようとする侯爵からも庇ったのだから私が感謝していると思っていたのでした。

それはそんな気持ちがリゼに言わせた言葉でした。

「私は怒ってないわ、だからルナフも機嫌を直して」

リゼの頭の中では侯爵を通して大臣から頼まれた『カルチェラタン公爵家から返答が来るまではルナフを留め置け』が重く木霊していました。

更に大臣に『国を思うなら』と言われて私を誤解から『傷付た』、と誤解を強調した手紙もカラに送っているので私が頑ななままではリゼの顔は丸潰れでした。



「ルナフ、私は許すと言っているのよ」

リゼの尖った声が背中に刺さります。

だから?

お母様の言ったように私は妹と引き替えに死んだ方が良かったのかも…。

そう思ったら涙が出そうになりました。

「分かったわ、好きにしなさい」

リゼは怒って言い捨てると靴音を立てて遠ざかって行きました。

きっとここへ来るようリゼに言ったのはあの砦の役人です。

私に『慰謝料』を支払った証明になる受け取りのサインが欲しいんだと思っていました。

爵位や領地と同じで国の対面を守るのに必要なんでしょう。

ふっ、とサインすれば国へ帰して貰えるならしてしまおうか…とか思ってしまいます。

サインして後から『返還』命令とかなったら…怖くてサインも出来ないと思いました。



「バニラ侯爵令嬢様」

帰ろうとするリゼの背中に寮長が声を掛けました。

リゼが振り向くと寮長が頭を下げていました。

「お前は?」

「私は無能な寮官の代わりをしてる寮長の…」

「名前は聞いてなくてよ」

リゼは寮長が名乗る前に止めました。

「わざわざ侯爵令嬢の私を呼び止めて何が言いたいの?」

寮長はリゼのきつい言動から立ち直って言いました。

「ルナフが目障りならお力になります」

「まあ…」

寮長の思わぬ言葉にリゼが目を見張りました。

リゼに目障りとか言った覚えはありません。



「侯爵令嬢様が慈悲で『許す』と言っているのに背中を向けて『無視する』なんて」

寮長が怒りを声に滲ませて言いました。

「私はルナフに謝罪を求めてる訳じゃないわ」

何を聞き違えているのかとリゼが寮長を見ると、寮長はリゼの言葉を繰り返しました。

「隠す事はありません。先ほど侯爵令嬢様も『私は許すと言っているのよ』とルナフに言っていたではありませんか」

「え…」

リゼの顔色が変わりました。

言われてみて、自分が無意識に言った言葉を思い出したのでした。

いつの間にか来た目的が刷り変わっていた事実に唖然とします。

自分が謝罪の橋渡しに来た事も忘れて、鞄で拒絶した私に腹を立てていたと自覚したのでした。



「侯爵令嬢様のお望みに叶うよういたしますので何でも申し付けて下さいませ」

リゼはそこで自分の失態を二重に知りました。

「ルナフを少しでも傷付けたら、あなたをこの国にいられなくするわよ」

リゼは寮長が一歩下がるほど冷たい目で睨み付けました。

「でも…」

寮長は嫌々と首を振りながらリゼに近付きます。

田舎の伯爵家が侯爵家にすり寄るチャンスを掴むのは今しかありません。

留学して直ぐリゼの友人の座を射止めた私を寮長は内心恨めしく思っていたのでした。

「私はルナフを説得に来たの。表現の仕方が悪かったのは認めるわ」

何か言おうとする寮長を睨んで先手を取ると『命令』しました。

「ルナフを傷付けたら許さない。お前はこの話を聞かなかった。良いわね」



「…はい」

寮長は悔しそうにさっきの役人の話をリゼに聞かせましたが苛立っているリゼは聞かずに振り払います。

逆に寮長を押さえる意味でリゼは更に言いました。

「お前が私の言い付けに従わず邪魔をするなら、今年の社交界でお礼をするわ」

「わ、分かりました…」

リゼの表情から『本気』を悟ってその場は寮長が引き下がりました。

事情を知らせず押さえ込んだ事で後からゴタゴタするのですが、リゼはどう私の誤解を解くかに意識を奪われていてその場は気付きませんでした。

リゼは2学期が始まるまでの1週間強で私の誤解を解き関係を修復すると決めたのでした。



翌朝鞄を持って寮を出ようとすると寮官と寮長に止められたので帰国する話をしましたが『許可が下りてない』と言って鞄を没収されそうになりました。

女子寮の入口には兵士が見張りに立っていて図書館の前にも立っていました。

何も知らない生徒が兵士を見て怯えます。

その横でわざとらしく私が従わないから兵士が来たと寮官と寮長が生徒に説明しました。

これがリゼの、高位貴族のやり方だと思ったら怒りも消えました。

鞄を持って部屋に戻った後、開き直って図書館へ行きました。

寮へ帰ってからの周りの目は覚悟していても辛い物でした。

昔のおどおど怯えてた頃と同じで、食堂にポツンと置かれた冷えた食事は抜け出せない悪夢の続きです。



「…異国に来てまで…」

夕食を取る気も起きなくて、早く学校が始まって欲しいと願いました。

先生に頼んでクラシック先生に連絡して貰えれば…その希望にすがっていないと叫び出してしまいそうなのです。

最悪残りの1年半この生活を強いられるのかもしれません。

絶望に潰されながら2学期の準備を始めて…ハッとしました。

脳裏に2枚の船のチケットが浮かんで、視界一杯に妹の笑顔が膨れ上がりました。

ニルギリは妹を連れて来るかも知れないのです。

ニルギリはもうすぐ帰ってくるはずです。

万が一妹がこの寮に入る事になったら…思うだけで体が震えました。



カラに『助けて』って出せない手紙を書きました。

まるで牢獄のように監視された生活に気持ちが病んで狂い掛けていたのかもしれません。

狂えばここから逃げられる…本気でそう思うほどおかしくなっていました。

そんな時またリゼが寮へ来ました。

次の船が運んできたカラとストレートからの手紙が話の切っ掛けになると思ったからです。

それに、そろそろ私が後悔しているはずだと思っていたのでした。

リゼの中には私に公爵とカラに手紙を出させてバニラ家の窮地を救わせるシナリオが出来上がっていました。




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